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10章・やがて来たる時

建国

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 ガリエンド王国誕生。
 人々は大いに喜び、新たなる王を受け入れた。

 カイエンの名声と勇名は地平線の先まで届いている。
 カイエンの行(おこな)って来た事は人から人へ、口から口へと伝えられ、誰も彼も、カイエンを拒否する者など居なかった。

 パレードが行われれば、カイエンの姿を見ようと人々が押し寄せて、歓声でもって迎える。

 ああ、この国はきっと安泰だ。

 誰もが未来永劫の平和を予想するのである。

 しかし、そのように盛大なパレードにも関わらず、ラジートの姿が見えない。

 通りの奥まった、歓声が微かに聞こえる位置に建てられたとある工房にそのラジートは居た。
 
 ラジートの前に座って陶磁器を作っている青年が「パレードに出なくて良いのかよ」と言う。

 このようなパレードはラジートにとって趣味じゃ無かった。
 パレードに出ようが出まいがラジートには何の影響も無いので、だったら出無かったのだ。

「そんな事より、良い出来だったぜ。お前の作った生首(・・)」

 ラジートの言葉に振り向いた青年は、カーシュだった。

 彼は前々から、ラジートにルカオットの生首を陶器で作るように依頼されていたのである。

「何年も絶交したと思ったら突然現れて……。依頼の品はもう渡したんだから俺に話し掛けんじゃねえよ」

 カーシュはイラついた様に言った。
 ……が、すぐになぜルカオットの生首を用意させたのか気になる。

「お前……まさか、俺の陶器で国王陛下の死を偽ったのか!?」

 そのような想像が出てきてラジートの顔を見れば、彼はにやついた顔で「話しかけちゃ駄目なんだろ?」と言った。

 そのような意地悪にやきもきするカーシュであるが、すぐに、ルカオットの頭を陶器で作る依頼が反乱の起こるずっと前で、そのお陰で何度も何度も手直しして、精巧な陶人形を作れる時間があった事を思い出す。
 ずばり四年も前の事だった。
 死を偽装するために依頼された訳ではないと分かるのだ。

 なので、「なんでもない」と前を向き、陶磁器を再び作り出したので、ラジートは彼の背へ向かって「ありがとう友よ」と言った。

 実際、ラジートは、ルカオットの死を偽装するために依頼していたのである。
 しかし、その依頼はなぜルカオットが反乱を起こす四年も前に行われたのか。
 それはザインのお陰だった。

 ルカオットの言動と、実際に接して感じたその態度から、もしやとそのような考えを抱いたのである。

 だから、ラジートはカーシュへ事前にルカオットの頭を陶器で再現するよう伝えていた。
 二年前に絶交も同然に喧嘩別れしたのに、カーシュはしっかりと何度も何度も手直しして、ルカオットの顔を作っておいてくれたのである。

 二人とも、喧嘩はしていても心の奥では信頼があったのかも知れない。

 もっとも、カーシュにとって許しがたい事をラジートがしたので、話をするつもりは一切なかった。

 それでも、ラジートは彼が友情の為に、ラジートの依頼を聞いてくれた事を嬉しく思いながら、店を出て通りを歩く。
 
 さて、今日はどうしようかな?

 王城ではパーティーが開かれている。

 ラジートはそのパーティーに出なければと思った。
 何せ、ラジートはルカオットとシュエンを討伐し、カイエンを助けた功績で大将軍の肩書きを与えられたからである。

 大将軍とは、ガリエンド王国建国の折りに新しく創られた役職で、防府太尉等々の軍を率いる役職総ての上に立つ役職だ。
 宰相が国王の内政外交代理だとするなら、大将軍は国王の軍事行動代理だと言えた。

 だから、ラジートがパーティーに顔を出さないとお話しにならないだろう。

 それでも、出なかったらどうなるだろう? と思って、奇妙なイタズラ心が湧いた。
 そして実際、帰った。

「パパお帰り~!」

 三人の息子がドタドタと足音うるさくラジートを出迎えてくる。
 その後を二人のメイドが急いでやって来て、ラジートを出迎えた。

「ヘデンとキネットは?」

 メイド達からリビングでゆっくりしていると言われたので、子供達の頭を撫でながらラジートはリビングへ行く。
 そこには大きなお腹をしたヘデンとキネットが居た。

 今日はパレードがあったり、パーティーがあったりするためラジートの帰りが遅くなると思っていたので、二人とも驚いた顔をしたのである。

 パーティーよりも愛する家族と一緒に居たかった。
 そう言いながらラジートが二人の間に座って肩を抱くと、口が上手いのねなんて二人から言われてしまう。

「どうせ会えない時間が多くなるくらい忙しくなるんだ」

 パーティーくらいサボってもバチは当たらないのだから、その時間を家族との時間に当てたかった。

 そんなラジートにパパ、パパと子供達がよじ登ってくる。
 メイド達は慌てて引き離そうとしたが、ラジートは彼女達を制止して、逆に子供達と遊んだのでたる。

 自分の血肉を分けた子供達。
 ラジートは愛おしく思う。

 もしかしたら、カイエンとラジートもこんな風に遊べる歴史があったかも知れない。
 そう思うと父が不憫でならなかった。

 だが、言っても仕方ない。
 
 代わりに、自分が父に出来る事は何だろうかと考え、そして、孫達をカイエンへ見せに行こうと思った。
 いや、しばしばカイエンと子供を会わせていたが、それ以上の回数、子供達をカイエンへ会わせよう。

 ラジートがそう思いながら息子達を腕にぶら下げると、「力持ち!」なんて、キャッキャと笑うのだ。

 この無垢な子供たちと触れ合えば、自然と心も活気づく。
 カイエンもそうに違いない。
 それがきっと、ラジートの出来る親孝行だと思うのだ。

 今、ラジートは幸せを感じていた。
 しかし、夢も忘れては居ない。
 いまだ、苦しむ人々を助ける野望は捨てていなかった。

 だが、夢ばかり追っても疲れるものだ。
 少しくらい、今の幸せにうつつを抜かしたって良いだろう。

 ラジートは三人の息子達を肩や頭に乗せて庭に出ると、そのまま走り回った。
 ヘデンとキネットはそんなラジートを楽しそうに見ながら「ああ見えて中身は子供なんですよね」とか「むしろ、小さい頃の方が大人でしたよ」なんて談笑するのである。

 翌日、家族との団欒を楽しんだラジートがようやく王城へ出勤すると、さっそく貴族達が、昨日のパーティーに出席していない事を次々と聞いてきた。

 体が悪かったのか?
 急用でもあったのか?

 要すれば、自分達に申し付けて貰えれば協力すると言うのだ。

 彼らは早速ラジートへ取り入ってきたのである。
 王城の門をくぐってすぐの広いホールだというのに、こんなに早く取り入ってこようとは思ってもいなかったので驚いた。

 しかし、彼らはラジートの夢にとって重要な手駒となり得る。

 カイエンはそういった権力事に興味が無いから単純に目障りに思っていたが、ラジートは違う。
 使えるものは使う主義であり、こう言った人間達を御さねばならないと思ったのだ。

 彼らと握手を交わし、名前と爵位を聞くと、貴族達は喜々として自分をアピールするのである。

 ラジートは名前と顔を覚えておいた。
 話し方や態度、役職から使えそうな人間を観察しておく。
 後々、誰が役に立つのか分からないからだ。

 使えなければ斬り捨てれば良い。
 ラジートはそういう手段を冷酷に選択出来る人間だと思っていた。

 貴族達のアピールを聞きながらラジートが執務室へと向かうと、ちょうど良くザインが姿を現す。

 彼は目の下にクマを作っていて、本を小脇に抱え、眠そうな目でラジートに挨拶した。

 ラジートは挨拶を返し、なぜ目の下にクマなんか作っているかを聞く。
 ザインは内務の……特に農畜産に携わる役職なので、夏は小麦の収穫時期でもあり、色々と忙しいのだ。

 連日畑を見て回り、収穫量はどのくらいか計算せねばならない。
 
 それにしたって目の下にクマが出来るほど時間が無いと言うのか?
 もちろん、違う。

 ザインは畑を見て回るのが楽しくて、ついついいつもより長く回ってしまうし、時には農民からクワを借りて一緒に畑を耕したりしていたのである。

 おまけに、それで仕事が長引くと、今度は寝る時間を削ってまで読書をしたのだ。

 結果的に寝不足。

 いやはや、どれだけ本が好きと言うのか。
 ラジートは呆れ返った。

 むしろラジートは本を読んでは無いのかとザインに指摘され、そう言えばもう何年も本を読んでいないとラジートは答える。 

 ならばむしろ本を読んで、気晴らしの一つでもした方が良いとザインは言う。

 確かに本は良い気張らしとなる。
 ラジートもかつては本が大好きだったから分かるが、今では本よりも家族との触れ合いのほうが良いものだった。

 逆にザインには良い相手が居ない。
 たびたび女に言い寄られたり、縁談の話は出るものの、自分の時間が無くなるのが嫌で断っていた。
 
 呆れた話だが、内務官だったヒーレイン公が処断される事に決まったため、ザインに内務大臣としての地位を与える話まで出たのに、読書時間が削れるし、畑を見回る現場仕事が出来なくなるから断ってしまったのである。

 ラジートがその事をからかうと、ザインも大笑いした。

 気付けば、目障りな貴族達は居ない。
 ラジートとザインが貴族達を放って二人で盛り上がっていたから、その間にどこかへ行ってしまったようだ。

 いつまでも自己アピールを続けられるのも煩わしかったからちょうど良い所である。

 ラジートは声音を落として、本当の本当に良い相手は居ないのかと聞いた。
 ザインの答えはもちろん居ないというものだ。

 しかし、それは実際よろしくない。
 なぜならば、ザインは将来カイエンの跡を継いで国王となるからだ。
 それも、カイエンは老齢なので近い将来だろう。

 子を産むのは国王の義務。
 ザインとていつまでも独り身という訳にはいくまい。

「なぁに、父上も母上も口喧しくは言ってこない。しばらくは大丈夫さ」

 いざとなれば、ラジートの子でも養子にして跡取りにしても良いかも知れないなんてザインは思っていたので、あまり危機感を抱いて居ない。

 しかし、ラジートは彼のそのような態度に対して、何か感じる事があった。
 ザインは良い相手が居ないのでは無く、既に居るから女性と付き合いたく無いのでは無いか?
 そして、ザイン自身、それを自覚していない?

 双子の感と言うべきか、あるいは血肉を分けた仲だからか。
 もしくは、そのような超常的話では無く、血肉を分けた双子ゆえにザインの微かな言動と表情から感じたのかも知れない。

 しかしそうなると相手は誰か。
 ラジートが考えながらザインと歩いていると、真っ赤なドレスを着たサニヤが後ろから二人の肩を叩いて現れる。

 彼女がサーニアとしてでは無くサニヤとして王城へ居るのは珍しい。
 実際、彼女がサニヤとして城を出入りするのは最近の事だった。

 彼女が隠密部隊となったのは、そもそも、カイエンとルカオットの取り巻きが勝手に争って暴走しないようにするため。
 今ではそのルカオットが居ないので、姿を隠す事に敏感になる必要も無ければ、休みもたくさん出来た。

 これからはたくさん家族との時間を作れる。
 ……つまり、彼女は今日、リシーを連れて来ていた。

「ザイン!」

 気付けば、七歳の快活な女の子がザインの服を引っ張っている。

 手には三つの袋。
 弁当である。

 一つは炒めた野菜が、一つは肉を焼いて味付けしたものが、もう一つにはリンゴが入っているのだとリシーは得意になって説明していた。
 きっとリシーの手作りなのだろう。
 彼女はよくザインへ弁当を持って行っていた。

 ザインは食事を取る暇も無く趣味に没頭することがあるので、リシーが弁当を作って来なかったら、今頃死んでいたかも知れない。

 リシーは最近リーリルと仲が良いようで、祖母のリーリルから様々な料理の味付けを教えて貰っていた。
 かつてサニヤはリーリルの料理を教わったのにうまく出来なくていじけたものだが、娘のリシーが料理をうまく作るので心の中でとても喜んでいる。

 そんなリシーへラジートが自分の分の弁当は用意していないのかと冗談を飛ばすと、「まだお嫁さんが足りないの?」とジトッとした眼でリシーに皮肉を言われてしまった。

 ラジートとて、面と向かって責められると冷や汗たらたらと言うものだ。
 なので、彼は別れの言葉を述べて、逃げるようにそそくさと執務室へと向かうのであった。

 逃げるようにラジートが自分の為に用意された執務室につくと、城の使用人が部屋の前に立っている。
 使用人は執務室をラジート用に改装していたらしく、中を検めるように言うので、ラジートは執務室を見てみた。

 書類棚やら、武器を掛けておく太いフックやら。
 応接用の上等なソファーに大理石のテーブル。
 床は貴重な紫色の染料で染められた絨毯。

 何か不具合があれば配置換えすると使用人が言うのだが、ラジートにとっては充分すぎるほど充分だ。

「よろしければ、国王様がお呼びですので謁見の間へ。編成式の予定を話したいと」

 ラジートが大将軍としてマルダーク全兵士の上に立つのだから、その指揮系統をハッキリさせる式が必要だ。
 本来ならば昨日のうちに済ませておくべきであるが、昨日はラジートが姿を消してしまったので出来なかったのだろう。

 悪いことをしたなと思いながら、ラジートはカイエンへ会いに行き、数日後には幾千もの兵達の前に立つこととなるのであった。
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