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策略トリップ★四面楚歌
3:宝石姫はご機嫌ななめ
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砂漠の町、プリムラグから馬車ならぬラクダ車に揺られて二時間。
緑の街、マルシャスへと辿りついたルゥリカワは早速目当ての場所へと向かって歩き始めた。
オアシスを拠点としたプリムラグは、水はあれど緑は少ない。土地柄故に、植物が育ちにくいのは仕方がないことである。そんなプリムラグとは対称的に、マルシャスは緑に溢れた町である。周りが砂漠なのはプリムラグと変わりないのだが、ここの土地は特殊らしく、木々や草花がよく育つ。乾いた大地しか知らない者は、まずこの町を覆わんばかりの緑に驚くことだろう。ルゥリカワも初めて訪れた時は驚いたものだ。もう既に何回も来ている身なので、今は「相変わらず緑色だな」といった無難な感想しか抱かないが。
「(……さて。会場は確かこの前と同じ劇場だったな)」
記憶を思い起こしながら、店が建ち並ぶメインストリートを歩いていると、そこかしこから声が飛んできた。
「ルゥリカワさん! ようこそマルシャスへ!」
「今日の踊り、絶対見に行きますね!」
「おうおう、いつにも増して別嬪さんだな。夜を楽しみにしてるぜ」
黄色い声、野太い声、種類は様々だが、そのどれもがルゥリカワを歓迎するものだった。微笑みを浮かべて軽く手を振ると、若い娘達はうっとりと頬を染める。嬉しそうに大きく手を振り返す者や、なかには卒倒する者まで現れた。
マルシャスの劇場で月に一度開催される、踊りの祭典。舞踏の神とされるサグリラムの名から、サグリラム舞踏会と呼ばれている。各地の踊り子が己の技を競って高め合う、一種の競技のようなものだ。審査員による投票もあり、一番票が多かった者には賞品が授与される。
ゴーシュに勧められて一年程前からこの祭典に足を伸ばしているルゥリカワだが、参加早々連続優勝九連覇という華々しい結果を残している。今日は記念すべき十回目。勿論狙うは優勝である。
ちなみに、ナルーミが口実として狙っていた天女の羽衣もここで優勝して手に入れた物である。そういった貴重な物ばかりが賞品というわけでもなく、この前は小さな観賞用のサボテンがルゥリカワへと贈られた。開催者の気分で賞品を決めているという噂もあながち間違いではないのかもしれない。
そんなサグリラム舞踏会が始まるのは、街が夕闇に染まった時分である。まだ時間があるため、一度会場に顔を出してから、マルシャス名物の赤い果実のパイ包みをゴーシュへの土産に買いに行こうと思案する。
「(そういえば、ナルーミは刺激がある物が好きだったな…。名前は忘れたが、あの舌の上でパチパチと弾ける飲み物なんて好きそうだ。……土産を口実にすれば、これまで通りに話せるだろうか……?)」
そうして、あわよくば。
自らも甘く弾けてしまいたい。
淫らな光景がぶわりと過ぎり、身体を重ねていた頃の熱がじわりと疼きだす。かっ、と頬が熱くなりながらも慌ててその思考を振り払ったルゥリカワは、曲がり角の先から現れた人影に気づくことが出来なかった。
「うわっ!?」
「っ、わ!」
とんっ、とぶつかった衝撃はそれ程大きくなかったが、ルゥリカワは相手の胸元に飛び込むような形になってしまった。前方不注意になっていた自分を恥じながら、バッと身を離す。
「す、すまない。前を見ていなかった」
「いえ、俺もすみません」
「怪我はない、か……っ!?」
謝りながらも衝突してしまった人の全身を改めて視界に入れたルゥリカワは、その出で立ちに思わず絶句してしまった。
煌めく宝石のように鮮やかな緑色の短髪。青いメッシュが入ったその色は、周りに生えている植物よりも綺麗に見えた。色とりどりの布を幾重にも重ねた服は複雑で、格好いいのかと聞かれれば首を傾げるが、彼のすらりとした体躯にはよく似合っていた。手足には緑色を基調とした装身具。しゃらりとした音が響きやすいよう造られた物で、踊り子が愛用しているブランドだ。どうやら彼もルゥリカワと同じく踊りを嗜んでいるらしい。
だが、マルシャスには何度も来ているが、こんな奇抜な人間は見たことがない。ついまじまじと観察をしてしまうルゥリカワに、彼は居心地が悪そうに口を開いた。
「……何か、俺に付いていますか?」
「え。いや、そういうわけでは……。あまりここでは見ない髪色だと思って、つい」
「ああ、西の血が混じっていますから。……そういう貴方も、この辺りでは見ない顔ですね」
「……は? 私のことを知らないのか……?」
「……? 初対面なのに知るわけないでしょう」
訝しそうに否定の言葉を放ってくる彼に、ルゥリカワは目を丸くした。一般人ならまだしも、同じ踊り子で自分のことを知らないなんて。
無名だった頃とは違い、今は踊りで衣食が賄える程有名になったのだ。いつもならそれを盾にすることはないのだが、何故か今はルゥリカワの心中をもやもやとした感情が占める。
理由は明確で、ナルーミとの関係が上手くいっていないことが負の感情を後押ししているのだ。理不尽だとは分かっていても、気が付いた時には勝手に口が動いていた。
「今日この場にいるということは、お前もサグリラム舞踏会に出場するのだろう? その時に私の名を刻み込んでやろう」
「……はぁ、面倒くさい人に絡まれましたね……」
「む、面倒とは失礼だな。……宣戦布告だ、緑青の踊り子よ。その目に私が優勝する姿をきっちり焼き付けることだな」
普段なら初対面の相手にこんなに上からな言い方はしないのだが、つい感情に任せたままそう言い放ってしまった。相手はぱちぱちと瞬きをした後、興味がないかのようにふいと視線を逸らす。何も言い返すこともなく、「それでは」とだけ告げて去っていく彼の後ろ姿を、ルゥリカワは拍子抜けしながら見送った。反論されるかと思っていたため、やり場のない言葉が喉に詰まる。もしナルーミとだったら確実に口喧嘩に発展しているだろう。
「(……変わった奴だな)」
「(変な輩でしたね)」
奇しくも同じ感想を抱きながら、彼等は別々の方向へと足を向ける。
優勝の常連である踊り子と無名の奇抜な踊り子がサグリラム舞踏会で邂逅するまで、あと少し。
緑の街、マルシャスへと辿りついたルゥリカワは早速目当ての場所へと向かって歩き始めた。
オアシスを拠点としたプリムラグは、水はあれど緑は少ない。土地柄故に、植物が育ちにくいのは仕方がないことである。そんなプリムラグとは対称的に、マルシャスは緑に溢れた町である。周りが砂漠なのはプリムラグと変わりないのだが、ここの土地は特殊らしく、木々や草花がよく育つ。乾いた大地しか知らない者は、まずこの町を覆わんばかりの緑に驚くことだろう。ルゥリカワも初めて訪れた時は驚いたものだ。もう既に何回も来ている身なので、今は「相変わらず緑色だな」といった無難な感想しか抱かないが。
「(……さて。会場は確かこの前と同じ劇場だったな)」
記憶を思い起こしながら、店が建ち並ぶメインストリートを歩いていると、そこかしこから声が飛んできた。
「ルゥリカワさん! ようこそマルシャスへ!」
「今日の踊り、絶対見に行きますね!」
「おうおう、いつにも増して別嬪さんだな。夜を楽しみにしてるぜ」
黄色い声、野太い声、種類は様々だが、そのどれもがルゥリカワを歓迎するものだった。微笑みを浮かべて軽く手を振ると、若い娘達はうっとりと頬を染める。嬉しそうに大きく手を振り返す者や、なかには卒倒する者まで現れた。
マルシャスの劇場で月に一度開催される、踊りの祭典。舞踏の神とされるサグリラムの名から、サグリラム舞踏会と呼ばれている。各地の踊り子が己の技を競って高め合う、一種の競技のようなものだ。審査員による投票もあり、一番票が多かった者には賞品が授与される。
ゴーシュに勧められて一年程前からこの祭典に足を伸ばしているルゥリカワだが、参加早々連続優勝九連覇という華々しい結果を残している。今日は記念すべき十回目。勿論狙うは優勝である。
ちなみに、ナルーミが口実として狙っていた天女の羽衣もここで優勝して手に入れた物である。そういった貴重な物ばかりが賞品というわけでもなく、この前は小さな観賞用のサボテンがルゥリカワへと贈られた。開催者の気分で賞品を決めているという噂もあながち間違いではないのかもしれない。
そんなサグリラム舞踏会が始まるのは、街が夕闇に染まった時分である。まだ時間があるため、一度会場に顔を出してから、マルシャス名物の赤い果実のパイ包みをゴーシュへの土産に買いに行こうと思案する。
「(そういえば、ナルーミは刺激がある物が好きだったな…。名前は忘れたが、あの舌の上でパチパチと弾ける飲み物なんて好きそうだ。……土産を口実にすれば、これまで通りに話せるだろうか……?)」
そうして、あわよくば。
自らも甘く弾けてしまいたい。
淫らな光景がぶわりと過ぎり、身体を重ねていた頃の熱がじわりと疼きだす。かっ、と頬が熱くなりながらも慌ててその思考を振り払ったルゥリカワは、曲がり角の先から現れた人影に気づくことが出来なかった。
「うわっ!?」
「っ、わ!」
とんっ、とぶつかった衝撃はそれ程大きくなかったが、ルゥリカワは相手の胸元に飛び込むような形になってしまった。前方不注意になっていた自分を恥じながら、バッと身を離す。
「す、すまない。前を見ていなかった」
「いえ、俺もすみません」
「怪我はない、か……っ!?」
謝りながらも衝突してしまった人の全身を改めて視界に入れたルゥリカワは、その出で立ちに思わず絶句してしまった。
煌めく宝石のように鮮やかな緑色の短髪。青いメッシュが入ったその色は、周りに生えている植物よりも綺麗に見えた。色とりどりの布を幾重にも重ねた服は複雑で、格好いいのかと聞かれれば首を傾げるが、彼のすらりとした体躯にはよく似合っていた。手足には緑色を基調とした装身具。しゃらりとした音が響きやすいよう造られた物で、踊り子が愛用しているブランドだ。どうやら彼もルゥリカワと同じく踊りを嗜んでいるらしい。
だが、マルシャスには何度も来ているが、こんな奇抜な人間は見たことがない。ついまじまじと観察をしてしまうルゥリカワに、彼は居心地が悪そうに口を開いた。
「……何か、俺に付いていますか?」
「え。いや、そういうわけでは……。あまりここでは見ない髪色だと思って、つい」
「ああ、西の血が混じっていますから。……そういう貴方も、この辺りでは見ない顔ですね」
「……は? 私のことを知らないのか……?」
「……? 初対面なのに知るわけないでしょう」
訝しそうに否定の言葉を放ってくる彼に、ルゥリカワは目を丸くした。一般人ならまだしも、同じ踊り子で自分のことを知らないなんて。
無名だった頃とは違い、今は踊りで衣食が賄える程有名になったのだ。いつもならそれを盾にすることはないのだが、何故か今はルゥリカワの心中をもやもやとした感情が占める。
理由は明確で、ナルーミとの関係が上手くいっていないことが負の感情を後押ししているのだ。理不尽だとは分かっていても、気が付いた時には勝手に口が動いていた。
「今日この場にいるということは、お前もサグリラム舞踏会に出場するのだろう? その時に私の名を刻み込んでやろう」
「……はぁ、面倒くさい人に絡まれましたね……」
「む、面倒とは失礼だな。……宣戦布告だ、緑青の踊り子よ。その目に私が優勝する姿をきっちり焼き付けることだな」
普段なら初対面の相手にこんなに上からな言い方はしないのだが、つい感情に任せたままそう言い放ってしまった。相手はぱちぱちと瞬きをした後、興味がないかのようにふいと視線を逸らす。何も言い返すこともなく、「それでは」とだけ告げて去っていく彼の後ろ姿を、ルゥリカワは拍子抜けしながら見送った。反論されるかと思っていたため、やり場のない言葉が喉に詰まる。もしナルーミとだったら確実に口喧嘩に発展しているだろう。
「(……変わった奴だな)」
「(変な輩でしたね)」
奇しくも同じ感想を抱きながら、彼等は別々の方向へと足を向ける。
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