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8章・変わり行く時代
叙勲
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ラジートはコレンスと共に王城の廊下を歩く。
精悍な顔つき。指の先まで筋肉で引き締まった体。
戦場を見てきた眼差しは力強い覇気に溢れている。
もはや子供のラジートではない。
なにせラジート十五歳なのだ。
そう、十五歳。成人だ。
コレンスと共に一歩一歩、威風堂々マントをはためかせて歩いていく。
彼らの前を歩くカッツィが「無礼の無いようにせよ」と言った。
「もっとも、要らぬ心配だろうが」
ローリエット騎士団は十五歳以上の者で、その実力を認められた者は見習い騎士から正式な騎士として叙勲される。
しかし、十五歳でローリエット騎士団を出る者はそうそう居ない。
その人物はよほど優秀な人だ、
そして、今日、ラジートとコレンスは十五歳にして騎士階級を叙勲される。
叙勲は王からの直々な任命であるため、玉座の間へと入った。
カッツィが入ってすぐ、胸に手を当てて膝を曲げ、頭を下げる。
次いでラジートとコレンスが中へ入った。
その心模様は如何であろうか?
緊張が見受けられる。
しかし、それ以上に栄光へ臨む自信と自尊心がある。
緊張による心臓の高鳴りを内に秘め、自信に顔を上げて自尊心に胸を張った。
謁見の間の奥まで続くレッドベルベッド。
ベルベッドの左右に置かれた段差状の椅子にはたくさんの貴族達。
そして、ベルベッドの奥に玉座。
ラジートより少し年上の国王ルカオットが優しい瞳を携えて座っている。
玉座の隣には軍師のラキーニ。
さらにその隣に置かれた椅子に座るカイエンとリーリル。
カイエン四十四歳。
髪も髭も白と黒が均一に混じって灰色。
その髭もだいぶ長くなった。
シワも増えている。
しかし、その眼は優しく、いつもと変わらぬカイエンの眼だ。
そして、彼の隣にリーリルが座るのは、彼がいまだに上手く歩けないからである。
そんなカイエンを支える為に同席しているリーリル。
リーリルは白く輝く首飾りと、同じく白く輝くブローチを付けている。
二つ以上の装飾品は三十を歳を越えた証。
そう、リーリル三十一歳である。
少し脂肪がついたが、美しいラインを見せる痩せた体は健在だ。
目尻に小皺が増えて、法令線も見えるようになっていた。
カイエンもリーリルも優しく微笑んでいる。
それから、ラジート達からは見えないが、天井辺りでサーニアが暗殺者を警戒している事だろう。
厳かな空気の中、ラジートとコレンスは手を胸に当てて、膝を曲げると頭をかしずく。
二人が頭を下げ続けている間、カッツィが頭を上げて、ルカオットへ二人を紹介した。
二人は優秀な成績を修め、ローリエット騎士団にて学ぶ事は無く。
王に仕えるに足る資格を持っていると言った。
ルカオットはゆっくりと頷くと、二人へ面を上げて前へ来るように指示し、二人とも前へと歩いてく。
玉座から五歩程離れた所で、二人は膝をついて頭を下げた。
騎士は王に近付けば近付くほど頭を下げるのが礼儀。
五歩より近づくのは王自らのみとなっている。
騎士とは力を持つ者。
王を暗殺する危険を鑑みて、特別な認可を受けた騎士を除いて、王自ら近付くまでは五歩の距離を保つのだ。
「ラジート・ガリエンド。コレンス・ローガ」
ラキーニが二人の名を呼ぶ。
「そなたらはローリエット騎士団において、騎士として充分な能力を保持する事が認められた。
これよりは見習い騎士ではなく、国を、王を、民を護るため、身命を賭し、骨を粉にして身を砕き、その力を振るう騎士となる。
今、そなたらは人を越えた武力を持つ者。その身は剣そのものだ。
その剣の鞘になるのは、礼儀と礼節、誇りと矜持のみ。
その事をゆめゆめ忘れない事を誓うか」
二人は誓うと言う。
すると、カイエンが立ち上がった。
リーリルも立ち上がり、カイエンを支えている。
カイエンとリーリルは完全に一心同体。
誰ももう、二人が不貞を働いているなどと不埒な噂を立てることも無かった。
「面をあげよ」
ルカオットに言われて、ラジートとコレンスは顔を上げる。
すると、ルカオットが宝石で装飾されている剣を近衛の騎士より手渡され、ラジートへ向けた。
その剣の腹でラジートの肩を叩く。
次いでコレンスの肩も同様に叩くと、「期待しているぞ」と言った。
次にカイエンが「そなたらの活躍を期待し、騎士勲章を授与する」と剣と盾と馬があしらわれた騎士勲章を手に持ち、膝をついて二人を見る。
宰相が膝をついて騎士と頭を並べるのは、宰相も騎士も共に王と民を護る存在であり、そこに上下は無いという事を示す儀礼だ。
ラジートへ小声で「よく頑張った」と彼の右胸へ勲章を付ける。
続いてコレンスへも膝をついて同様に目線を合わせ、「よく腐らずに頑張った」と勲章を付けると、ルカオットとリーリルに支えられるカイエンは席へ戻った。
そして、ラキーニが二人の任地を告げる。
ラジートは国王直轄騎士団。
ルカオットの直下の騎士による軍団。
近衛兵を国王の盾とするなら、国王直轄騎士団は国王の剣にあたる集団だ。
末は将軍か防府太尉か。
最低でも王都に近い町の領主は手堅い出世道。
一方コレンスは北方の町の領主を任命された。
前線とも王都付近とも言い難い町であったが、成果を上げれば出世道へ乗ることも不可能ではない。
謹んで拝命しますと二人が言い、報告が終わる。
するとルカオットは、長い間の訓練に耐えた労をねぎり、またローリエット騎士団で挙げた武功を褒め讃えて、叙勲式は終わった。
ルカオットが玉座の後ろから謁見の間を出ると、二人とも玉座の間を出る。
玉座の間を出ておよそ十歩。
ラジートとコレンスは互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。
「やったな」とコレンスが言えば、「ああ。やった」とラジートも答える。
二人は既に騎士の自覚を持っていた。
子供みたいにキャッキャと騒ぐことなどしない。
すでに大人なのだ。
「しかし……すまなかった」
ラジートは苦しそうな顔でうつむく。
二人とも共に肩を並べた戦友。
時には命の助け合った事もあった。
しかし、ラジートだけ明らかな出世街道に乗ったのだ。
それを気に病んでいる。
だが、コレンスはクククと失笑した。
彼はラジートが気に病むのがおかしかったのだ。
なにせ、コレンスから見たらラジートは自分以上に十分な騎士なのである。
武功ばかり見ていたコレンスの目を覚まさせたのはラジートだ。
常に互いに争っていたのに、ラジートはコレンスよりも遥かに大きな視野で見ていたのである。
そんな彼だからこそ、コレンスはラジートが好待遇でも納得していた。
「胸を張れよ大将。お前は俺に勝ったんだ」
ラジートの胸を拳で軽く押して、ニヤリと笑う。
コレンスは思う。
あと十年……いや、五年もすればラジートは大きな役職にまで昇進するだろう。
それこそ騎士団長や将軍に……だ。
その時、ラジートの副将にコレンスは立ちたいと思う。
「お前は多分、人の上に立つ器だ。少なくとも、俺や同期の皆はお前の下に居たいと思っている」
「だから、俺が手柄立てる前に、手柄立てとけよ」と、コレンスは言って別れた。
コレンスは父親のニーゼン公の元へと向かったのである、
カッツィが残ったラジートへ、宰相様の元へと向かうのかと聞く。
もちろんそのようにする旨を伝えると、カッツィは微笑んだ。
親は大事にした方が良い、
カッツィはそう思っていたからである。
「騎士階級の授与おめでとう。次に会うときは肩を並べる戦友だ」
カッツィはラジートと握手を交えて、別れた。
さて、一人になったラジートは駆け出す。
ラジートには会いたい人が居た。
それはカイエンでもリーリルでもない。
双子のザインでも姉のサニヤでもない。
ヘデンだ。
ヘデンとは五年もの間、会っていなかった。
そして、ヘデンは二年もの間、手紙を送ってくれた。
手紙を受け取れば受け取る程、ヘデンに会いたい気持が強くなったのだ。
ヘデンが誕生日を迎えたと報告すれば、段々と大人びていく彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
料理が上手くいったと手紙がくれば、キッチンで笑顔を浮かべる彼女の顔が想像できた。
会えない時間がラジートの心をさざめきたてた。
最後に会ったときはここまで心が激しい情熱に踊った事など無かった。
だが、今では明確な恋を感じている。
今すぐ会いたい!
今すぐ抱きしめたい!
ラジートは城を出て街を走り、孤児院へと真っ直ぐ向かった。
いくらラジートが大人びているとはいえ十五歳の若者。
激しい恋の炎に身が焦がれれば耐えることなど出来ない。
だから、勢い良く孤児院の玄関を開けた。
驚いた職員がやって来ると、ラジートはたまらず「ヘデンはどこでしょう!」と聞く。
叙勲された時よりも、彼女へ会いたい一心の方が強かったので、自然と大きな声だ。
このラジートの質問に対して職員が何かを語る必要は無かった。
その声に驚いたヘデンが部屋から顔を出したからである。
ニキビが幾つか見える顔。
最後に会ってから五年間。
背は伸びて、伸びた栗毛の髪を三つ編みにしていた。
引っ込み思案な性格が見えるような顔つきだが、純朴な優しさも同時に出ている顔だ。
ラジートは彼女の顔を見ると、心の底から耐え難い歓喜の感情がわき上がった。
その思いのままヘデンの目前へ進む。
ヘデンはラジートの顔に驚き、そして、カーシュは工房に行っていると話したが、その話を遮ってラジートは片膝をつき、「ヘデン! オレと結婚してくれ」と言って手を取った。
こんな突然の告白にヘデンは驚いて、どもってしまい言葉が出ないのである。
もう職員は何が何やら混乱の極み。
なぜ騎士がこんな孤児院に来たのか、孤児のヘデンに愛の告白をするのやら。
しかし、その職員はラジートの告白を止めねばと思って、ラジートとヘデンの間に割って入った。
職員はラジートに頭を下げて謝罪をするのである。
なぜラジートの邪魔をするのか。
それには一つの理由があった。
なぜ邪魔をするのかとラジートが聞けば、職員は困ったように眉を八の字にして「その……ヘデンは婚約をしているのです」と言ったのである。
精悍な顔つき。指の先まで筋肉で引き締まった体。
戦場を見てきた眼差しは力強い覇気に溢れている。
もはや子供のラジートではない。
なにせラジート十五歳なのだ。
そう、十五歳。成人だ。
コレンスと共に一歩一歩、威風堂々マントをはためかせて歩いていく。
彼らの前を歩くカッツィが「無礼の無いようにせよ」と言った。
「もっとも、要らぬ心配だろうが」
ローリエット騎士団は十五歳以上の者で、その実力を認められた者は見習い騎士から正式な騎士として叙勲される。
しかし、十五歳でローリエット騎士団を出る者はそうそう居ない。
その人物はよほど優秀な人だ、
そして、今日、ラジートとコレンスは十五歳にして騎士階級を叙勲される。
叙勲は王からの直々な任命であるため、玉座の間へと入った。
カッツィが入ってすぐ、胸に手を当てて膝を曲げ、頭を下げる。
次いでラジートとコレンスが中へ入った。
その心模様は如何であろうか?
緊張が見受けられる。
しかし、それ以上に栄光へ臨む自信と自尊心がある。
緊張による心臓の高鳴りを内に秘め、自信に顔を上げて自尊心に胸を張った。
謁見の間の奥まで続くレッドベルベッド。
ベルベッドの左右に置かれた段差状の椅子にはたくさんの貴族達。
そして、ベルベッドの奥に玉座。
ラジートより少し年上の国王ルカオットが優しい瞳を携えて座っている。
玉座の隣には軍師のラキーニ。
さらにその隣に置かれた椅子に座るカイエンとリーリル。
カイエン四十四歳。
髪も髭も白と黒が均一に混じって灰色。
その髭もだいぶ長くなった。
シワも増えている。
しかし、その眼は優しく、いつもと変わらぬカイエンの眼だ。
そして、彼の隣にリーリルが座るのは、彼がいまだに上手く歩けないからである。
そんなカイエンを支える為に同席しているリーリル。
リーリルは白く輝く首飾りと、同じく白く輝くブローチを付けている。
二つ以上の装飾品は三十を歳を越えた証。
そう、リーリル三十一歳である。
少し脂肪がついたが、美しいラインを見せる痩せた体は健在だ。
目尻に小皺が増えて、法令線も見えるようになっていた。
カイエンもリーリルも優しく微笑んでいる。
それから、ラジート達からは見えないが、天井辺りでサーニアが暗殺者を警戒している事だろう。
厳かな空気の中、ラジートとコレンスは手を胸に当てて、膝を曲げると頭をかしずく。
二人が頭を下げ続けている間、カッツィが頭を上げて、ルカオットへ二人を紹介した。
二人は優秀な成績を修め、ローリエット騎士団にて学ぶ事は無く。
王に仕えるに足る資格を持っていると言った。
ルカオットはゆっくりと頷くと、二人へ面を上げて前へ来るように指示し、二人とも前へと歩いてく。
玉座から五歩程離れた所で、二人は膝をついて頭を下げた。
騎士は王に近付けば近付くほど頭を下げるのが礼儀。
五歩より近づくのは王自らのみとなっている。
騎士とは力を持つ者。
王を暗殺する危険を鑑みて、特別な認可を受けた騎士を除いて、王自ら近付くまでは五歩の距離を保つのだ。
「ラジート・ガリエンド。コレンス・ローガ」
ラキーニが二人の名を呼ぶ。
「そなたらはローリエット騎士団において、騎士として充分な能力を保持する事が認められた。
これよりは見習い騎士ではなく、国を、王を、民を護るため、身命を賭し、骨を粉にして身を砕き、その力を振るう騎士となる。
今、そなたらは人を越えた武力を持つ者。その身は剣そのものだ。
その剣の鞘になるのは、礼儀と礼節、誇りと矜持のみ。
その事をゆめゆめ忘れない事を誓うか」
二人は誓うと言う。
すると、カイエンが立ち上がった。
リーリルも立ち上がり、カイエンを支えている。
カイエンとリーリルは完全に一心同体。
誰ももう、二人が不貞を働いているなどと不埒な噂を立てることも無かった。
「面をあげよ」
ルカオットに言われて、ラジートとコレンスは顔を上げる。
すると、ルカオットが宝石で装飾されている剣を近衛の騎士より手渡され、ラジートへ向けた。
その剣の腹でラジートの肩を叩く。
次いでコレンスの肩も同様に叩くと、「期待しているぞ」と言った。
次にカイエンが「そなたらの活躍を期待し、騎士勲章を授与する」と剣と盾と馬があしらわれた騎士勲章を手に持ち、膝をついて二人を見る。
宰相が膝をついて騎士と頭を並べるのは、宰相も騎士も共に王と民を護る存在であり、そこに上下は無いという事を示す儀礼だ。
ラジートへ小声で「よく頑張った」と彼の右胸へ勲章を付ける。
続いてコレンスへも膝をついて同様に目線を合わせ、「よく腐らずに頑張った」と勲章を付けると、ルカオットとリーリルに支えられるカイエンは席へ戻った。
そして、ラキーニが二人の任地を告げる。
ラジートは国王直轄騎士団。
ルカオットの直下の騎士による軍団。
近衛兵を国王の盾とするなら、国王直轄騎士団は国王の剣にあたる集団だ。
末は将軍か防府太尉か。
最低でも王都に近い町の領主は手堅い出世道。
一方コレンスは北方の町の領主を任命された。
前線とも王都付近とも言い難い町であったが、成果を上げれば出世道へ乗ることも不可能ではない。
謹んで拝命しますと二人が言い、報告が終わる。
するとルカオットは、長い間の訓練に耐えた労をねぎり、またローリエット騎士団で挙げた武功を褒め讃えて、叙勲式は終わった。
ルカオットが玉座の後ろから謁見の間を出ると、二人とも玉座の間を出る。
玉座の間を出ておよそ十歩。
ラジートとコレンスは互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。
「やったな」とコレンスが言えば、「ああ。やった」とラジートも答える。
二人は既に騎士の自覚を持っていた。
子供みたいにキャッキャと騒ぐことなどしない。
すでに大人なのだ。
「しかし……すまなかった」
ラジートは苦しそうな顔でうつむく。
二人とも共に肩を並べた戦友。
時には命の助け合った事もあった。
しかし、ラジートだけ明らかな出世街道に乗ったのだ。
それを気に病んでいる。
だが、コレンスはクククと失笑した。
彼はラジートが気に病むのがおかしかったのだ。
なにせ、コレンスから見たらラジートは自分以上に十分な騎士なのである。
武功ばかり見ていたコレンスの目を覚まさせたのはラジートだ。
常に互いに争っていたのに、ラジートはコレンスよりも遥かに大きな視野で見ていたのである。
そんな彼だからこそ、コレンスはラジートが好待遇でも納得していた。
「胸を張れよ大将。お前は俺に勝ったんだ」
ラジートの胸を拳で軽く押して、ニヤリと笑う。
コレンスは思う。
あと十年……いや、五年もすればラジートは大きな役職にまで昇進するだろう。
それこそ騎士団長や将軍に……だ。
その時、ラジートの副将にコレンスは立ちたいと思う。
「お前は多分、人の上に立つ器だ。少なくとも、俺や同期の皆はお前の下に居たいと思っている」
「だから、俺が手柄立てる前に、手柄立てとけよ」と、コレンスは言って別れた。
コレンスは父親のニーゼン公の元へと向かったのである、
カッツィが残ったラジートへ、宰相様の元へと向かうのかと聞く。
もちろんそのようにする旨を伝えると、カッツィは微笑んだ。
親は大事にした方が良い、
カッツィはそう思っていたからである。
「騎士階級の授与おめでとう。次に会うときは肩を並べる戦友だ」
カッツィはラジートと握手を交えて、別れた。
さて、一人になったラジートは駆け出す。
ラジートには会いたい人が居た。
それはカイエンでもリーリルでもない。
双子のザインでも姉のサニヤでもない。
ヘデンだ。
ヘデンとは五年もの間、会っていなかった。
そして、ヘデンは二年もの間、手紙を送ってくれた。
手紙を受け取れば受け取る程、ヘデンに会いたい気持が強くなったのだ。
ヘデンが誕生日を迎えたと報告すれば、段々と大人びていく彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
料理が上手くいったと手紙がくれば、キッチンで笑顔を浮かべる彼女の顔が想像できた。
会えない時間がラジートの心をさざめきたてた。
最後に会ったときはここまで心が激しい情熱に踊った事など無かった。
だが、今では明確な恋を感じている。
今すぐ会いたい!
今すぐ抱きしめたい!
ラジートは城を出て街を走り、孤児院へと真っ直ぐ向かった。
いくらラジートが大人びているとはいえ十五歳の若者。
激しい恋の炎に身が焦がれれば耐えることなど出来ない。
だから、勢い良く孤児院の玄関を開けた。
驚いた職員がやって来ると、ラジートはたまらず「ヘデンはどこでしょう!」と聞く。
叙勲された時よりも、彼女へ会いたい一心の方が強かったので、自然と大きな声だ。
このラジートの質問に対して職員が何かを語る必要は無かった。
その声に驚いたヘデンが部屋から顔を出したからである。
ニキビが幾つか見える顔。
最後に会ってから五年間。
背は伸びて、伸びた栗毛の髪を三つ編みにしていた。
引っ込み思案な性格が見えるような顔つきだが、純朴な優しさも同時に出ている顔だ。
ラジートは彼女の顔を見ると、心の底から耐え難い歓喜の感情がわき上がった。
その思いのままヘデンの目前へ進む。
ヘデンはラジートの顔に驚き、そして、カーシュは工房に行っていると話したが、その話を遮ってラジートは片膝をつき、「ヘデン! オレと結婚してくれ」と言って手を取った。
こんな突然の告白にヘデンは驚いて、どもってしまい言葉が出ないのである。
もう職員は何が何やら混乱の極み。
なぜ騎士がこんな孤児院に来たのか、孤児のヘデンに愛の告白をするのやら。
しかし、その職員はラジートの告白を止めねばと思って、ラジートとヘデンの間に割って入った。
職員はラジートに頭を下げて謝罪をするのである。
なぜラジートの邪魔をするのか。
それには一つの理由があった。
なぜ邪魔をするのかとラジートが聞けば、職員は困ったように眉を八の字にして「その……ヘデンは婚約をしているのです」と言ったのである。
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