没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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6章・父であり、宰相であり

酩酊

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 サニヤとロイバックの奇妙な繋がりを知ってから数日後。

 カイエンは生まれて初めて、仕事を嫌だと思っていた。

 今まではどんな事情があれ、仕事をさっさと終わらせれば良いと思っていた。
 しかし、今は違う。
 
 サニヤの奇妙な企み。
 その真実を知るために、彼女が何をやっているのか町へ出て確かめたいのだ。

 だが、日中は目を通さねばならない書類や、作製せねばならない文書、
 その宰相としての仕事がたくさんあり、とても彼女が何をしているのか調べられそうに無い。

 せめて、一日でも休みが貰えたら、サニヤが夜中に何をやっているのか調べられるだろうに!

 ああ、気になる。
 
 カイエンは溜息をつき、執務机の上の書類を処理していった。

 焦るな、カイエン。ラキーニ君が調べてくれているじゃないか。
 そう思いながら、とにかく目の前の仕事をこなす。

 今のカイエンは一人じゃない。
 ラキーニと言う心強い味方が居るのだ。
 
 軍師であるラキーニは戦争が無いとあまり仕事が無い。
 なので、時間に余裕が無いカイエンに代わって、サニヤの動向を調べてくれているのだ。

 今はラキーニを信じて仕事を終わらせよう。
 カイエンは重い手を必死に動かして仕事を続けた。

 夕暮れ時、カイエンはいつも通り仕事を終わらせて家路へつく。

 今日はあまり仕事が手につかなかったと思うカイエンであるが、配下の兵に書き上げた書類を各部署へ持っていくように言うと、「今日もお早く仕事を終わらせましたね……」と驚くくらい早かった。

 しかし、本来なら、もっと少し早く家路につけた所である。
 本来が規格外の業務処理能力なので、悩み事で仕事に手が付かなくても早いのだ。

 もっとも、今のカイエンに必要なのは、一日サニヤの同行を探れる時間なので、仕事が数時間早く終わろうが遅く終わろうがどうでも良いことであった。
 
 しかし、今は内政、治安維持、外交、反乱鎮圧の全てがうまく行っている時であり、重要な時期だ。
 カイエンほどの立場の人間が、休みが欲しいなんておいそれと口に出せない状況でもある。

 とはいえ、王城に勤めている他の貴族達は、仕事が忙しくて中々家へと帰れない。

 自分は毎日家へ帰れているだけでも贅沢だ。
 カイエンはそう思いながら、玄関を開けて屋敷へと入る。

 メイドがすぐに出迎え、「お嬢様はすでにお目見えになられています」と頭をかしずいた。

 カイエンは、メイドが何を言っているのかよく分からなかったが、すぐにお嬢様とはサニヤの事であると理解する。

 しかし、サニヤは今、家を出てサーニアという新しい人物として新しい生活を始めたはずだ。
 カイエン達の家に居るはずが無いので、「なぜサニヤが?」とカイエンは首をかしげる。

 そのカイエンの不思議そうな態度に、メイドは心底意外そうな顔をして「奥様から、今日は娘様の、成人の日だと聞いたのですが」と言ったのだ。

 元々、この世に誕生日を祝うと言う概念は無い。
 しかし、成人の日だけは別だ。
 十五歳の成人の日には祝いが行われるのである。

 サニヤは拾い子なので正確な誕生日は分からなかったが、カイエンとリーリルは成人の日の為に便宜上、サニヤの誕生日を設けていたのだ。
 そして、その日が今日だった。
 夏が終わり、秋に入る日。それがサニヤの誕生日である。

 サニヤは自分の誕生日を覚えていて、成人の日がとても大事な祝いだと知っていたから、今日だけサーニアからサニヤへと戻ったのであろう。

 しかし、カイエンは多忙であったし、ここしばらく、サニヤとロイバックの事で頭が一杯だったので、娘の誕生日をすっかり忘れていたのだ。

 そうだ。今日、サニヤは十五歳になる。

 なんと大事な事を忘れていたのか!
 愚かな父だ。

 仕事が出来ても私事(プライベート)がなおざりでは、男がすたる。

 ドッとカイエンの背中に冷や汗が噴き出た。

「仕事が立て込んでて……サニヤの為に大急ぎで終わらせたんだけどね……」

 嘘をつきながらメイドにマントを渡して、ダイニングへと向かう。

 不味い。非常に不味いぞとカイエンはダイニングに向かいながら、なんと弁明しようか考えた。
 
 忘れてたとは言えない。
 やはり、仕事が忙しかったと言うべきであろうか。

 そんな事を考えるカイエンであるが、こう言う時に限ってダイニングへの廊下はやたらと短く感じられ、言い訳を思いつく間も無く、すぐに到着してしまった。

 先導するメイドもまた、カイエンが言い訳を思いつく前に「旦那様がいらっしゃいました」とダイニングの扉を開けてしまう。

 観念したカイエンが足を踏み入れたそこには、リーリル、サニヤ、ザインとラジート、サマルダとその家族。
 それとラキーニが居た。

 サニヤはカイエンを見ると、「遅いじゃん」と言う。
 その顔は少しふて腐れたように見え、さらに彼女はカイエンから視線を外している。

 やはり怒っているとカイエンは思った。

 しかし、実を言うとサニヤはまったく怒っていないばかりか、お腹空いたから先に食べたいと言うザインとラジートへ「お父様は仕事が忙しいから仕方ないの!」と、カイエンが来るまで勝手に食事をしないように言い付けていた程であった。

 では、なぜ今、不機嫌そうな顔をしているのかというと、いつも通り、カイエンにどう接して良いのか分からないからである。

「遅い」と言うほど怒っていないし、「待ってたよ」と言うのは成人式を楽しみにしていたと思われそうで嫌なのだ。

 結局、サニヤは、どう言うものか考えあぐねて、こう言う態度を取ってしまうのである。

「ごめん。サニヤ、仕事が忙しくってね」

 ついにカイエンは自分の家族にさえ、まるで仕事で使う腹芸のように噓を突いてしまった。
 その場の空気を壊さないように嘘も方便であろうが、しかし、カイエンは自分の失敗を嘘で塗り固めたのだ。

 誠実な男も、娘に責められたくない一心で嘘をついてしまった。
 その罪悪感に、カイエンは顔を俯かせて一番奥の席、リーリルの隣に座る。

 リーリルは、カイエンのそんな罪悪感を知ってか知らずか、笑顔で「サマルダ兄さんも来てくれたよ」と言う。

 サマルダとその妻。
 サマルダの妻も開拓村の出身者で、カイエンが見たことがある人だ。

 サマルダの妻と子供たちはハーズルージュでも何度か顔を合わせた事がある。
 しかし、ちゃんと挨拶をしたことが無かったので、メイドが食事を用意する間、カイエンは彼女達と軽く挨拶を交えることにした。

 彼女達は宰相の前とあって、非常に緊張していた。
 椅子から立つと、必死に覚えたのであろう、貴族式の前口上や礼をぎこちなく行おうとするので、カイエンとリーリルは「家族の仲なのですから、畏まらないで下さい」と言う。
 すると、緊急の表情がフッと消え、そう言う事でしたらとストンと椅子に腰掛けた。

 この素直な感じは、やはりあの村の人だなと、カイエンは懐かしく思う。

 都会育ちの人だったら何度か断ってようやく椅子に座るのであろうが、あの開拓村出身者特有の素直さは相手にしていて気楽で良いのだ。

 そうこうしている間に食事が運び終わり、ようやくサニヤの成人の日となる。

 食事の前に、ガリエンド家の当主でありサニヤの父であるカイエンから、サニヤへ一言となった。
 しかし、その前にカイエンはどうしても、なぜラキーニが居るのか気になった。

 通常、成人の日は家族と共に過ごすか、恋人と共に過ごすかの二つである。
 
 サーニアとしてではくサニヤとしてこの場に居る事と、リーリルの兄サマルダとその家族が居るのは、成人の日を家族と過ごすつもりだからに他なるまい。

 だが、ラキーニは家族では無い。

 と、なると、恋人と共に過ごすため?

 成人者が恋人と共に過ごすのは、初夜を迎えるためである。
 かつてのリーリルがそうであった。

 そしてラキーニがサニヤの事を好きなのはカイエンも知っている。
 まさか、『そんな事をする気』では無いかとカイエンは戦慄しているのだ。

 が、サニヤは今日成人したが、ラキーニはまだ未成年。
 それに、まだラキーニはサニヤへアタックをかけているだけで付き合ってはいない。

 なので、サニヤとラキーニに『そのような事』は無かった。
 屋敷へ向かっていたサニヤがたまたまラキーニと遭遇し、せっかくの同郷のよしみだから、一緒に食事でもどうかと誘ったのである。

 サニヤ曰く「幼い頃の馴染みだから、家族みたいなものだし」と言う事であった。

 決して下心などない。

 そう言う事ならばと、カイエンはラキーニの参加を認め、ようやくカイエンの挨拶となる。

 カイエンにとって、サニヤとの思い出は言葉に出来ない程だ。
 
 彼女を拾って、家族を失っていたカイエンは娘にしようと思った。
 ところが、子育てというものを甘く見ていて、リーリルとその母マーサに助けて貰い。

 村の大河が氾濫して大変な事になったりもしたが、村の人達と一致団結して乗り越え。

 やがて、リーリルと結婚して、サニヤが反抗期を迎えて……。

 ハーズルージュを境に八年間、サニヤとは離ればなれであったが、それでも言いたい事はたくさんある。
 カイエンがどんなに辛いときも、苦しいときも頑張って来れたのは、一重にサニヤのお陰だったのだ。

「お腹空いたよ」

 カイエンが話していると、ザインとラジートのお腹の虫が大きく鳴った。

 これにカイエンは苦笑して、遅れた自分が長々演説するのも申し訳ないと思い、「いや、言葉は要らないか。サニヤ、成人をおめでとう」と締めて、食事となる。

 チキンの丸焼き。
 豚肉ソテー。
 色とりどりの野菜。

 皆、それらに舌鼓を打つ。

 問題なく晩餐が始まり、誕生ホッとするカイエン。

 そんなカイエンは、リーリルがクスクスと笑いながら見ていることに気付いた。

 どうしたのかと聞けば、「サニヤの誕生日、忘れてたでしょ」とリーリルに言うのだ。
 これにカイエンは心臓が止まったかと思う。
 
 完全にプライベート気分だったカイエンは、気を張っている仕事の時とは全く違い、油断していたので動転した。
 
 そして、動転して震える声で、「忘れるわけ無い」と断言するのだが、リーリルは全く信じた様子も無く、意地悪そうにクスクスと笑う。

「仕事以外で何か大変な事があったんだね」

 リーリルはカイエンの置かれた立場を察したように言った。

 確かにカイエンはサニヤとロイバックの密談を探っているが、なぜリーリルにバレたのかと、カイエンはますます動転する。

 果たしてリーリルはカイエンが何をやっているのかなんて知らなかったが、しかし、彼女はカイエンが仕事が忙しいからと娘の成人の日に遅れはしないと知っていた。

 つまり、カイエンに何かがあって、すっかり忘れてしまったのだと導き出したのである。

 しかし、カイエンは取り落としたローストを皿に戻して、何も大変な事は無い。と、あくまでも白を切った。

 リーリルは相変わらず疑いの目を向けていたが、「あなたがそう言うなら、それを信じましょう」と芝居くさく言って、真っ赤なワインを一口飲む。

 しつこい言及が無いことにカイエンはほっと胸を撫で下ろした。
 リーリルがカイエンの意を汲んでくれて助かった。

 しかし、それはつまり、夫婦の間に隠し事を設けたと言うことである。

 もちろん、夫婦の仲とは言え、隠し事の一つや二つくらいはあるものだ。
 それでも、隠し事を目の前に出されてしまうのは良い気分のするものでは無いだろう。
 
 なので、カイエンはリーリルに対して申し訳なく思い、いたたまれなくなるのだ。

 罪悪感もあるので、カイエンは何か席を立つ理由は無いだろうかと辺りを見渡した。
 
 二人の息子は美味しそうに肉を食べている。
 サニヤはグイッとワインを飲み干していた。
 
 ラキーニはサニヤの隣で彼女をチラチラと見ながら、サマルダと村の思い出話に華を咲かせている。

 サマルダの妻と息子達はメイドと料理の話をしているようだ。

 こうしてカイエンが部屋の中を見渡していると、少し頬を赤らめたリーリルがカイエンの肩へ頭を乗せた。

 彼女の白い肌は酒にすぐ赤くなる。
 なので見た目よりは酔っていなかったのであるが、酔ったふりをして甘えてくるのがリーリルであった。

 普段は、カイエンの妻らしくあろうと凛とした態度を取る彼女も、本当はもっと甘えたいのだ。

 しかしこう甘えられてしまうと、リーリルへ嘘をついて秘密を作ってしまったカイエンは心苦しくなってしまうのである。

「平和で楽しいね」

 リーリルはそう言うが、カイエンとしては、今は少しでも何かが起こってくれた方が離席のチャンスなのだ。

 しかし、離席したいという気持ちを面(おもて)に出さないよう、リーリルの頭を抱き寄せた。

 幸せそうな声を出すリーリルの頭を撫でながら、カイエンは再び部屋の中を見渡した。

 ふと、サニヤに目が留まる。

 サニヤはリーリルと違って浅黒い肌をしているので分かりづらいが、顔が真っ赤だ。
 カイエンはサニヤの顔の色の変化には気付かなかったが、しかし、体を前後させて、酩酊(めいてい)感に目をトロンとさせているのに気付いた。

「お嬢様。そろそろやめた方が」と、丸顔のメイド、ニュインがたしなめるのであるが、サニヤはワインを注ぐように命令した。
 
「初めてお酒を飲むわけじゃないし、もっと強いお酒を飲んだことくらいあるわよ」と回らぬ舌で言う。

 カイエン達は知らぬ事であるが、確かに彼女はルーガの屋敷で強い酒をグイッと飲んだことがあった。
 しかし、それはたった一杯の話である。
 だが、あの強くて不味い酒を飲んだ経験が、この酸味が強い程度の酒なら幾らでも飲めると、サニヤへ錯覚させてしまった。

「こんなの、アレに比べたらミルクみたいなものじゃない」

 サニヤは先程から、ミルクを飲むかのようにガブガブと赤ワインを飲んでいたのだ。
 そのせいで随分と早く酔っ払っている。

「あれれれ?」

 そして、酔っ払って平衡感覚を失った彼女は、隣に座るラキーニへ倒れ込むのであった。
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