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9章・それぞれの戦い。皆の戦い。
玉座
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マルダーク王国の一部とオルブテナ王国は蝗害によって打撃を受けた。
しかし、マルダーク王国は蝗害の割には損害が少なかった。
蝗害に遭ったマルダーク王国のハーズルージュは、何と作物の半分程度をバッタに食べられたにすぎなかったからだ。
そのバッタは人間によって手痛い反撃を受け、ついに雲散霧消。
マルダーク王国東方の一部の村落が散り散りになったバッタによる少しの被害を受けたものの、嘆くほどの被害は出なかった。
全てはザインのお陰だと言えただろうが、人々はザインの事なんて知りもしない。
国王が兵を連れて蝗害と戦ったお陰で人間が蝗害に打ち勝ったと人々は言う。
しかし、ルカオットはザインのお陰だと知っていた。
なので、無事にザインが王都へ戻ってくると、彼はこの功で栄誉勲章を貰うこととなる。
雪がちらほらと振り始めた晩秋、そして初冬。
ザインへ授与式が行われる事となった。
多くの貴族達が見守る中、玉座の間にて、ザインはルカオットから直接、純金のメダルを胸ポケットに装着し、紐を首にかけられる。
玉座の隣で座っているカイエンは、誰よりも誇らしい気持ちであった。
ああ、僕の息子は二人ともなんて立派になったのだろう。
それと同時に、カイエンは後ろ暗い気持ちも湧く。
彼はサニヤの事が心残りなのだ。
僕はサニヤに、暗い陰のような仕事をさせている。
二人の息子は陽光に恥じない光の中に立つように、誇らしい栄誉を受けていると言うのに、彼女は今も人目を忍んで、命を懸けているのだ。
そう思った所でカイエンにはどうしようもない。
もはや、個人でどうこう出来る話では無かった。
それに、今はザインの為の式典だ。
彼を目一杯祝ってやろう。
メダルの授与が終わり、次はパーティーだ。
人々がガヤガヤとパーティー用の大部屋へ移動していく。
カイエンはリーリルに支えられて立ち上がり、「ザイン」と息子を呼んだ。
ザインは少し気恥ずかしいようで、はにかむ笑顔を両親へ向けている。
「立派だ。偉いな」
「父上には及ばないよ」
まんざらでも無い様子で謙遜した。
しかし、もはやカイエンなんかより上だ。
少なくとも、カイエンはそう思った。
そして、子が自分を越える事は、父にとって最も嬉しい事だ。
カイエンは、いつ死んでも構わないという程に息子の成長を喜んでいる。
そんなカイエンとリーリルへザインは「それじゃあ、パーティー会場へ行こう」と言った。
しかし、カイエンはザインへ先に行くよう伝える。
ザインが主役であり、足の遅いカイエンに合わせてパーティー会場へ向かっては主役の登場が遅れてしまう。
だから、カイエンに先に行くよう言われ、ザインはペコリと頭を下げてパーティー会場へ向かった。
そのザインの背を見ているカイエンを見て、リーリルがクスクスと笑う。
「どうした?」
「いえ、あなた、今まで見たことが無いくらい幸せそう」
「当たり前さ。僕は幸せ者だからね」
子供達は立派に育った。
そして、妻は健気で可愛らしく、愛おしい。
リーリルをじっと見つめ、段々と顔を近づけ……。
コホン。
咳払いが聞こえて二人は顔を離した。
見れば、後ろにルカオットが居て「羨ましい夫婦仲だな」と苦笑する。
「お、居られたのですか」
カイエンとリーリルの顔を真っ赤だ。
二人とも成熟していい歳だというのに、若い男女の様にいちゃいちゃしているのを見られては恥ずかしいものである。
なので、カイエンは話題を変える事とした。
「ルカオット様も、そろそろお相手を見つけてはどうですか? 良いものですよ」
リーリルの肩を抱き寄せて、幸せな笑みを見せる。
ルカオットはまだ色濃い沙汰が無かった。
しかし、国王である彼には跡取りが必要だ。
それは国王の責務とも言える。
なのに、ルカオットは嫁を取らない。
様々な貴族が縁談の話を持ち掛けたり、隣国の姫を迎え入れる案も出したが、全て突っぱねていた。
「意地悪を言わないでくれ、カイエン。余が跡取りを残すつもりなんて無い事を知っているだろう」
なんと、ルカオットは跡取りを残すつもりなんて無いと言う。
それもそのはず、彼はそもそも王になんてなりたくなかった。
王という環境そのものが嫌だったのだ。
産んだ我が子にそんな気持ちをさせたくないし、そもそも、子を成してまでこの国を存続させるつもりなど毛頭ない。
これは、ルカオットとカイエンの間で秘かに何度も話された事である。
もう国王なんてやりたくない。
玉座に座る傀儡なら誰でも良いし、玉座に座る資格のある者が居るのだから、尚の事、自分が国王である資格なんて無い。
玉座に座る資格のある者とは?
カイエン。お前だ。
このような会話を幾度繰り返した事か。
また、同じ話を繰り返すのだろうか?
「国王陛下。騎士にも民にも標(しるべ)が必要なのです。いい加減に、国王としての自覚を持ってくだされ」
それに……。
「僕は禅譲(ぜんじょう)されるつもりも無いのですから」
会話の機先を制し、無駄な話し合いに発展しないようにした。
しかし、ルカオットは「カイエンの息子はどちらも立派だ。お前が国王になれば、何世代もきっと平和が続くだろう」と言うのだ。
「この土地と人民を明け渡しても、彼らならば余以上に人々を助ける事が出来るだろう」
「今度は、僕の息子を狙うつもりですか? 陛下」
やや嫌味を込めた言葉だ。
しかし、ルカオットに言わせれば、狙うだなんてとんでもない事である。
「時として運命とは残酷だ。カイエンが望むと望まないとに関わらず、運命はお前を玉座に付けるだろう」
余が抗えぬ運命によって玉座へ座るようにな。
そう言うルカオットの顔には、せせら笑うような、あるいは自嘲するような、言葉では表せない笑みを浮かべていた。
それは邪悪な笑みにも慈愛の笑みにも受け取れたし、小馬鹿にするような笑みにも尊敬するような笑みにも受け取れた。
いずれにせよ、彼には何か考えがあり、それはカイエンにとって良くは無い考えのようである。
しかし、その考えをカイエンが問う前に、ルカオットは玉座の間を出て行ってしまった。
閉じられる扉を見つめながら、ようやくリーリルが口を開き、ルカオットの発言がどう言う意味なのかカイエンへ聞く。
しかし、カイエンにだって答えられない。
一体、ルカオットは何を企んでいるのだろう?
カイエンにはとんと分からなかったが、リーリルには少しだけ分かった気がする。
彼は寂しいのだ。
リーリルも同じだった。
昔は自由に伸び伸びと暮らしていたのに、宰相夫人となって、メイド達によって大好きだった家事を奪われてしまったのだ。
しかし、リーリルはまだマシであろう。
気心しれたメイドが居る。
娘や息子も皆良い子だ。
メイドと一緒に夫をからかえば、愛すべき夫は苦笑して勘弁してくれよなんて頭を撫でてくれる。
それがリーリルにとって、堪らなく嬉しい、『生きる糧』だったのだ。
しかし、リーリルと違って、ルカオットにはそのような人達が居ない。
周りに居るのは、彼に取り入ろうとする貴族達。
彼らはルカオットを、私腹を肥やす為の道具としか見ていない。
ルカオットが私的に信頼しているカイエンも、公私混同しない仕事人間だ。
一体、誰がルカオットの心を汲んでくれるのだろう?
リーリルは思う、陛下は……きっと独りぼっちなのね。と。
しかし、リーリルは知らない。
ルカオットに、ただ一人、本当の意味で心を許せる友が居たことを。
その頃、パーティー会場では、国王の到着に人々はざわめいた。
国王のような存在と、まず話す事すら難しいもの。
そのような国王と話が出来る数少ないチャンスがパーティーなのだ。
だから、貴族達は事ある毎にパーティーを開きたがるのであるが、話し掛ける機は伺わねばならない。
まず、国王は真っ先にザインの元へと向かった。
彼が主役なのだから当たり前だ。
さてさて、国王に話しかけるチャンスはいつが良いか、貴族達は伺っている。
ザインと話をしている最中か?
それとも終わった時か?
遠巻きに、貴族同士で談笑しながらルカオットの動きをチラチラと見ていた。
こっそりと耳を傾けもするが、パーティー会場のガヤガヤとした喧噪に会話は聞こえない。
まあ、どうせザインへ社交辞令でも述べているのだろうと、彼らは思ったが。
「……私に会わせたい人が?」
ザインはキョトンとして、ルカオットへそう言っていた。
どうやら貴族の予想と違い、社交辞令のお話し合いをしている訳では無いようだ。
その時である。
ルカオットとザインが立っているパーティーテーブルに掛けられた白いレースが揺らめいた。
ハッと貴族達がレースを見る。
誰か居る……と。
暗殺者だ。
ギラリと凶刃を光らせながら、テーブルの下から顔を隠した人が現れてルカオットへ斬りかかる。
ザインがギョッとした。
しかし、彼は武器を持っていなかったし、咄嗟の事で対応出来ない。
その時、その暗殺者の上へと何かが降って来た。
その何かを見た時、ザインは「あ」と言う。
驚いたからではない。
降って来たのが自分の姉だったからだ。
正確には、顔を包帯で隠したサーニアであるが。
姉上と言おうとするのを、グッと呑み込んだ。
彼女はザインとルカオットを一瞥すると、暴れようとする暗殺者の腕を捻り上げて、やって来た衛兵達と共に会場を出て行く。
サーニアは秘密の影である。
誰とどう関係を持った人間なのか分からない謎の存在で無くてはいけなかった。
だから、姉弟であっても互いに何も言わない。
サニヤはおめでとうと言いたいし、ザインはありがとうと言いたかったが、仕方ない事であった。
「おうい! 俺の方にも誰か来てくれや!」
そう怒鳴り声が聞こえたので、声のした方を見ると、シュエンが若い執事を羽交い締めにし、その手首を掴んでいる。
執事の手には、投擲用の暗器があった。
柄よりも刃の方を重くすることで、投擲時に遠心力による殺傷力を上げたナイフのような暗器。
それがカランと音を発てて床へ落ちる。
暗殺者はテーブルに隠れていた者と、執事に扮した者の二人居たのだ。
シュエンは衛兵へその執事を渡しながら、飯を食いたいんだから早くしろよと悪態をついていた。
「ザイン。ちょうど良く、彼が余の会わせたい人だ」
ルカオットはワインを一口飲みながら言う。
余裕綽々、泰然自若とはこの事か。
ザインは当然の暗殺者に手足が震えているというのに、ルカオットはサーニアとシュエンが居れば問題ないと思っているのだ。
彼は全く、何事も無かったかのようにザインをシュエンの元へと連れて行った。
シュエンはバクバクと、口に詰め込めるだけの食事を詰め込んでいたが、ルカオットに気付くとゴクンと呑み込んで、「いよう」と手を挙げる。
「なんだいルカオット。カイエンとこの倅と一緒で、珍しいな」
ザインはシュエンにお久しぶりですと、かしずいた。
シュエンはしばしばカイエンの屋敷へ顔を出していたため、顔見知り程度には、ザインと知り合いだったのである。
そのため、知り合いだったのかとルカオットは、手間が省けて喜んだ。
一番衝撃を受けていたのは、この様子を見ていた貴族達だろう。
シュエンと言えば、かつては戦争で腕を鳴らした過去の人という認識が貴族達にあった。
今ではろくすっぽ仕事をせずに酒場へ入り浸り、パーティーの時だけ登城して食い物を食べ散らかす顰蹙な男という認識だった。
それが、宰相の息子に……それも、勲章を貰った青年に、国王直々の紹介を貰っているのだ。
一体、どういう会話が行われているのか、貴族達は遠巻きからざわめいた。
しかし、なぜわざわざザインをシュエンへ会わせたのだろう?
不思議に思うザインへ、ルカオットはシュエンを、余が信頼する者の一人だと言った。
ここだけの話と前置きして、ルカオットはちょくちょく城を抜け出していたのだとザインへ告白する。
外に出て、シュエンと一緒に酒場をハシゴして飲むのが、ルカオットにとって人生の楽しみだったと言うのだ。
「シュエンの前では、余も気兼ねなく秘密の話が出来る」
ルカオットがそう言うと、シュエンは厄介ごとに巻き込まれたくない為、嫌な顔をしている。
しかし、そんな彼を無視して、ルカオットはザインへ一つの提案をした。
「ザイン。玉座に座るつもりはないか?」と。
しかし、マルダーク王国は蝗害の割には損害が少なかった。
蝗害に遭ったマルダーク王国のハーズルージュは、何と作物の半分程度をバッタに食べられたにすぎなかったからだ。
そのバッタは人間によって手痛い反撃を受け、ついに雲散霧消。
マルダーク王国東方の一部の村落が散り散りになったバッタによる少しの被害を受けたものの、嘆くほどの被害は出なかった。
全てはザインのお陰だと言えただろうが、人々はザインの事なんて知りもしない。
国王が兵を連れて蝗害と戦ったお陰で人間が蝗害に打ち勝ったと人々は言う。
しかし、ルカオットはザインのお陰だと知っていた。
なので、無事にザインが王都へ戻ってくると、彼はこの功で栄誉勲章を貰うこととなる。
雪がちらほらと振り始めた晩秋、そして初冬。
ザインへ授与式が行われる事となった。
多くの貴族達が見守る中、玉座の間にて、ザインはルカオットから直接、純金のメダルを胸ポケットに装着し、紐を首にかけられる。
玉座の隣で座っているカイエンは、誰よりも誇らしい気持ちであった。
ああ、僕の息子は二人ともなんて立派になったのだろう。
それと同時に、カイエンは後ろ暗い気持ちも湧く。
彼はサニヤの事が心残りなのだ。
僕はサニヤに、暗い陰のような仕事をさせている。
二人の息子は陽光に恥じない光の中に立つように、誇らしい栄誉を受けていると言うのに、彼女は今も人目を忍んで、命を懸けているのだ。
そう思った所でカイエンにはどうしようもない。
もはや、個人でどうこう出来る話では無かった。
それに、今はザインの為の式典だ。
彼を目一杯祝ってやろう。
メダルの授与が終わり、次はパーティーだ。
人々がガヤガヤとパーティー用の大部屋へ移動していく。
カイエンはリーリルに支えられて立ち上がり、「ザイン」と息子を呼んだ。
ザインは少し気恥ずかしいようで、はにかむ笑顔を両親へ向けている。
「立派だ。偉いな」
「父上には及ばないよ」
まんざらでも無い様子で謙遜した。
しかし、もはやカイエンなんかより上だ。
少なくとも、カイエンはそう思った。
そして、子が自分を越える事は、父にとって最も嬉しい事だ。
カイエンは、いつ死んでも構わないという程に息子の成長を喜んでいる。
そんなカイエンとリーリルへザインは「それじゃあ、パーティー会場へ行こう」と言った。
しかし、カイエンはザインへ先に行くよう伝える。
ザインが主役であり、足の遅いカイエンに合わせてパーティー会場へ向かっては主役の登場が遅れてしまう。
だから、カイエンに先に行くよう言われ、ザインはペコリと頭を下げてパーティー会場へ向かった。
そのザインの背を見ているカイエンを見て、リーリルがクスクスと笑う。
「どうした?」
「いえ、あなた、今まで見たことが無いくらい幸せそう」
「当たり前さ。僕は幸せ者だからね」
子供達は立派に育った。
そして、妻は健気で可愛らしく、愛おしい。
リーリルをじっと見つめ、段々と顔を近づけ……。
コホン。
咳払いが聞こえて二人は顔を離した。
見れば、後ろにルカオットが居て「羨ましい夫婦仲だな」と苦笑する。
「お、居られたのですか」
カイエンとリーリルの顔を真っ赤だ。
二人とも成熟していい歳だというのに、若い男女の様にいちゃいちゃしているのを見られては恥ずかしいものである。
なので、カイエンは話題を変える事とした。
「ルカオット様も、そろそろお相手を見つけてはどうですか? 良いものですよ」
リーリルの肩を抱き寄せて、幸せな笑みを見せる。
ルカオットはまだ色濃い沙汰が無かった。
しかし、国王である彼には跡取りが必要だ。
それは国王の責務とも言える。
なのに、ルカオットは嫁を取らない。
様々な貴族が縁談の話を持ち掛けたり、隣国の姫を迎え入れる案も出したが、全て突っぱねていた。
「意地悪を言わないでくれ、カイエン。余が跡取りを残すつもりなんて無い事を知っているだろう」
なんと、ルカオットは跡取りを残すつもりなんて無いと言う。
それもそのはず、彼はそもそも王になんてなりたくなかった。
王という環境そのものが嫌だったのだ。
産んだ我が子にそんな気持ちをさせたくないし、そもそも、子を成してまでこの国を存続させるつもりなど毛頭ない。
これは、ルカオットとカイエンの間で秘かに何度も話された事である。
もう国王なんてやりたくない。
玉座に座る傀儡なら誰でも良いし、玉座に座る資格のある者が居るのだから、尚の事、自分が国王である資格なんて無い。
玉座に座る資格のある者とは?
カイエン。お前だ。
このような会話を幾度繰り返した事か。
また、同じ話を繰り返すのだろうか?
「国王陛下。騎士にも民にも標(しるべ)が必要なのです。いい加減に、国王としての自覚を持ってくだされ」
それに……。
「僕は禅譲(ぜんじょう)されるつもりも無いのですから」
会話の機先を制し、無駄な話し合いに発展しないようにした。
しかし、ルカオットは「カイエンの息子はどちらも立派だ。お前が国王になれば、何世代もきっと平和が続くだろう」と言うのだ。
「この土地と人民を明け渡しても、彼らならば余以上に人々を助ける事が出来るだろう」
「今度は、僕の息子を狙うつもりですか? 陛下」
やや嫌味を込めた言葉だ。
しかし、ルカオットに言わせれば、狙うだなんてとんでもない事である。
「時として運命とは残酷だ。カイエンが望むと望まないとに関わらず、運命はお前を玉座に付けるだろう」
余が抗えぬ運命によって玉座へ座るようにな。
そう言うルカオットの顔には、せせら笑うような、あるいは自嘲するような、言葉では表せない笑みを浮かべていた。
それは邪悪な笑みにも慈愛の笑みにも受け取れたし、小馬鹿にするような笑みにも尊敬するような笑みにも受け取れた。
いずれにせよ、彼には何か考えがあり、それはカイエンにとって良くは無い考えのようである。
しかし、その考えをカイエンが問う前に、ルカオットは玉座の間を出て行ってしまった。
閉じられる扉を見つめながら、ようやくリーリルが口を開き、ルカオットの発言がどう言う意味なのかカイエンへ聞く。
しかし、カイエンにだって答えられない。
一体、ルカオットは何を企んでいるのだろう?
カイエンにはとんと分からなかったが、リーリルには少しだけ分かった気がする。
彼は寂しいのだ。
リーリルも同じだった。
昔は自由に伸び伸びと暮らしていたのに、宰相夫人となって、メイド達によって大好きだった家事を奪われてしまったのだ。
しかし、リーリルはまだマシであろう。
気心しれたメイドが居る。
娘や息子も皆良い子だ。
メイドと一緒に夫をからかえば、愛すべき夫は苦笑して勘弁してくれよなんて頭を撫でてくれる。
それがリーリルにとって、堪らなく嬉しい、『生きる糧』だったのだ。
しかし、リーリルと違って、ルカオットにはそのような人達が居ない。
周りに居るのは、彼に取り入ろうとする貴族達。
彼らはルカオットを、私腹を肥やす為の道具としか見ていない。
ルカオットが私的に信頼しているカイエンも、公私混同しない仕事人間だ。
一体、誰がルカオットの心を汲んでくれるのだろう?
リーリルは思う、陛下は……きっと独りぼっちなのね。と。
しかし、リーリルは知らない。
ルカオットに、ただ一人、本当の意味で心を許せる友が居たことを。
その頃、パーティー会場では、国王の到着に人々はざわめいた。
国王のような存在と、まず話す事すら難しいもの。
そのような国王と話が出来る数少ないチャンスがパーティーなのだ。
だから、貴族達は事ある毎にパーティーを開きたがるのであるが、話し掛ける機は伺わねばならない。
まず、国王は真っ先にザインの元へと向かった。
彼が主役なのだから当たり前だ。
さてさて、国王に話しかけるチャンスはいつが良いか、貴族達は伺っている。
ザインと話をしている最中か?
それとも終わった時か?
遠巻きに、貴族同士で談笑しながらルカオットの動きをチラチラと見ていた。
こっそりと耳を傾けもするが、パーティー会場のガヤガヤとした喧噪に会話は聞こえない。
まあ、どうせザインへ社交辞令でも述べているのだろうと、彼らは思ったが。
「……私に会わせたい人が?」
ザインはキョトンとして、ルカオットへそう言っていた。
どうやら貴族の予想と違い、社交辞令のお話し合いをしている訳では無いようだ。
その時である。
ルカオットとザインが立っているパーティーテーブルに掛けられた白いレースが揺らめいた。
ハッと貴族達がレースを見る。
誰か居る……と。
暗殺者だ。
ギラリと凶刃を光らせながら、テーブルの下から顔を隠した人が現れてルカオットへ斬りかかる。
ザインがギョッとした。
しかし、彼は武器を持っていなかったし、咄嗟の事で対応出来ない。
その時、その暗殺者の上へと何かが降って来た。
その何かを見た時、ザインは「あ」と言う。
驚いたからではない。
降って来たのが自分の姉だったからだ。
正確には、顔を包帯で隠したサーニアであるが。
姉上と言おうとするのを、グッと呑み込んだ。
彼女はザインとルカオットを一瞥すると、暴れようとする暗殺者の腕を捻り上げて、やって来た衛兵達と共に会場を出て行く。
サーニアは秘密の影である。
誰とどう関係を持った人間なのか分からない謎の存在で無くてはいけなかった。
だから、姉弟であっても互いに何も言わない。
サニヤはおめでとうと言いたいし、ザインはありがとうと言いたかったが、仕方ない事であった。
「おうい! 俺の方にも誰か来てくれや!」
そう怒鳴り声が聞こえたので、声のした方を見ると、シュエンが若い執事を羽交い締めにし、その手首を掴んでいる。
執事の手には、投擲用の暗器があった。
柄よりも刃の方を重くすることで、投擲時に遠心力による殺傷力を上げたナイフのような暗器。
それがカランと音を発てて床へ落ちる。
暗殺者はテーブルに隠れていた者と、執事に扮した者の二人居たのだ。
シュエンは衛兵へその執事を渡しながら、飯を食いたいんだから早くしろよと悪態をついていた。
「ザイン。ちょうど良く、彼が余の会わせたい人だ」
ルカオットはワインを一口飲みながら言う。
余裕綽々、泰然自若とはこの事か。
ザインは当然の暗殺者に手足が震えているというのに、ルカオットはサーニアとシュエンが居れば問題ないと思っているのだ。
彼は全く、何事も無かったかのようにザインをシュエンの元へと連れて行った。
シュエンはバクバクと、口に詰め込めるだけの食事を詰め込んでいたが、ルカオットに気付くとゴクンと呑み込んで、「いよう」と手を挙げる。
「なんだいルカオット。カイエンとこの倅と一緒で、珍しいな」
ザインはシュエンにお久しぶりですと、かしずいた。
シュエンはしばしばカイエンの屋敷へ顔を出していたため、顔見知り程度には、ザインと知り合いだったのである。
そのため、知り合いだったのかとルカオットは、手間が省けて喜んだ。
一番衝撃を受けていたのは、この様子を見ていた貴族達だろう。
シュエンと言えば、かつては戦争で腕を鳴らした過去の人という認識が貴族達にあった。
今ではろくすっぽ仕事をせずに酒場へ入り浸り、パーティーの時だけ登城して食い物を食べ散らかす顰蹙な男という認識だった。
それが、宰相の息子に……それも、勲章を貰った青年に、国王直々の紹介を貰っているのだ。
一体、どういう会話が行われているのか、貴族達は遠巻きからざわめいた。
しかし、なぜわざわざザインをシュエンへ会わせたのだろう?
不思議に思うザインへ、ルカオットはシュエンを、余が信頼する者の一人だと言った。
ここだけの話と前置きして、ルカオットはちょくちょく城を抜け出していたのだとザインへ告白する。
外に出て、シュエンと一緒に酒場をハシゴして飲むのが、ルカオットにとって人生の楽しみだったと言うのだ。
「シュエンの前では、余も気兼ねなく秘密の話が出来る」
ルカオットがそう言うと、シュエンは厄介ごとに巻き込まれたくない為、嫌な顔をしている。
しかし、そんな彼を無視して、ルカオットはザインへ一つの提案をした。
「ザイン。玉座に座るつもりはないか?」と。
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