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7章・子の成長
真実
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ロイバックは観念して、サニヤとの企みを話した。
企みと言っても悪意を持った行為ではなく、むしろ逆。
国家の為をと思えばこその行為で、サニヤに影の自警団を行ってもらっていたのだ。
「影の自警団?」
「この街には多くの犯罪者が居ます。
薬物の売人。殺人鬼。強姦魔。人攫い。
これらを捜して捕まえるには、衛兵だけでは不可能。
組織に依らない自警団が必要だったのです」
それがサニヤであった。
衛兵は鎧を着込んで集団で動くが、これは隠れる犯罪者に警戒して下さいと言っているようなもの。
だが、サニヤは鎧を着ないで一人で動ける。おまけに腕も立つ。
顔を隠すのは怪しいが、潜伏する犯罪者を調べるには『同業者』染みているのだ。
だから、犯罪者に警戒されずに接触を図れるのである。
「しかし、なぜそれを僕に黙っていた……?」
「お話したところで、宰相様は許可しますまい。娘様が危険な仕事をするなど」
確かにそうだ。
カイエンは子をあれこれと縛るつもりは無いが、危険な行為となれば話は別。
子供を守るのも親の義務なのだ。
「宰相様。良いですか?
彼女はもう子供では無いのです。
そして、彼女は宰相様の為に役立ちたいと思っています。一人の大人としてね。
サーニアはそれだけの力があります。宰相様や私よりも強い力を持っているのです」
サーニアとはサニヤの偽名であるが、ロイバックにとって、彼女はサニヤではなく、サーニアなのであろう。
カイエンにとって、あの子はいつまでも子供のサニヤであるが、ロイバックには大人のサーニアなのだ。
そして、ロイバックにとってサーニアとは人格を尊重すべき一個人であり、国にとって有益な人材(リソース)として見ていた。
カイエンの見方とは明らかに別の視点だ。
「父の立場と宰相の立場があるのでしょうが、子が成人した以上、父の立場は捨てるべきです」
ぐうの音も出ない。
サニヤが自分の意思でロイバックに影で仕えて、街の治安維持に務めた。何も悪いことでは無い。
そして、犯罪者を捕まえた実績も、目に見える形で書類に記されている。
カイエンが父親であろうと、サニヤとロイバックを非難する事など出来まい。
……が、「正当な理由だが、貴族をサニヤに攫わせた……のはどう言う了見だ?」と、カイエンは言った。
先ほどまでのロイバックの話は正当性もあろう。
しかし、仲間であるマルダーク王国の貴族を攫うとは穏やかな話では無いし、王国への反逆ものだ。
そんな事に娘を関与させたのだとしたら、さすがにカイエンはロイバックを許せない。
「その事まで調べを付けたのですか……」
この話題はロイバックにとってアキレス腱だったのか、眉に皺を寄せて、苦悶の表情を浮かべた。
やはり、サニヤに汚い真似をさせたか。
カイエンは拳をギュっと握り、ロイバックを睨んでいる。
「そう怖い顔をしないで下され。神に誓って悪行を働かせた訳ではありません」
ロイバックはこの王城に渦巻く陰謀をサニヤに調べさせていた。
いや、今はサーニアであるか。
サーニアに調べさせていた陰謀とは、つまり、ルカオットとカイエンの派閥争いである。
「僕とルカオット様は派閥争いなんてしてないが?」
カイエンが聞くと、ロイバックは溜め息をつきながら首を左右に振った。
「残念ながら、本人達がどうであれ貴族の者達には派閥が出来ています」
国のトップであるルカオットと、実質のトップであるカイエン。
既に貴族達は、自分達が甘い蜜を啜るために、水面下で派閥争いを起こしている。
かつて、まだカイエンに仕える前のロイバックは、王城の権力争いに嫌気が差して下野したものだ。
その権力争いは、王と主が変わっても変わらない。
しかし、あの日、サーニアが現れた時、ロイバックはチャンスを得たと思った。
サーニアもまた、父カイエンの為に何か役立ちたいと思っていた所、ロイバックは彼女に持ち掛けたのだ。
「ルカオット様とカイエン様を影ながら守って欲しい」
サーニアが調べると、確かに派閥争いの情報が出てくる。
そして、ついに一部の過激な貴族は、カイエンやルカオットに危害を加えようと画策し始めたのだ。
「サーニアが攫った貴族は国王派の男です。奴はカイエン様のお茶に毒を盛ろうと計画していたのですよ」
サーニアとロイバックは、その魔の手からカイエンを守ったのである。
そして、これがサーニアの本来の仕事だ。
先程の治安維持など、貴族達の行動を洗う一環に過ぎない。
麻薬の横流し、人の拉致。
これらは代表的な貴族の小遣い稼ぎだ。
そして、顔を隠して生きている殺人鬼等も貴族が裏で雇っていたりするもの。
サーニアは彼らの身辺を洗い、貴族達がカイエンやルカオットに対して企んでいる事を探していたのである。
「それから、奥様がガゼンに襲われた事件、アレも貴族が噛んでいます」
ガゼンがリーリルに迫り、拒否された結果、その首を絞めた事件。
それに貴族が噛んでいると。
カイエンはその言葉を反芻(はんすう)し、瞳孔がくわっと開いた。
愛するリーリルを傷つけ、ザインとラジートの心に傷を負わせ、カーロイを処断せねばならない状況に追い込んだ原因が、城の中に居ると言うのか。
「前妻のリミエネット様に宰相様が浮気をしていると吹き込み、ガゼンに自分の物とならぬなら奥様を殺してしまえと言った者が居たのです」
カイエンは震える声で「バカな」と呟く。
権力争い如きで、無関係なカイエンの家族に危害を加えようなどと馬鹿げている。
大体、リーリルに危害を加えて、それに何の意味があろうと言うのか。
しかし、ロイバックは既にサーニアを使って、貴族が関与していたと調べを付けているのだ。
バカな事であるが、これが権力争いだ。
かつて、ロイバックが嫌になって家族と共に下野した理由もよく分かろう。
思えば、若くして戦場に駆り出され、その功ですぐさま領主となったカイエンは王城の権力争いを知る由も無かったのだ。
「しかし、宰相様の、権力争いに執着しないその誠実な態度こそ宝」
ロイバックがカイエンに付いて、去ったはずの王城へ戻ってきたのは、カイエンの人柄に惚れ込んだからである。
国王のルカオットはまだ少年であるが、誠実なカイエンが補佐をするならば、ロイバックも全力でルカオットとカイエンに尽くそうと思うのだ。
だからこそ、ルカオットとカイエンに害をなす者を始末せねばならない。
これはロイバックの夢だ。
ルカオットとカイエンが創る、栄光ある王国が完成する日を見たいのだ。
そのためなら使える者を使っただけ。
それがカイエンの娘だっただけなのである。
「老い先短い老将の夢です。付き合って頂きたい」
ロイバックはソファーの背もたれに体重を掛け、深く息を吐きながら天井を見た。
小さなシャンデリアと大量のロウソクが、花やツタをあしらった銀糸が張り巡らされた天井を優しく照らしている。
ロイバックは最後の人生をカイエンとルカオットの為に捧げたいのだ。
死ぬ前に何かを残したいと思っている。
ハリバーがラキーニに知識を残したように。
そのためにはサーニアの力が不可欠なのだが、カイエンが意地でもサーニアの手を汚させたくないと言えば、それまでである。
「分かった」
天井を見上げていたロイバックの耳に、カイエンから許しの声が入った。
カイエンも覚悟を決めたのだ。
この王城でさえ戦わねば生き残れないと言うならば、生き残ろうと思う。
カイエンには守らねばならない人が居るのだ。
そのための剣として、サーニアを使わねばならないなら、サーニアを使おうと覚悟を決めたのである。
「ロイバック。サーニアとその仲間達を隠密部隊として再編しよう。
ただし、この情報は公表せずに秘匿とする。総指揮官は君だ」
公表せずに秘匿とするが、正式に隠密部隊としてサーニアを雇う。
この意味はどういう事であるか?
サーニア達が隠密部隊として活動すれば、王城の貴族はいずれその隠密部隊の存在に気付くだろう。
その時、彼らは恐怖し、竦むのだ。
恐れは人の行動を抑制させる。
そうすれば、バカな真似をする貴族は少なくなるだろう。
それでもバカな真似をしたら、始末する。
それしか無いとカイエンは思った。
「サーニアを呼ぼう」
サーニアを正式に隠密部隊として雇う。
そうした方が彼女もカイエンに事情を隠して動くよりは動きやすいだろう。
なので、カイエンとロイバックは、直ちにサーニアへと使者を出した。
「それから、茶をもらおうか」
カイエンはようやく穏やかな顔をする。
ロイバックは早速、部屋の前のベルを鳴らし、メイドに茶を持ってこさせた。
ややあって、紅茶を挟んで座っているカイエンとロイバックには談笑があった。
真面目な話はサーニアがやって来てから。
今は、ロイバックに悪巧みが無い事が分かったので、責めるような態度を取る必要も無いのだ。
「やはりカイエン様は青臭いですな」
カイエンの政治論や領主論を聞いたロイバックはそう言いながら笑う。
「青臭いのは知ってるのだがね」
カイエンも苦笑いを浮かべて紅茶を啜った。
カイエンの領主論とは、つまり、貴族とは民衆を率いて導く役目があるのだという話である。
かつて先代マルダーク王や貴族達の前で臆面もなく言い放った信念。
そんなものは理想論に過ぎぬが、その理想を目指さない貴族に意味は無いと言うのがカイエンの思念。
「力を持つ者は力無き者の為に立たねばならない……僕はそう思うね」
ロイバックはうんうんと頷き、「カイエン様はその青臭さが良いのです」と言う。
カイエンは理想を掲げ、その理想に邁進(まいしん)する力がある。
そのために立ち塞がる障害は、ロイバック達皆で排除すれば良い。それがロイバックの考えだ。
「娘に尻拭いさせるとは、親失格だな」
「我々は宰相様の理想を守りたいと思ったから付いてきました。それはサーニアも一緒です。
娘様自身、宰相様の役に立ちたいと思っているのですよ」
カイエンは娘に助けられたくない所であるが、サーニアは父を助けたいと思っている。
いや、既にサーニアは立派な大人だ。
もはや親に庇護される子供では無く、親と肩を並べる一人の人間なのである。
それを子供だから、娘だからと言うのは、無礼千万なのかも知れぬ。
「それにしても、サニヤ……いや、サーニアは遅いな」
兵が伝令としてサーニアの元へ向かってから大分経った。
サーニアの仕事柄、街中をうろうろしてるだろうから、すぐに見つからないにしても随分遅い。
仕事も忙しいので、あまりロイバックと話しながら待つわけにもいかない。
仕方ないので、一旦自分の執務室へ戻って待つことにしようと思う。
「それでは邪魔をした。サーニアが来たら手数だけど呼んでくれ」
カイエンがソファーを立ったその時である。
ちょうど伝令に出ていた兵士が扉を開けて戻ってきた。
しかし、サーニアを連れているように見えない。
どうしたのかとロイバックが聞くと、「サーニア様が街のどこにも見当たりません」と答えた。
サーニアは仕事柄、街中をうろうろしているが、この街から居なくなるとは思えない。
サーニアも今では自分勝手な人間では無いから、街を離れる時には上司であるロイバックに一報を入れるはずだし、そのくらいの分別は持っているであろう。
と、なれば、貴族や犯罪者の事を調べようとして、何らかの事件に巻き込まれたのでは無いか。
カイエンとロイバックは考えを確かめるかのように、互いに顔を見合わせた。
企みと言っても悪意を持った行為ではなく、むしろ逆。
国家の為をと思えばこその行為で、サニヤに影の自警団を行ってもらっていたのだ。
「影の自警団?」
「この街には多くの犯罪者が居ます。
薬物の売人。殺人鬼。強姦魔。人攫い。
これらを捜して捕まえるには、衛兵だけでは不可能。
組織に依らない自警団が必要だったのです」
それがサニヤであった。
衛兵は鎧を着込んで集団で動くが、これは隠れる犯罪者に警戒して下さいと言っているようなもの。
だが、サニヤは鎧を着ないで一人で動ける。おまけに腕も立つ。
顔を隠すのは怪しいが、潜伏する犯罪者を調べるには『同業者』染みているのだ。
だから、犯罪者に警戒されずに接触を図れるのである。
「しかし、なぜそれを僕に黙っていた……?」
「お話したところで、宰相様は許可しますまい。娘様が危険な仕事をするなど」
確かにそうだ。
カイエンは子をあれこれと縛るつもりは無いが、危険な行為となれば話は別。
子供を守るのも親の義務なのだ。
「宰相様。良いですか?
彼女はもう子供では無いのです。
そして、彼女は宰相様の為に役立ちたいと思っています。一人の大人としてね。
サーニアはそれだけの力があります。宰相様や私よりも強い力を持っているのです」
サーニアとはサニヤの偽名であるが、ロイバックにとって、彼女はサニヤではなく、サーニアなのであろう。
カイエンにとって、あの子はいつまでも子供のサニヤであるが、ロイバックには大人のサーニアなのだ。
そして、ロイバックにとってサーニアとは人格を尊重すべき一個人であり、国にとって有益な人材(リソース)として見ていた。
カイエンの見方とは明らかに別の視点だ。
「父の立場と宰相の立場があるのでしょうが、子が成人した以上、父の立場は捨てるべきです」
ぐうの音も出ない。
サニヤが自分の意思でロイバックに影で仕えて、街の治安維持に務めた。何も悪いことでは無い。
そして、犯罪者を捕まえた実績も、目に見える形で書類に記されている。
カイエンが父親であろうと、サニヤとロイバックを非難する事など出来まい。
……が、「正当な理由だが、貴族をサニヤに攫わせた……のはどう言う了見だ?」と、カイエンは言った。
先ほどまでのロイバックの話は正当性もあろう。
しかし、仲間であるマルダーク王国の貴族を攫うとは穏やかな話では無いし、王国への反逆ものだ。
そんな事に娘を関与させたのだとしたら、さすがにカイエンはロイバックを許せない。
「その事まで調べを付けたのですか……」
この話題はロイバックにとってアキレス腱だったのか、眉に皺を寄せて、苦悶の表情を浮かべた。
やはり、サニヤに汚い真似をさせたか。
カイエンは拳をギュっと握り、ロイバックを睨んでいる。
「そう怖い顔をしないで下され。神に誓って悪行を働かせた訳ではありません」
ロイバックはこの王城に渦巻く陰謀をサニヤに調べさせていた。
いや、今はサーニアであるか。
サーニアに調べさせていた陰謀とは、つまり、ルカオットとカイエンの派閥争いである。
「僕とルカオット様は派閥争いなんてしてないが?」
カイエンが聞くと、ロイバックは溜め息をつきながら首を左右に振った。
「残念ながら、本人達がどうであれ貴族の者達には派閥が出来ています」
国のトップであるルカオットと、実質のトップであるカイエン。
既に貴族達は、自分達が甘い蜜を啜るために、水面下で派閥争いを起こしている。
かつて、まだカイエンに仕える前のロイバックは、王城の権力争いに嫌気が差して下野したものだ。
その権力争いは、王と主が変わっても変わらない。
しかし、あの日、サーニアが現れた時、ロイバックはチャンスを得たと思った。
サーニアもまた、父カイエンの為に何か役立ちたいと思っていた所、ロイバックは彼女に持ち掛けたのだ。
「ルカオット様とカイエン様を影ながら守って欲しい」
サーニアが調べると、確かに派閥争いの情報が出てくる。
そして、ついに一部の過激な貴族は、カイエンやルカオットに危害を加えようと画策し始めたのだ。
「サーニアが攫った貴族は国王派の男です。奴はカイエン様のお茶に毒を盛ろうと計画していたのですよ」
サーニアとロイバックは、その魔の手からカイエンを守ったのである。
そして、これがサーニアの本来の仕事だ。
先程の治安維持など、貴族達の行動を洗う一環に過ぎない。
麻薬の横流し、人の拉致。
これらは代表的な貴族の小遣い稼ぎだ。
そして、顔を隠して生きている殺人鬼等も貴族が裏で雇っていたりするもの。
サーニアは彼らの身辺を洗い、貴族達がカイエンやルカオットに対して企んでいる事を探していたのである。
「それから、奥様がガゼンに襲われた事件、アレも貴族が噛んでいます」
ガゼンがリーリルに迫り、拒否された結果、その首を絞めた事件。
それに貴族が噛んでいると。
カイエンはその言葉を反芻(はんすう)し、瞳孔がくわっと開いた。
愛するリーリルを傷つけ、ザインとラジートの心に傷を負わせ、カーロイを処断せねばならない状況に追い込んだ原因が、城の中に居ると言うのか。
「前妻のリミエネット様に宰相様が浮気をしていると吹き込み、ガゼンに自分の物とならぬなら奥様を殺してしまえと言った者が居たのです」
カイエンは震える声で「バカな」と呟く。
権力争い如きで、無関係なカイエンの家族に危害を加えようなどと馬鹿げている。
大体、リーリルに危害を加えて、それに何の意味があろうと言うのか。
しかし、ロイバックは既にサーニアを使って、貴族が関与していたと調べを付けているのだ。
バカな事であるが、これが権力争いだ。
かつて、ロイバックが嫌になって家族と共に下野した理由もよく分かろう。
思えば、若くして戦場に駆り出され、その功ですぐさま領主となったカイエンは王城の権力争いを知る由も無かったのだ。
「しかし、宰相様の、権力争いに執着しないその誠実な態度こそ宝」
ロイバックがカイエンに付いて、去ったはずの王城へ戻ってきたのは、カイエンの人柄に惚れ込んだからである。
国王のルカオットはまだ少年であるが、誠実なカイエンが補佐をするならば、ロイバックも全力でルカオットとカイエンに尽くそうと思うのだ。
だからこそ、ルカオットとカイエンに害をなす者を始末せねばならない。
これはロイバックの夢だ。
ルカオットとカイエンが創る、栄光ある王国が完成する日を見たいのだ。
そのためなら使える者を使っただけ。
それがカイエンの娘だっただけなのである。
「老い先短い老将の夢です。付き合って頂きたい」
ロイバックはソファーの背もたれに体重を掛け、深く息を吐きながら天井を見た。
小さなシャンデリアと大量のロウソクが、花やツタをあしらった銀糸が張り巡らされた天井を優しく照らしている。
ロイバックは最後の人生をカイエンとルカオットの為に捧げたいのだ。
死ぬ前に何かを残したいと思っている。
ハリバーがラキーニに知識を残したように。
そのためにはサーニアの力が不可欠なのだが、カイエンが意地でもサーニアの手を汚させたくないと言えば、それまでである。
「分かった」
天井を見上げていたロイバックの耳に、カイエンから許しの声が入った。
カイエンも覚悟を決めたのだ。
この王城でさえ戦わねば生き残れないと言うならば、生き残ろうと思う。
カイエンには守らねばならない人が居るのだ。
そのための剣として、サーニアを使わねばならないなら、サーニアを使おうと覚悟を決めたのである。
「ロイバック。サーニアとその仲間達を隠密部隊として再編しよう。
ただし、この情報は公表せずに秘匿とする。総指揮官は君だ」
公表せずに秘匿とするが、正式に隠密部隊としてサーニアを雇う。
この意味はどういう事であるか?
サーニア達が隠密部隊として活動すれば、王城の貴族はいずれその隠密部隊の存在に気付くだろう。
その時、彼らは恐怖し、竦むのだ。
恐れは人の行動を抑制させる。
そうすれば、バカな真似をする貴族は少なくなるだろう。
それでもバカな真似をしたら、始末する。
それしか無いとカイエンは思った。
「サーニアを呼ぼう」
サーニアを正式に隠密部隊として雇う。
そうした方が彼女もカイエンに事情を隠して動くよりは動きやすいだろう。
なので、カイエンとロイバックは、直ちにサーニアへと使者を出した。
「それから、茶をもらおうか」
カイエンはようやく穏やかな顔をする。
ロイバックは早速、部屋の前のベルを鳴らし、メイドに茶を持ってこさせた。
ややあって、紅茶を挟んで座っているカイエンとロイバックには談笑があった。
真面目な話はサーニアがやって来てから。
今は、ロイバックに悪巧みが無い事が分かったので、責めるような態度を取る必要も無いのだ。
「やはりカイエン様は青臭いですな」
カイエンの政治論や領主論を聞いたロイバックはそう言いながら笑う。
「青臭いのは知ってるのだがね」
カイエンも苦笑いを浮かべて紅茶を啜った。
カイエンの領主論とは、つまり、貴族とは民衆を率いて導く役目があるのだという話である。
かつて先代マルダーク王や貴族達の前で臆面もなく言い放った信念。
そんなものは理想論に過ぎぬが、その理想を目指さない貴族に意味は無いと言うのがカイエンの思念。
「力を持つ者は力無き者の為に立たねばならない……僕はそう思うね」
ロイバックはうんうんと頷き、「カイエン様はその青臭さが良いのです」と言う。
カイエンは理想を掲げ、その理想に邁進(まいしん)する力がある。
そのために立ち塞がる障害は、ロイバック達皆で排除すれば良い。それがロイバックの考えだ。
「娘に尻拭いさせるとは、親失格だな」
「我々は宰相様の理想を守りたいと思ったから付いてきました。それはサーニアも一緒です。
娘様自身、宰相様の役に立ちたいと思っているのですよ」
カイエンは娘に助けられたくない所であるが、サーニアは父を助けたいと思っている。
いや、既にサーニアは立派な大人だ。
もはや親に庇護される子供では無く、親と肩を並べる一人の人間なのである。
それを子供だから、娘だからと言うのは、無礼千万なのかも知れぬ。
「それにしても、サニヤ……いや、サーニアは遅いな」
兵が伝令としてサーニアの元へ向かってから大分経った。
サーニアの仕事柄、街中をうろうろしてるだろうから、すぐに見つからないにしても随分遅い。
仕事も忙しいので、あまりロイバックと話しながら待つわけにもいかない。
仕方ないので、一旦自分の執務室へ戻って待つことにしようと思う。
「それでは邪魔をした。サーニアが来たら手数だけど呼んでくれ」
カイエンがソファーを立ったその時である。
ちょうど伝令に出ていた兵士が扉を開けて戻ってきた。
しかし、サーニアを連れているように見えない。
どうしたのかとロイバックが聞くと、「サーニア様が街のどこにも見当たりません」と答えた。
サーニアは仕事柄、街中をうろうろしているが、この街から居なくなるとは思えない。
サーニアも今では自分勝手な人間では無いから、街を離れる時には上司であるロイバックに一報を入れるはずだし、そのくらいの分別は持っているであろう。
と、なれば、貴族や犯罪者の事を調べようとして、何らかの事件に巻き込まれたのでは無いか。
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