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エピソード2

貸与術師とワドワーレ

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 帰り道。

 俺は心ここにあらずでアルルの背に揺られていた。

その喫茶店は『アネルマ連』の加盟店だったらしく、すぐにギルドから何人もの応援がやってきた。放心状態の店主に変わり、アルルがギルド員達に事の仔細を説明し、彼の保護と介抱を願い出てくれた。

ヤーリン、カウォン、マルカの三人も行きの道中とは打って変わって会話を交わすことはなかった。ただただジッと黙り込み、何を見つめている。座禅を組んだ修行僧のような印象を受けた。千疋狼に魔力を枯らされて元気がないのも一因だろう。

 やがて中立の家にまで辿り着くと夕日は沈み、夜の顔になっている。その頃にはアルルにも疲労が出てきていた。共同体を重んじる『アネルマ連』のアルルは仲間意識が高い。あの喫茶店の主人の境遇を思って、精神的にも参っているようだった。

 ふと玄関を見ると、待機と調査をお願いしていたサーシャ達がご丁寧にも出迎えに来てくれていた。

「ただいま」
「お疲れ様です」
「報告は俺がしておくよ、とにかく今日は休んで」

 四人はお言葉に甘えさせてもらうと言ってフラフラと自室に戻って行った。

 それを見て、出迎えに来てくれていた面子は少し面食らったようだ。名うてのギルド員達が、ああも疲弊して帰ってきたのだから予想外だったのだろう。

「そっちの進捗はどうだった?」
「まずまず、といったところです。報告書はまとめておりますのでご査収ください」
「ありがとう」

 ちらっとだけ報告書に目を通す。法律や書類仕事と日頃から向き合っている『サモン議会』のサーシャがまとめたであろう、その報告書はかなり整頓されていて大分見やすいモノだった。

 そのまま会議室へ移動する。今日の事件の詳細を説明し直すと、俺はもう一度鬱屈した気分になってしまった。

 報告が終わるとすぐに俺の顔色が優れない事を気にしたサーシャが憂いた声で言ってくる。

「ヲルカ君も今日は休んでは? あの四人の疲弊ぶりを見るに相当な戦いだったのではないですか。顔色も優れませんし」
「いや、俺は大丈夫。それよりまだ時間はあるし、続きやりたいんだけど」
「続き?」
「うん。ワドワーレ」

 俺に名前を呼ばれたワドワーレはぴくりと反応を示した。

「今から『ワドルドーベ家』について話したいんだけど、いいかな?」
「勿論」

 そしてニヤッと何かを企んでいるような、それでいて虚ろのような不気味な笑い顔を向けてきた。

 ◇

「うわぁ…」

 ワドワーレの部屋に案内された俺は思わずそんな声を第一声とした。部屋の中は壁紙や家具のほとんどがピンク色で統一されていて、ところ狭しと奇抜と言わざるを得ないぬいぐるみが並んでいる。

 意外にも少女趣味というか、可愛い物が好きなのだろうか。例えばヤーリンがこうだとしたら度の過ぎたオタク趣味のような印象で終わるだろうが、相手がワドワーレだとメンヘラのような心象しか持てなかった。

「ま、くつろいで頂戴」

 そう言って俺を壁際のソファに座るように促すと、キッチンから瓶を持ってきて同じくソファに腰かけた。ただ、俺に対して垂直になるように座ったので彼女の両足が太ももに乗っかり動けなくされた。

「…足どけてよ」
「飲む?」

 要望は華麗に無視されて、代わりに瓶に入ったお酒を差し出してきた。前世の俺だったら有難く貰っていたかもしれないけど、生憎ヲルカ・ヲセットは日本でもヱデンキアでも未成年だ。同じ屋根の下に『サモン議会』や『ナゴルデム団』がいるとなると滅多なことは出来ない。

「未成年だよ」
「そう言うと思って」

 こちらの言動は予想済みだったようで、もう片方の手に持っていた瓶を差し出してきた。中身はオレンジジュースだったから、こちらは素直にお礼を言って受け取った。

「ありがと」
「そうそう聞きたい事あるんだけどさ」
「いや、俺が聞きたい事あるから部屋来てんだけど…」

 どこまでマイペースなんだ、この人。そして結局、俺の弁は完全になかったことにしてワドワーレは続ける。

「あのラミアの子とはどこまで進んでるの?」
「答えてもいいけど、一つ条件がある」
「条件?」
「ラミアの子とか、『ヤウェンチカ大学校』の、とかじゃなくてヤーリン・ヤングウェイって名前があるんだからちゃんと呼んであげて。それから他の人達も」
「それ条件が二つない?」
「からかうのも度が過ぎたら意味がないだろ。できる範囲でいいから。約束できないんだったら俺はすぐにここを出て行く」
「一丁前に交渉してるつもり?」

 途端にワドワーレの目の色が変わった。反抗されたり、自分の思い通りに事が進まないと機嫌が悪くなるタイプか? まあ、そうだとしても特別意外とは思わないけれど。

 ただ素直に自分の意見を引っ込めたのは意外だった。

「わかったよ。極力頑張るから。これでいい?」
「うん。よろしく」
「で? ヤーリンちゃんとはどこまで行ってんだよ」
「ただの幼馴染だよ。この一年は会うのも出来なかったしね」
「ふぅん……あの子がヲルカに惚れてんのは気付いてんだろ?」
「やっぱりそうなの? そうなのかな、とは思ってたんだけど」
「…なんじゃそら」
「いや、女の子に好かれた事なんてないからさ。自意識過剰なだけなのかもと思ってたりして」

 モテないのは事実その通りだし。

 それに美人というのは遠くから眺めていると幸せなのだが、身近に居ると緊張の種になるから結構疲れたりする。だから実を言うとこの中立の家は今のところ、完全に安らぎの場となっている訳ではない。

 今目の前にいるワドワーレだって、黙って妙なメイクさえ落とせば美麗な顔立ちの持ち主なのだ。男やもめの生活が長く、女性経験も薄い俺には刺激的過ぎる。

 ま、それでも好意を向けられるのは嬉しいけれど…。

「何ていうか、お前のことがよくわかんなくなってきた」
「元々お互いによく知らないだろ」
「そうだねえ…マスターがお望みなら隅から隅までオレのことを教えて差し上げますよ?」
「あ、ホント? なら早速『ワドルドーベ家』の事を教えてほしいんだけど」
「今のは天然だな…」
「え?」

 だってそのつもりで話をしてるんじゃないの?

 ◇
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