上 下
49 / 84
エピソード2

貸与術師と一触即発

しおりを挟む
「ぐっ」

 自分で自分を褒めてやりたいほどギリギリで受け身を取る。

 すぐさまワドワーレの姿がないまま、声だけが俺の下に届く。

「オレ達の狙いがお前自身だからって殺されることはないと思ってんだろ?」

 そして中には俺を取り囲むようにゾンビ、スケルトン、グールの群れが現れた。どれもこれも、黒の魔法を得意とする『ワドルドーベ家』のギルド魔術師が使役する低級魔族だ。

 どのギルドだって俺のウィアードに対しての知識が最大の目当てのはず。だから命を狙われることはしないとは確かに高を括っていた。だがそれ以上に問題な事がある。それはこの場所そのものだ。

「おい、ここは『中立の家』だぞ。分かってんのか?」
「不戦の契約はあくまでもギルド同士のもんだろ? ヲルカはどこかのギルドに入っていたっけか?

 え? そうなの?

 十あるギルドが不戦の契約を結んだ中立の家のルールにそんな抜け道が…?

 呆気に取られる俺を他所に再び姿なく冷酷な命令が響く。

「殺さないなら手足くらいならもいでもいいぞ。あとでくっつけりゃいい」

 途端に不気味な軍勢が俺を目掛けて押し寄せてくる。冗談じゃねーぞ。

 錆びた剣の大振りをかわすと、俺は近くにあった樹の枝を一本折り、裏の林を抜けて玄関側の広場を目指した。どこに誰が隠れているか分からない林の中は危険すぎる。

そうして広い空間へと出た俺は、へし折った枝に緑の魔法を施して巨大化させながら横一文字に薙いだ。

 こんな巨大な棒を振り回すことはできないが、振り回しながら巨大化させらるから結果は同じだ。しかし、どいつもこいつも痛みで怯むようなまともな神経を持ち合わせてはいない上に、数が多すぎる。

 次第に追い詰められて一斉に襲い掛かられてしまう。

 どうせ相手は生きているモノじゃない。そう過ぎった時、俺はすぐさま魔力を集中させ、千疋狼に両腕を貸与させた。まさに千匹近くの狼が俺を中心に円形の波濤となって、集まってきていた魔族を悉く蹴散らして行った。

 あまりにも容易く状況を打破してしまったせいか、俺は油断してしまった。一体のスケルトンがタイミングよく飛び上がり、上から切りかかってくるのに気付くのが遅れてしまった。反射的に腕は動いて身体を庇ったものの、生身で剣を受け止められるはずがない。俺は数秒後に自分を襲うであろう激痛を頭に思い描きながら腹を括った。

 ◇

 しかし、腕には何の衝撃もなく、代わりに甲高い金属音が耳を裂かんばかりに鳴り響いた。

 ハッと腕を避けて前を見ると、サーシャとナグワーの二人が自前の剣を持って俺を剣撃から守ってくれていた。

「ヲルカ君、無事ですか?」
「サーシャさんとナグワーさん…?」

 つい、さん付けで呼んでしまう。慣れていないし緊急事態だし仕方がない。

 そして呆然とする俺の後ろからは怒気を孕んだ低い脅し文句が聞こえてきた。

「どういうつもりだ、ワドワーレ・ワドルドーベッ!」
「何が?」
「嘲るな。ヲルカ殿がどのような御仁かは十二分に理解しているだろう」

 見れば牙と紅い眼を鈍く光らせながらワドワーレにナイフを突きつけているタネモネと、真後ろから両手を突き出して牽制をかけているハヴァの姿があった。しかし鬼気迫る勢いのタネモネとは対照的にどこ吹く風でワドワーレは返事をする。

「いやだから、なんで今のがオレの仕業だと思う訳?」
「貴様以外に誰が考えられるというか」
「状況証拠だけでモノを言うなって。オレも今さっきヲルカとの話が終わって何事かと思って出てきたんだよ」
「ならあの下僕たちはどう説明する?」
「どうもこうもあるか。そりゃスケルトンもゾンビもグールも『ワドルドーベ家』の魔術師は確かに使う。けどそれはお前ら『タールポーネ局』も同じだろ。『ハバッカス社』も『マドゴン院』だってそうさ。反対にお前らの使役じゃなかったと言い切れるのか?」
「貴様! 我ら『タールポーネ局』をも陥れるつもりか!?」
「やめろ!」

 自分でも驚くほどの大声が出た。近くにいたサーシャとナグワーが少し気圧されたのが伝わった。そして俺の制止に振り向いたタネモネの気迫にビビったのは内緒の話だ。

 それとこの場の雰囲気を何とか解きほぐしたい一心で、俺は不自然なまでにおどけて見せた。

「ワドワーレの言う通りだよ。証拠はない。多分、どっかのならず者の悪戯だったんじゃないかな。ほら、俺ってイレブンだし」
「ヲルカ殿…」

 物言いたげな表情を浮かべつつタネモネはナイフを収め、ワドワーレから距離を置いた。

「ただ一応、調べてはみるよ。ハヴァ、お願いしてもいい?」
「勿論でございます」

 そう言ってハヴァは恭しく頭を下げた。

 次いで俺はサーシャとナグワーの二人にも改めてお礼を言った。

「助けに来てくれてありがとう」
「いえ。自分は当然のことをしたまでです」

 全員がワドワーレが首謀者であると確信している。それでも俺の意図を汲んで事を荒立てないようにしてくれた。確かに相当な厄介者ではあるが、『ワドルドーベ家』を蔑ろにすることは避けたい。まかりなりにもヱデンキアに存在を許されている由緒あるギルドの一つ。それにじっちゃんの設定によれば往々にしてウィアードは人の心の闇や鬱屈とした感情の具象化した姿として描かれることも多かった。であれば、ヱデンキアにおいてそういった感情の受け皿になっている『ワドルドーベ家』の力を借りなければならない事態は必ず訪れる。

 それにこの中立の家に入った時から感じている妙な雰囲気…。

 それのせいで俺は十のギルドの対立を前にも増して恐れるようになっている。この中から一個でもギルドが欠けるような事があれば、大惨事が起こるような不明確でそれでいて確信に近い感覚が渦巻いているのだ。

 ともかく、この場の状況が収まってくれたのならそれでいい。そして今、一番感情が高ぶってそうな彼女を鎮める意味でも、俺はタネモネに近寄って告げた。

「それからタネモネ」
「…何か」
「今から『タールポーネ局』のことを聞きたいんだけど、いいかな?」
「承知した。我に断る由などはない」
「良かった」

 それだけで少し憤懣が和らいだ気がした。俺はもう一度みんなにお礼を言うと、タネモネと共に去って行った。

 ◇

 俺達が庭からいなくなったのを見届けてから、ハヴァはワドワーレに向かって呟いた。

「…私どもの言葉をお試しになりましたね?」
「妙な事を言いやがるからな」
「それで、どうお感じになられましたか?」
「アンタのいう事の方が正しいみたいだな。少なくともオレは少々やり方を変えた方がいいみたいだ」

 そしてワドワーレは、その様子をただジッと立ち尽くしてみていた。サーシャとナグワーに向かって挑発的に言う。

「そういや逮捕しないのかい? 恐喝、いや殺人未遂かな?」
「…ヲルカ君の言う通り、証拠がありませんので」
「自分も同じであります」
「…」

 律法を曲げるなら死を選ぶと言われている『サモン議会』と、秩序と治安の為に剣を抜く『ナゴルデム団』がいとも簡単に見て見ぬふりをしていることに、ワドワーレは表情こそ変えなかったが非常に驚いていた。

 これはハヴァの言葉に唆されているわけではない。それは分かっている。

 他ならぬワドワーレ本人が、自分たちを必死で纏めようとするヲルカの形容できぬ感情に触発されたからだ。しかし、彼女はそれに気がつかないふりをした。

 十のギルドの確執を取り払えるとは思えない。けれども彼女はひょっとしたら、という淡い期待を抱いている。それには自分でも本当に気が付いていなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ごめんなさい本気じゃないの

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

男女比1対999の異世界は、思った以上に過酷で天国

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:26

異世界転生漫遊記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,338pt お気に入り:1,188

貞操逆転世界の男教師

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:176

【完結】生まれ変わった男装美少女は命を奪った者達に復讐をする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:484

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:247

処理中です...