a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】二章 そうそう平穏ではいられない

二十二、運命の動き出す音がする

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 予想通り、調書の作成には膨大な時間がかかった。この世界にカメラの技術はないから、僕の証言だけが全てだ。まともな目撃者もいないし、場所と時間と人を変え、何度も何度も同じことを伝える羽目になった。

 何とか最後の調査官である研究棟の警備責任者への報告を終えると、警護役と言う名の監視二人を連れて自室として宛がわれた部屋に戻る。すぐに出てきた温かいシチューと焼きたてのパン、マカロニサラダが心を解す。

「ふぅぅ……」

 やっと一人になれた。半ば拘束される形で王城へ連れて来られて、すでに丸二日が経っている。その間、ほとんどの時間を監視と過ごしたのだ。僕だって使用人のいる生活をしてきていたのである程度は慣れているけれど、相手の心象が余りいいものでないと分かっているだけに心労が激しい。
 コンコンコン。扉をノックされて顔を上げた。

「お客様です」
「通してください」

 使用人が皿を下げに来たわけではないようだ。渋々僕は立ち上がって応対用のソファーへ移動する。
 監視の一人が開けた扉から現れた姿に、一瞬だけ喜んでしまった。ブライトルが来たのかと思ったのだ。

「やあ、ご苦労様、エドマンド」
「っ、ウィンストン殿下!」

 僕は慌てて扉へ足を進めて出迎えた。ウィンストン殿下はそれに笑みで答えると、甘んじて案内を受けてソファーに腰かけてくれる。後ろからは当然側近が二人付いてきていた。背の高い青年と、比較的に小柄な若い男性だ。恐らく、片方の人は素手で戦闘ができるタイプで、もう一人はモクトスタの高ランクマスターだろう。

「いきなりの訪問、すまない。まずは座って」
「いえ、ありがとうございます。失礼いたします」
「使用人や食事などに何か問題はないかい? どこか不調などは?」
「お気遣いありがとうございます。よくしていただいおります。問題ありません」

「そうか。立て続けの調査だったが、二日に渡る協力ありがとう。各方面からの調書に先ほど目を通したよ。君があそこにいたのは偶然だろうけれど、お陰でアーチー・カメルの発見が早まった。色々と言う者はいるだろうけれど、私個人としては君の供述を全面的に信用しているよ」
「ありがとうございます」

 そこまで言うと、ウィンストン殿下はゆったりと下ろしていた両手の指をそっと組み合わせて両目を細めた。

「今日はどうしても聞いておきたいことがあって直接訪ねることにしたんだ」
「はい……」
「ブライトルの何が決め手だったのかを知りたくてね」
「は、え、……?」

 突然の気さくな言葉に、微かに前のめりになっていた体が揺れる。決め手? 間違いなく、婚約のことだろう。ここで、「何がですか?」なんてマヌケな返答はできない。できないけれど……。

「っ、ふ。私、の、人生を救い揚げてくれたから、です」
「彼が?」
「はい。真っすぐに、私に向き合ってくれました」
「……そう」

 心を落ち着けようとして吐いた息が、心なしか大きくなってしまった。この手の話題は、さすがに淡々と答えるにはまだ僕には高難易度だった。どうしても目尻が少し熱くなる。

「彼の選んだ相手が君であることを、私は素直に嬉しく思うよ。改めて、ようこそ我が国へ」
「ありがとうございます」

 ウィンストン殿下の目尻が和らぐ。銀色の髪も、トーカシアブルーの少し垂れ目ぎみの目元も、輪郭や鼻の形も、それぞれのパーツはブライトルとよく似ているのに真逆のような方だった。初めてお会いしたときは形式的な挨拶しかすることができなかったから、今後義兄として、次代の王として、僕は彼に仕えるのだと何故か納得してしまった。……まだ、トーカシア国へ来て大した時間も経っていないというのに。

「他にも聞きたいことはあるけれど、今後機会はたくさん巡ってくるだろう。今日はこの辺で退室するよ」
「はい、私もお話できて光栄でした」
「うん」

 柔らかい笑みで頷くと、殿下はすぐに背中を向けた。そして、側近の一人が開けた扉の前で立ち止まる。

「そう言えば、エドマンド。君から見たアーチー・カメルはどんな男だった?」
「アーチー・カメル、ですか?」
「ああ、あの男と対面して、生きている人間は少ないと言われている。君は自分が思っている以上に重要な立場にいるということになるな」
「その噂は耳にしたことがあります。恐れながら、私は運に恵まれただけの存在です。ご期待に添えるかは……」
「構わない。君の印象が知りたい」
「アーチー・カメル、は、実力は元より、状況判断に優れ、恐らく周囲の想定以上に忠誠心に厚い男に見えました」
「なるほど。参考にしよう」

 それだけ言うと、ウィンストン殿下は、今度こそ退室して行った。その後ろ姿も、やっぱりブライトルとは余り似ていなくて、背負う物や過ごしてきた時間の違いを感じ取ってしまった。

 殿下の本意がどこにあったのか、もしくは全部だったのかは分からない。僕はそう言った点には多分、疎い方だ。状況判断や相手の性格などを把握することはできても、その奥から先を計算するのは向いていない。経験である程度どうにかなるよう、努力はするつもりでいるけれど。

 愛するウィンストン殿下、か。マイールズの言葉を思い出す。なるほど、それも分かるような気がした。彼は全てを愛することができるのではないか、そう思えるほどの大きさを感じさせてくれた。だって、彼は恐らく演じていない。ブライトルから兄弟間の様子をしっかりと聞いたことはないけれど、今後、ゆっくりと知る機会もあるのだろうと扉を見つめた。
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