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5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟
激突
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カイエン軍三万がザルツバインより出陣。
いや、カイエン軍と言うには語弊があり、今回の戦いの総指揮官としてルカオット自らが出陣しているので、ルカオット軍三万と言うべきであろう。
また、ザルツバイン北方にある町々から東方諸侯の率いる合計二万の兵が迎撃に出る。
ルカオット軍がわざわざ堅固な城壁に頼らずに出て来たのは、ルーガ軍が攻城兵器を運用していると言うので、籠城は出来ないと考え、迎撃に出たのだ。
そして、ルカオット軍とサリオン軍は大きな平野で見敵し、互いに陣を張る。
どうやらサリオン軍はルカオット軍より多い五万か。
カイエンはルカオットを通じて、全隊に築城させる。
築城と言っても城を作るわけでは無く、防柵や盛り土、寝食するための掘っ立て小屋染みた小屋を作るのだ。
カイエンは数の不利を覆すため、防衛によって長期戦へもつれ込ませるつもりなのである。
なにせ長期戦となれば数が多い方に補給の不利が生じ、さすれば敵軍から寝返る部隊があるだろう。
反乱軍も王国軍も急造の部隊の集まりである。
金で雇われている傭兵もそうだが、貴族でさえ、より高い地位につかせてくれる側に付こうと考えていたのだ。
つまり、この戦いのキーは裏切りや寝返りであろうとハリバーとラキーニは読んだのだ。
それはルカオット軍の陣にも現れていた。
最後尾にルカオット隊を据え、その前にカイエン隊。
カイエン隊の前にシュレン隊を置き、その右翼にロイバック隊、左翼にキュレイン隊。
そして、シュレン隊の前にオーグィックと言う東方諸侯の一人が率いる隊を置き、さらにその前にガツィと言う御輿将軍ラズリーの右腕だった男の率いる隊を置いた。
裏切りそうな人はオーグィックとガツィ。
彼らが裏切って来ても対処が容易な位置に置いてあるのだ。
いつ誰が裏切ってもおかしくないので、警戒するのは当然と言えた。
ちなみに、サマルダと自警団上がりの兵は全員、ルカオット隊に編成されている。
最も裏切らない人をルカオットの周囲に配置する手管だ。
さて、築城の最中にカイエンの元へ、北方の丘に陣取るルカオット軍のオルバーニという東方諸侯からカイエン隊へ伝令が来た。
オルバーニが丘の上から見たところ、サリオン軍の北方にはノバーダ・ラクラロール率いる三万の軍が陣取っているのが見えたと言う。
カイエンはオルバーニへ、丘の上からノバーダの動きをよく見て、場合によっては牽制するように。と伝令を東方諸侯の元へと帰した。
また、王国軍の左翼に位置するキュレイン隊から、南方の山にルーガ軍の旗が見えたと報告が来る。
来たかとカイエンは思った。
その山にサニヤが居る……。
カイエンはあらかじめ、全隊にサニヤの人となりを伝えて、戦場で見たら生け捕りにするよう命令してあるが、戦いの混乱において殺されてしまう可能性もあるだろう。
どうか無事に出会えるようにとカイエンは祈った。
――さて、その頃、ルカオット軍とサリオン軍が睨み合う平野より南にある山に陣を張っているルーガ軍一万はというと。
一万と言っても、山頂に一万人がひしめいている訳も無く、山頂とその付近に五千。
戦場の反対側の斜面に残り五千人が陣を張っている形である。
その山の上から、五万のルカオット軍とサリオン軍の対峙を見るのは壮観であろう。
現に、サニヤはその迫力にドキドキとしたような気持ちで山頂から陣を見下ろしていた。
そして、あの軍の中にお父様が居るとも考えていたのだ。
今回、野戦であるため、サニヤは投石器の輸送を指揮する必要も無いので、少しだけ暇だった。
なので、戦場をゆっくりと観察していたのである。
「凄い迫力だよな」
見下ろしているサニヤへガラナイがそう言った。
「あんた。あそこへ突撃するでしょ」
ガラナイは今回も先鋒の騎馬突撃部隊である。
つまり、カイエン軍五万へ突撃するのだ。
端から見ても、あの五万の軍勢に突撃するのは自殺行為であろう。
しかし、だからこそガラナイでなければ務まらぬ事だとも言えた。
なぜならば、誰だって死にたくないのであるからして、誰もあんな所に突撃などしたくない。
だからこそルーガの息子が突撃するならば話は変わってくる。
兵がどれだけ死を惜しんでも、ガラナイが突撃するならば突撃せざるを得ないのだ。
「とはいえ、突撃命令が出るかは分かんないけどな」とガラナイが言う。
どう言う事かとサニヤが聞けば、「これから弁当の時間だそうだ」とガラナイが答えた。
ますます意味が分からないとサニヤは眉をひそめる。
「ついさっき、親爺の元へサリオンの使者が来たんだ」
ガラナイが説明する。
使者が伝えに来たのは「王国軍が築城を終える前に逆落としにて敵軍に損害を与えよ」という命令である。
逆落としとは崖や斜面を一息に降り、その勢いでもって麓に居る敵へと大打撃を与える事であるが、最大の弱点は逆落としによって敵軍の陣形が崩れなかった場合、坂や崖を登って撤退せねばならず、坂の下から追撃されると不利なのだ。
いわば逆落としとは一撃必殺の奥義とも言えよう。
なので、ルーガは、一万人で五万の肉壁に突撃したら、その後は全滅必至だと使者に激怒し、その上で「我らはこれより弁当を食べるから、今すぐ突撃は出来ん」と言ったのである。
これに使者は何を言っているのかと、サリオン様の作戦をたかが弁当ごときで狂わせるつもりかと言った。
「腹が減って戦が出来るか! そもそも、飯を食う時間を惜しんで反乱軍の先鋒として戦い続けたから腹が減ってるんだ! 分かったら口答えせずにさっさとサリオン兄様へ伝えてこぬか!」
今にも斬り殺しそうな勢いで言われたために、使者は肝を潰してサリオンの陣地へと馬を駆けて行ったのだと、ガラナイは笑いながら言う。
あのルーガに激怒された使者は確かに不憫であろう。
しかし、サニヤは、なぜ今さら弁当なのかと疑問に思う。
「親父はああ見えて優柔不断なんだよ」
かつて、まだルーガが領土を持ってない頃、王家直下の騎士として各地の領主の元を転々としていた頃の話、ガラナイが五歳前後の時。
母ターミルとガラナイは時々、激しく口喧嘩した事があった。
原因は、礼儀作法をあまりにターミルがうるさく言うので、反抗期のガラナイがストレスを爆発させた事による。
ルーガはそんな時、どちらに味方することなく、自己鍛錬をすると称して逃げてしまうのだ。
どうせ二ヶ月か三ヶ月もすれば騎士として出兵するのだから、その時まで問題を先延ばしにしようという腹積もりなのである。
この話を聞いたサニヤは、思い返してみれば、確かにルーガは心が弱い所があるなと思い、「意外と弱虫なんだね」とクスっと笑う。
「そうさ。親父は誰かに後押ししてもらわないと、満足に何かを決められ無いのさ」
ガラナイの言うとおり、結局、ルーガはサリオンとカイエンのどちらにも義理立てしてしまい動けないのだ。
どちらにつくべきかルーガ自身決められず、弁当を食べるなどとふざけた方法で問題を引き伸ばそうとしているのである。
「男らしくない奴ねぇ」
「言えてる」
ハハハと笑うガラナイであるが、すぐに「なあ、サニヤ」と真剣な目でサニヤを見てきた。
なので、サニヤはどうしたのだろうと気持ちを引き締めてガラナイを見返す。
「俺も男らしく一つ、言おうと思うことがあるんだ」
「なに。そんな真剣な目で、あんたらしくない」
軽口言うサニヤであるが、ガラナイに真剣な目で見つめられてドキドキとしてしまう。
しかし、ガラナイが次の言葉を言う前に、「サニヤ様! ルーガ様から物資を後方から輸送するようにとの命令です」と、ルーガ隊からの伝令が来たのである。
もう、何なのよとサニヤはうんざりした顔で「分かった!」と返事すると、ガラナイは笑って「んじゃ、この話は後でだ」と言うのだ。
「今言えば良いじゃん」
「この戦いが終わってからの方が都合が良いんだよ」
「あっそ」
じゃ、楽しみにしてるから。と、サニヤは馬首を転じて山を降っていった。
ルーガ軍の物資は山の中腹の陣地に置いてある。
サニヤはそこに行くと、輸送隊を連れて物資を持っていく。
持っていくと言っても、輜重車を引いて真っ直ぐ山を登る事は出来ない量だ。
なので、山をぐるりと周りながら上を目指していく形となった。
山頂に陣取る五千人分の食糧や衣服に、松明等の明かりを点けるための油等々を百人そこらの輸送隊で運ぶので、かなりの骨である。
彼らは輜重車を引いたり押したりしながら、「手柄も立てられないのに損な役回り」とか「こんなキツいならなぁ……」とブツブツと文句を垂れていたのだ。
車輪がぬかるみにはまるし、岩を避けたら輜重車が斜面を滑り落ちそうになるし、散々である。
そんな彼らの横で、サニヤは木々の合間から平野を眺めていた。
「動き出した」
サニヤがポツリと呟く。
サリオン軍の作る幾何学模様が、一糸も乱れず前進を開始し、ルカオット軍も対抗して前進を始めたのだ。
――サリオンはルーガ軍が動かないと伝令から聞いて、ならばルカオット軍の陣地が出来る前に打撃を加えるため、本軍を前進させてのである。
兵数では上回っているのだから、もっと慎重に戦うことを騎士達は進言したが、サリオンに言わせれば「カイエン相手に悠長な事を言うな」だ。
鬚を生やした威厳のある顔は昔と変わらず余裕ぶっていたが、内心ではカイエンが障害として立ちはだかるのが面白くない。
昔からサリオンはカイエンが嫌いだった。
才能も武功も自分に並び、その地位を脅かしてくる。
そのくせに色んな人から好かれて、彼の回りには自然と人が寄ってきた。自分は小さい頃から、その才能を恐れられて来たというのに!
しかも勝手に墓穴を掘って左遷されたかと思えば、開拓の功績を引っ提げて帰ってきた。
その後すぐに、王や父に舐めた態度を取り、再び左遷されたと思えば、結局許されたばかりか、自分が父より継ぐべき防府太尉の位を継ぐなんて話も出てきたのだ。
サリオンはそれが許せなかった。
カイエンもそうだし、カイエンを許そうとしたり、あまつさえその能力を評価する者も許せない。
そして今、全ての邪魔者を排除したサリオンの前に立ちはだかるのは、誰であろうそのカイエンなのだ。
内心では腸も煮えくり返る思いである。
サリオンは従軍していた三人の息子へ、必ずカイエンの首をお前達が取れと命じて、進軍を開始したのであった。
―― 一方、ルカオット軍はカイエンの指揮の下、進軍を開始している。
ルカオット軍の陣形は鋒矢(ほうし)陣。
突撃力と突破力に優れた陣形である。
なぜ長期戦狙いのカイエンが鋒矢陣を取ったかというと、突破されないように敵軍が防御型の陣を作ると踏んだからだ。
そして、現にサリオン軍は敵の動きを止めやすい衝扼(こうやく)陣を敷いている。
衝扼陣は各部隊を左右二列段違いにする陣形であり、敵軍の足を止める事を目的とした陣形だ。
カイエンは即座に陣形の再編を命じ、全軍がルカオットを中心に円を作る方円陣へ移行。
そのまま前進する二つの軍が平野の中央にて衝突する。
こうして、決戦の火蓋が切られた。
いや、カイエン軍と言うには語弊があり、今回の戦いの総指揮官としてルカオット自らが出陣しているので、ルカオット軍三万と言うべきであろう。
また、ザルツバイン北方にある町々から東方諸侯の率いる合計二万の兵が迎撃に出る。
ルカオット軍がわざわざ堅固な城壁に頼らずに出て来たのは、ルーガ軍が攻城兵器を運用していると言うので、籠城は出来ないと考え、迎撃に出たのだ。
そして、ルカオット軍とサリオン軍は大きな平野で見敵し、互いに陣を張る。
どうやらサリオン軍はルカオット軍より多い五万か。
カイエンはルカオットを通じて、全隊に築城させる。
築城と言っても城を作るわけでは無く、防柵や盛り土、寝食するための掘っ立て小屋染みた小屋を作るのだ。
カイエンは数の不利を覆すため、防衛によって長期戦へもつれ込ませるつもりなのである。
なにせ長期戦となれば数が多い方に補給の不利が生じ、さすれば敵軍から寝返る部隊があるだろう。
反乱軍も王国軍も急造の部隊の集まりである。
金で雇われている傭兵もそうだが、貴族でさえ、より高い地位につかせてくれる側に付こうと考えていたのだ。
つまり、この戦いのキーは裏切りや寝返りであろうとハリバーとラキーニは読んだのだ。
それはルカオット軍の陣にも現れていた。
最後尾にルカオット隊を据え、その前にカイエン隊。
カイエン隊の前にシュレン隊を置き、その右翼にロイバック隊、左翼にキュレイン隊。
そして、シュレン隊の前にオーグィックと言う東方諸侯の一人が率いる隊を置き、さらにその前にガツィと言う御輿将軍ラズリーの右腕だった男の率いる隊を置いた。
裏切りそうな人はオーグィックとガツィ。
彼らが裏切って来ても対処が容易な位置に置いてあるのだ。
いつ誰が裏切ってもおかしくないので、警戒するのは当然と言えた。
ちなみに、サマルダと自警団上がりの兵は全員、ルカオット隊に編成されている。
最も裏切らない人をルカオットの周囲に配置する手管だ。
さて、築城の最中にカイエンの元へ、北方の丘に陣取るルカオット軍のオルバーニという東方諸侯からカイエン隊へ伝令が来た。
オルバーニが丘の上から見たところ、サリオン軍の北方にはノバーダ・ラクラロール率いる三万の軍が陣取っているのが見えたと言う。
カイエンはオルバーニへ、丘の上からノバーダの動きをよく見て、場合によっては牽制するように。と伝令を東方諸侯の元へと帰した。
また、王国軍の左翼に位置するキュレイン隊から、南方の山にルーガ軍の旗が見えたと報告が来る。
来たかとカイエンは思った。
その山にサニヤが居る……。
カイエンはあらかじめ、全隊にサニヤの人となりを伝えて、戦場で見たら生け捕りにするよう命令してあるが、戦いの混乱において殺されてしまう可能性もあるだろう。
どうか無事に出会えるようにとカイエンは祈った。
――さて、その頃、ルカオット軍とサリオン軍が睨み合う平野より南にある山に陣を張っているルーガ軍一万はというと。
一万と言っても、山頂に一万人がひしめいている訳も無く、山頂とその付近に五千。
戦場の反対側の斜面に残り五千人が陣を張っている形である。
その山の上から、五万のルカオット軍とサリオン軍の対峙を見るのは壮観であろう。
現に、サニヤはその迫力にドキドキとしたような気持ちで山頂から陣を見下ろしていた。
そして、あの軍の中にお父様が居るとも考えていたのだ。
今回、野戦であるため、サニヤは投石器の輸送を指揮する必要も無いので、少しだけ暇だった。
なので、戦場をゆっくりと観察していたのである。
「凄い迫力だよな」
見下ろしているサニヤへガラナイがそう言った。
「あんた。あそこへ突撃するでしょ」
ガラナイは今回も先鋒の騎馬突撃部隊である。
つまり、カイエン軍五万へ突撃するのだ。
端から見ても、あの五万の軍勢に突撃するのは自殺行為であろう。
しかし、だからこそガラナイでなければ務まらぬ事だとも言えた。
なぜならば、誰だって死にたくないのであるからして、誰もあんな所に突撃などしたくない。
だからこそルーガの息子が突撃するならば話は変わってくる。
兵がどれだけ死を惜しんでも、ガラナイが突撃するならば突撃せざるを得ないのだ。
「とはいえ、突撃命令が出るかは分かんないけどな」とガラナイが言う。
どう言う事かとサニヤが聞けば、「これから弁当の時間だそうだ」とガラナイが答えた。
ますます意味が分からないとサニヤは眉をひそめる。
「ついさっき、親爺の元へサリオンの使者が来たんだ」
ガラナイが説明する。
使者が伝えに来たのは「王国軍が築城を終える前に逆落としにて敵軍に損害を与えよ」という命令である。
逆落としとは崖や斜面を一息に降り、その勢いでもって麓に居る敵へと大打撃を与える事であるが、最大の弱点は逆落としによって敵軍の陣形が崩れなかった場合、坂や崖を登って撤退せねばならず、坂の下から追撃されると不利なのだ。
いわば逆落としとは一撃必殺の奥義とも言えよう。
なので、ルーガは、一万人で五万の肉壁に突撃したら、その後は全滅必至だと使者に激怒し、その上で「我らはこれより弁当を食べるから、今すぐ突撃は出来ん」と言ったのである。
これに使者は何を言っているのかと、サリオン様の作戦をたかが弁当ごときで狂わせるつもりかと言った。
「腹が減って戦が出来るか! そもそも、飯を食う時間を惜しんで反乱軍の先鋒として戦い続けたから腹が減ってるんだ! 分かったら口答えせずにさっさとサリオン兄様へ伝えてこぬか!」
今にも斬り殺しそうな勢いで言われたために、使者は肝を潰してサリオンの陣地へと馬を駆けて行ったのだと、ガラナイは笑いながら言う。
あのルーガに激怒された使者は確かに不憫であろう。
しかし、サニヤは、なぜ今さら弁当なのかと疑問に思う。
「親父はああ見えて優柔不断なんだよ」
かつて、まだルーガが領土を持ってない頃、王家直下の騎士として各地の領主の元を転々としていた頃の話、ガラナイが五歳前後の時。
母ターミルとガラナイは時々、激しく口喧嘩した事があった。
原因は、礼儀作法をあまりにターミルがうるさく言うので、反抗期のガラナイがストレスを爆発させた事による。
ルーガはそんな時、どちらに味方することなく、自己鍛錬をすると称して逃げてしまうのだ。
どうせ二ヶ月か三ヶ月もすれば騎士として出兵するのだから、その時まで問題を先延ばしにしようという腹積もりなのである。
この話を聞いたサニヤは、思い返してみれば、確かにルーガは心が弱い所があるなと思い、「意外と弱虫なんだね」とクスっと笑う。
「そうさ。親父は誰かに後押ししてもらわないと、満足に何かを決められ無いのさ」
ガラナイの言うとおり、結局、ルーガはサリオンとカイエンのどちらにも義理立てしてしまい動けないのだ。
どちらにつくべきかルーガ自身決められず、弁当を食べるなどとふざけた方法で問題を引き伸ばそうとしているのである。
「男らしくない奴ねぇ」
「言えてる」
ハハハと笑うガラナイであるが、すぐに「なあ、サニヤ」と真剣な目でサニヤを見てきた。
なので、サニヤはどうしたのだろうと気持ちを引き締めてガラナイを見返す。
「俺も男らしく一つ、言おうと思うことがあるんだ」
「なに。そんな真剣な目で、あんたらしくない」
軽口言うサニヤであるが、ガラナイに真剣な目で見つめられてドキドキとしてしまう。
しかし、ガラナイが次の言葉を言う前に、「サニヤ様! ルーガ様から物資を後方から輸送するようにとの命令です」と、ルーガ隊からの伝令が来たのである。
もう、何なのよとサニヤはうんざりした顔で「分かった!」と返事すると、ガラナイは笑って「んじゃ、この話は後でだ」と言うのだ。
「今言えば良いじゃん」
「この戦いが終わってからの方が都合が良いんだよ」
「あっそ」
じゃ、楽しみにしてるから。と、サニヤは馬首を転じて山を降っていった。
ルーガ軍の物資は山の中腹の陣地に置いてある。
サニヤはそこに行くと、輸送隊を連れて物資を持っていく。
持っていくと言っても、輜重車を引いて真っ直ぐ山を登る事は出来ない量だ。
なので、山をぐるりと周りながら上を目指していく形となった。
山頂に陣取る五千人分の食糧や衣服に、松明等の明かりを点けるための油等々を百人そこらの輸送隊で運ぶので、かなりの骨である。
彼らは輜重車を引いたり押したりしながら、「手柄も立てられないのに損な役回り」とか「こんなキツいならなぁ……」とブツブツと文句を垂れていたのだ。
車輪がぬかるみにはまるし、岩を避けたら輜重車が斜面を滑り落ちそうになるし、散々である。
そんな彼らの横で、サニヤは木々の合間から平野を眺めていた。
「動き出した」
サニヤがポツリと呟く。
サリオン軍の作る幾何学模様が、一糸も乱れず前進を開始し、ルカオット軍も対抗して前進を始めたのだ。
――サリオンはルーガ軍が動かないと伝令から聞いて、ならばルカオット軍の陣地が出来る前に打撃を加えるため、本軍を前進させてのである。
兵数では上回っているのだから、もっと慎重に戦うことを騎士達は進言したが、サリオンに言わせれば「カイエン相手に悠長な事を言うな」だ。
鬚を生やした威厳のある顔は昔と変わらず余裕ぶっていたが、内心ではカイエンが障害として立ちはだかるのが面白くない。
昔からサリオンはカイエンが嫌いだった。
才能も武功も自分に並び、その地位を脅かしてくる。
そのくせに色んな人から好かれて、彼の回りには自然と人が寄ってきた。自分は小さい頃から、その才能を恐れられて来たというのに!
しかも勝手に墓穴を掘って左遷されたかと思えば、開拓の功績を引っ提げて帰ってきた。
その後すぐに、王や父に舐めた態度を取り、再び左遷されたと思えば、結局許されたばかりか、自分が父より継ぐべき防府太尉の位を継ぐなんて話も出てきたのだ。
サリオンはそれが許せなかった。
カイエンもそうだし、カイエンを許そうとしたり、あまつさえその能力を評価する者も許せない。
そして今、全ての邪魔者を排除したサリオンの前に立ちはだかるのは、誰であろうそのカイエンなのだ。
内心では腸も煮えくり返る思いである。
サリオンは従軍していた三人の息子へ、必ずカイエンの首をお前達が取れと命じて、進軍を開始したのであった。
―― 一方、ルカオット軍はカイエンの指揮の下、進軍を開始している。
ルカオット軍の陣形は鋒矢(ほうし)陣。
突撃力と突破力に優れた陣形である。
なぜ長期戦狙いのカイエンが鋒矢陣を取ったかというと、突破されないように敵軍が防御型の陣を作ると踏んだからだ。
そして、現にサリオン軍は敵の動きを止めやすい衝扼(こうやく)陣を敷いている。
衝扼陣は各部隊を左右二列段違いにする陣形であり、敵軍の足を止める事を目的とした陣形だ。
カイエンは即座に陣形の再編を命じ、全軍がルカオットを中心に円を作る方円陣へ移行。
そのまま前進する二つの軍が平野の中央にて衝突する。
こうして、決戦の火蓋が切られた。
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連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
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