没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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8章・変わり行く時代

老兵

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 ついに王国軍出陣。

 総大将はカイエン。
 副将にロイバック。
 軍師にラキーニ。

 ルカオットは随行していない。
 また、シュエンやキュレインも王都の防備で出軍していなかった。

 だが、キュレインの三人の旦那は参戦しているし、南方からもルーガが援軍で出陣して、増援に向かっている。
 また、サーニアも傭兵部隊に混じって、姿形を隠した異様な傭兵達を率いていた。

 敵であるサリオンの戦力は、このカイエン達の戦力の半分にも満たないと見られる。
 なぜこれほどに過剰な戦力で攻めるのかと言うと、反乱を起こせばこれほどの戦力で潰すのだと、貴族達へ見せるためだ。

 二度と貴族達が反乱などと言う気が起きない程に、散々にサリオンを追い立てる。
 そのための出陣なのだ。

 出陣の直前、リーリルはカイエンが実の兄と決戦する事を心配していた。
 兄弟で争うなんて、優しいカイエンは気負うのでは無いか……と。
 だが、カイエンは、敵が実の兄だからこそ、自分が出陣すべきなのだと答えた。

 実を言うと、カイエンはサリオンの事が嫌いであった。
 サリオンがカイエンの事を嫌ったように、また、カイエンもサリオンを嫌ったのである。
 いや、好き嫌いなどという甘っちょろいものではなく、もはや憎悪というべきどす黒い感情があった。

 それはサリオンがカイエンへ抱いていた感情と、全く同じものである。

 サリオンもカイエンも、実力は殆ど伯仲(はくちゅう)していた。
 
 しかし、サリオンは、何かと仲間に恵まれ、人々から信頼されるカイエンが嫌いであった。
 一方のカイエンも、長男というだけで何でも与えられ、それにも関わらず、強欲に権力や地位を得ようと人を蹴落とす事も厭わないサリオンが嫌いだったのである。

 まったく同じ能力だからこそ、違う所が鼻につく。

 幼き時より、倶(とも)に天を戴(いただ)かざる敵に思えていた。
 そして今、その時が来たのだとカイエンは確信したのである。

 このカイエンの想いを汲み取るかのように、王国軍は快進撃を見せた。

 なにせ、反乱に加わっていた貴族達が治める砦や町は、この強大な軍勢を見ると肝を潰して、即刻降参を申し入れたのである。

 だが、カイエン達はその降参の申し出を退けた。
 降参するにはもう遅い。
 ここで降参を許しては、反乱しても許してくれると思われてしまう。

 降参するなら真っ先に降参すべきだったのだ。
 それをここまで反乱軍についておいて、はい降参を許しますでは道理に合わない。

 道中そびえる砦や街を、カイエン達は落として進んだ。

 その中にはオブレーザもあった。
 あの、テュエル領だったオブレーザだ。

 反乱蜂起時に、四方八方を反乱軍に囲われながら、王国軍の為に戦ったテュエル。
 彼の土地を、ようやく取り戻せたのである。

 そして、この土地の民衆はテュエルの事を忘れたわけでは無く、王国軍を快く迎えて、補給や兵達の寝食の支援までしてくれた。

 これは嬉しい誤算だ。
 なにせ、大部隊となると、補給の困難は常についてまわる。
 しかし、ここで満足な補給を受けられたので、予定よりも早めに進軍を再開できた。

 これによって王国軍は反乱軍達の想定外の進軍速度で進軍し、迎撃準備も間に合わなかった反乱軍へ甚大な被害を出すことが出来たのである。

 この甚大な被害は、王国西方のルメロッサと言う町に居るサリオンの元へと届けられた。

 彼は燭台も灯されていない部屋で、ジッと椅子に座り、窓から町を見ている。
 眼は落ちくぼみ、眠れていないのかクマが濃く。
 頬はこけて、髪も髭もしばらく手入れされていないようで、ボサボサと跳ねていた。
 随分と老けこんだと見え、あの精悍なサリオンの姿は無い。

 部屋の入り口に立って報告する兵から、カイエンが攻め寄せていると聞いた瞬間、サリオンは窓から勢い良く顔を振り向かせて兵を見る。
 
「カイエンか?」
「は! 旗はカイエンの物と、逃げ延びた兵から」

 落ち窪んだ眼がギョロリと動き、憎しみの炎が灯った。

 カイエンか。そうかカイエンか。
 許せぬ。
 アイツさえ居なければ、俺は幸せだったのだ。
 アイツは厄介な貧乏神だ。
 アイツを殺さねば気が済まないぞ。俺からなにもかも奪ったアイツを殺さねば……。

 サリオンは、己の手でカイエンを八つ裂きにする想像をし、高笑いを上げた。

 これに兵は戸惑いながら、失礼しましたと部屋を出て行く。
 兵は、サリオンの気が狂ったのだと思う。

「アレはもう駄目だよ。サナリー様を始めに三人とも子供を亡くしちまってから、頭をやられちまってる」

 兵は同僚にそう言うのであった。
 
 あの決戦の時、乱戦の中でサリオンの三人の息子は全員が死んでしまった。
 あの時から、サリオンの情緒は不安になり、昔はいつも冷静だったのに、今では兵や側近を怒鳴り散らす事も多くなったのだ。

 そんな時に、サリオンの妻は息子三人を亡くした事に心を病み、首を吊って死んでしまった。

 サリオンはこれに、さらに心を病んでしまい、何かあるとすぐに人の首を斬るようになった。
 なので、人々は恐れた。

 しまいにはサリオンの反乱を面と向かって非難した実母を、彼は地下のワイン蔵へ閉じこめたのである。
 しかし、これにはサリオン自身思うところがあったのか、それ以来、今では一応の落ち着きを取り戻していた。

 兵達は耳寄せ合い、サリオンはカイエンの事を知って、今に再び気が狂うぞと噂しあうのである。
 
 それでもサリオンの元へ将や兵が居た。
 将の多くは、気が狂ったサリオンに殺されたくない一心で残った。
 一部の将は、ガリエンド家に代々仕えていたので、サリオンと共に死ぬつもりの者達だ。

 また、サリオンの元に残っていた兵は、もはや兵とも言えない烏合の衆である。
 彼らは金が欲しいからサリオンの元に留まっているだけの、実質的には賊のようなものだ。
 この兵達を取り締まる人が居ないので、兵達は町の婦女を好きなだけ暴行したし、気に食わない人を平然と斬り殺して遊んだ程である。

 このような具合なので、町の中は盗っ人が跋扈し、陰気な空気が支配して、人々は絶望の顔で毎日を暮らしていた。

 そうして、町のこの様子は、斥候兵によってカイエン達の知ることとなる。
 
 最初、カイエンは信じられない気持ちでその報告を聞いた。
 サリオンの事は嫌いだったが、彼の能力は高く評価していたカイエンである。
 まるで邪知暴虐とも言うべき行為を、サリオンが行うなどと、まるで暴君そのままでは無いかと思った。

 とにかく、一刻も早く民を、サリオンの支配から開放する必要がある。
 この話を聞いた将から兵の末端に至るまで、人々を助ける正義の戦だと士気を高くした。

 こうしてみると、人というものは現金なものである。
 以前は、女を襲うな、略奪するなと命令すると不満な顔をした兵達なのに、
 正義の戦いだと言われれば、自分達が正義の使者のように思えてしまうのだ。
 だが、兵達は、今はその気持ちで頑張れるのだから、カイエン達にとってありがたい話である。

 こうして、王都から出陣して二ヶ月。
 王都出陣から圧倒的な早さでサリオンの支配する町の前に陣取った。

 ルメロッサは、四方を丘に囲まれた平地に築かれた町。
 盆地である。 

 町からカイエン達の迎撃へ出陣したのは五万にも満たない兵。
 ただそれだけの兵が盆地に展開した。

 カイエンとロイバックは、丘陵地帯の特に小高い丘の上に本陣を築き、迎撃へ出てきた兵達を遠目に見て、予想よりも多いと思う。
 だが、やる気の無いところを見るに、近場の集落から無理矢理召集されたのだろう。
 
「サリオンは居ると思うか?」

 ロイバックがラキーニへ聞くと、ラキーニは頭を左右に振って「分かりません」と答える。

 軍師と言えども未来は見えない。
 だが、士気の無い兵を戦わせるならば、サリオン直々に指揮を執らねば、兵も戦わないだろうと思った。

 しかし、どうにも妙。
 拭いきれぬ違和感。

 カイエンも、ロイバックも、ラキーニも、何とも言えない違和感を抱いていたのである。

「水攻めをすれば、楽に決着がつくのですがね」

 ラキーニが言う。
 盆地なので、近くの川を堤防でせき止めてから決壊させれば、水が町を侵して引かなくなるのだ。
 
 しかし、そのような計略は民草にまで被害が及ぶので使えない。
 いや、カイエン達が民草の為に水攻めを使えないことをサリオンは読んで、この盆地に留まったのかもしれない。 
 
 そう思いながら敵陣と丘の下に広がる自陣を交互に見ていたラキーニが、サーニアの旗が陣の先頭へ動いているのを見る。 

 はてな?

「カイエン様。先陣を切るのはルーガ隊でしたよね?」

 ラキーニがカイエンへ聞く。

 既にルーガ達とは合流し、ルーガとガラナイが兵を率いて先陣を切る手筈であった。

 そのルーガ隊にサーニアの旗が合流しているのだ。

 まさか先陣を切るのでは無いかと、ラキーニは不安に思う。

 一方、カイエンも、サーニアが前へ出ることに一抹の不安を抱いた。
 相手は兄サリオンである。
 彼が大人しくやられるような人間ではなく、必ず一杯食わせてくるに違いないと踏んだ。

 だからカイエンは「サーニアの補助についてくれ」とラキーニへ言った。

「よいのですか?」
「サリオンの奸計があるなら、ここからでは見破れないだろう」

 ロイバックが「なるほど、奇策には奇策を……と」と頷く。

 サリオン程の者が、本陣から見て分かるような策を用いまい。
 ならば、裏を掻いて軍師を前列に加えさせよう。

 本陣から見て違和感しか分からないなら、前線から見ようというのだ。

 もっとも、それは建前で、本心はサーニアの事がカイエンも不安だったからであるが。
 どんな理由であれ、カイエンから許可を貰ったラキーニは笑顔で馬を走らせて丘を駆け下りサーニアの元へと向かう。

 その頃、サーニアは久しぶりに会ったルーガとガラナイと話をしていた。

「ガラナイは後ろに引っ込んでなよ。せっかく結婚したんだからさ」

 少しだけ口調を強く、ぷんぷんとした様子でそう言う。
 
 サーニアは頭の中でガラナイとの仲に整理をつけたつもりであったが、いざ顔を合わせると、婚約を勘違いしたことを思い出して恥ずかしいのだ。

 だが、ガラナイはそんな事情を知らないので、何を怒っているのだろうと不思議に思う。
 しかし、サーニアなりに便宜を図ってくれているのは分かったので、それは嬉しい。

「だけど、お前だけに危ない橋は渡らせられないなぁ」

 サーニアは包帯の下でムッとしながら「私に優しくしないでよ」と怒るのだ。

 優しくされて怒るなんて奇妙な事だ。
 もちろん、ガラナイに優しくされるのは、あの婚約勘違いを思い出すから嫌なのである。
 だが、ガラナイは心当たりが無いので、呆けた顔をしてしまうのだ。

 そんなやりとりをむっつり黙って見ているルーガの元へ、兵が一人「ルーガ様、軍師様が来られました」と言って、ラキーニを連れてきた。

 ルーガは馬から下りてラキーニを迎える。
 ラキーニは、気遣い無用だから馬に乗るよう伝えた。

「して、何用ですかな?」
「サニヤに用がありまして」
「ならばここに」

 ガラナイと話をしていたサニヤも「ラキーニじゃないか」と、ラキーニへ気付く。

「やあ、サニヤ。君の隊の旗がルーガの隊と合流しているのが見えたんだ」

 サーニアはムッとして「私はサーニアだ」と言った。

 すると、ガラナイが横から「それで、サニヤを心配して、軍師殿が来たわけですね」と言う。

 ラキーニは、すぐに彼がガラナイだと気づき、以前、サーニアが彼の婚約の話を勘違いした事を話していたのを思い出した。

 なので、密かな対抗心を燃やしながら、サーニアが素晴らしい女性だと知らないだなんて、見る眼の無い男だと思う。

「ええ。サニヤが怪我をしたら大変なので」

 ガラナイはハハハと大笑し、「確かに、保護者同伴じゃないと危なっかしくて見てられませんものな、こいつは」とサーニアを指さす。

 なので、サーニアは「私はサニヤじゃなくてサーニアだし、子供扱いするな!」と怒ったのだ。

 サーニアが怒ると、ガラナイはますます笑った。

 そんな二人の様子を見て、ラキーニは密かに歯噛みして、心は悔し涙で濡れる。

 サニヤはなんと自然体で、ガラナイと対等に接しているのだろう。
 それにあの顔。自分には殆ど見せてくれた事が無い素直な表情じゃあ無いか!

 ラキーニはそんな自分の嫉妬を、自己嫌悪した。
 こんな陰湿な心根だから、サニヤは自分に振り向いてくれないのだ……と。

 そんな時、ドドンと太鼓の音が鳴る。
 出陣準備の太鼓だ。

 ラキーニには話しをしている暇はなかった。
 急いでサーニアを最前線から戻さねばと思う。

 サーニアには、ラキーニの護衛として戦って貰うのだ。
 突撃隊はさすがに前線過ぎる。

 なので、ラキーニは、サーニアへ最前線から下がるように伝える。
 
 だが、サーニアは首を左右に振った。

「この戦いは、私が自分の足で飛び込んだ戦いだ。私の手で決着をつけたい」

 敵は自分の伯父。
 そして、その伯父の息子を、自分は殺した。

 その戦いの最後なのに、自分だけ後方に居るわけにはいかないと思ったのである。

 ラキーニは、そのような事を言われても、ただのわがままでは無いかと、サーニアに戻るよう言うのだ。

「良いじゃあないですか」

 ガラナイが横合いから口を挟み、おっとと口元を抑える。
 ラキーニがあまりにも子供っぽい顔つきなので、ついつい立場が上な事を忘れてしまったのだ。

 そんなガラナイへ、ラキーニは「構いません。なぜ良いと思うのですか」と聞く。

「あーいや、そのですね。サニヤは騎士です。騎士ってのは、戦うべき時に戦わなくちゃあいけないのです。そこから逃げてしまうと、負けなのです」

 ガラナイはそう言うのである。

 それにラキーニは嫉妬した。

 なんだまるで、自分ばかりサニヤの気持ちが分かっているように……!

 ラキーニは落ち着けと自分へ言い聞かせるが、しかし、彼は十四歳。
 いくら知識があろうと、頭が良かろうと、十四の若い男の想いを制御など出来ない。

 と、思われたが、ラキーニはギュッと馬の手綱を握りしめて、あくまでも頭を静かに冷やした。

 自分の仕事はなんだ?
 役目はなんだ?

 兵士や将が軍の手足なら、自分はその手足を制御する頭。
 手足(ガラナイ)が同じ手足(サーニア)の事を理解しているのは当たり前。自分は頭で、手足とは離れすぎているのだから。

 そのように思うのだ。

 確かに、惚れた女の手前、強いところを見せるのが男である。
 しかし、ラキーニはそのような軽率な事をして良い立場では無かった。

 弱虫玉無しと笑わば笑え!
 僕は、僕がやらねばならぬ戦いというものがあるのだ!

 ラキーニはギュッと眉を寄せて、サーニアを見ると「お前はただの傭兵サーニアだ。私は軍師左朗将であるぞ。命令を聞け」と力強く言う。

 これにサーニアはドキリとした。
 ラキーニが男の顔を見せたからである。

 まさかラキーニにこのような男を感じるとは思わず、サーニアはドキマギとした。

「私は特別に前列に加わるが、軍師左朗将の立場は消えていない。サーニア、お前は私の護衛なのだ。軍令に従え」

 このような高圧的な態度にガラナイがムッとしていたが、立場や軍令と言われては何も言えない。

 しかし、サーニアがそれでも口を開いて、「護衛はガラナイにお願いしたい」と言った。

「ガラナイは半年前に結婚したばかり、突撃隊を率いるなら、私が行いたい。何卒」

 あくまでも、そのように上告するのだ。

 これにラキーニは歯を食い縛った。
 もちろん、立場を利用して従わせる事は出来る。
 しかし、確かにサーニアの言葉に道理はあったので、ラキーニは反論できなかった。

 これに、ジッと黙っていたルーガがようやく口を開き、「ガラナイ、サニヤ。突撃は俺がする。お前達は俺の隊の後から来い」と言うのだ。

 この発言に、ガラナイは「親父が死んだら、兵達の指揮はどうするのだ」と言うし、サニヤは「ルーガはもう若くないでしょ。無茶はやめてよ」と大慌てである。

 しかし、言葉少ないルーガはただ、「俺の言うとおりにしろ」とだけ言うのだ。
 
 ルーガは思う。
 ガラナイが下がれば、サニヤも下がるのだと。

 それに、ガラナイは、ルーガが居なくなったら配下の兵を誰が指揮するのかと言ったが、後はガラナイが指揮をすれば良いとルーガは考えた。
 ルーガは言葉が少ない人なので、ガラナイをあまり褒めない。
 しかし、すでにルーガはガラナイを十分に評価して、自分の後を継がせるに十分と断じていたのだ。

 もっとも、ガラナイにはまだ少し軽薄な所があったのであるが、ルーガの見立てでは、地位と責任を得れば、軽薄な態度も収まるだろうと思ったのであった。

「軍師様、それで良いでしょう?」

 ルーガが聞くと、ラキーニは彼が自分の為に突撃隊を率いると分かり、ペコリと頭を下げて「ありがとうございます」と言うのであった。
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