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09 人形に起きる悲劇もあるし、守ろうとする心は本物で――。

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 ――次なるお宅はソナドさん宅にいるテレナちゃん。
 此方のロビン君と同じくらいにミルキィが作った弟妹人形で、メンテナンスに来たのだが。


「テレナならリサと部屋にいるよ」
「伺っても?」
「はい、どうぞ。リサがテレナの様子が可笑しいっていうんでね、どうしてもって言われてお願いしたんですが」
「では、一度様子を見させて貰いますね」


 普通の感じだ。
 可笑しい感じはしないのだが、何故か不気味に感じられた。
 何故かゾッとするような、何かを隠しているような。
 案内されたテレナの部屋をノックすると、「誰?」と声が聞こえたので人形師だと名乗ると、ドアが開き中に小さな声で「早く」と言われて入る。
 そこには、確かにリサによく似たテレナが座っていた。
 そう――座ってはいたんだ。
 薄っすらと目を開けて、口を半開きにしたテレナなにミルキィが声を上げようとして口に手を当てて悲鳴を飲み込んだ。


「リサちゃん、テレナは何時からあんな状態なんだい?」
「それが分からないの」
「分からない?」
「小さい頃はよく一緒に遊んでくれてたわ。でも、時折お父さんが部屋に連れて行って、折檻してる音が聞こえたの」
「「折檻」」
「お父さんお酒を飲むと人が変わった様に暴力的になるの。それでお母さんも嫌がって実家に帰っちゃって……。お母さんそっくりの人形もいたけど、気づいたら処分されてたわ。首が落ちた不良品だって言って」
「――っ!」


 人形の首は特に強く出来ている。
 それを落とすほどの暴力となると見過ごせない。
 俺はテレナから服を脱がせながら慎重に外傷を見て行く。
 最早肉と呼ばれる部分がはぎとられていて骨と呼ばれる器官がむき出しになっている部分も多くあり、これにはリサが目を見開いて悲鳴を上げた。


「きゃああああああああああ!!!」
「リサ!! どうした!!」
「お父さん!! 何でテレナはこんな姿になってしまっているの!?」
「え!?」
「お父さんが連れて行くたびに必ず服を脱がせるなって言ってたのはこういう事なの!?」
「ち、ちが! 人形師さん、これには深い訳が」
「王国に知らせます。奥さんに似た人形の状態についても書類が上がっていると思うので両方出させて貰います」
「そんな……なぁ、金を弾むからさ。頼むよ」
「見過ごせません」
「見過ごせっていってんだろおおおお!!」


 そう俺に殴りかかってきたその途端、ソナドさんの身体は上から足で叩き落され床にめり込んで止まった。
 実はソナドさんのお宅に来る途中からマリシアが一緒にいたのです。部屋の掃除が終わってからずっと。
 猪等を仕留めるマリシアに、人間が敵う筈がない。


「リサちゃんは一時的に子供の家に保護されるけど、お母さんが迎えに来るかもしれないからね。気持ちを強く持って」
「う、うん! お父さんが酷い事をしてたのは知ってるから……」
「マリシア、直ぐに警察を」
「あいよ」
「俺はテレナの様子をダメもとで見ます」
「お願いっ」


 こうしてハッチの部分まで変形したテレナのハッチに手を当て様子を見たが――魔素は残っている。辛うじて……あと1日分。
 だが既に心が死んでいた。
 何時亡くなったのかは分からないが……つい最近だろうと言うのは魔素の残量から分かった。
 テレナはギリギリまでリサを守る為に我慢したのだろう……。


「魔素は持ってあと1日……心は既に亡くなっています」
「っ!」
「リサ、テレナは最後に何て言っていた?」
「人形師を呼んでって……それで全て上手くいくからって……必ず数日の間に呼んでって」
「「「……」」」
「ねぇ……テレナ、テレナ!! 何で返事をしてくれないの? 何で死んじゃうの? お父さんの所為なら私が謝るから!! テレナァ!!」
「リサ、テレナはもう死んでるんだよ。殺したのは君のお父さんだ」
「いやあああああああああああ!!」


 そう言って泣き崩れたリサは途端に立ち上がり自分の机にあった椅子を持ち出すと抱え上げ父親にガツ―――ン!! と、大きな音を立ててぶつけた。
 途端父親が「う!?」と声を上げ頭から血を流している。


「お母さんが居なくなったのもテレナが死んだのも全部アンタのせいよ!! 死ね! 死ね!! 死んじゃえクソジジイ!!」
「リサ!!」
「もうこんな家イヤ!! お父さんの傍に居たくない!! 死んで!! もう死んで!! 今すぐ死んで!!!」


 そう叫ぶ声に警察が駆け込み、俺が咄嗟に事情を伝えて内容を事細かに話すと、わんわんと泣くリサの手には椅子が握られていて血が付いており、父親は血を流しながら身体が動けないでいる。
 そして――死んだ弟妹人形に、全ての状況を此処で整理するとして、調査が行われました。
 父親は半分意識が無かったが、弟妹人形のテレナの様子を見てマトモではないと判断され、逮捕された。
 また、同じように首が取れた奥さんに似た人形がある筈だが処分済みになっている筈だと伝えると、そちらも追加で調査される事となり、父親は王都の牢屋に運ばれる事がその場で決まった。
 そして、娘リサは子供の家に保護されることが決まり、残った心の死んだテレナは人形師である俺達が連れて帰る事になり、マリシアに頼んで連れて帰る事となりましたが――。


「あ・り、がとう」
「え?」
「リサ……よか……」
「テレナ!?」


 不意に喋り出したテレナだったが、その後ゆっくりと目を閉じ、命の終わる音が「ビ――……ッ」と鳴り響き永遠の眠りについた……。
 最後の最後まで、妹として、人形として、姉を守り通したテレナにマリシアは涙を流し、ミルキィは口を押えて泣き、俺はテレナの安らかな寝顔に小さく溜息を吐きました。

 ――弟妹人形に限らず、人形師の作った人形と言うのは依頼主から最初に言われる「〇〇をよろしく」「〇〇を助けてあげて」と言う言葉がインプットされると、その為に必死に努力しようとする傾向がある。
 テレナの場合はきっと「リサを守って」と言う言葉がインプットされていたのだろう。
 盲目的に、痛めつけられても守ろうとする。自分ではなく、インプットされた誰かを。
 それ故の悲劇は後を絶たない。

 ギリギリまで生きることで、人形師を何とか呼んで貰う事でリサを保護させようとしたのでしょう。
 テレナは正しく、命を懸けてリサを守り通した最高の妹であった。
 だが、同時に――人形師にとって何とも親不孝な人形でもあった。


「ミルキィ……」
「お墓……作ってあげないと……っ」
「そうだな……そうだな」


 小さくため息交じりに言ってしまったが、自分でもやるせない気分で一杯です。
 自分はもぐりの人形師だからこそ、此処まで悲しむ事は無いのだと思う。
 だが、人形を作った人形師からすれば、これ以上ない苦痛でしょう……。


 ◇


 シャーロック町でのこの事件は直ぐに広まり、ミルキィの為にと色々安くしてくれて助かったが、あれから3日……ミルキィはまだ落ち込んでいた。
 まだテレナを壊すことも、綺麗な身体にする事も出来ないでいたのです。
 痛々しい身体では辛いだろうに、綺麗にすることが出来ない程に壊れた体。
 ミルキィ自身が触れる事すら怖がったのです。


「ミルキィ?」
「……ん?」
「君がテレナを埋葬出来ないと、どうしようもないでしょう?」
「うん……でも余りにも痛々しくて触れないの」
「……」
「ほんの5年。20年入れた魔素がほんの5年で切れる状態で、この体……」
「ミルキィ……」
「貴方が私に弟妹人形を作るなって言った意味が、痛い程分かるわ」
「……」
「私がテレナを触れないの……怖くて触れないの」
「そうですか……せめて部品だけ出せませんか?」
「部品は出せるけど……」
「組み立ては俺がします」


 そう伝えるとミルキィは涙を流しながら部品を作り上げて行き、俺は魔法陣を二つ発動させテレナの頭部だけを残して他の部品をずらし、新しい部品と組み替えて行く。
 1時間もすれば真新しい身体に生まれ変わったテレナが眠っていて、マリシアに手伝って貰い服を着せ、両手を組ませる。


「明日の朝、墓に連れて行きましょう」
「……私は人形師として失格だわ」
「失格じゃないです。一人で出来ないなら二人でやればいい」
「トーマ君……」
「元気をだして。笑顔で送り出さないと……テレナは最期まで戦い抜いたんですよ?」
「――そうね…。そうよね」
「さ、食事にしましょう。スープを温めるから時間は掛かりますが」
「うん、本当に色々ありがとう」
「君が笑顔になるなら何でもしますよ」
「はいはい、私がいるのをお忘れなく?」
「そうでしたね!」


 こうして俺の家に戻り妖精さん達に心配されながら、俺は料理を温め直し久しぶりに皆で集まって食事をしました。
 マリシアのジョークも飛び、ミルキィも少しずつ元気を取り戻しつつあり、それから数日後――。


 ◇


「うん、素晴らしい嫌がらせが来ましたね。ワクワクして堪りませんねこれは!」
「古代書5冊か……期限はいつなんじゃ?」
「次のボルゾンナ遺跡への調査に私が付いて行くことになったそうなので、半年後ですね。『最低限此処までは知識としてもっているだろうな?』という事だそうです」
「ほうほう、正に殴り合いが始まった訳か」
「ただ、問題が一つありまして」
「ん?」
「この一冊はまだ読んだ事ありませんが、他4冊は既に読み終わってる書物なんですよね」
「ああ、相手が送ってきたのは原本ではないのか?」
「祖父母が持っていた古文書が現本ですので」
「なるほど」
「俺の祖父母の事を知らないんでしょうか」
「恐らくそうじゃろうな」
「他4つは暗記レベルで覚えているので再度読み直しですね。ついでに早めに翻訳してお返しします」
「それがいい」
「滾りますね、こういう知識的な嫌がらせは。もし期待をしていらっしゃるのなら期待に答えねば無礼というもの」
「ほっほっほ!!」
「朝から頑張りますか!!」


 ――違う意味での戦いが幕を開けていたのは、まだ誰も知る由もない。

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