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エピソード2

貸与術師と苦々しい悔恨

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 ◇

 千疋狼が出没していた時点で分かっていた事だが、やはり誰か犠牲者がいると言うのは気が沈む。しかも家族たちは未だに気がつかずに生活しているのだろうから。

 そうして頭がいっぱいになっていると、後ろから三人分の申し訳なさそうなオーラが漂ってくる。

「…面目ない」
「え? 何が? ていうか怪我とかしてない?」

 あちらにばかり気を取られていた。三人とも、ウィアードと直接的に対峙するのは今回が初めてだったはず。力及ばずの状態になってしまったが、それは致し方のないことだ。

「うん。調子も元に戻ってきたみたい」
「良かった」

 一大事になっていないのなら一安心だ。

 三人の無事が確認できたところで、再び俺の気持ちは沈んだ。すぐにヤーリンが心配そうな顔と声で尋ねてくる。

「ヲルカ、どうしたの…?」
「一番厄介な仕事が残ってる」

 それからは落ちていたテーブルクロスを見せて、千疋狼の伝承を全員に解説した。話を理解すると三者三様の反応が返ってきた。

 だが、ぐずぐずしてはいられない。俺達はすぐに先ほどの喫茶店に向かって歩き始めた。

 自分でも気づかないうちに足取りが重くなっていたのか、先にも増して歩きづらい。その癖、喫茶店に到着するのは思ったよりもずっと早く感じた。

 俺達は二手に分かれて万が一の事態に備える。アルルと俺が店の中に入り、ヤーリン達には喫茶店を取り囲みもしも『小池婆』が逃げ出した時の足止めを頼んだ。

 店に入ると、店主とが「おや?」という顔になった。俺が連れだけを変えて戻ってきたせいだろう。

「何かお忘れ物ですか?」

 そういいながら店主が近づいてくる。

「変な事を聞くけど、ここの家の誰かが怪我をしてませんか?」
「え…?」

 店主はぎょっとして、店の奥へと目をやった。

「私の妻が今さっき外で転んで、頭を切ったんですが……」

 …奥さん? 伝承では往々にして老年の母親だと相場が決まっている。違和感を覚えもしたが、今はどうでもいいことだ。

「その人がウィアードかも知れません。ちょっと失礼します」

「え!? ちょっと」

 店主が制止する間もなく、俺とアルルは店の奥へと無理から入っていった。奥は生活スペースとなっている様で、ダイニングキッチンや空いたドアの隙間からベットルームも見える。そのベットに恭しく腰を掛け、頭に包帯を巻いている女がいた。

 性質が悪い。どこからどうみても人間の女にしか見えない。むしろ、そうであってほしいと思っていた。

 だが、俺は肌でこいつの気配をひしひしと感じている。こいつは間違いなくウィアードだ。

 アイコンタクトでアルルにそれを告げた。アルルは人の姿のまま喉を鳴らし、狼の雄叫びを女にぶつける。それに気圧されて、顔の皮膚が爛れるようにめくれ『小池婆』の正体を現した。

 店主はその様子に腰を抜かした。そりゃ、自分の奥さんがいきなりこうなったら誰だってそうなるだろう。

 小池婆はこちらを威嚇すると窓を破って外に出ようとした。俺はすかさず左手を鎌鼬の鉤付きロープに、右手を鎌へと貸与する。ロープは獲物に襲い掛かる蛇の如く小池婆に絡みつき自由を奪う。そして鎌を思いきり突き刺すと、先程以上の断末魔の悲鳴を上げ小池婆はとうとう消滅した。

「一体何が…?」

 落ち着きを取り戻した店主は当然、そう尋ねてきた。アルルは哀憫の目つきになりながらも、毅然と説明した。

「今のウィアードがあなたの奥さんに成りすましていたんです…」

「そ、それならユニは…?」

 伝承であれば床下で骨を見つけるはず。けどこの部屋は板張りで取り外しができる様な造りじゃない。俺はクローゼットやベットの下を探してみた。けれどもどこにも白骨は見つからない。

 その時妙案をひらめく。俺は自分の両腕をつい今しがた取り込んだ『千疋狼』に貸与する。すぐさま二匹の狼の上半身が現れて、部屋の匂いを嗅ぐ。妖怪の痕跡は妖怪に探させたほうがいいに決まっている。案の定、二匹の狼はすぐに何かを感じ取った。それは腕を通して俺にも伝わってきた。

 …天井か。

 下がダメなら上ということか? 俺は更に魔力を集中させる。右腕からは尻尾が管のように繋がっている狼がどんどんと出てきて器用に折り重なって行く。やがて最後の一匹が天井板を押し上げて上の様子を見る。

 そこには袋が一つ置いてあった。それを咥えて引きずりおろさせると、俺は貸与術を解き中を改める。やはり袋の中には人骨が詰まっていた。

「…ああ…あ」

 店主は這いつくばってそれに近づく。そして袋を掴むと絶え絶えに言った。

「……これはユニの着ていた服」
「え?」
「ユニの着ていた服…」

 壊れたCDのように延々とその言葉を繰り返している。

 歯を食いしばると自然と大きなため息が出てしまった。
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