ボク地方領主。将来の夢ニート!

アイアイ式パイルドライバー

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2章、剣弩重来編

60、変幻自在

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 ミルランスらは海路で逃亡した。

 大きく南方を迂回して、交易町ベゼラーダを目指す。

 ベゼラーダから真っ直ぐ北西へ向かえば、すぐにカルチュア領だ。

 だが、ベゼラーダ含む一帯は他領である。
 その領土を抜けなくてはいけなかった。

 ミルランスは、「ベゼラーダの領主はカイン様じゃないのですから、通り抜ける分には問題ありませんよね」と、船旅を楽しんだ。

 ミルランスを追っているのはカインなのだから、他領に入ればなんの心配もいらないのだろうと思う。

 だが、ザスグィンは「そうは行きませんよ」と青い顔で忠告した。

 身体感覚に人一倍敏感なザスグィンは船の揺れに酔いながら、「ベゼラーダ一帯の領主が問題なのです」と言う。

 カルチュア領から南東に位置し、交易町ベゼラーダを保有する領主といえば、そう、ハルハーダだ。

 皇帝騎士としてミルランスの護衛でもあったハルハーダがミルランスのことを知れば執着することは間違いないのである。

 その話を聞くと、ミルランスは暗い顔をした。

 ミルランス自体はハルハーダが大好きで、とても信頼している。
 しかし、ハルハーダがラドウィンと争ったことも知っていた。

 もしもハルハーダと迂闊に関わろうものなら、再びハルハーダとラドウィンが戦いかねなかった。

 ミルランスとしても自分が火種となりたくなかったので、ハルハーダに見つからないよう大人しく通り抜けようと思うのである。

 ミルランスはハルハーダに会いたい気持ちと会いたくない気持ちの矛盾した感情を抱きながら、この二日から三日ほどの船旅を往くのであった。

—―ミルランスが船旅を進む頃、牢に自ら入っていたラドウィンはその牢屋から出されていた。

 衛兵がうやうやしく「こちらへ」と道案内するので、どんな風の吹き回しだろうとラドウィンは思う。

 謁見の間へ通されると、ハントと、そしてダルバがいた。

「おお! ラドウィン!」

 ダルバは笑顔でラドウィンとの再会を喜ぶ。

 ラドウィンが牢屋から出されたのは、ダルバの口添えがあった。

 二、三日前、ダルバが斥候を前線に送ると、カイン軍がラドウィンを探して大わらわだったのだ。
 それと同時に、パルにラドウィンがやって来たと聞いたので、こうして前線を副将に任せて戻ってきたのである。

「ダルバ。君にはなんとお礼を言って良いか。君は僕の命の恩人だ」

 かつて、そう、帝都で権謀術数の中からダルバは我が身を呈してラドウィンを助けてくれた。

 その恩を忘れはしない。
 こうして感謝を伝えられて良かった。

 だが、感謝を伝えて、はい終わりともいかない。

 ダルバとしても、ラドウィンをただで牢屋から出したわけじゃなかったのだ。

 なにせハントには敵が多い。
 南にはカインがいるし、北にはカセイ国だ。

 少しでも戦力が欲しかった。

「ラドウィン。俺に恩があると言うなら、少しだけ我が主に力を貸してくれないか」

 ダルバがそう片膝をつくのでカインは困ってしまう。

 出来るなら剣など取りたくない。
 さっさとハルハーダの元へと向かって、我が子アキームを取り返せばそれで良かった。

 カインにしぶしぶ従っていたのも、アンターヤの領主であるカインに目をつけられたくなかったからだ。

 しかし、ザスグィンが今頃、ミルランスを助け出してくれていることだろう。
 つまり、もうラドウィンが戦う必要はなかった。

 ……だが、恩義を出されては断れようはずもない。

 自分のお人好しさを感じながら、ラドウィンは頷かざる得なかったのである。

 ただ、シュラもシュラで、キルムの命令のもと、ラドウィンをモンタアナの領主に戻す計画もあったので、これには困る。
 ラドウィンになにかあったら大事であった。

 とはいえ、ラドウィンとしてはモンタアナの領主に戻ることは二度となかったが。

 なんにせよ、ラドウィンが客将となることにハントは喜んだ。

 ラドウィンが埋伏の毒でないという情報を持ち込んだ上で、彼を客将として招き入れたのはまさにダルバの手柄である。

 ハントはダルバを昇任しようとしたが、彼はこれを拒否した。

 ダルバは今、前線指揮を担う将軍職において最高位である。
 これを越えた昇任は後方指揮となってしまうのだ。

 ダルバはそれを嫌ったのである。

 ラドウィンが「前線で戦いたいのか?」とダルバに聞いたのは、ハントとの謁見が終わって、ラドウィンにあてがわれた屋敷へ向かう時であった。

「決着をつけたい奴がいる」

 ダルバは腕を組んで、憎き敵を頭に描くのである。

 その敵は、ガ・ルスだ。

 片腕を切断された雪辱を行うべく、彼は前線で戦い続けた。

 今の自分ならばガ・ルスにも引けを取らないという自信があったのである。

 ダルバはまったくもって戦(いくさ)の人だ。
 魚が水中でなくば生きられないように、彼もまた戦場でしか生きられないのである。

 ラドウィンもまた戦の人であるが、ダルバの方が筋金入りであった。

 そんなダルバであるが、彼には子がいた。

 ラドウィンの屋敷へ向かう道すがら、「父上!」と五、六歳ほどで使用人を連れた小さな少年がダルバへと向かって駆けてきたのだからラドウィンは驚いた。

 子がいたのかと。

 ダルバはタハミアーネとの子だと伝える。

 妻がおり、子がおり、それでもなお、彼は戦場に立とうというのだからラドウィンには理解しかねた。

 そんなラドウィンに対してダルバは「本当に理解しかねますかね」と言うのだ。

 ダルバはラドウィンの心底を知っている。
 ラドウィンには戦人の血が流れているのだ。

 ダルバはニヤリと笑って、「ラドウィンと肩を並べて戦える日がまた来て、俺は嬉しいんだぜ」と言うと、ラドウィンと分かれるのであった。

 子供の教育係だろう男を連れて、我が子の話を楽しそうに聞くダルバ。
 その背を見ると、ダルバが戦の人とはラドウィンには思えなかった。

 人の心底とは分からないものである。
 我が子と帰るダルバは気のいい父にしか見えないのだ。
 その良い父の本性は餓狼のサガである。

 ラドウィンも、あるいはそうなのだ。
 どんなに平和を愛し、平凡な日常を求めても戦いに対して心が昂ることを認めねばならなかった。

 例えば、ハントの元で客将となるのは、ラドウィンの戦人としての血がそうさせたのではないだろうか。
 ラドウィンがアキームのためを思うなら、ダルバの恩義など忘れてハルハーダ領へと急ぐべきなのである。
 なのに、恩義を言い訳にハントの元で戦うというのでは無いか?

 ラドウィンは、自分自身の底に宿る獰猛な獣を信じたくはなかった。

 しかし、ラドウィンが自分の心根を認めようが認めまいが時間は進む。
 それから後日、ラドウィンはダルバと共にカイン領へと攻めることとなった。

 戦場で、ラドウィンは槍を振るいながら、やはり自分の中の獣を感じるのであった。

 さて、ラドウィンとダルバ。この名将を相手にカインがどれほど戦えるというのだろうか。

 カイン軍はたちまち三々五々、兵士が逃げ惑った。

 ラドウィンの軍略は見事なものだ。

 時に退き、時に押し、時に隠れて、時に守った。

 人というのは必ず長所があるものだ。
 それは戦場でも同様である。
 勇猛果敢な者は攻めに得意。臆病怯懦は逃げに優れ、鬼謀卑怯とくれば奇襲搦手に優れよう。

 ところがラドウィンの頭は変幻自在、自由自在、夢幻変化の如しである。

 恐ろしいほどに臆病かと思えば、気持ちの良いくらい攻め立てた。

 それに、ラドウィンはカインの内情をよく知っていた。
 次男、四男であるゼルドとテルオーネの、その麾下であった将兵へ降伏するよう勧めると続々と敵が降ってきたのである。

 当然、カインは怒った。
 裏切り者ラドウィンを匿ったハントに怒ったし、ラドウィンにも怒った。

 あまりにも怒ったカインはカセイ国へと使者を出して、カセイと同盟したのである。

 カインはあくまでも、アーランドラ帝国の臣下であるルルム公爵を争う身。
 なのに、アーランドラに反旗を翻したカセイと同盟を取るなど言語道断である。

 だが、カインはハントとラドウィンを始末するためにアーランドラ帝国の大敵ともいえるカセイ国と同盟したのだ。

 カインは「我が軍がハントを南より攻めるので貴軍は北より攻め立てよ」と伝えた。

 ザルバールはただちに呼応。
 ハント領への侵攻を開始したのである。

 カインと戦うのはダルバとラドウィン隊。
 一方、ザルバール率いるカセイ国軍をタハミアーネ率いるハント本軍がよく防いだ。

 その隙に、キルム率いるモンタアナ軍がカセイ国へと侵攻した。

 いつもの流れである。

 いつもであれば、モンタアナ軍からカセイ国を守るため、カセイ軍は帝都へと引き返すのだ。

 しかし、この時ばかりはいつもと違った。

 なぜかカセイ国軍は引き返さず、ハント領への侵攻を続けたので、ハント達は想定外の動きに驚いたのである。

 その頃、モンタアナ軍に何があったか話さねばならない。
 カセイ国とモンタアナの間にあたるカルバーラ地方の境目では、ガ・ルスを従えたオルモードが待ち構えていたのだ。

 こう何度も、南に向かえば北から攻められ、北へ攻めれば南から攻められるのだからカセイ国だって要領は分かった。

 だから、モンタアナへの備えとしてオルモードが国境にいたのだ。

 モンタアナの斥候兵がガ・ルスの存在を確認すると、キルムはただちに迂回を指示した。

 彼は決してガ・ルスと正面切って戦わない。

 ガ・ルスは恐ろしい武将であるが、キルムはガ・ルスに怯えはしなかった。

 なぜならガ・ルスは猪突猛進の蛮勇一辺倒だったからだ。
 彼は策を理解できぬ。いや、理解した上で小賢しい策を力で壊すことを好んだのである。

 彼はオルモードの命令を話半分にしか聞かぬ。
 特に、慎重な命令なんてことさら絶対に聞き入れなかった。

 そんな相手ならば、キルムの策で翻弄することは容易いのだ。

 今回もキルムはガ・ルスを翻弄することにしたのである。

 ところが、それこそがザルバールの狙いだった。

 ガ・ルスを翻弄しても彼とまともに戦うのは難しい。

 ガ・ルスは虚報にわざと乗り、伏兵へ自ら突撃するが、例えば崖上の巨岩に気付き、森に隠れた穽(おとしあな)を察知して回避するような嗅覚には優れていた。

 そのようなガ・ルスを翻弄しながらオルモードと戦うことなどキルムであっても困難なのだ。

 ゆえに、ガ・ルスを翻弄するキルムは、オルモードを前に二の足を踏むことになったのである。

 それに、ガ・ルスを足止めするのも限界があるので、ついぞキルムは撤退せねばならなかった。
 こうして御願の憂いを絶ったザルバールはルルム地方への攻撃を本格化する。

 これに堪らないのが当然、ハントだ。

 ハントは叔父カインへ、三度も使者を出した。

「カセイ国がカイン様の領土を安堵すると思いますか? 我が領土もろとも、カイン様の領土も併呑されるだけです。今は互いに争う時ではないはず」

 ハントの使者が再三に渡って主の言葉を伝えたが、二名の使者は幽閉され、一名の使者は首を斬られてその首をハントへと送り返された。

 カインは最初から、来るべき未来よりも、眼前のハントを倒す道を選んでザルバールと同盟したのだ。
 今さらハントと休戦する訳ない。

 こうしてハントは孤立無援の戦いとなった。

 カセイ軍と戦うタハミアーネは、砦を次々と立てる。
 籠城三倍といい、とにかく建物へ籠って防御に徹する者を攻めるのは難しいものだ。
 なので、小さなもので掘っ建て小屋のものもあったが、タハミアーネは全部隊に砦を作らせてよく守らせたのである。

 この戦いは当時の土地からとってオルザン谷の戦いと呼ばれた。
 オルザン谷の戦いで名を上げた騎士として、ハント麾下のアバタイがいよう。

 アバタイは騎士というより文官に近い立ち位置で、オルザン谷の戦い以前にラズベルト家が残した書物でも城の改修工事の記録にその名が見られた程度のものであった。

 ところがこのアバタイ、与えられた四千の兵をよく使い、三日で五つの砦を築いたのである。
 しかもその砦が地形地物を利用した効果的なものであったから、カセイ軍は一つ落とすのに丸二日は要したのだ。

 アバタイの活躍でカセイ軍の進軍速度は牛の歩みじみた遅さとなった。

 カセイ王ザルバールはやきもきする。
 その折に、ガ・ルスがキルムを退けたという報せが来たので、彼は後方に配置したガ・ルスを呼び戻すよう命じた。

 こういった、亀のように守る敵には苛烈に戦うガ・ルスは強いのだ。

 いくらアバタイと言えどもガ・ルスが来ては一堪りあるまい。
 ガ・ルス前線到着までの時間は、まさにハントの寿命とも言えた。
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