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9章・それぞれの戦い。皆の戦い。
逆賊
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五年経った。
五年間、平和そのものだ。
何事も無い五年間。
カイエン達の話をしよう。
彼は益々歳を取った。
なにせ四十九歳。六十歳で寿命を迎えると言われる世界だ。
正確には、五十から六十の間に寿命で死ぬと言われている。
なので、もうすぐ寿命だなと言うのが彼の口癖なのだが、その口癖に反してカイエンはだいぶ体の調子が良くなっている。
カイエンが居なくなって嬉しい貴族も多いだろうに、全くカイエンは元気なもので、彼らは不憫と言えただろう。
そして、リーリルとの仲は、昔に比べてだいぶ落ち着いた。
しかし、二人の心は以前よりずっと近くになった。
隣に居てくれるだけで十分。
言葉は要らなかった。
目線も要らない。
ただぬくもりと鼓動を感じあえばそれで良かった。
二人は一つの成熟した愛を作ったのだ。
一方、ラジートは四年前に結婚している。
相手はヘデンだ。
そして、二年前(・・・)にも結婚した。
相手はキネットである。
もちろん、重婚が当然な文化だから非難はされない。
もっとも、ヘデンの兄、カーシュはだいぶラジートを非難した。
ヘデンは元々、ローマットの妾になろうというのをラジートが防いだのにも関わらず、今度はラジートがヘデンを正妻にしなかったら元の木阿弥だと不安になったのである。
しかし、ラジートは彼に安心するように言う。
ヘデンもキネットにも、変わりなく愛を注ごう。
俺はヘデンに飽きたからキネットを娶ったのでは無く、共に愛しているから娶ったのだと言った。
しかし、である。
なぜラジートがキネットを娶ったのであろう?
それはヘデンと結婚して二年目、彼女は結婚してすぐに妊娠して一年目に出産、そして二年目にもすぐに妊娠した。
父カイエンや姉サニヤに比べて、夫婦の営みの回数が多く取れたことが原因であろう。
しかし、その二度目の妊娠の折りに、あろうことかラジートはキネットに手を出したのだ。
本当は手を出すつもりは無かったが、たまたま、カイエンやリーリル、ザイン達が居なくて、屋敷にキネットだけが居た時にラジートが訪問したのである。
ラジートは結婚して新しい家で暮らしていたが、その日は何となく屋敷へ顔を出したのだ。
そして、キネットにお茶を出して貰い、少しだけ寛ぐと、ふと手合わせを久しぶりにしたくなった。
キネットとしては、ラジートの師である自負もあったので、意気揚々とその誘いを受けた。
私だってローリエット騎士団で努力した先輩ですからね。
木剣を持って裏庭で打ち合うと、もはやラジートの実力にキネットは付いて来れず、無様にも剣を弾き飛ばされてしまった。
手も足も出ないとはこういう事を言うのかと実感したが、キネットは負けず嫌いだったので「油断大敵!」とラジートに素手で組み付くのだ。
ラジートはそんな彼女を組み伏せて、地面へ押し倒した。
「まだ負けてません!」
まさか一矢を報いる事すら出来ずに負けるなんて思わず、キネットがどこまでも強気に手足を暴れさせるので、ラジートは体を被せてその手足を抑えたのである。
ようやく大人しくなったキネットはラジートを見上げて、「大きくなりましたね」と肩で息をしながら言った。
「小さいままでしたら、拘束も少しは緩かったでしょうに。ですが、まだ私は負けてません」
「強情だなぁ。ここまで来れば負けたも同然だろう?」
「親にとっての子が、いつまでも子供のように、私にとってのラジート様もいつまでも子供なのです。なのに、負けたとあれば情けない」
そう言ってジタバタしようとするキネットを見ていると、ラジートの中で何だか込み上げてくるものがあった。
ラジートが気付くと、キネットの唇に自分の唇を重ねていたのである。
キネット自身は顔を真っ赤にしてまんざらでも無い様子だったが、しかし、「何をしたのか分かっているのですか!」と怒った態度を取った。
「思ったよりも可愛いと思ってね」
歯に衣着せずにもう一度唇を重ねると、キネットが大人しくなったので、ラジートはかつて自分よりも上だった人間がしおらしく、大人しくなった姿に興奮を覚え、キネットを自分のものにしたいという欲望任せにそのまま体まで重ねてしまったのである。
高く昇る日が照らす裏庭で、幾度も無く……だ。
この時にはもう、ラジートにはキネットと結婚する腹積もりだった。
そして、その日の夜にはヘデンへ事情を話す事となる。
彼女はその話に大変衝撃を受け、そして、捨てられるのでは無いかと恐れたが、ラジートは彼女を抱きしめて変わらぬ愛を誓うのだ。
「俺が一人の女にうつつを抜かして、ヘデンを見捨てるような甲斐性無しに見えるのかい?」
そのように言われてしまい、ヘデンは素直に認めてしまった。
後日カイエンとリーリルにもキネットの事を伝えたところ、カイエンは難しい顔をして、「男なら二人とも幸せにしろ」とだけ強い語気で命じる。
重婚それそのものは悪いことでは無く。
二人の女を幸せにするなら、カイエンとしてはラジートを責める気にならなかったのだ。
一方、リーリルは複雑な顔で何も言わない。
リーリルとしては、自分がカイエンにそうして貰ったように一人の女をラジートには愛して欲しかった。
しかし、そんな事を言っても仕方ない。
ラジートは実際にキネットへ手を出してしまい、その責任を果たそうとするのだから、何も文句の付けようが無かったのだ。
こうして、無事に両親への挨拶を終えたラジートはキネットを連れて家へと帰り、改めてキネットをヘデンへと紹介する。
この時の二人は全くぎこちないものであった。
ヘデンはキネットがずっと年上で、おまけに物腰もしっかりとしているので、彼女に圧倒されてしまったし、キネットはキネットでヘデンを正妻として立てて、自分は横合いから来た邪魔者気分だったのである。
そんな彼女達へラジートは、これからは二人とも俺の妻で、家族だから仲良くするんだと言った。
この大仰な態度は二人の心に密かな苛立ちを与え、後日、陰口としてヘデンとキネットの仲を近くするのに役立つ事となるのだが、それはまた別の話。
結局、結婚の話を聞き付けたカーシュとサニヤがラジートへ詰め寄る形となった。
サニヤは激しく怒った様子でラジートの家の扉を叩いたが、「キュレイン婦公にも同じ事を言ったのか?」とラジートに言われて押し黙ってしまう。
キュレイン婦公……つまり、防府太尉であるキュレインは三人の旦那と重婚しているが、誰も彼女に文句を付けない。
ラジートの重婚にサニヤが文句を付けるなら、先に上司であるキュレインに文句を付けるのが筋だと言うのだ。
サニヤは顔を真っ赤にして、もう知らないと帰った。
続いてやって来たカーシュは、どう言う事だと詰め寄るので、ラジートは彼にだけは謝った。
悪いことをしたとは思わないし、ヘデンに悪いような事をするつもりは無かったが、カーシュがどれだけ妹のヘデンを大切に思っていたのかは知っていたので、彼の気持ちとその人生に対して謝罪したのである。
「お前がヘデンの恋心を知り、俺へ手紙を出すように言ったのは知っている。俺とヘデンの為に便宜を図ってくれた事も知っている。
だがな、ここから先は俺とヘデンと、それからキネットの問題だ」
そう言うラジートへカーシュは「俺だってもうお前の家族だ!」と、だから俺にだって関わる資格はあるんだと言った。
ではどうすれば良いのかとラジートが聞けば「俺が知るか!」と怒鳴り返す。
実際、カーシュはどうすれば良いのか分からず、分からないからこそラジートへ怒りをただぶつける事しか出来なかった。
もしくは、妹は俺が守らねばならないという兄としての責務があったのかも知れない。
どのような形であれ、彼はラジートの重婚を非難したのだ。
客間でカーシュが激しく怒鳴っていると、様子を見に来たヘデンが入ってきて、カーシュへ怒鳴らない様に止めた。
「お兄ちゃん。私は納得してるから」
「俺は納得してねえ!」
と、いきり立ったものの、カーシュは妹に諫められて怒鳴る気が無くなったので肩を怒らせたままラジートを睨み付け、結局、そのまま家を出て行ったのである。
ヘデンは兄の態度をラジートと、それからキネットに謝罪した。
しかし、ラジートは、兄と妹というものは別々の人間なのだから、ヘデンが謝罪する必要なんて無いし、そもそも、今回最も非があるのは自分であるからして、皆に謝るなら俺が謝るべきだと言うのである。
かくして、ラジートは恐らく、この結婚で友の一人を失った。
それ以来カーシュとは、互いに訪問しあう事も無くなったので顔を合わせていない。
少し寂しくはあったが、カーシュを説得仕切れなかった自分の力不足だと考え、ラジートは仕方ないと思うのであった。
そんな恋愛絡みのゴタゴタがあったラジートと違い、一方のザインは色恋沙汰と無関係である。
彼は農畜産に関する見識が買われ、財政内務を管理する貴族達の部署へと配属された。
彼にとって幸せな仕事である。
王都に属する付近の町村を見回り、畑を見ては収穫量を確認し、農民から問題を訴えかけられればその解決を他の貴族と話し合ったのだが、彼の好きなことを活かせる仕事とも言えた。
業務的に仕事をこなしている貴族達から見るとザインは少々『ウザイ』存在であったが、しかし、優秀な内務官なので、誰も文句の言いようが無かった。
ザインとしては、本当は畑いじりをしたかったのであるが、まあ仕方ない。
多少の妥協は必要だった。
そんなザインは当然ながら女の子から人気である。
軟派な顔つきであるが、元々の顔が悪くない。
仕事も出来る。
優しくて気立ても良い。
正直、モテない理由が無い。
メイド達は度々、ザインがいい歳だし、狙ってみようかと話したし、貴族達は娘や孫娘を何としてもザインに見合わせてみようとした。
しかし、ザインはその縁談を全部断った。
そんな具合なので、彼はもしかしたら同性愛者なのでないかと噂になりもする。
しかし、その噂話はある事によりすぐに絶ち消えた。
ある事とは、ザインが王城で働いている時に、しばしばリシーが弁当を届けに来たのである。
彼女は七歳。
長くなった髪の毛を後頭部でまとめ、快活な笑顔と運動の為に引き締まった手足によって、明るく元気で天真爛漫とも言うべき印象を与える女の子に育っていた。
サニヤは相変わらずリシーを鍛えて、自分の後継者へしようとしていたのであるが、リシーは戦いが嫌いになっていた事もあって、嫌々訓練をしている。
そんなリシーの趣味はサニヤと真逆で、料理だった。
特に、ザインに食べて欲しくて料理を始めたと言うことだったので、弁当を持ってくるのは一度や二度じゃ無いのだ。
何度も何度も、弁当を作ったから食べて欲しいと届けに来たのである。
当然、リシーがザインへ弁当を持ってきているのは、他の人達も目撃する訳で、すぐに噂となった。
あの子はザインのなんだ?
娘か? いや、歳がそう離れていない。
妹か? いや、宰相様の子は家出した姉と、双子しかおられない。
では誰だ?
もしや許嫁か。
不思議な事では無い。
若い娘っ子を成人前に許嫁にしておく行為は貴族にとって当然な行為であろう。
そしてすぐに、リシーが軍師ラキーニの娘であると知られ、やはりそうか! と人々は確信したのだ。
この噂はサニヤの耳に入り、うちの娘と弟が許嫁なんて勘弁してよと愚痴る形でリシーの耳に入った。
「同じガリエンド家なのに。ね」
サニヤがそのように言うと、リシーも頷いて本当にねと返す。
リシーは恋心を隠し続けていた。
彼女は、親戚のザインと結婚する事は良くない風潮だと言う事を理解していたから隠し続けていたのだが、しかし、ゆくゆくは結婚くらいしても良いだろうと思っていたのである。
十五歳に、白馬に乗ったザインと結ばれるという、少女らしい夢を見ながら彼女は日々を過ごした。
マルダーク王国は平和。
もっとも、諸外国との小競り合いはあったが、大きな戦いには発展してない。
ガリエンド家の人々も、まあ、少々のいざこざはあったが概ね平和だったし、言ってしまえば平和の範疇の出来事だ。
しかし、その平和は唐突に壊れてしまう。
そして、平和が乱れた時、人の生活には変化が起こる。
それが望むものであれ、望まぬものであれ……。
カイエン四十九歳。サニヤ二十六歳。ラジート二十歳。
それぞれにとって変化を与える大きな出来事が起こった。
――国王ルカオット・マルダークが、自国マルダーク王国へと反乱を起こしたのである――
五年間、平和そのものだ。
何事も無い五年間。
カイエン達の話をしよう。
彼は益々歳を取った。
なにせ四十九歳。六十歳で寿命を迎えると言われる世界だ。
正確には、五十から六十の間に寿命で死ぬと言われている。
なので、もうすぐ寿命だなと言うのが彼の口癖なのだが、その口癖に反してカイエンはだいぶ体の調子が良くなっている。
カイエンが居なくなって嬉しい貴族も多いだろうに、全くカイエンは元気なもので、彼らは不憫と言えただろう。
そして、リーリルとの仲は、昔に比べてだいぶ落ち着いた。
しかし、二人の心は以前よりずっと近くになった。
隣に居てくれるだけで十分。
言葉は要らなかった。
目線も要らない。
ただぬくもりと鼓動を感じあえばそれで良かった。
二人は一つの成熟した愛を作ったのだ。
一方、ラジートは四年前に結婚している。
相手はヘデンだ。
そして、二年前(・・・)にも結婚した。
相手はキネットである。
もちろん、重婚が当然な文化だから非難はされない。
もっとも、ヘデンの兄、カーシュはだいぶラジートを非難した。
ヘデンは元々、ローマットの妾になろうというのをラジートが防いだのにも関わらず、今度はラジートがヘデンを正妻にしなかったら元の木阿弥だと不安になったのである。
しかし、ラジートは彼に安心するように言う。
ヘデンもキネットにも、変わりなく愛を注ごう。
俺はヘデンに飽きたからキネットを娶ったのでは無く、共に愛しているから娶ったのだと言った。
しかし、である。
なぜラジートがキネットを娶ったのであろう?
それはヘデンと結婚して二年目、彼女は結婚してすぐに妊娠して一年目に出産、そして二年目にもすぐに妊娠した。
父カイエンや姉サニヤに比べて、夫婦の営みの回数が多く取れたことが原因であろう。
しかし、その二度目の妊娠の折りに、あろうことかラジートはキネットに手を出したのだ。
本当は手を出すつもりは無かったが、たまたま、カイエンやリーリル、ザイン達が居なくて、屋敷にキネットだけが居た時にラジートが訪問したのである。
ラジートは結婚して新しい家で暮らしていたが、その日は何となく屋敷へ顔を出したのだ。
そして、キネットにお茶を出して貰い、少しだけ寛ぐと、ふと手合わせを久しぶりにしたくなった。
キネットとしては、ラジートの師である自負もあったので、意気揚々とその誘いを受けた。
私だってローリエット騎士団で努力した先輩ですからね。
木剣を持って裏庭で打ち合うと、もはやラジートの実力にキネットは付いて来れず、無様にも剣を弾き飛ばされてしまった。
手も足も出ないとはこういう事を言うのかと実感したが、キネットは負けず嫌いだったので「油断大敵!」とラジートに素手で組み付くのだ。
ラジートはそんな彼女を組み伏せて、地面へ押し倒した。
「まだ負けてません!」
まさか一矢を報いる事すら出来ずに負けるなんて思わず、キネットがどこまでも強気に手足を暴れさせるので、ラジートは体を被せてその手足を抑えたのである。
ようやく大人しくなったキネットはラジートを見上げて、「大きくなりましたね」と肩で息をしながら言った。
「小さいままでしたら、拘束も少しは緩かったでしょうに。ですが、まだ私は負けてません」
「強情だなぁ。ここまで来れば負けたも同然だろう?」
「親にとっての子が、いつまでも子供のように、私にとってのラジート様もいつまでも子供なのです。なのに、負けたとあれば情けない」
そう言ってジタバタしようとするキネットを見ていると、ラジートの中で何だか込み上げてくるものがあった。
ラジートが気付くと、キネットの唇に自分の唇を重ねていたのである。
キネット自身は顔を真っ赤にしてまんざらでも無い様子だったが、しかし、「何をしたのか分かっているのですか!」と怒った態度を取った。
「思ったよりも可愛いと思ってね」
歯に衣着せずにもう一度唇を重ねると、キネットが大人しくなったので、ラジートはかつて自分よりも上だった人間がしおらしく、大人しくなった姿に興奮を覚え、キネットを自分のものにしたいという欲望任せにそのまま体まで重ねてしまったのである。
高く昇る日が照らす裏庭で、幾度も無く……だ。
この時にはもう、ラジートにはキネットと結婚する腹積もりだった。
そして、その日の夜にはヘデンへ事情を話す事となる。
彼女はその話に大変衝撃を受け、そして、捨てられるのでは無いかと恐れたが、ラジートは彼女を抱きしめて変わらぬ愛を誓うのだ。
「俺が一人の女にうつつを抜かして、ヘデンを見捨てるような甲斐性無しに見えるのかい?」
そのように言われてしまい、ヘデンは素直に認めてしまった。
後日カイエンとリーリルにもキネットの事を伝えたところ、カイエンは難しい顔をして、「男なら二人とも幸せにしろ」とだけ強い語気で命じる。
重婚それそのものは悪いことでは無く。
二人の女を幸せにするなら、カイエンとしてはラジートを責める気にならなかったのだ。
一方、リーリルは複雑な顔で何も言わない。
リーリルとしては、自分がカイエンにそうして貰ったように一人の女をラジートには愛して欲しかった。
しかし、そんな事を言っても仕方ない。
ラジートは実際にキネットへ手を出してしまい、その責任を果たそうとするのだから、何も文句の付けようが無かったのだ。
こうして、無事に両親への挨拶を終えたラジートはキネットを連れて家へと帰り、改めてキネットをヘデンへと紹介する。
この時の二人は全くぎこちないものであった。
ヘデンはキネットがずっと年上で、おまけに物腰もしっかりとしているので、彼女に圧倒されてしまったし、キネットはキネットでヘデンを正妻として立てて、自分は横合いから来た邪魔者気分だったのである。
そんな彼女達へラジートは、これからは二人とも俺の妻で、家族だから仲良くするんだと言った。
この大仰な態度は二人の心に密かな苛立ちを与え、後日、陰口としてヘデンとキネットの仲を近くするのに役立つ事となるのだが、それはまた別の話。
結局、結婚の話を聞き付けたカーシュとサニヤがラジートへ詰め寄る形となった。
サニヤは激しく怒った様子でラジートの家の扉を叩いたが、「キュレイン婦公にも同じ事を言ったのか?」とラジートに言われて押し黙ってしまう。
キュレイン婦公……つまり、防府太尉であるキュレインは三人の旦那と重婚しているが、誰も彼女に文句を付けない。
ラジートの重婚にサニヤが文句を付けるなら、先に上司であるキュレインに文句を付けるのが筋だと言うのだ。
サニヤは顔を真っ赤にして、もう知らないと帰った。
続いてやって来たカーシュは、どう言う事だと詰め寄るので、ラジートは彼にだけは謝った。
悪いことをしたとは思わないし、ヘデンに悪いような事をするつもりは無かったが、カーシュがどれだけ妹のヘデンを大切に思っていたのかは知っていたので、彼の気持ちとその人生に対して謝罪したのである。
「お前がヘデンの恋心を知り、俺へ手紙を出すように言ったのは知っている。俺とヘデンの為に便宜を図ってくれた事も知っている。
だがな、ここから先は俺とヘデンと、それからキネットの問題だ」
そう言うラジートへカーシュは「俺だってもうお前の家族だ!」と、だから俺にだって関わる資格はあるんだと言った。
ではどうすれば良いのかとラジートが聞けば「俺が知るか!」と怒鳴り返す。
実際、カーシュはどうすれば良いのか分からず、分からないからこそラジートへ怒りをただぶつける事しか出来なかった。
もしくは、妹は俺が守らねばならないという兄としての責務があったのかも知れない。
どのような形であれ、彼はラジートの重婚を非難したのだ。
客間でカーシュが激しく怒鳴っていると、様子を見に来たヘデンが入ってきて、カーシュへ怒鳴らない様に止めた。
「お兄ちゃん。私は納得してるから」
「俺は納得してねえ!」
と、いきり立ったものの、カーシュは妹に諫められて怒鳴る気が無くなったので肩を怒らせたままラジートを睨み付け、結局、そのまま家を出て行ったのである。
ヘデンは兄の態度をラジートと、それからキネットに謝罪した。
しかし、ラジートは、兄と妹というものは別々の人間なのだから、ヘデンが謝罪する必要なんて無いし、そもそも、今回最も非があるのは自分であるからして、皆に謝るなら俺が謝るべきだと言うのである。
かくして、ラジートは恐らく、この結婚で友の一人を失った。
それ以来カーシュとは、互いに訪問しあう事も無くなったので顔を合わせていない。
少し寂しくはあったが、カーシュを説得仕切れなかった自分の力不足だと考え、ラジートは仕方ないと思うのであった。
そんな恋愛絡みのゴタゴタがあったラジートと違い、一方のザインは色恋沙汰と無関係である。
彼は農畜産に関する見識が買われ、財政内務を管理する貴族達の部署へと配属された。
彼にとって幸せな仕事である。
王都に属する付近の町村を見回り、畑を見ては収穫量を確認し、農民から問題を訴えかけられればその解決を他の貴族と話し合ったのだが、彼の好きなことを活かせる仕事とも言えた。
業務的に仕事をこなしている貴族達から見るとザインは少々『ウザイ』存在であったが、しかし、優秀な内務官なので、誰も文句の言いようが無かった。
ザインとしては、本当は畑いじりをしたかったのであるが、まあ仕方ない。
多少の妥協は必要だった。
そんなザインは当然ながら女の子から人気である。
軟派な顔つきであるが、元々の顔が悪くない。
仕事も出来る。
優しくて気立ても良い。
正直、モテない理由が無い。
メイド達は度々、ザインがいい歳だし、狙ってみようかと話したし、貴族達は娘や孫娘を何としてもザインに見合わせてみようとした。
しかし、ザインはその縁談を全部断った。
そんな具合なので、彼はもしかしたら同性愛者なのでないかと噂になりもする。
しかし、その噂話はある事によりすぐに絶ち消えた。
ある事とは、ザインが王城で働いている時に、しばしばリシーが弁当を届けに来たのである。
彼女は七歳。
長くなった髪の毛を後頭部でまとめ、快活な笑顔と運動の為に引き締まった手足によって、明るく元気で天真爛漫とも言うべき印象を与える女の子に育っていた。
サニヤは相変わらずリシーを鍛えて、自分の後継者へしようとしていたのであるが、リシーは戦いが嫌いになっていた事もあって、嫌々訓練をしている。
そんなリシーの趣味はサニヤと真逆で、料理だった。
特に、ザインに食べて欲しくて料理を始めたと言うことだったので、弁当を持ってくるのは一度や二度じゃ無いのだ。
何度も何度も、弁当を作ったから食べて欲しいと届けに来たのである。
当然、リシーがザインへ弁当を持ってきているのは、他の人達も目撃する訳で、すぐに噂となった。
あの子はザインのなんだ?
娘か? いや、歳がそう離れていない。
妹か? いや、宰相様の子は家出した姉と、双子しかおられない。
では誰だ?
もしや許嫁か。
不思議な事では無い。
若い娘っ子を成人前に許嫁にしておく行為は貴族にとって当然な行為であろう。
そしてすぐに、リシーが軍師ラキーニの娘であると知られ、やはりそうか! と人々は確信したのだ。
この噂はサニヤの耳に入り、うちの娘と弟が許嫁なんて勘弁してよと愚痴る形でリシーの耳に入った。
「同じガリエンド家なのに。ね」
サニヤがそのように言うと、リシーも頷いて本当にねと返す。
リシーは恋心を隠し続けていた。
彼女は、親戚のザインと結婚する事は良くない風潮だと言う事を理解していたから隠し続けていたのだが、しかし、ゆくゆくは結婚くらいしても良いだろうと思っていたのである。
十五歳に、白馬に乗ったザインと結ばれるという、少女らしい夢を見ながら彼女は日々を過ごした。
マルダーク王国は平和。
もっとも、諸外国との小競り合いはあったが、大きな戦いには発展してない。
ガリエンド家の人々も、まあ、少々のいざこざはあったが概ね平和だったし、言ってしまえば平和の範疇の出来事だ。
しかし、その平和は唐突に壊れてしまう。
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