没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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10章・やがて来たる時

火花

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 初夏の時期。

 風は涼しく太陽は熱く。
 大地は緑に染まる。

 ルカオットは模擬演習を行いたいと、自ら指名した兵達を引き連れて王都を出て、行軍に行った。

 誰もが国王だけで王都を離れるのに反対した。
 国事は国王が居なくても何とかなるかも知れないが、他国の暗殺者や魔物達の魔の手が国王に伸びかねないのである。
 しかし、ルカオットは護衛にシュエンを連れて行くと言うし、頑とした態度であったため、ルカオットの出陣を反対しきれる人が居なかったのである。

「そもそも、王の地位にあぐらをかかずに用兵指揮の訓練をするのは殊勝な事でもある」

 貴族達もそのように、ルカオットを褒めもした。

 護衛のシュエンは一門の武人では無いし、心配は要らない。

 それに、国事はカイエンが居れば滞りなく話も進むので、誰も何とも思わなかった。

 そんな中、防府太尉のキュレインだけは奇妙な事実に気付く。

 相変わらず雑多な書類が多い机の上で、ルカオットが連れて行った兵達の経歴にとある共通点がある事を見つけたのだ。

 それは、兵達が全員、元シュエンの配下……つまり、元々山賊だった人達である。

「山賊共で昔を懐かしむ会……って訳じゃあないよねえ? 国王陛下が率いている訳だし」

 首をかしげたが、彼女はその資料が示す意味を分からなかった。

 例えば、その兵達が皆、平和に飽き飽きして、最後に一花咲かせたいと思っている事に気づかなかったし、ルカオットが五年間、そう言った兵達を密かに集めていた事にも気づく良しが無かったのであった。

 こうして、三日後にルカオットが王都へ戻ってくる。

 王都のある平原の遠くから国王の旗が見えたので、貴族達はルカオットが城門にまで来て門が開いたときに、左右に並んだ兵達でラッパを吹き、盛大に出迎えようと大急ぎで準備を開始した。

 しかし、そのルカオットの軍より、一人の伝令が馬を駆けてやって来ると、大きな声で城門に向かって叫んだ。

「我ら国王軍。王都の人間一人残らず、国王陛下を傀儡せしめる宰相を支持する逆賊と断じた。よってこれより、我らは国王軍として王都の逆賊に天誅下す!」

 このように言うので、最初は何かの冗談かと、誰もが思う。
 きっと、ふざけた兵の一人が勝手にやっていることだと。

 しかし、実際に国王ルカオットがやって来ると、城門を開いて降伏しろと言うのだ。

 誰がどう見ても国王ルカオットにしか見えない。
 精悍な顔つき、最近は髭も生やして威風が出ている。

 それが降伏しろと言うのだから、これには貴族達は肝を潰して、すぐに城門が開かれた。

 城門を開いたは良いが、果たしてどうすべきか彼らに考えは無かったのである。

 なぜ国王ルカオットが王都に攻撃を仕掛けたのか?
 そして、宰相に与する逆賊とは?

 もしや、国王陛下と宰相様は、存外確執があったのだろうか?

 貴族達はそう思い、ではどちらに味方すべきか考える。

 彼らがそのようにくだらないお話しあいをしている間に、ルカオットはカイエンの居る場所へと向かうことにした。

 城門に居る呆けた顔の貴族にカイエンの居場所を聞けば、今日、カイエンは屋敷で療養していたという事なので、ルカオットは何人かの手勢を連れて屋敷へと向かう。

 残ったルカオットの兵達は市中に散って、何かあれば火を付けるように命ぜられたのである。

 街全体を人質に取られた形だ。

 これにようやく、城門付近に居た貴族達は、どちらに味方すべきかとか呑気に話し合っているような事態ではなく、ルカオットは乱心して、とんでもない事を行いだしているのだと気付いて慌てだした。

 しかし、彼らが慌てだした時には、ルカオットの兵達は街全体へ散らばってしまったので、もはや何も出来ない。

 せっかく王都の入り口に兵を並べて、ルカオットの出鼻を挫けたチャンスだったというのに、指揮する貴族達が無能では持ち腐れである。

 いや、ルカオットが彼自身の国へ反乱を起こすなどと誰も思いもしないのだから、それも詮無きことか。

 とにかく、国王陛下反乱という意味不明の報告が王城に居るラジート達やキュレインといった人達へ届いた時には、ルカオットによって街全体が人質になっていたので動く事が出来なかった。

「出迎えが何だとか言ってた貴族共はなぁにやってんだい! 陛下に取り入る事しか考えとらんアホウどもめ!」

 キュレインの怒りようったら無い。
 机の上の書類を怒り任せに散らかして立ちあがると、彼女は執務室前のベルを五回程連続で鳴らした。

 この、ベルを連続で鳴らす行為は怒りに逸(はや)ってやった事では無く、このベルの鳴らし方が、メイドに扮した隠密部隊兵を呼ぶための暗号なのだ。

 すぐに涼しい顔のメイドがやって来るので、キュレインは彼女へサニヤを呼ぶように伝えた。

 サニヤはキュレインの部下であるし、そもそも、この街全体の情報を彼女が握っていると言っても過言では無かったから、事態の掌握の為にも呼ぶ必要があるのだ。

 メイドはすぐにサニヤを連れてくる。
 それから、なぜかラジートも一緒だったので、キュレインは部外者は駄目だと言ったが、サニヤが役に立ちそうだから連れてきたのだと言うので、「まあ、あんたの見立てなら良いか」と同席を許した。

「それにしてもサニヤ、あんた情報を見逃したね!」
「どのような情報が来たとしても、陛下が自分自身の国に反乱するだなんて分かりませんよ」

 キュレインがカッと怒鳴るが、サニヤは冷静に突っぱねる。
 すると、キュレインはそれもそうかと椅子に座り直した。

「じゃ、聞こうかいね」
「それでは、私が持っている情報を報告します。ラジート、あんたも聞きなさい」

 ラジートもルカオット反乱の噂は聞いていたので、姿勢を正して話を聞くのである。

 その頃、カイエンの屋敷では。
 応接間にてカイエンとリーリル、そしてルカオットが向かい合って座っていた。

「陛下にお茶を」

 緊張した面持ちで立っているメイドへカイエンは言う。

 キネットがラジートの元へ行ったので新しく雇った護衛メイドだ。

 彼女は応接間の壁にもたれるシュエンを見て、今、この部屋を護衛メイドが出ると、カイエンとリーリルを護れる人が居ないので不安げな顔をした。

「大丈夫。心配には及ばない」

 カイエンが微笑んでそのように言ったので、メイドは仕方なく茶を入れに行った。

 台所では他のメイド達が既に茶を入れていたので、護衛メイドはすぐに応接間へと戻れる。
 そんな彼女へ他のメイド達は、主人達がどのような様子かを聞くと、どうにも奇妙ですと答えた。

 反乱とかそんな物騒な様子では無く、本当にただ茶を飲みに来たかのような印象だったのだ。

 これにメイド達は首をかしげた。
 護衛メイドだって首をかしげたい程の様子だったのだ。

 しかも、このメイドが茶を持って応接間へと入れば、すぐに談笑が聞こえてくるのである。

 どうやら、カイエンとルカオットが初めて会った時の話をしているようだ。

 リーリルが口に手を当てて、まあそうだったのですかと笑っている。

 護衛メイドは混乱と緊張と、大事に至ってない様子による少しの安堵で、持ってきた茶をテーブルへと置いた。

「あの、どうぞ」

 メイドがシュエンへ茶を差し出すと彼は「俺は酒しか飲まねえんだ」と言う。

 そんな彼へカイエンが「この場で酒は出せないよ」と言うので、シュエンは舌打ち一つ、茶をグイッと飲み干した。

「ごちそうさん」

 ティーカップを護衛メイドへ渡す。

 その時、「父上、母上! どこだ!」と、ラジートの声が聞こえ、今までムスッとしていたシュエンが、ようやくニヤリとした笑みを浮かべると、出迎えてくると言って嬉しそうに応接間を出て行く。

 ルカオットが微笑んで「カイエンの息子か」と言い、そしてカイエンの一人の娘と二人の息子を褒めた。

 皆良い子で、そして、優秀。

 ルカオットは茶を一口すすり、溜息をついて天井を見上げる。

「ボクは、不出来な息子だ」

 元々、末子で何の期待も受けていなかった。
 たまたまサリオンの反乱で両親兄弟全員が死んだために王位についただけのお飾り。

 少し目を閉じて、前を向いて目を開く。
 真面目な眼で、強い意思を持って口を開いた。

「カイエン。ボクはもう疲れたのだ。この国を君に託すのが、ボクの最後の仕事なのだよ」

 その頃廊下で、ラジートとシュエンが向かい合っている。

 シュエンはラジートがカイエンの息子だとすぐに分かった。
 カイエンとリーリルによく似ている。
 以前紹介されたザインにもだ。

 ラジートも相手がシュエンだと分かった。
 マルダーク王国で滅法強い男と言えば、ルーガとシュエン。
 二人がかつて、反乱の中で行った一騎打ちは騎士団でも語り草である。

「大事な話をしてんだ。ガキは帰りな」
「いいや。老人にはさっさと隠居してもらう」

 ラジートが腰の剣を抜くので、シュエンはペッと唾を吐いて斧を構えた。
 柄の短い手斧だ。

「一つ聞きたい。なぜ平和になったというのに、このような馬鹿げた事をする?」

 ラジートの問いかけにシュエンは鼻で笑った。

「良い斧だろう? 三年前に買ったんだけどよ。使い所がねえんだわ……。
 男もこの武器と同じよ。平和なんかより戦いの中じゃねえと生きているって言えねえのさ」

 真っ赤でフカフカとした絨毯に唾が染み込む。

 ラジートは彼をジッと見ていた。
 その眼は憐れむようにも、馬鹿にするようにも見える眼だ。

「気に入らねえなあ。カイエンと似てよお。俺ぁ前からカイエンが嫌いだったんだ。良い子ちゃんぶった甘ちゃんがよお! その眼がよ!」

 息巻いたシュエンが斧を振るい、ラジートが受ける。

 シュエンの豪腕の一撃を受けきったラジートに、満足げな笑みを浮かべて「まだまだ!」と斧を振るう。

 ラジートも剣を振るった。

 幾度も刃がぶつかり、火花が散る。

 そんなに受けたければ受ければ良いさと、シュエンは武器ごと粉砕しようとするが、ラジートはフットワークで避けた。

 やりづらいとシュエンは思う。

 ラジートの戦い方はある種、シュエンにとって初めての戦い方だ。

 カイエンやキネット由来の、貴族らしい流麗で美しい技術重視の技(シュエンは見てくれだけの技と小馬鹿にしていたが)で、シュエンの斧を払い落とそうとしたり、スルリと受け流したり、華麗なステップで回避する。
 かと思えば、ルーガやサニヤ由来の、型を無視した動きから一撃で致命傷を与えに来たり、シュエンの斧に武器を激しく打ち付けて弾いて来たりするのだ。

 ラジートは千変万化、自由自在の攻撃によってシュエンを圧したのである。
 圧倒的な力と手数で相手を圧倒するはずのシュエンが、気付けば防御一辺倒となっていた。

 これにシュエンは、このような若造相手に守りに入ってしまった自分自身へ激しい怒りを覚える。

 だから、彼は最後の最後で攻勢に出た。

 ラジートも一気呵成の勢いを殺したくないので、攻め続ける。

――ああ、チクショウ。楽しいなぁ。楽しいなぁ。俺ぁここまでワガママ通してきたんだ。ああ、良い人生だったなぁ――

 ラジートが横へ体を傾けた。

 貰った!

 シュエンがラジートの肩口へ袈裟斬りの一撃を振るう。

 鈍い感触と共にラジートの肩へ斧の刃がめり込んだ。

――勝った!――

 シュエンはそう思う。
 そう思うのに、斧はなぜかあらぬ方向へポーンと飛んでいってしまった。

 宙を飛ぶ斧を呆けたように見て、その斧に未だ自分の腕が掴んでいるのが分かる。

 シュエンが自分の右腕を見れば、上腕の途中から先が無くなっていた。

 太い血管の流れる部分。
 ダクダクと血が滝のように流れる致命傷。
 真っ赤な絨毯が血溜まりで黒く染まっていくのを見ると、シュエンは大笑いして壁にもたれた。

 そんな彼へラジートは長い布を止血用に渡そうとするが、シュエンはいらねえよと断る。

「死ぬぞ」
「ああ、良い死に方だ」

 最初から死ぬ気だったのだ。
 最後の徒花咲かせる為に、ルカオットの茶番に便乗して最期の祭りと洒落込んだ。

「今頃、カイエンの黒い嬢ちゃんが部屋に居る頃かね」
「分かっていたのか」

 ラジートが正面から、サニヤが裏から忍び込んでいる。
 それを分かった上で、ルカオットの護衛では無くラジートとの戦いに臨んだのだ。

「つまり、陛下も死ぬことを望んでいる……か」
「は! 賢いカイエンの家族だ。んな事とっくに知っているだろ?」

 シュエンは段々と声が掠れていき、力無く床へ座り込む。

 そして、静かに笑い出した。
 元々一山賊だったシュエンが、国王に率いられて王国と戦ったなんて、地獄の罪人達も恐れおののくに違いない。
 そう思うと笑いが止まらなかったのだった。

 それから数分後。
 屋敷の前で衛兵と国王軍の戦いがあったが、国王軍は全員討ち死にしている。
 衛兵達が屋敷へ突撃するべきか否かを話し合い、その様子を野次馬が見ていた。

 その死体が転がる屋敷の前に、玄関を開けて白い布に何かを包んだラジートが現れた。
 その後にカイエンとリーリル。

 サニヤの姿は見えない。
 姿を隠しているのだろう。

 人々はラジートの姿を見て、肩の肉が削げて血が流れていたために余程の激しい戦いがあったと想像した。

 そのラジートは痛みに顔をしかめるでもなく、堂々とした様子で、白い布をほどき、包まれていたものを人々へ見せる。

 それはルカオットの首だった。

「己の私利私欲の為に平和を乱した愚王ルカオットは死んだ。民よ安心しろ、反乱もすぐに終わるだろう」

 ラジートがそのように声を大きく宣言すると、人々は喝采の賛美を送るのであった。

 それから数週間後、マルダーク王国はそっくりそのままガリエンド王国と名を変える事となる。
 王は当然、カイエン・ガリエンド。

 カイエンは辞退したかったが、頭を失った国が再び混沌へ落ちないように出来る人間はカイエンしか居ないと言うことで、仕方なく王となったのだった。

 ……これは余談であるが、月も出てない夜に、カイエンに見送られて旅に出るルカオットによく似た旅人が居たとか居なかったとか、まことしやかな噂が後日、流れたのであった。
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