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エピソード2

貸与術師とギルド『ワドルドーベ家』

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 ◇

「で、何を聞きたい?」
「その前に確認なんだけどさ、ワドルドーベっていうのは『ワドルドーベ家』の直系ってことだよね?」
「今更? 正真正銘『ワドルドーベ家』の首領の娘よ」

 マジか。ただでさえ要注意人物に認定してるのに、その上さらに地雷があるのか。っていうか、ギルドマスターの身内って初めて会ったかもしれない。

「…」
「今度はこっちから聞いていい?」
「どうぞ」
「俺と結婚しない?」
「しない」
「ちぇ」
「何を言い出すかと思えば…」
「なら『ワドルドーベ家』に入らない? オレのグループに入ればもっと好きに動けるようになるぜ」
「それも断る」
「ちぇ」
「確かに色々と好きには動けるだろうけど、制約も半端ないだろ」
「まあね。少なくともオレの所に来たら今、中立の家にいる他の奴らには目の敵にされるんじゃないかしら」
「そうでなくとも『ワドルドーベ家』に入るってだけで…」

 言いかけて俺は慌てて口をつぐんだ。

 ギルド員の前でギルドを悪く言うなんて自殺行為も甚だしい。ましてギルドマスターの娘であるし、ワドワーレ自身もかなりの危険人物だし。

 ただ、流石に押し黙るのが遅すぎた。座った目のまま口だけで笑い、ワドワーレは問いかけてくる。

「何?」
「いや…ギルドを貶める様な事を言うのは…」
「へえ。貶めるような事を言うつもりだったって事?」
「う」
「そう言えばギルドの見識を深めるってのが元々の話よね。丁度いいから、ヲルカが『ワドルドーベ家』にどんなイメージを持ってるのか聞かせろよ」

 結局こうなるのね。

 そして取り繕うのは逆効果という事も経験済み。辛口かもしれないけれど、俺が思っているままの『ワドルドーベ家』のイメージを伝える方が良いかもしれない。

「どうなんだよ」
「犯罪者集団」

 以上。

 とどのつまりはヤクザやマフィアとカテゴライズされるのが『ワドルドーベ家』だ。そう言えば多少響きが良くなるかもしれないが、実際はもっとひどい。エデンキア上での犯罪と名の付く行為は、紐解いていけば必ず『ワドルドーベ家』に行きつくという都市伝説が生まれる程の悪名を持つ。

 上級のギルド員であればある程度の分別は持っている者も多いが、低級や末端のギルド員は始末が悪い。ほとんどが刹那主義、快楽主義の権化で連日連夜どこかで暴走暴行騒ぎを起こしている。ワドワーレと初めて会った店の連中がまさにそれだ。

 どんな反論や怒号が返ってくるだろうか。

 しかし、当のワドワーレは退屈そうにぐいっと酒を呷るばかりで何も言い返してこなかった。

「あれ?」
「何?」
「こう…怒ったり反論したりとかは」
「反論も何もその通りだしね」
「けど、必要悪って言葉もあるし…実際問題、『ワドルドーベ家』が取り締まっているお蔭で犯罪者にもある程度の分別がついているって聞いたような。それに言い方は悪いけど、社会のはみ出し者の受け皿になってる面だってあるし」

 何故か俺が俺の意見に反論している。

 そんな慌ててワドワーレの為に弁明しているとさも愉快そうな微笑みの彼女が見えた。足をどけて座り直すと、空いている方の手で俺の頭を撫でてきた。

「かわいい」
「からかうなよ…」
「年上のお姉さんばっかりで緊張しないの?」
「はあ? してないと思う? 敬語使うなとか言ってさ」
「それ言い出したのはオレじゃないし」
「真っ先に乗っかってたじゃん…」

 すると突然、ワドワーレは持っていた瓶を乱暴に壁に投げつけた。中身は飲み干し合ったので零れることはなかったが、パリンっという音を立て破片が部屋の中に散らばった。

「何してんの!?」

 突拍子がなさ過ぎるだろ、コイツ。

 俺は割れた瓶の方を見て気を取られていた。振り返ると同時に頬を両手で押さえられる。次の瞬間、目の前には迫りくるワドワーレの唇があり、抵抗の間もなく自分のそれと重ねていた。

 そしてそれは口内に初めての感触を引き連れてきた。

 え? 何これ? 舌?

 ワドワーレが唇を離してくれるまで、俺は目覚めているのに自分の意識を手放していた。正しく混乱状態だ。

「なら『ワドルドーベ家』には入らなくていいから、オレと付き合おうよ」

 頭がすっからかんで、禄に返事も出来なかった。

「今は息を潜めてるけど、そのうちにみんなが猛アピールしてくるぜ」
「…あれで息を潜めてんの?」
「あ、そっか。もう五、六人と部屋で二人きりになってんだ、何かしらはされてきたか?」
「まあ…ね」

 露骨だったり、無理をしていたりと色々あったけど、全員が俺にアピール染みた事をしてきたのは確かだ。だからこそ、余計な詮索をしたくなったのだけど。ただ、やはりそうであってほしくはないという思いも強い。

「やっぱり色仕掛けとかで、俺をどうにかしようとしてんの?」
「…気付いてたのか?」
「そうなのかなあっては思ってた。いくらなんでも十個のギルドから派遣されてくるのが全員女の人じゃねぇ…」
「そりゃそうだ…で、分かってんだったら話が早い。オレと付き合おうぜ。絶対に後悔させないから」
「いや付き合わないよ」
「メリットの方がでかいと思うんだけどね」
「デメリットも大きいじゃん。他の九人のギルドを敵に回すんだろ?」
「その九人は少なくとも命までは狙わないんじゃない?」

 命、という単語に俺はハッとした。そして彼女が無邪気に吐き出す殺気に思わず唾を飲み込んだ。

「…脅してんの?」
「良かった。少々鈍いみたいだからちゃんと伝わってるか心配だったんだ」
「…」
「色でも金でも動かなそうだからよ。あとは命くらいしか思いつかねえんだ」
「もう一つあるよ」
「あん? もう一つ? なんだいそりゃ?」
「うまく言葉にできないけど…誠意とか?」
「舐めてんのか…と少し前なら思ってたが、大真面目に言ってるな。」

 だって本当にうまく言えないんだもの。

 そう言えば、何で俺はこんなにまで頑なにギルドに入りたくないんだろうか。

自由がなくなるから?

 誰かの下に付きたくないから?

 集団行動が苦手だから?

 どれも当てはまると言えば当てはまるけど、決定的な理由じゃない。

 多分それこそが俺が学生時代や中立の家にいる周りの人との間に感じる、溝や壁の正体なんだろう。みんなは何のためにギルドに入ったんだろう。どこのギルドに入るだの、入りたいだのはたくさん聞くけれど、何のために入るって話はいま一つ覚えがない。

 俺がそんな事を言って、物憂げな顔になったからだろうか。ワドワーレもため息と共に殺気を消し去り、呆れたように続けた。

「毒気が抜かれちまったよ」

 そしてゆっくりと立ち上がると、窓を開ける。そしてそのまま歩みより、後ろから俺の肩を掴んだ。

「だから外に奴ら任せることにする」
「え?」

 どういう事、と尋ねる口が開く前に、俺の身体は宙を舞った。明るい部屋の景色が途端に月夜の中庭へと変わる。そこでワドワーレに投げ飛ばされたと気が付いた。
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