没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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9章・それぞれの戦い。皆の戦い。

至福

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 ラジートは屋敷の表でカーシュと会った。

 カーシュは開口一番に言う。

「とにかく、ヘデンに会ってくれないか? もちろん、ラジートとしてもあまり良い気分のする話じゃあ――」

 そのカーシュの言葉を遮り、ラジートは、勿論会おうと答えた。

 カーシュは、まさかラジートもヘデンに会いたかったと思っていたなどと思いもせず、なんだか取り越し苦労を感じたのである。

 しかし、カーシュが居ないと、ラジートとヘデンはいつまでも擦れ違ったままだった。

 彼は良い仕事をしてくれたのだ。

 カンテラを抱えて脱兎の如く孤児院へ向かったラジートは、孤児院の前に立っているヘデンを見た。

 ヘデンもラジートを見るなり、ごめんなさいと頭を下げる。

「私、ラジートの事を何も知らないのに勝手に怯えて……。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 いきなり謝られてしまい、むしろ謝ろうと思っていたラジートは硬直してしまった。

 何か気の利いた言葉を言わねば。
 で、なくば、ただでさえ罪悪感を抱いているヘデンを不安にさせてしまう。

 しかし、なんと言えば良いのか分からず、ラジートは棒立ちになっしまった。
 すると、カーシュがヘデンの頭を上げさせて、実はラジートもヘデンに会いたかったのだと説明する。

「ほら、ラジート。お前もヘデンに会いたかったんだろ!」

 カーシュの力強い声に、ラジートはハッとして、「マーロットは……確かに俺が殺したんだ。でも、君にはどうしても知っておいて欲しい事がある。もしから、良い気分のしない話だけど」と、どこか弱気に言うのだ。

 ヘデンは力強い眼で、ラジートの言葉を待った。

 そのヘデンの態度にラジートは全てを話す。
 マーロットの愚かで、そして凄惨な行為を。

 その話を聞いたヘデンは気分が悪そうに倒れそうになる。
 ラジートが彼女を抱き支えると、ヘデンも抱き返した。

「私も、そうなっていたのかな」
「たぶん」

 ぎゅっと力強くヘデンがラジートに抱きつく。
 その腕は僅かに震えていた。

 あと少しで殺される所だったと思えば、殺される実感も湧いてくるのだろう。

 そして、そんな恐ろしい事から助けてくれたラジートに何と酷い言葉を言ってしまったのだろうとヘデンは後悔し、深く深く謝罪をした。

 ラジートも、勘違いさせたまま何も言わなかった為に、ヘデンに謝罪をさせてしまう事を謝る。

 そして、こう言った。

「誰にもヘデンを傷つけさせない。俺が君を守る。俺はそれだけの力を持っているんだ。だから、守らせてくれ」

 力強くヘデンの手を握り、真っ直ぐの瞳でヘデンを見る。

 絶対に守る。
 
 その意思を持った眼だ。

 そして、ヘデンの答えは一つしかなかった。

「うん!」

 彼女は力強く頷き、互いに熱く抱擁を交える。

 それを見ていたカーシュが苦笑しながら「ヤることは成人してから頼むぜ」と言ったので、二人は人前でいちゃついてしまって恥ずかしく、顔を真っ赤にしながら離れた。

 親友と妹がいちゃいちゃするのをさすがにカーシュは見てられない。

 勿論、祝福はするが、場は弁えろということだ。

 そんなカーシュの気持ちはどこ吹く風で、ラジートとヘデンは互いに、はにかみ笑みを浮かべて視線を交える。

 来年、ヘデンの誕生日に。
 そういう眼で見つめ合った。

 その後、ラジートは孤児院から帰った後もヘデンのその嬉しそうな眼が忘れられなかった。

 体が歓喜に火照って寝付け無かったので、思わず、夜深くまで裏庭で木剣を素振りしたほどだ。

 それほどラジートは嬉しい。

 たくさん汗をかき、へとへとに疲れてようやく寝付けそうだとラジートは思いながら屋敷へ戻った。

 すると、 キネットが冷たいお茶を持って廊下に立っていて、ラジートにそのお茶を差し出す。

 こんな時間まで起きていたのかとラジートは驚いた。

「ラジート様が起きているのに、メイドの私まで寝てられませんので」

 気を遣わせて悪いことをしてしまったとラジートは苦笑しながら、お茶を口に含む。
 香りが強いハーブティーだ。
 疲労回復に役立つ香草を使ったのだろう。

 それから、一つまみの僅かな塩を入れているようで、塩気がハーブティーの甘さを引き立たせていた。

「もしかして、この一杯を俺の為に?」
「メイドとして当然です」

 全く気遣いの出来る女である。

 キネットは相変わらずの硬い表情で、少しはメイドらしくなったでしょうと言った。

 かつて、まだラジートが小さい頃、キネットがガリエンド家に雇われた当初、彼女は剣ばかりで家事の一切が出来なかったのである。
 それをザインとラジートはからかったものだ。

 キネットは武人肌の女で口下手だったため、子供にからかわれても何と応えて良いものか分からなかった。
 なので、ツーンとした態度で無視をしたものである。

 当時の彼女はまだ若くて誇りも高かったが、今では随分と大人しくなった。
 家事も上達し、気遣いも出来る。

 彼女も成長したのだ。

「でも、表情はもっと柔らかい方が女らしいな」

 仏頂面でお茶を渡すよりも、笑顔の一つでも見せてくれた方が良い。

「余計なお世話です。私は武人ですので柔らかい顔なんて作り方を知りません」
「日暮れ頃に俺の話を聞いてくれた時は、もっと柔らかい顔付きだったぜ」

 ラジートはお茶をクイッと飲み込む。
 そして、キネットへカップを渡して彼女の頭を撫でながら擦れ違う。
 
「今日は話を聞いてくれてありがとう」

 ニコリと笑って、汗だらけの顔を拭きながら廊下を歩いて行った。

 そんなラジートの背を見ながら、キネットはラジートが随分成長したものだと、自分の頭に残る撫でられた感触を思い出しながら実感する。

 胸が熱い。

 キネットはラジートが男らしく、かつての子供臭さが消えているのに気付くと、胸が鼓動を高鳴らせるのだ。

 子供のラジートを知っているからこそ、彼女は彼の大人らしさをより知ってしまい、意識してしまう。

 もしも、ラジートと結婚できたら……などと思ってしまう程だ。

 だが、ラジートとキネットは十歳近く離れている。
 おばさんに片足を突っ込んでいると言い換えても良い。

 それに、ラジートとヘデンが両想いだということも知っているので、彼女はその思いを留めたのであった。

 それから数週間後、ちょうど初秋の頃である。

 キネットは相変わらずラジートへの想いを抱きながらも、日々をガリエンド家への奉仕に費やしていた。

 ラジートは早朝に騎士団へと行くので、キネット達メイドも夜明け前に炊事をする。
 ラジートが家を出ると、今度はカイエン達が起きてくるので彼らの朝食を支度。

 カイエンはリーリルを連れ立って王城へ行くこともあれば、体調が悪くて屋敷で療養する事もある。
 王城へ行く時はキネットがカイエンとリーリルの護衛だ。

 カイエンが王城へ行かない場合、ザインは朝食後にカイエンから軍略や剣術の稽古となる。
 剣術はキネットが直接指導し、横からカイエンがザインへ指示を飛ばした。
 しかしカイエンが居ない場合は主に軍略の自習をするか、リシーが訪ねて来て遊ぶ事がザインの日課だ。

 その日はカイエンが仕事に向かった上に、サニヤに雇われているメイドがリシーを連れて来たので、ザインは彼女と遊ぶ事にした。
 いや、遊ぶ事にしたと言うのは正しい表現では無いだろう。

 ザインがリビングで用兵の本を読んでいると、ドタドタと廊下から足音が聞こえてきて勢い良く扉が開き、「ザイン!」と、リシーがザインの首へ目掛けて飛びついてくるのである。

 ザインはそんな彼女を空中で受け止めて、首に抱き付けられないようにする必要があった。

「やあ、リシー」

 ザインが挨拶する間に、リシーはザインの服を掴んで、体を這い回りながら肩の上へと上るので、ザインは苦笑してしまう。

 昔のサニヤを思い出すお転婆っぷりだ。

 しかし、こうされては本を読んでいる場合でも無いので、ザインは彼女と遊ぶ以外の選択肢が無かったのである。

「お嬢様!」

 リシーを連れてきたメイドがようやくリビングへやって来て、金切り声染みた絶叫を挙げた。

 サニヤの家のメイドは初老のメイドで、熟練の護衛メイドでもあった。
 リシーの礼儀作法や、剣術の指南役でもあるのだが、だいぶリシーには手を焼いている様である。

「お嬢様! 何度言えば……! ザイン様に乗るのをお止めなさい! 淑女が……! こんな……!」

 ツッコミ所が多すぎてどこからツッコめば良いのやら?
 とにかくリシーをザインから降ろそうと手を伸ばせば、リシーはザインの肩からぴょんと飛び降りて、ソファーの後ろへ隠れてしまう。

 メイドがリシーを追ってソファーの後ろへ回れば、リシーはソファーの前へと回ってきた。

 そのままザインの座るソファーをグルグルと回るもので、リシーは楽しそうに笑っている。
 メイドは息せき切って、待ちなさいと怒鳴っているが。

 そして、リシーはザインの背中へ隠れて、助けてと笑いながら言うのである。

 その無邪気な姿が面白くてザインは笑った。
 笑いながらリシーを抱き、背中から前へと持ってくると、メイドへ謝るように言う。

 はーいと間延びした返事の後、リシーはメイドに謝った。

 リシーは元気いっぱいでお転婆なのだが、ザインの言う事にだけは素直に従う。

「リシーも謝ったので許してあげて下さい」

 ザインがリシーを抱えたまま言うと、メイドは皺だらけの顔を厳めしくしながら「ザイン様が言うならば」とリシーを許す。

「ですが、お嬢様。罰として帰ったら書き取りのお授業ですからね」

 ツンケンと言われたその言葉は、リシーにとって最悪の言葉だ。
 書き取りぃ~? と心底嫌そうな顔をするのである。

 リシーは勉強が嫌いだ。
 そして、剣が好きだ。

 サニヤは将来、隠密部隊をリシーに継がせようと、まだ二歳の彼女へ既に剣を教え始めたのだが、どうやらザインの持っている冒険譚の本をいたく気に入っていたようで、彼女は剣を振るのに強い感心があった。

 一方、じっと座る勉強というものが嫌いで、これにメイドのみならずサニヤも手を焼いていた程である。

 サニヤは、誰に似たんだか……! と怒るのであるが、夫のラキーニに言わせれば、若い頃のサニヤそのものだった。

 そのように、あのサニヤでさえ手を焼くお転婆リシーであるが、彼女が唯一ジッとする場所がある。

 それはザインの膝の上だ。
 ザインの膝の上で、彼に本を読んで貰う。
 それがリシーにとって至福の時間であった。

「ねえザイン! これ読んで!」

 本棚から乱暴に本を引っ張り出し、バタバタと隣の本が落ちる。

 老齢のメイドが金切り声を上げて怒った。

 本というものは高価だ。
 一ページ一ページ、人が手で文字を映して本は作られる。
 それほど作るのが大変な本なので、この世界で本は非常に高価なもの。

 なので、余所の家にある本を乱雑に扱うなど無礼極まりない。

「別にいーじゃん」

 なんと生意気な態度であろう。

 しかし、これにザインは許すわけにはいかなかった。

「こおらリシー。駄目じゃ無いか。片付けるんだよ。じゃ無くては本を読まないからな」

 あくまでも諭すように言う。
 リシーはつまらなそうに唇を尖らせて、むうっと不満げな声を出しながら本を片付けだした。

「すいません」

 メイドはザインに申し訳なさげに謝る。

 ザインに迷惑をかけたばかりか、彼で無ければリシーは言う事を聞かない。
 メイドとしては、自分の教育不足に違いなかったので謝った。

 しかし、ザインとしては謝られても困る。
 リシーの責任はリシーの責任。
 このメイドはむしろ良くやってくれている。

「子供には、大人に逆らいたい盛りがあるものですから」

 大なり小なり、子供には反抗期が存在するものであり、反抗期を間違いだとか、失敗だとか思ってはいけない。
 自主自立の第一歩なのだから。

 大事なことは、大人が匙を投げずに教えて上げる事だろう。

 ザインはそう思う。

「ねえ! ザイン、お片づけ終わったよ! 読んで!」

 すると、本を棚へ戻したリシーが舌足らずに言いながら嬉しそうにやって来た。

 お喋りはお終い。

「それでは」とメイドに軽く頭を下げたザインは、リシーを膝に乗せて本を開く。

「むかーしむかし、あるところに……」

 ザインの膝の上に座ったリシーは本を見ながら、チラチラと、音読するザインの顔を見ていた。

 その顔が恋する乙女のものだと誰も気付かなかった。
 そう、リシーでさえも。

 二歳なのにもう恋とはおませなものである。
 だが、その気持ちが恋かどうかなんて彼女にとってはどうでも良い。
 リシーはザインの膝に座って、彼の優しい声を枕に暮らす幸せな時間があれば満足だった。

 そして、この日々はいつまでも続くものだと思っていた。

 だから、恋だとか何だとか考えない。
 なぜならば、この日々が既にリシーの最高の幸せだったから。

 しかし、幸せはいつまでも続かない。

 ザインはまだ初陣を迎えておらず、そろそろ初陣を迎えねばならない年齢だ。

 そして、その時は一週間後に来た。

 マルダーク王国最大の敵国、オルブテナ王国が大規模な侵攻を以て、マルダーク東方のハーズルージュへ攻めてきたのである。

 その大規模な侵攻を前に、ハーズルージュを始め東方の都市だけでは対抗しきれないと伝令が来たのだ。

 これに王都の戦力の半分をハーズルージュへ送る事となる。
 その戦力の中に、ザインも含まれているのであった。
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