魔王に捨てられた剣を振るのはパーティに捨てられた勇者 【Episode5連載中】

音喜多子平

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Episode5

名を変える勇者

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 明朝。全員が音もなく埃くさい毛布を除けながら、のっそりと起き上がった。できるだけ気配を消す野営の習慣がごく僅かのうちに身についている。アーコとルージュはそもそも寝ていないから例外としても、他の三人はこういった野性的な感覚がとても発達している。年相応な精神や身体能力ではここまでの道のりはさらに過酷なものになっていたかもしれない。

 オレは顔を洗うついでに、そんな感傷を目ヤニと一緒に流した。井戸は潰れていたが、ルージュは大気中の水分からすぐさま水を生み出す能力があるので生活用水に困ることはない。

 全員が完全に目を覚まし、支度を済ませた事を確認すると寝ている内に魔族の姿に戻っていたルージュが言った。

「さて、今日は具体的にはどう動く?」
「昨日と同じく、また二手に分かれよう。オレ達は森に入って食料を調達するのをメインに周辺の捜索を。アーコ達はこの宿の中を家探しするついでに数日滞在できるようにベースを作ってくれ。もしそれでも余裕があればもう一度このゴトワイの探索だな。明るくなれば気が付くことも多くなるだろう」
「任しときな。家を綺麗にして美味しい食事を用意してる新妻の気分で旦那様の帰りを待ってるぜ」

 アーコはししし、と揶揄うような笑いを見せた。

 ルージュはそれを完全に無視し、ラスキャブは困った様な笑いで答えていた。するとトスクルが何やらとても神妙な面持ちをしている事に気が付いた。

「トスクル? どうかしたのか?」
「…細かいのですが、一つ気になる点があって昨晩から考えていました」
「なんだ? 教えてくれ」

 トスクルの頭の回転や状況判断の能力はとても頼りになる。そんな彼女が気になる事があるというのは少々怖いが、改善ができれば間違いなくパーティにとってプラスになるだろう。

「トマスさんとジェルデさんの二人と話をしていて思ったことですが、ザートレさんの名前が些か浸透しすぎていると感じました」
「え? だってそれはザートレさんが魔王と戦ったことがあるからでしょ?」

 ピオンスコが頭に疑問符を浮かべて問い返す。トスクルの指摘の意図が分かっていないのは皆同じだ。

「はい。トマスさんも最後に魔王に挑んだ『囲む大地の者』という認識をしていました。恥ずかしながら私達はこれまでザートレさんのお名前は知りませんでした。ということは魔王軍の上層部くらいにしかその事実や記録が伝えられていないのかも知れません。しかしここはもう『螺旋の大地』です。魔王軍に在籍していた者、ザートレさんの昔の仲間、事によっては魔王本人がひょっこりと姿を現してもおかしくはありません」
「それはまあ…可能性としてはあるが」
「折角顔を変えられる特技があるのに、うっかり本名を読んでしまっては元も子もありません。ズィアルという偽名もその事が発端となって生まれた名前かと思いますが、うっかり本名を口ずさんでしまう子もあるかと思います。恥ずかしながら私もジェルデさんとの会話で何度かザートレさんの名前を出しそうになったことがあります」

 トスクルはそこで一つ咳ばらいをした。

「それに引き換え普段からザートレさんの事を主と呼んでいるルージュさんはどうしたって本名を口にすることはありません。試練とやらに進む前に定型の呼び方を決めた方がいいと思います」
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