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悪役令嬢は王妃なんです!

第33話 その頃ジュリアス様は……

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「王都が……炎上したですって?」
「それは本当なのですか!?」


 ざわめく避難民の方々と共にエリオに駆け寄ると、エリオは顔面蒼白で強く頷きました。
 聞けば、突如として炎が上がり、あっという間に王都は炎に包まれたというのです。


「我が領で連れていける人員で救護に当たっていますが、生存者の手当てが追い付かず……っ 死者が沢山出ております!」
「何てことに……」


 ――その瞬間でした。


 全身に感じる絶望と歓喜。
 何故? 何が一体……そう思った瞬間、だれもが悟ったのです。


 クリスタルが、この辺境領を王都と認めたことを。


 全員の目が私に注がれ、一人、また一人と膝をつき私に最大の敬意を表していく……。
 この瞬間、私はクリスタルに選ばれたのだと理解しました。
 私こそが、国王に相応しいのだと……クリスタルは絶対の存在、その絶対の存在が――。


「ジュリアス様」


 呆然としていた私に鈴の音のような呼び声が響きます。
 その音にハッとしてリコネルを見つめると、リコネルは大きく深呼吸すると私に向かい合いました。


「国王となられたのですから、これからすべき事を、私に、家臣にお伝えしてくださる?」
「あ……勿論です! エリオ、直ぐに私も屋敷に戻ります。リコネル、申し訳ありませんが避難民の方々をよろしくお願いできますか?」
「お任せくださいませ」
「ではエリオ、直ぐに屋敷に戻りましょう! 今後の対策を練らねばなりません! 現状を詳しく知るものが欲しいです、何人かの元王都への派遣を」
「はっ!」


 こうして、私は急ぎ屋敷へと戻り、クリスタルが一体この屋敷のどこに来たのか探そうと玄関を開けました。
 すると――。


『おやおや、ジュリアス国王陛下。そんなに慌てて何を急いでおる』


 昔聞いたことのある声……玄関を開けて帰ってきたばかりの私の目に飛び込んできたのは、男性とも女性とも見分けがつかない誰か。
 いや、誰か…ではありませんね。


「クリスタル……」
『ははは! 流石は国王じゃて、直ぐに我が何者か分かったようじゃのう』
「何故……なぜ王都を」
『あのような場所が王都と呼べるか? 国王は仕事を放棄し国は荒れ、王子は王子にあらず。かの者は王家の血すら引いておらぬに、次期国王と呼べるか? あの元国王夫妻は我の怒りに触れたのだ』


 チャーリーが王の血を継いでいない?


 その言葉に驚きを隠せずクリスタルたるかの者を見つめていると、クスクスと笑いだしました。


『我の今の姿は誰にでも見えるようにしているだけにすぎぬよ。なぁに、暫くはお主たちの邪魔にならぬようにその辺で自由に過ごさせてもらうだけじゃて』
「呑気なことを言っている場合ですか!? 沢山の民が死んでいるのですよ!?」


 私の荒げた声にクリスタルはつまらなそうに見つめ『解っておらぬのう』とため息を吐きました。


『我の思いやりじゃと言うのに……ジュリアスは我の心がわからぬと見える』
「何を」
『国王夫婦が死に、王子が王子であらず、次は誰が元王都を導くというのだ。沢山の難民として他領にまた押し寄せてみよ、この領にも押し寄せてみよ。犯罪や恐喝で溢れかえってしまうぞ』
「だから……王都そのものを」
『命の分別じゃて』
「ふざけないで頂きたい!!」


 滅多に出さない大声にエリオは驚き、周りのメイドや屋敷で働いている者たちも私とクリスタルの様子を見つめている。


「命の分別? 命は誰であっても平等であるべきものです! 例えクリスタルの意思であろうとも、絶対にしてはならない事です!! 命に差別があってはいけないのですよ!」
『……愚かな』
「愚かでも構いません。私は命の分別など……『お主に出来ぬことはリコネルがやる』リコネルは関係ないでしょう!?」


 そう叫ぶとクリスタルはクスクスと笑い『そうかのう?』と口にしました。
 確かに私では戸惑う問題に直面した際、リコネルが悪役になってでも、悪魔と呼ばれようとも決断を下したことはあります。
 私は違う。
 私はリコネルにすべての悪役を、悪魔のような決断をして欲しいわけではないのです!
 そして――。


「命の分別も、命への差別も、して欲しくない」
『国王になれば綺麗事など言っておられぬようになるじゃろう。だが、ジュリアス、お主はそのままでよい、そのままのお主こそが国王に相応しい』
「……」
『そもそも、クリスタルの加護無き国王が王都にいたのが問題なのだ』
「加護を……与えなかったのですか?」


 代々国王にはクリスタルの加護が与えられる。
 それこそが国王である証でもありました。それが弟には無かったのだと言うのです。
 衝撃の事実に私がクリスタルにそう問いかけると、クリスタルはまたクスクスと笑った。


『国王となる器はジュリアスにある。そうお前の父に伝え、更にお主が私に初めて会った時には既に加護を与えてしまっていた。王都に国王は二人もいらぬだろう?』
「……なんと」
『お主の弟も道化よ。国王たる資格も国王たる証であるクリスタルの祝福もないままに国王の座に居座り、全ての仕事をお主に投げつけていた……罰が必要であった。故に我の手で下したのみ』


 ――言葉が、見つかりませんでした。
 母なるクリスタルはもっと穏やかなクリスタルだったのに……私が王都から、王族から追い出された時から既にクリスタルの怒りは蓄積され、そしてそれが王都炎上を招いたと言う事でしょうか。


『ジュリアスよ、お主こそが国王に相応しい。そしてリコネルこそ王妃に相応しい。さぁ、此処から民を導いて見せよ』


 そう口にするとクリスタルは姿を静かに消し、広い玄関に眩いばかりのクリスタルが浮かぶことになりました。
 周囲では、急に姿を消したクリスタルに驚きを隠せない者たちでいっぱいでしたが、私は玄関に佇む巨大なクリスタルを睨みつけると、強く拳を握りしめ前を見つめます。

 ――民を導いて見せよ。

 そう口にしたクリスタル。
 ならば導いて見せましょう。
 第二の王都と呼ばれて久しいこの領地が王都になるのならば、王都として相応しい場所にして見せましょう。

 リコネルと、共に。


「エリオ、直ぐに元王都へ行ける人員を呼んでください。随時定期連絡を怠らぬように、怪我人の治療に関しては我が領から医者を派遣します。急いでください」
「はい!」


 ここからは決断の速さで助かる命が決まる。
 迷っては居られないのです。


「王都に近い領地は直ぐに食糧支援に行ってもらいます。公爵家にも協力を仰いでください」
「畏まりました!」
「メイド長! リコネルが帰ってきたら直ぐに私の執務室に来るようにお伝えください」
「畏まりました」


 そう指示を出すと、私は急ぎ自分の執務室に向かい、定期的に入ってくる情報の精査に入るのでした。



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