299 / 347
Episode5
名を変える勇者
しおりを挟む
明朝。全員が音もなく埃くさい毛布を除けながら、のっそりと起き上がった。できるだけ気配を消す野営の習慣がごく僅かのうちに身についている。アーコとルージュはそもそも寝ていないから例外としても、他の三人はこういった野性的な感覚がとても発達している。年相応な精神や身体能力ではここまでの道のりはさらに過酷なものになっていたかもしれない。
オレは顔を洗うついでに、そんな感傷を目ヤニと一緒に流した。井戸は潰れていたが、ルージュは大気中の水分からすぐさま水を生み出す能力があるので生活用水に困ることはない。
全員が完全に目を覚まし、支度を済ませた事を確認すると寝ている内に魔族の姿に戻っていたルージュが言った。
「さて、今日は具体的にはどう動く?」
「昨日と同じく、また二手に分かれよう。オレ達は森に入って食料を調達するのをメインに周辺の捜索を。アーコ達はこの宿の中を家探しするついでに数日滞在できるようにベースを作ってくれ。もしそれでも余裕があればもう一度このゴトワイの探索だな。明るくなれば気が付くことも多くなるだろう」
「任しときな。家を綺麗にして美味しい食事を用意してる新妻の気分で旦那様の帰りを待ってるぜ」
アーコはししし、と揶揄うような笑いを見せた。
ルージュはそれを完全に無視し、ラスキャブは困った様な笑いで答えていた。するとトスクルが何やらとても神妙な面持ちをしている事に気が付いた。
「トスクル? どうかしたのか?」
「…細かいのですが、一つ気になる点があって昨晩から考えていました」
「なんだ? 教えてくれ」
トスクルの頭の回転や状況判断の能力はとても頼りになる。そんな彼女が気になる事があるというのは少々怖いが、改善ができれば間違いなくパーティにとってプラスになるだろう。
「トマスさんとジェルデさんの二人と話をしていて思ったことですが、ザートレさんの名前が些か浸透しすぎていると感じました」
「え? だってそれはザートレさんが魔王と戦ったことがあるからでしょ?」
ピオンスコが頭に疑問符を浮かべて問い返す。トスクルの指摘の意図が分かっていないのは皆同じだ。
「はい。トマスさんも最後に魔王に挑んだ『囲む大地の者』という認識をしていました。恥ずかしながら私達はこれまでザートレさんのお名前は知りませんでした。ということは魔王軍の上層部くらいにしかその事実や記録が伝えられていないのかも知れません。しかしここはもう『螺旋の大地』です。魔王軍に在籍していた者、ザートレさんの昔の仲間、事によっては魔王本人がひょっこりと姿を現してもおかしくはありません」
「それはまあ…可能性としてはあるが」
「折角顔を変えられる特技があるのに、うっかり本名を読んでしまっては元も子もありません。ズィアルという偽名もその事が発端となって生まれた名前かと思いますが、うっかり本名を口ずさんでしまう子もあるかと思います。恥ずかしながら私もジェルデさんとの会話で何度かザートレさんの名前を出しそうになったことがあります」
トスクルはそこで一つ咳ばらいをした。
「それに引き換え普段からザートレさんの事を主と呼んでいるルージュさんはどうしたって本名を口にすることはありません。試練とやらに進む前に定型の呼び方を決めた方がいいと思います」
オレは顔を洗うついでに、そんな感傷を目ヤニと一緒に流した。井戸は潰れていたが、ルージュは大気中の水分からすぐさま水を生み出す能力があるので生活用水に困ることはない。
全員が完全に目を覚まし、支度を済ませた事を確認すると寝ている内に魔族の姿に戻っていたルージュが言った。
「さて、今日は具体的にはどう動く?」
「昨日と同じく、また二手に分かれよう。オレ達は森に入って食料を調達するのをメインに周辺の捜索を。アーコ達はこの宿の中を家探しするついでに数日滞在できるようにベースを作ってくれ。もしそれでも余裕があればもう一度このゴトワイの探索だな。明るくなれば気が付くことも多くなるだろう」
「任しときな。家を綺麗にして美味しい食事を用意してる新妻の気分で旦那様の帰りを待ってるぜ」
アーコはししし、と揶揄うような笑いを見せた。
ルージュはそれを完全に無視し、ラスキャブは困った様な笑いで答えていた。するとトスクルが何やらとても神妙な面持ちをしている事に気が付いた。
「トスクル? どうかしたのか?」
「…細かいのですが、一つ気になる点があって昨晩から考えていました」
「なんだ? 教えてくれ」
トスクルの頭の回転や状況判断の能力はとても頼りになる。そんな彼女が気になる事があるというのは少々怖いが、改善ができれば間違いなくパーティにとってプラスになるだろう。
「トマスさんとジェルデさんの二人と話をしていて思ったことですが、ザートレさんの名前が些か浸透しすぎていると感じました」
「え? だってそれはザートレさんが魔王と戦ったことがあるからでしょ?」
ピオンスコが頭に疑問符を浮かべて問い返す。トスクルの指摘の意図が分かっていないのは皆同じだ。
「はい。トマスさんも最後に魔王に挑んだ『囲む大地の者』という認識をしていました。恥ずかしながら私達はこれまでザートレさんのお名前は知りませんでした。ということは魔王軍の上層部くらいにしかその事実や記録が伝えられていないのかも知れません。しかしここはもう『螺旋の大地』です。魔王軍に在籍していた者、ザートレさんの昔の仲間、事によっては魔王本人がひょっこりと姿を現してもおかしくはありません」
「それはまあ…可能性としてはあるが」
「折角顔を変えられる特技があるのに、うっかり本名を読んでしまっては元も子もありません。ズィアルという偽名もその事が発端となって生まれた名前かと思いますが、うっかり本名を口ずさんでしまう子もあるかと思います。恥ずかしながら私もジェルデさんとの会話で何度かザートレさんの名前を出しそうになったことがあります」
トスクルはそこで一つ咳ばらいをした。
「それに引き換え普段からザートレさんの事を主と呼んでいるルージュさんはどうしたって本名を口にすることはありません。試練とやらに進む前に定型の呼び方を決めた方がいいと思います」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!
夏芽みかん
ファンタジー
生まれながらに強大な魔力を持ち、聖女として大神殿に閉じ込められてきたレイラ。
けれど王太子に「身元不明だから」と婚約を破棄され、あっさり国外追放されてしまう。
「……え、もうお肉食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?」
追放の道中出会った剣士ステファンと狼男ライガに拾われ、冒険者デビュー。おいしいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。
一方、魔物が出るようになった王国では大司教がレイラの回収を画策。レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。
※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。
【2025.09.02 全体的にリライトしたものを、再度公開いたします。】
その聖女、脳筋につき取扱注意!!
月暈シボ
ファンタジー
突如街中に出現した怪物に襲われ、更に謎の結界によって閉鎖された王国の避暑地ハミル。
傭兵として王都に身を寄せていた主人公ダレスは、女神官アルディアからそのハミルを救う依頼を受ける。
神々に不信を抱くダレスではあったが、彼女の説得(怪力を使った脅迫)によって協力を約束する。
アルディアの従者である少女ミシャも加え、三人で現地に向かった彼らは、ハミルで数々の謎を解き明かしながら怪物と事件の真相、そして自身らの運命に立ち向かうのだった。
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
エブリスタにも掲載しています。
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
わたしが死神になった日
葉方萌生
ライト文芸
⭐︎第8回ライト文芸大賞で【切ない別れ賞】を賜りました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
高校二年生の如月朝葉は目が覚めると暗闇の中にいた。
“おめでとうございます。あなたは神様に選ばれました!”
不意に聞こえてきた声により、自分が命を失い、”神様”に選ばれたことを知る。
とある条件により、現世に戻ることができるというが……。
失った命と、大切な人と、もう一度向き合うための奇跡を描く物語。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる