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序章・彼の幸せ
幸運
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最後の息が口から泡となって出て行く。
冷たい水が口から喉を通って肺へ流れ込んだ。
死ぬ。
ただ一つの確信がカイエンの頭に浮かぶ。
不思議と恐怖は無かった。
後悔があるとすれば、リーリルを助けられない事か。
それと、サニヤの事をもう見ることが出来ない事。
体の力が抜け、緩やかに死へと向かっているのを実感した。
「仕方ないさ。やるだけやった結末なら」
カイエンは自分が間違った人生を歩んできたとは思わない。
それが彼にとってせめてもの救いであった。
濁流へ素直に流されると、思ったよりも心地が良い場所のようにも感じる。
そんなカイエンの肩を何かが掴んで、思いっきり引き上げた。
バシャリと水の跳ねる音と共に、雨の打つ音が聞こえてくる。
鼻から空気が流れ込み、肺の水を押し出す。
「ゴホ!」
咳と共に肺の水を吐き出し、肺の空気は全身へ行き渡る。
脳がハッキリと動き出して、自分の顔が水面から出ている事に気がついた。
「まだ生きてるぞ!」
「引け! 引けえ!」
濁流の中、三人の男がカイエンを掴んでいる。
リーリルの兄達だ。
彼らは片手でカイエンを掴み、もう片手でロープを掴んでいた。
ロープの先は開拓地に逃げ込んだ村人達が掴んでいる。
どうやら、濁流に開拓地の近くまで流されたようだ。
「息を合わせて引っ張れえ! せーのぉ!」
グイッと引っ張られ、カイエンはさらに開拓地へ近づく。
「せーのぉ!」
さらに開拓地へ近づく。
「せーのぉ!」
掛け声が聞こえる度に開拓地へと引っ張られていった。
カイエンは自分が助かったのだと分からず、ぼんやりとその光景を眺めている。
そして、段々とハッキリする頭は、先ほど助けた子供の事を思い出した。
あの濁流の中で離してしまったのではと不安に思いながら胸を見ると、しっかりと抱きかかえている。
そして、その子供が誰なのかもしっかりと確認出来た。
リーリルだ。
あの濁流の中で、カイエンはリーリルを見事に掴んだのだった。
だが、リーリルはぐったりと青ざめた顔をしていて、意識が無い。
あの濁流の中で、カイエンは一度、呼吸を整える事が出来たが、リーリルは恐らく、ずっと水の中に居たのだ。
かなり水を飲んだのかも知れない。
「せーのぉ!」
ついに足が地面につき、リーリルの兄達三人に引かれて開拓地へと引き上げられた。
「カイエン様! 無事で良かったです!」
皆は、カイエンが無事なのを確認して歓声を上げた。
しかし、カイエンがその腕に抱くリーリルを地面へ寝かせると、皆も彼女の意識が無いのに気付き、すぐにしんと静まり返る。
リーリルは胸元に子犬を抱いていた。
子犬を助けるために河へと向かっていたのだろうか。
しかし、子犬もまたピクリとも動かなかった。
「カイエン様……。リーリル……もしかして、呼吸をしてないのでは……」
マーサ達が傍にやって来て、リーリルの胸が動いていないのに気付くと沈んだ声で言う。
「呼吸は……してません」
「ああ! そんな……! あなた! リーリルが!」
マーサは膝をつき、哀しみの声を上げた。
「いいや! まだだ!」
カイエンはリーリルの抱きしめる子犬をどかし、服を胸元まで裂く。
「昔、王都の軍医が蘇生方法というものを提唱していた。確か、その方法は!」
リーリルの胸を拳で叩く。
何度か叩くと、今度は口と口を付けて息を流し込み初めた。
村人達はカイエンの気が狂ったのだと思う。
死んだ子供の胸を殴りつけ、死体とキスをするなど正気の沙汰と思えなかったのだ。
「カイエン様……! もう良いです! もう良いですから!」
マーサを始め、リーリルの家族全員がカイエンに止めるよう言う。
リーリルが死んだことでさえショックなのに、尊敬するカイエンが狂う姿など見たく無かったからだ。
「止めないで下さい! まだ生き返るはず! 息が止まってすぐなら、まだ……!」
誰も彼もが、無駄な事だと言う目で見ている。
しかし、カイエンは諦めず、最後の希望を込めて続けた。
ドンと拳で胸に叩きつけた時、リーリルの手足がピクリと動く。
そう。ピクリと動いたのだ。
カイエンのやっていることは決して無駄では無い。
その確信を得たカイエンは唇と唇を付けて、リーリルの肺へ息を送り込んだ。
ふーっと息がリーリルの中へ入っていくと同時に、カイエンの口へ水が流れてきた。
すぐに口を離すと、リーリルは顎を上げて、口からゴボゴボと水を流し始める。
皆、何が起こったのか分からず、ただ黙ってリーリルを見た。
カイエンも、これが良い兆候なのか悪い兆候なのか分からず、ただ見ているだけだ。
すると、リーリルが目をカッと開き、体を跳ね起こした。
そして、苦しそうに咳き込みながら肺の水を一気に吐き出したのである。
その様子を誰もが戸惑って見ていた。
リーリルは苦しそうに肩で息をしながら周囲を見て、マーサと目が合う。
「お母さん……? ここ、どこ?」
リーリルがそう言った瞬間、マーサはわっと泣きながらリーリルを抱き締めた。
「良かった! 良かった! 生き返ってくれて本当に良かった!」
「苦しいよ。お母さん……サニヤも居るのに」
マーサがサニヤと一緒にリーリルを抱き締めたので、リーリルは目の前に居るサニヤの事を心配していた。
リーリルは自分がなぜここに居て、何で皆が自分を囲んでいるのかを理解していない様子である。
しかし、リーリルが混乱していようと、彼女が息を吹き返して起き上がったという事実に人々は喜び、ワッと歓声を挙げた。
凄い! やった! と、喜ぶ皆がなんで喜んでいるのか分からないリーリルはただ首を傾げるだけだった。
その時、歓声に混じって悲鳴が挙がる。
何事かと皆が悲鳴のした方を見ると、森側の人々が恐怖の顔を浮かべてカイエン達のいる方へ走ってくるでは無いか。
「魔物だあ! 森から魔物が!」
そう叫ぶので、誰もが驚いて森を見る。
そこには、確かにゴブリンやボガードといった魔物達が続々と森から現れていた。
ゴブリンは大人の膝ほどの高さで、やせ細った四肢と膨れた水腹が特徴だ、そして、例に漏れず額から二本の角が生えている。
さらに、バキバキと木を薙ぎ倒し、巨大な姿の魔物が現れた。
身長は巨木ほど、腕もまるで丸太で、腹は肥えてでっぷりと出ている。
それはトロールだ。
トロールとは恐ろしい魔物だ。
腕の一薙ぎで家屋を倒壊させるなど容易い怪力を持つ。
数十匹のゴブリンとボカード。
それとトロール。
なぜこんな大雨の時に、魔物の大群と出くわすのか。
甚だ運が悪い。
実を言うと、魔物達が現れたのも大雨のせいなのだ。
森の奥深くには、大河へと流れ込む小川が幾つかあり、この大雨で小川が溢れかえったため、魔物が川から逃れてこの開拓地へとやって来てしまったのである。
そして、人間を見付けた魔物がやることはただ一つ。
狂気と殺意をもって、襲い来るだけだ。
魔物が涎を撒き散らし、恐ろしい牙を剥き出しに走りだした。
カイエン達の背後は荒れ狂う濁流にて逃げ場無い。
ならば、戦わねばならぬ。
カイエンはそう思い、人々の前に立って、襲い来る魔物と対峙した。
剣はリーリルを助けるために捨ててもう無い。
ただ素手のみで魔物と戦おうというのだ。
だが、そうするより他に道は無い。
カイエンはただ素手で構える。
戦争では、相手を掴んで組み伏せる技術がある。
また、武器が壊れた時に戦う技法もある。
決して素手での戦いが出来ない訳では無い。
「……来い!」
ゴブリンが手に持った尖った骨をカイエンへ向け、鋭く小さな歯を見せて雄叫びを挙げなら跳び上がろうとした。
その時、サニヤが大声を挙げて泣いた。
すると、ゴブリンは跳び上がろうとした姿勢のまま、ピタリと動きを止める。
やや屈んだ姿勢のまま、じっとカイエンを見つめるのだ。
いいや、そのゴブリンばかりか、他のゴブリンやボガード、トロールまで足を止めて、襲おうとしてこない。
魔物達は何かを確認するかのように互いに顔を見合わせたあと、ゆっくりと下がっていく。
一体全体何が起こっているのか?
雷雨の激しい音と、サニヤの泣き声だけが響く中、誰もが魔物の特異な行動に戸惑い、ただその動向を見ることしか出来ない。
カイエン達の警戒とは裏腹に、魔物は襲いくる事無く森にまで戻ると、森の中から皆を監視するように見ていた。
すると、ようやくサニヤは泣き止んだ。
まるで、魔物達が離れたのを確認したかのようにだ。
カイエン達はそれでも、魔物達がいつ襲いくるか怖くて、ずっと森を警戒していた。
森を境に空気は緊張している。
しかし、待てども待てども、魔物達は森から出て来ず、やがて雨は止み、雲間から朝日が差し込み始めた。
ザザザと大河は引いていく。
すると、魔物達は一匹、また一匹と森の中へ姿を消していった。
なぜカイエン達を襲わなかったのか分からない。
だが、カイエン達は生きている。
森の反対を見れば、氾濫した河に、家も畑も何もかも掠われた荒涼とした大地が広がっていた。
何もかも失ったのだろうか?
いや、皆生きている。
そう。村人同士が互いを見合えば、行方不明の者は誰も居なかった。
誰も死んでない。
誰も居なくなってない。
全員が生き残ったのには幾つか要因がある。
河辺の住民がいち早く増水に気付き、注意を呼び掛けながら逃げた事。
カイエンが危険を覚悟で河へ向かいながら、開拓地へ逃げるよう呼びかけた事。
足腰の弱い者や走れない者を、村人同士が支え合って助けてもいた。
色々な要因があった。
カイエンがリーリルを濁流の中で掴まえ、奇跡的に開拓地へと流された事もそうだ。
魔物達が奇跡的な気まぐれを起こして、なぜか見逃してくれた事もそうだ。
そして、誰一人欠ける事無く、今、立っている。
「生きている……俺達」
誰かが呟いた声は、静まり返った開拓地に痛いほど響く。
生きている。
そう。生きている。
「生きてるんだ!」
「そうだ! 生きてる!」
叫んだ。
あらん限りの声で。
生きている。
ただそれだけで、村人達は歓喜の声を叫んで喜んだ。
冷たい水が口から喉を通って肺へ流れ込んだ。
死ぬ。
ただ一つの確信がカイエンの頭に浮かぶ。
不思議と恐怖は無かった。
後悔があるとすれば、リーリルを助けられない事か。
それと、サニヤの事をもう見ることが出来ない事。
体の力が抜け、緩やかに死へと向かっているのを実感した。
「仕方ないさ。やるだけやった結末なら」
カイエンは自分が間違った人生を歩んできたとは思わない。
それが彼にとってせめてもの救いであった。
濁流へ素直に流されると、思ったよりも心地が良い場所のようにも感じる。
そんなカイエンの肩を何かが掴んで、思いっきり引き上げた。
バシャリと水の跳ねる音と共に、雨の打つ音が聞こえてくる。
鼻から空気が流れ込み、肺の水を押し出す。
「ゴホ!」
咳と共に肺の水を吐き出し、肺の空気は全身へ行き渡る。
脳がハッキリと動き出して、自分の顔が水面から出ている事に気がついた。
「まだ生きてるぞ!」
「引け! 引けえ!」
濁流の中、三人の男がカイエンを掴んでいる。
リーリルの兄達だ。
彼らは片手でカイエンを掴み、もう片手でロープを掴んでいた。
ロープの先は開拓地に逃げ込んだ村人達が掴んでいる。
どうやら、濁流に開拓地の近くまで流されたようだ。
「息を合わせて引っ張れえ! せーのぉ!」
グイッと引っ張られ、カイエンはさらに開拓地へ近づく。
「せーのぉ!」
さらに開拓地へ近づく。
「せーのぉ!」
掛け声が聞こえる度に開拓地へと引っ張られていった。
カイエンは自分が助かったのだと分からず、ぼんやりとその光景を眺めている。
そして、段々とハッキリする頭は、先ほど助けた子供の事を思い出した。
あの濁流の中で離してしまったのではと不安に思いながら胸を見ると、しっかりと抱きかかえている。
そして、その子供が誰なのかもしっかりと確認出来た。
リーリルだ。
あの濁流の中で、カイエンはリーリルを見事に掴んだのだった。
だが、リーリルはぐったりと青ざめた顔をしていて、意識が無い。
あの濁流の中で、カイエンは一度、呼吸を整える事が出来たが、リーリルは恐らく、ずっと水の中に居たのだ。
かなり水を飲んだのかも知れない。
「せーのぉ!」
ついに足が地面につき、リーリルの兄達三人に引かれて開拓地へと引き上げられた。
「カイエン様! 無事で良かったです!」
皆は、カイエンが無事なのを確認して歓声を上げた。
しかし、カイエンがその腕に抱くリーリルを地面へ寝かせると、皆も彼女の意識が無いのに気付き、すぐにしんと静まり返る。
リーリルは胸元に子犬を抱いていた。
子犬を助けるために河へと向かっていたのだろうか。
しかし、子犬もまたピクリとも動かなかった。
「カイエン様……。リーリル……もしかして、呼吸をしてないのでは……」
マーサ達が傍にやって来て、リーリルの胸が動いていないのに気付くと沈んだ声で言う。
「呼吸は……してません」
「ああ! そんな……! あなた! リーリルが!」
マーサは膝をつき、哀しみの声を上げた。
「いいや! まだだ!」
カイエンはリーリルの抱きしめる子犬をどかし、服を胸元まで裂く。
「昔、王都の軍医が蘇生方法というものを提唱していた。確か、その方法は!」
リーリルの胸を拳で叩く。
何度か叩くと、今度は口と口を付けて息を流し込み初めた。
村人達はカイエンの気が狂ったのだと思う。
死んだ子供の胸を殴りつけ、死体とキスをするなど正気の沙汰と思えなかったのだ。
「カイエン様……! もう良いです! もう良いですから!」
マーサを始め、リーリルの家族全員がカイエンに止めるよう言う。
リーリルが死んだことでさえショックなのに、尊敬するカイエンが狂う姿など見たく無かったからだ。
「止めないで下さい! まだ生き返るはず! 息が止まってすぐなら、まだ……!」
誰も彼もが、無駄な事だと言う目で見ている。
しかし、カイエンは諦めず、最後の希望を込めて続けた。
ドンと拳で胸に叩きつけた時、リーリルの手足がピクリと動く。
そう。ピクリと動いたのだ。
カイエンのやっていることは決して無駄では無い。
その確信を得たカイエンは唇と唇を付けて、リーリルの肺へ息を送り込んだ。
ふーっと息がリーリルの中へ入っていくと同時に、カイエンの口へ水が流れてきた。
すぐに口を離すと、リーリルは顎を上げて、口からゴボゴボと水を流し始める。
皆、何が起こったのか分からず、ただ黙ってリーリルを見た。
カイエンも、これが良い兆候なのか悪い兆候なのか分からず、ただ見ているだけだ。
すると、リーリルが目をカッと開き、体を跳ね起こした。
そして、苦しそうに咳き込みながら肺の水を一気に吐き出したのである。
その様子を誰もが戸惑って見ていた。
リーリルは苦しそうに肩で息をしながら周囲を見て、マーサと目が合う。
「お母さん……? ここ、どこ?」
リーリルがそう言った瞬間、マーサはわっと泣きながらリーリルを抱き締めた。
「良かった! 良かった! 生き返ってくれて本当に良かった!」
「苦しいよ。お母さん……サニヤも居るのに」
マーサがサニヤと一緒にリーリルを抱き締めたので、リーリルは目の前に居るサニヤの事を心配していた。
リーリルは自分がなぜここに居て、何で皆が自分を囲んでいるのかを理解していない様子である。
しかし、リーリルが混乱していようと、彼女が息を吹き返して起き上がったという事実に人々は喜び、ワッと歓声を挙げた。
凄い! やった! と、喜ぶ皆がなんで喜んでいるのか分からないリーリルはただ首を傾げるだけだった。
その時、歓声に混じって悲鳴が挙がる。
何事かと皆が悲鳴のした方を見ると、森側の人々が恐怖の顔を浮かべてカイエン達のいる方へ走ってくるでは無いか。
「魔物だあ! 森から魔物が!」
そう叫ぶので、誰もが驚いて森を見る。
そこには、確かにゴブリンやボガードといった魔物達が続々と森から現れていた。
ゴブリンは大人の膝ほどの高さで、やせ細った四肢と膨れた水腹が特徴だ、そして、例に漏れず額から二本の角が生えている。
さらに、バキバキと木を薙ぎ倒し、巨大な姿の魔物が現れた。
身長は巨木ほど、腕もまるで丸太で、腹は肥えてでっぷりと出ている。
それはトロールだ。
トロールとは恐ろしい魔物だ。
腕の一薙ぎで家屋を倒壊させるなど容易い怪力を持つ。
数十匹のゴブリンとボカード。
それとトロール。
なぜこんな大雨の時に、魔物の大群と出くわすのか。
甚だ運が悪い。
実を言うと、魔物達が現れたのも大雨のせいなのだ。
森の奥深くには、大河へと流れ込む小川が幾つかあり、この大雨で小川が溢れかえったため、魔物が川から逃れてこの開拓地へとやって来てしまったのである。
そして、人間を見付けた魔物がやることはただ一つ。
狂気と殺意をもって、襲い来るだけだ。
魔物が涎を撒き散らし、恐ろしい牙を剥き出しに走りだした。
カイエン達の背後は荒れ狂う濁流にて逃げ場無い。
ならば、戦わねばならぬ。
カイエンはそう思い、人々の前に立って、襲い来る魔物と対峙した。
剣はリーリルを助けるために捨ててもう無い。
ただ素手のみで魔物と戦おうというのだ。
だが、そうするより他に道は無い。
カイエンはただ素手で構える。
戦争では、相手を掴んで組み伏せる技術がある。
また、武器が壊れた時に戦う技法もある。
決して素手での戦いが出来ない訳では無い。
「……来い!」
ゴブリンが手に持った尖った骨をカイエンへ向け、鋭く小さな歯を見せて雄叫びを挙げなら跳び上がろうとした。
その時、サニヤが大声を挙げて泣いた。
すると、ゴブリンは跳び上がろうとした姿勢のまま、ピタリと動きを止める。
やや屈んだ姿勢のまま、じっとカイエンを見つめるのだ。
いいや、そのゴブリンばかりか、他のゴブリンやボガード、トロールまで足を止めて、襲おうとしてこない。
魔物達は何かを確認するかのように互いに顔を見合わせたあと、ゆっくりと下がっていく。
一体全体何が起こっているのか?
雷雨の激しい音と、サニヤの泣き声だけが響く中、誰もが魔物の特異な行動に戸惑い、ただその動向を見ることしか出来ない。
カイエン達の警戒とは裏腹に、魔物は襲いくる事無く森にまで戻ると、森の中から皆を監視するように見ていた。
すると、ようやくサニヤは泣き止んだ。
まるで、魔物達が離れたのを確認したかのようにだ。
カイエン達はそれでも、魔物達がいつ襲いくるか怖くて、ずっと森を警戒していた。
森を境に空気は緊張している。
しかし、待てども待てども、魔物達は森から出て来ず、やがて雨は止み、雲間から朝日が差し込み始めた。
ザザザと大河は引いていく。
すると、魔物達は一匹、また一匹と森の中へ姿を消していった。
なぜカイエン達を襲わなかったのか分からない。
だが、カイエン達は生きている。
森の反対を見れば、氾濫した河に、家も畑も何もかも掠われた荒涼とした大地が広がっていた。
何もかも失ったのだろうか?
いや、皆生きている。
そう。村人同士が互いを見合えば、行方不明の者は誰も居なかった。
誰も死んでない。
誰も居なくなってない。
全員が生き残ったのには幾つか要因がある。
河辺の住民がいち早く増水に気付き、注意を呼び掛けながら逃げた事。
カイエンが危険を覚悟で河へ向かいながら、開拓地へ逃げるよう呼びかけた事。
足腰の弱い者や走れない者を、村人同士が支え合って助けてもいた。
色々な要因があった。
カイエンがリーリルを濁流の中で掴まえ、奇跡的に開拓地へと流された事もそうだ。
魔物達が奇跡的な気まぐれを起こして、なぜか見逃してくれた事もそうだ。
そして、誰一人欠ける事無く、今、立っている。
「生きている……俺達」
誰かが呟いた声は、静まり返った開拓地に痛いほど響く。
生きている。
そう。生きている。
「生きてるんだ!」
「そうだ! 生きてる!」
叫んだ。
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生きている。
ただそれだけで、村人達は歓喜の声を叫んで喜んだ。
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