没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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9章・それぞれの戦い。皆の戦い。

真意

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 玉座に座るつもりは無いか。

 ルカオットの問いにザインは面食らった。

「あー……。陛下。冗談が過ぎます。このような会場でそのような冗談、誰かに聞かれたら……」
「秘密話は雑音のある方が盗み聞きされないから良いものさ」

 と、言ったものの、ルカオットはザインの肩に手を置き、「冗談だ」と笑う。

 ザインにはルカオットの言葉が冗談のように聞こえなかったが。
 しかし、冗談と言うことにしてくれるなら冗談の方が良い。

 ザインだって本当は、晴れた日に畑を耕して雨の日に本を読むような生活をしたいので、王の地位なんて御免被りたかった。

「やれやれ。カイエンにもザインにもフラれてしまったよ。シュエン」
「俺に言うなよ。俺は政争なんて興味の欠片もねえからな」 

 彼は全く無関心に、チキンの足を口でしゃぶりながら、豚ロースのソテーを皿へと盛っている。

 この様子にルカオットは溜息をつき、ザインへ向き直った。

 実を言うと、ラジートにも誘ってみた所、断られてしまったらしく。

「彼なら国王の座を欲しいと思ったのだけどね」

 ダメで元々、ザインにも声を掛けたそうだ。

 ザインは、あまり人に話す内容では無いと苦笑した。

 と、同時に、国王の心は完全に国から離れているのだとザインは分かる。
 普通ならば、おいそれと話せる内容ではないと言うのに、ザインとラジートへ伝えてしまっているのだ。

 下手を打てば、彼は何か過激な手段へ出てしまうのでは無いか。
 ザインは心の中で、そう不安に思うのである。

 一方その頃、修練場にて打ち合いの訓練をしているラジートは、そろそろザインはパーティーだなぁと思っていた。

 全身から大粒の汗を垂らしながら兜を脱ぎ、桶の水を頭から被る。

 同僚から次やろうと誘われたので、顔を拭いながら了承した。

「国王か」

 ラジートは顔を拭いながら呟く。

 ハーズルージュから王都への帰途の折りに誘われたが……ラジートは断った。

 断りはしたがまんざらでも無い。
 ラジートには夢がある。
 この国の貧民を救済する夢だ。

 その夢を考えれば、国王は最適であろう。
 しかし、ラジートはこの誘いへ安易に飛びつくのは駄目だと思ったので断ったのだ。

 それはなぜか?

 結局の所、国政とは国王一人で行うものではないからである。
 様々な大臣、様々な領主。 
 天変地異や野盗匪賊、戦争紛争……様々な要素が影響を与える。

 ラジートがいきなり国王となったところで、ラジートの唱える政策を臣下が認めはしないだろう。
 きっと、様々な事を言い訳に突っぱねられる。

 ラジートはそれを分かっていたので断ったのだ。

 国王になるならば、臣下を黙らせられる威信を見せ付けねばならない。

 ゆえに、「今はまだその時じゃ無い」のだ。

 彼も随分としたたかになったものである。
 しかし、理想を叶えようと思えばこそ、したたかな思考が必要なのだ。

 夢を叶えるには誰よりも現実を見ていなければならなかった。

 そう思うラジートは、その日の暮れ、ザインから国王の席を譲る事を打ち明けられた話をされる。

 二人の寝室で、「何か過激な手を使ったりしないだろうか?」とザインは本を片手に心配していた。

「過激な手か」

 ラジートはベッドに腰掛けて考え込む。
 もし、本当に過激な手を講じたとすれば、それはラジートにとっても有利なチャンスかも知れないのだ。

「もしかして、陛下が過激な事をするのを望んでる?」

 ザインが茶化すように聞いてくるので、ラジートは「まさか」と微笑む。

 ラジートはザインに隠し事をした。
 国王になろうと考えているなど、ザインにさえ打ち明けられない話だからである。

 しかし、果たして国王は何を考えているのだろうか?
 ザインとラジートは彼の真意を話し合う。

 元々文化人気質の二人はそのような話し合いで、ああでも無いこうでも無いと盛り上がるのである。

 しかし、そのような話し合いは廊下から近付く足音で中断された。

 トテトテと愛らしい足音だ。

「ザインのお姫様がいらっしゃったようで」

 ラジートはからかうような笑みを浮かべる。

 それと同時であろうか。
 バンと扉が開いて、小さな女の子が「ザイン!」と、ザインのお腹へと頭突きをするように飛んできた。

 そのために、彼女を受け止めたザインは少々苦しそうな声を出す。

「リシー……。駄目じゃ無いか、人に飛び付いたら」
「本ばっかり読んでるザインが悪いもん! 少しは体を鍛えよう!」

 屈託の無い笑みでザインの体へしがみつくのである。

 体を鍛えているならとラジートが話し掛けるが、リシー曰くラジートは格好良くないから嫌だとの事であった。

「まったく。その生意気な所は姉上らしいなぁ」

 本当にチビサニヤとも言うべき女の子だ。

 ラジートは昔の、サニヤに連れ回されたりした時の事を思い出して苦笑した。

 そんな彼をよそに、リシーはザインに本を読むように言う。
 机の上には雑多な本が大量に積まれていた。

 殆どは、法学、農学、経済学の難しい本である。
 その山からリシーは宝探しとばかりに面白そうな本――主として冒険譚や童話――を探した。

 チビサニヤとも言うべきリシーであるが、本が好きなところは間違いなく父ラキーニの影響だ。

「姉上よりは、頭が良さそうだね」

 ザインとラジートは互いに顔を見合わせて、全く同じ事を考えていたので失笑が漏れてしまった。

 しかし、なぜこの屋敷にリシーが居るのか?

 不思議に思ったザインが、本を探すリシーの頭を撫でながら聞いてみる。

 すると、部屋の入口から「ザインを祝いに来たのよ」と声がした。

 二人が眼を見やれば、サニヤがドア枠に肘をついて立っている。

「つうかあんたら、私の悪口言ってた?」
「いや、言ってないよ」

 まさかサニヤが居たとは思わず、二人は冷や汗を垂らした。

 この姉は二人にとって邪知暴虐の悪魔だ。
 悪口を言っていたと姉に知られたら、どのような仕打ちが待っていることやら。

 二人にとって幸いだったのは、彼女はハッキリとは話を聞いていなかった様子なので、否定すればサニヤも言及することはしなかった事か。

「ま、ちょうど良いわ。あんたら、料理が出来るまでリシーの面倒見ててよ」

 サニヤはその間、リビングでカイエンやリーリルと話をしていると言う。

「私が居ないと、ラキーニもお父様も、お母様をほったらかして仕事の話ばっかりするのだもの」

 なるほど確かに、リーリルを置いて二人で小難しい話に熱くなる姿が見える。
 仕事に熱心なのは良い事だが、家庭にまで仕事を持ち込むのは頂けないものだ。

「リシー。良い子にして、叔父さんに迷惑かけないようにね」

 サニヤは部屋に入ってリシーの頭を撫でると、リシーはむず痒そうにしながら「うん!」と元気よく返事したのであった。

 それに安心したように、サニヤは部屋を出て行く。

 実際、リシーは大人しかった。
 読んで欲しい本を見つけて、ザインの膝の上に座ると顔を少し赤らめながらザインの音読を聞くのである。

「テレンスはもうすぐ二十歳になる若い男であるが、彼を慕う女性はもっと若くて十五歳だった。
 テレンスは貴族の長男だったが、彼女はテレンスの親戚に当たる女の子だった。
 彼女は宗家であり、叶わぬ恋を――あれ? リシー、これ、冒険譚じゃないよ」

 リグリー・オルベンという人が書いた『テレンス』という小説だ。
 身分違いの恋愛を描いた小説。
 リシーの好きそうな冒険譚では無い。

 しかし、リシーはその忠告にツンとした態度で、「いーの!」と言った。
 ザインは彼女のその態度に、きっとリシーも成長して女の子らしくなったのだなと思うと同時に、二歳が読むには少し難しい内容のように思える。

 リシーはもうすぐ三歳であるが、それでも、二歳、三歳で読む本では無い。
 それもそのはず、リシーは本の内容が難しくて理解できてない。

 だが、この本の方が良い理由が一つだけあった。

 しばらく本を読み進めていると、ふと、リシーが「この本には戦争なんて出てこないよね?」と聞いてきた。
 ザインは一度この本を読んでいるので戦争シーンが無いことを知っている。
 だから、出てこないよと答えた。

 リシーはその答えに安心した様だ。

 しかし、なぜ冒険譚や戦記が好きだったリシーがそのような事を気にするのだろう?
 子供とはいきなり嗜好が変わることもあるが、これほどの変化は不思議である。

 その心は、リシーにとって、ザインが東方へ出陣した事がショックだったのだ。

 ザインが戦地へ行って、二度と帰ってこなかったら。
 そう思うと、ずっと怖かったのである。

 ザインが出陣してから、リシーは仕事へ向かうサニヤとラキーニから離れたくないと初めて泣き付いたものだ。
 それほど恐ろしかったのである。

 それからしばらく後に王国軍が帰ってきたと聞いた時、彼女はメイドを連れてすぐにザインを見ようと城門まで出かけた程だ。

 そして、彼の安全を確認した時、リシーは全身の力が抜けそうな程に安堵した。
 いや、実際に力が抜けて、へなへなと座り込んでしまった程である。

 そう言う経緯があり、彼女は戦争というものに、もはや過剰な理想を持ちはしなかった。
 人と人を別れさせる、恐ろしいものという印象を抱いたので、戦争の無い恋愛小説の方を好むようになっていたのである。

「ねえ、ザイン」
「その時、テレンスは――ん? どうした?」

 ザインの音読の最中にリシーが口を挟む事は稀だ。
 主にトイレへ行きたくなった時くらいなので、その時もトイレへ行きたくなったのかと思った。

 だが、どうにも声音が真面目だし、彼女はザインの顔を振り向くように見上げて、少し泣きそうな面持ちを見せるので、トイレへ行きたい訳では無いと分かる。

「ザイン。もうどこにも行かないでね?」

 少しだけ鼻声だ。
 
 つい先ほどまで、彼女は幸せを噛み締めていた。
 ザインの膝の上に座り、彼の優しい声を聞く幸せを。

 そして、その幸せを感じるほど、彼が居なくなってしまう恐怖を実感してしまった。

 ザインはクスリと笑って「どこにも行かないさ」と彼女の頭をポンポンと撫でる。

「ずっと一緒だよ」
「本当?」
「うん。約束だ」

 リシーはとても安堵したようにザインのお腹へともたれ掛かると、はにかんだ。

 この時だろうか。
 リシー自身、ザインが大好きだと気付いたのは。

 一般的に初恋を抱くのは四、五歳というので、リシーはかなり早い初恋だ。
 あるいは、これは初恋ではなく、子が親へ向ける一種の愛着なのかも知れない。

 しかし、それはまだ、誰にも分からない事だ。

 それからしばらく後に、メイドが晩御飯の用意が出来た旨を伝えに来たので、いつの間にか寝ていたラジートを起こし、三人でダイニングへ向かった。

 ラジートが大きく欠伸をしたので、先にダイニングでくつろいでいたカイエンとリーリルが笑う。

「ザインの朗読を聞いていると眠くなって来てなあ」なんてラジートが両親へ言っている。

 リシーはラジートの言うとおりだと思う。
 ザインの声はとても穏やかで、優しく。
 そう言う彼の優しい所がリシーは大好きで、だからきっと、成人したらザインのお嫁さんになろうとリシーは思うのだ。

 もう離れ離れは嫌だったので、結婚すれば祖父祖母のようにずっと一緒になれると思うのだった。

「お祖父様とお祖母様はいつも仲良しだよね」

 だから、食事会が始まって、リシーはカイエンとリーリルに言う。
 彼女にとって理想の夫婦像がそこにあった。

 そんなリシーへカイエンがリーリルへの愛を語れば、リーリルは照れ笑いを浮かべて嫌だわなんて肩を叩く。

 リシーがやっぱり仲良しだなぁと感動する一方で、息子二人は苦笑していた。

 もう両親ともいい歳なのに、そろそろ落ち着いて欲しいものだという気持ちである。

「別に良いじゃん。仲良い事は良い事よ」

 サニヤは両親の熱愛を弁護した。
 意外であろうか?
 しかし、両親が結婚した当初、色々あったために仲良くする時間が無かったのだ。
 罪滅ぼしというわけでは無いが、今、両親が仲むつまじい姿を見ると、サニヤの過去も洗われるような気がする。

 しかし、そのような事情の知らないラジートは、そんなものかねと、半信半疑だ。
 やはり、歳を重ねたら、歳を重ねたなりの愛し方というものがあると思うのである。

「ラジートも来年になればきっと分かるわ」

 リーリルに言われて、ラジートは顔が赤くなった。

 来年、ヘデンが成人すれば結婚。
 それを意識して、例えば目の前の夫婦のような生活を想像すれば、恥ずかしい気持ちとなった。

「わ、分かりかねるね」

 わざと分からないフリをするので、リーリルと、それからメイド達までクスクスと笑う。

 そんなラジートにカイエンは少し難しい顔をして、愛する人が出来たら無茶な真似はしない方が良いと警告した。

 つまり、騎士達を率いて山賊を勝手に成敗したり、サニヤとシュエンやサムランガと共にマーロットを殺した事だ。
 それをカイエンは責める事はしないが、愛する人が出来たら、他人から恨まれるような真似はしない方が良いだろう。
 でなくば、愛する人を失いかねない。

 カイエンはそう言っているのだ。

 ラジートが気を付けるよ。と言う。
 気を付けるということは、やらないと言う訳では無いようだ。

 とはいえ、悪いことをしたわけでは無いので、これ以上言う事もあるまい。
 それに、ラジートは立派な一人の個人であり、親の所有物では無い。
 道を違えない限り、親が無理強いする事が無かった。

 なので、話題は自然とザインへ移る。
 姉は結婚して、双子は結婚する。
 と、なれば、ザインに良い相手は居るのかどうか?

 居なければ、良い見合い相手の一人や二人くらいは居るのだ。

 この話題にリシーは密かな優越感を抱いた。
 ザインの相手は私だよ! だってさっきそう言ってくれたんだもん! などと思うのであるが、一方のザインは「今はまだ一人が良いよ」と答えるのだ。

 リシーはこれに少し面食らったが、すぐに「そうだよね。私、まだ子供だもん。まだ変なことは言えないもんね! 私が大人になるまでは今はまだ一人が良いもんね」と、そう納得する。
 そして、ザインに分かっているよと目線を送ったが、ザインはよく分からなかったので、少しだけ微笑みを返しておいた。

 悲しいことであるが、大人の社交辞令が子供に通用しないことはままあるもので。
 いや、ザインは確かにリシーを愛しては居るが、ニュアンスの相違と言うべきか。

 なんにせよ、リシーにとって幸運なのは、まだしばらくはザインの愛情の意味を知ることが無さそうな事だろう。
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