ボク地方領主。将来の夢ニート!

アイアイ式パイルドライバー

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1章・戦火繚乱編

33、時に貴族の矜恃というものは

 ラドウィンは三人の騎士と鎬を削っていた。

 そこにハルアーダが五人の手勢を引き連れてやって来る。

「ハルアーダか!」

 槍を振り、柄で殴り、穂先で突き、三人の騎士を振り払ったラドウィンはハルアーダへと向けて構えようとした。

 ところが三人の騎士は素早く起き上がるとラドウィンに攻め寄せたのである。
 ラドウィンは三人の騎士に手こずりハルアーダに構える事ができなかった。

 ハルアーダはそんなラドウィンを見て溜息が出る。
 ラドウィンとは一騎討ちにて生死を決したかったのに、数人がかりで殺す形になるのは不本意だったのだ。

 しかし、ティタラの為にラドウィンは殺す。
 その後ミルランスを助け出し、ティタラとミルランスの仲を修復させるのだ。
 その使命はハルアーダの騎士としての誇りを軽く凌駕するものであった。

 その時、何者かが馬車の上に乗ったのをハルアーダは見る。
 こんな時に何をふざけた奴だろうかと思うと、その何者かはハルアーダへと手を振った。

 太陽の逆光の中、馬車の上でよく分からない行動をしている者を見ているとハルアーダの後ろに居る騎士が突如として落馬する。

 続いてその馬車の上の人が手を降ると、ハルアーダの周りの騎士が次々と落馬するのだ。
 ハルアーダのすぐ隣に居た騎士の面甲に穴が空き、顔面から血を流しながら倒れて死ぬ。

 何かが飛んで来ていたのだ。

 しかしそれが何か分からない。
 その何かはハルアーダも襲った。

 ガツンと鈍い音がハルアーダの鎧を打ち、もんどり打って彼は倒れる。
 幸い、彼が親から受け継いだ白銀の鎧は穴もへこみもせずに『なにか』からハルアーダを守ってくれてハルアーダは落馬の衝撃でクラクラしたが無傷であった。

 これにバルリエットは馬首を返すと地面に倒れたハルアーダを助けて撤退した。

「なんだあれは」
「どうやら投石です。かなりの使い手ですよ!」

 バルリエットの言葉を受けたハルアーダが馬車の上を見返すと、確かにあの手を振る動作が投石器を回す動作に見える。

「また投げてくるぞ」
「たかが石でも侮れませんね」

 バルリエットは弓を引きながら振り返り、投げ出された石を矢で撃ち落とした。

 この石を投げて来たのはシュラという若い男である。

 帝都から東南の位置にあるボルー町という町の、その近くにある村の猟師の子であった。
 彼は両親を尊敬し、親のような立派な漁師となりたかった。

 しかし、彼は人差し指と中指が生まれつき短かったのである。
 親や村の人達から弓が引けないから猟師は無理だと言われたが、弓が引けなかったシュラは自ら投石器を作って弓の代わりとした。

 そうして青年に育ったシュラは、あのトルムトのサバルト教団の信者になったのである。
 もちろんあのトルムトの乱にも参加していた。

 しかし、各地で略奪を繰り返すサバルト教団に嫌気がさし、トルムトの死を切欠に純粋に平和を求めていた信者を引き連れて安穏の地を求めて流離っていたのだ。

 そんな折にモンタアナへと向かうラドウィンらと出会い、その同行を許可されたのである。

 そういった経緯から、このシュラという二十歳にも満たないほどの青年はラドウィンらへの恩返しとばかりに石を投げた。

 シュラの投石器は目に見えない程に速く回されて、そこから放たれる投石は『流星拳』などと揶揄されるほどであった。

 しかし恐るべきはハルアーダの見出したバルリエットだ。

 目にも止まらぬ投石を振り向ざまに見事、撃ち落とし、そうして何とか乱戦から逃走するのである。

 ハルアーダは逃げて、それから撤退の音をラッパ手に鳴らせる。
 その音に従った他の騎士達も一斉に撤退した。

 突然に敵が撤退するので、トルノットの兵達は呆気に取られるやら安堵するやら、胸を撫で下ろしながら敵軍の背を見るのだ。

「すみません。大将首を取れませんでした」

 シュラが馬車から降りてくるとそのように謝罪した。

「いや、構わない。君のお陰でハルアーダと戦わずに済んだよ」

 ハルアーダの首を獲ることよりも生きて進む方が大事だ。
 ハルアーダが一時撤退した隙に前進するしかない。
 ラドウィンはシュラが作ったこのチャンスを逃す気は無かった。

 ところが、何とかしのげたと一息つく間もなく、デーノが追撃の命令を兵に出したのである。

 これにラドウィンは異を唱えた。
 ハルアーダはそこらにいる凡百の将ではなく、また、彼の率いていた騎士も一人一人が名のある武将である。
 なので不用意に追撃をしては手痛い反撃に遭うだろう。

 しかし、デーノは父が殺されて黙っている訳にはいかないのだと聞かなかった。

 そのデーノはラドウィンにも追撃に加わるよう命じたのであるが、ラドウィンはそれを拒否する。
 客将のラドウィンは無理な戦いに従う必要が無いと答えた。

 これにデーノは臆病者となじる。
 そのような罵倒などラドウィンにはどこ吹く風であったが。

 あまりにラドウィンが悪口を聞かないでデーノは挑発を諦めて、ならばせめて馬車を守るように命令した。
 もちろんラドウィンだけに守らせるわけにはいかず、白い髭をビンビンに伸ばしたガッツォンという老騎士を残す。

 そうしてデーノはラドウィンらに、母と妹を連れて先に港砦に言っているように命じて彼自身は父の仇を討ちに追撃へ向かった。

 ――結論を言えばデーノは散々に打ち負かされてしまう。
 おおよそ二千人の兵は連れてハルアーダを追撃しようとしたが、そのハルアーダはサスパランドを落としたサルジュの兵達と合流したのである。

 ハルアーダはサルジュが殺されたとして、その仇を討つのだと兵達を鼓舞した。

 結果、ただでさえ勇壮な騎士団を率いるハルアーダの方が戦力を大きくして、デーノは迂闊な追撃をツケを払う事となったのである。

 デーノは屈辱的にも捕縛されてしまったのだ。
 この貴公子のデーノは自尊心が強かったから殺せと喚く。

 捕縛されて恥を晒し、おまけに捕虜の辱めを受けるなどと彼の誇りが許さなかった。

 冷たい雪の積もる地べたに座らされて、雑兵にまで見下されるのを許せない。

 ついには舌を噛んで自害しようとした。

 これにハルアーダはデーノの口に猿轡を掛けさせて死なさないように命じる。

 デーノは猿轡をより屈辱に感じたようで、鋭い視線でハルアーダを睨み上げていた。

 ハルアーダは屈み込んでそんなデーノと視線を合わせる。

「そう私を睨むな。私は君のその誇り高い所を評価しているのだよ」

 ハルアーダはデーノが捕縛を受けるのを良しとせずに自害するのを評価し、殺すのが惜しいと言う。

 デーノは変わらずに睨み続けていた。

 デーノの様子を見てハルアーダはクククと笑うと、彼に一つの提案をする。

 それは、サルジュ亡き後のサスパランドをデーノを治めてはどうだろうかというものだ。

 デーノは怪訝な顔をした。
 猿轡が無ければ、きっと「人の領土を攻めておいて何を恩着せがましい」と言う所だろう。

「お前の父が皇帝陛下に反旗を翻した故に帝国が攻めたまでの事。しかしサルジュも死にお前の父も死んだではないか。父の代の過ちをお前が改めて、再びティタラ様に忠誠を誓うならば許そうと言うのだ」

 デーノは喚きも暴れもせず、睥睨を止めて考えこむようにハルアーダを見ていた。

 デーノが大人しくなったのでハルアーダは猿轡を外させる。

「どうだ?」

 ハルアーダが確認すると、デーノは小さく頷き、「条件がある」と言った。

「俺の母上と妹も助けてくれ」

 その要求をハルアーダは快く受け入れて、デーノの縄を解かせてやる。

 そうして、デーノを連れてラドウィンを追うことにしたのだ。

 その頃、ラドウィンらはクヮンラブル河の畔に建築されている港要塞に到着した。

 トルノットの持つ港要塞は大きな壁のようにそびえ、大河を渡るのに十分な機能を備えた軍船を幾らか収容するのに最適な造りである。

 軍船には幾らか種類があって、快船という小回りが聞いてすばしこい動きの出来る物や衝船という先端に丸太の杭が付いた物などがあった。
 ところがこの要塞には軍艦という大人数を収容してどんな荒波にも負けぬ水上の城の如き船があった。

 通常、海原で使用される軍艦であるが、クヮンラブル河の殊更(ことさら)に底が深い所でのみ運航出来た。
 アーランドラ広しと言えども、河で軍艦を保有しているのはトルノットくらいなものだ。

 トルノットは亡くなったが彼の妻と娘が居て、モンタアナへと逃亡するのだと兵に説明するとすんなり軍艦を貸与してくれた。

「お父様もお兄様も遅いわ」

 軍艦に馬車を積み込む歳、馬車の窓を開けてカルチュアが彼女らの護衛騎士のガッツォンにそう言う。

 ガッツォンという老齢の騎士は昔からトルノットに仕えていた寄子の騎士である。
 その信任篤く、パルリヤナとカルチュアは彼が護衛についてからずうっと彼に話し掛けるほどであった。

 そんなガッツォンはカルチュアの問い掛けに「う……うむ……そうですな」と歯切れの悪い言葉で答える。

 彼が歯切れの悪い返事をするのには理由があった。
 なぜならば、パルリヤナもカルチュアもトルノットの死を知らないからである。
 ラドウィンとガッツォンはトルノットの死をパルリヤナ達に隠したのだ。

 というのも、パルリヤナもカルチュアも非常にヒステリックで、この危ない状況でトルノットの死を伝えると何をしでかすか分からなかったからだ。

 そういう訳で、トルノットとデーノは妻と娘のために後方に位置して敵軍を食い止めていると説明していた。

 ラドウィンが「お二人とも素晴らしい武人でございます」と褒めると、馬車の窓から顔を覗かせるカルチュアは上機嫌に笑って「当たり前じゃない。私達は貴族の中の貴族なんだから、あなた達みたいな弱虫と違うのよ」と窓を閉める。

 彼女達は全くもって貴族らしい貴族といえた。
 つまり、自分達が誰よりも価値のある存在で、それ以外の人々は献身してくれる存在だという考えだ。

 なので、モンタアナの兵やダイケンの将兵は貴族らしい貴族というものに慣れ親しんで居なかったのもあって彼女達の態度に憤慨した。

 とはいえ権力に興味の無いラドウィンや武人肌で一兵卒と苦楽を共にするバルオルムの方が異常とも言えたが。

「故郷に帰ればあんな娘っ子どもとはお別れ出来るんだ。良いじゃないか」

 タッガルは憤慨する兵をそのようになだめた。
 彼は元々、ラドウィンの父に従ってモンタアナへとやって来た帝都の兵士で、貴族というものの性根を嫌という程に理解していたのである。

 それにモンタアナ開拓の古参で、モンタアナ兵からの信任も篤かったから、彼が兵士をなだめなくては暴動が起こっていたかも知れない。

 しかしタッガルのお陰で兵士が不満を顕にすること無く艦は大河の中ほどにまで差し掛かった。

 その時、一隻の快船が港要塞から出て来て軍艦を追ってくる。

 快船が近付くと報告を受けたラドウィンか何の船だろうかと甲板に出てみると、その快船にデーノが乗っていた。

 無事だったのかと驚きながら梯子を垂らしてデーノとお付きの兵を軍艦へと上げる。

 デーノは随分と身だしなみが整っていて、戦いに向かった後とは思えなかった。

 そんなデーノは、「無事でしたか」と無事を労うラドウィンを睥睨して、船を引き返すように命ずる。

 もちろんそのような事は許可出来ない。
 なぜ引き返さねばならないのかとラドウィンが聞けば、「我らは皇帝陛下の臣下であるぞ」とデーノは答えた。

 そもそも敵対していたサルジュが死んだ以上、もはや戦争を継続する理由は無い。
 帝国が赦すというなら抵抗するだけ無駄なのだ。

 デーノは「さあ、艦を返せ」と再び命じる。

 しかし、そのような事をしては虎口に自ら飛び込むようなものだ。
 なぜならラドウィンは帝国から命を狙われていて、その為に帝都を雪中行軍にて脱出したのである。

「君の母と妹は返そう。しかし軍艦は引き返さない。対岸にまでは舟渡しさせてもらう」

 対岸についてから引き返せとラドウィンは言うのだ。

 するとデーノは剣を抜いた。

「我が父トルノットの兵よ! このラドウィンを殺せ!」

 そうデーノは呼ばわる。

 しかし、波が力強く艦に当たる音がするだけだ。
 トルノットの兵士は誰も動かなかったのである。

 先程の戦いでトルノットの兵士は多くが四散してしまった。
 残った兵士は今さらラドウィンに反旗を翻したく無かったし、何よりもデーノは若く、彼がトルノットという親の威を借っているように見えたのだ。
 
 デーノは悔しさと恥辱に激しく歯噛みしたが、剣を収めると大人しく引き下がる事にした。

 暗愚な男なら、ここで感情任せにラドウィンへと切り掛る所だ。
 しかし、そのような事をしても自ら火中へと飛び込むようなものである。

 デーノは直情的な若さと、ある種においてリアリストな側面を持っていた。

 デーノはせめて母と妹を返すように要求し、船内のカルチュアらを連れてくるようにラドウィンは兵に命じる。
 するとキルムが「人質として利用できます」と耳打ちした。

 ラドウィンは首を左右に振ってその提案を拒否する。
 デーノがすぐに攻撃に出ないと言うのなら、彼の父トルノットとのよしみもあるので母パルリヤナと妹カルチュアを返すのが礼儀だとした。

 トルノットには数日、領内に留めてもらった恩義があるから、その身内にも便宜を図るのが一種の礼儀であろうと言うのだ。

 そういう訳で艦内からパルリヤナとカルチュアを兵士に連れ出させた。

 カルチュアは相変わらずツンと唇を尖らせて、お付のメイドに日傘をささせている。
 今の事態を知ってか知らずか、甲板にひしめく兵士達を野蛮で低脳な存在であるかのように不愉快そうに見た。

「兄様! こんな所に呼んできてなんですの!」

 貴族の淑女は衆目に顔を晒さないものだ。
 なのに兵士達の沢山いる甲板に呼ばわれるのは不愉快堪らぬ。

 汚いものでも触るように、「ちょっと触らないでよ!」と兵士達に怒鳴っていた。

「母様、カルチュア。艦を降りよう。俺は父上の跡をついでサスパランドの領主になる。そして俺は皇帝陛下の臣下に戻るんだ。だがこのラドウィンは皇帝陛下に背く逆臣だ」

 デーノがそう言うのでパルリヤナとカルチュアは眉をひそめる。

「トルノットの跡を継ぐとは?」

 彼女達はトルノットの死を知らない。
 護衛騎士のガッツォンでさえその死を隠していたからだ。

「父上が死んだから、俺がその跡を継ぐという事だよ」

 しかしデーノはトルノットの死を言ってしまった。

 パルリヤナとカルチュアはポカンとして、隣に立っていた老騎士ガッツォンに本当なのかと確かめる。

 ガッツォンは渋々とした様子で、冷や汗混じりの顔を頷かせた。

「左様でござる。貴族の男らしい堂々とした戦ぶりでござりました」

 その瞬間、カルチュアはわっと泣き出す。

「お父様が死んだ! そんな事が信じられる訳ありまして!?」

 メイドの日傘を奪うとガッツォンに八つ当たりしようと振りかぶるので、他のメイドが必死に日傘を押さえ付けた。

 このようにヒステリックに泣き喚くということは予見出来ていたのでトルノットの死を隠したかったのだ。

 こうなってはろくに話も出来ないだろうと思われたその時、パルリヤナが意外にも冷静に口を開いた。

「ではデーノ。あなたはトルノットの仇の配下になると言うの?」

 そのパルリヤナの指摘にデーノは閉口する。
 確かに帝国はトルノットを殺した。
 意地やプライドがあるなら、父を殺した帝国に従う訳にはいくまい。

 デーノは「うるさい! 投降しないと俺は殺されていたし、このままだとサスパランドの領主にすらなれないんだぞ。意地だのプライドだのは犬に喰わせておけば良いじゃないか!」と叫びたかったが、グッと堪えた。

「お兄様! お兄様はお父様の仇を討たないの!?」

 黙っているとカルチュアがヒステリックに喚くのでデーノはイライラした。
 だけど、実際にデーノは父の仇を討とうと追撃に出て恥知らずにも帝国に投降した事実がある。
 その負い目から何も言えず、すごすごと快船へと戻った。

 カルチュアとパルリヤナがそんなデーノに待つよう言う。
 ラドウィンの元について父の仇である帝国を討つのだと二人は軍艦の上から快船に喚いたが、デーノはモンタアナなどという片田舎領主のラドウィンを見下していたから「俺は帝都近辺地域のサスパランド領主になるんだぞ。あんな男の客将になぞなれるか!」と軍艦から離れてしまうのであった。
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