賢者と踊り子とラッキースケベ

桜羽根ねね

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③踊り子は賢者の夢を見る

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 数度ぱちぱち瞬きをしたセイロンは、まだ状況が把握できていないように見えた。やばい、とディンブラの中で警鐘が鳴る。いくら薬を鎮めるためとはいえ、ヤっていることはほぼ強姦に近い。というかもう強姦だ。叫ばれても蔑まれても貶されても嫌いになられてもおかしくない状況だ。言い逃れなど不可能な程、ディンブラの分身はセイロンのナカでどくどくと脈打っているのだから。

「ディ、ディンブラさん。僕、……っ!?」

 ようやく状況を把握したらしいセイロンの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。もぞりと身じろぎした反動で「んぅっ」と短い喘ぎを零し、そんな自分の声が信じられないとばかりに目を見張る。
 そして、どんな罵声をも甘んじて受け入れる体勢に入ったディンブラに向かって、震える唇を開いた。

「ぼ、僕、ディンブラさんを襲ってしまったのですか……!? 記憶がすっぽり、ん、ないのですが、こ 、こんなことになっているのは、僕が嫌がるディンブラさんを無理矢理……っ!」
「いや待て!? おかしいだろう!? 結果的に襲っているのは俺の方だぞ!?」
「ん、あぁっ! う、動かれると、っ……」

 口を覆いながらディンブラの胸元に枝垂れかかるセイロンはどうにか快楽を我慢しているようだ。とにもかくにもまずはこのラッキースケベでは済まされない体勢を変えなければ。

「す、すまん、セイロン。すぐに抜くから……、動けそうか?」
「いや、です……」

 あやすように背中を撫でるとセイロンは真っ赤になった顔のまま首を横に振った。何度もイって体力を消耗しすぎたのだろう。足に力が入らないようだ。だが、ずっとこのままというわけにもいかない。魔法を使って慎重に浮かせるかと考えたディンブラだが、何故か。

「抜くなんて、いやです……っ」
「っ、な!?」

 背中からベッドに沈む羽目になった。
 組み木の天井と、ペニスを収めたまま上に跨がるセイロンの姿が見える。騎乗位の体位を取った踊り子の相貌は、何かを決意したかのように真剣なものになっていた。

「んっ」

 ぐち、と肉がぶつかる音に、セイロンの柳眉が寄せられる。薬に酔わされ欲に浮かされていた時は快感しか感じていないようだったが、そうでなくなった今、痛みも感じているに違いない。

「っ、無理をするな、馬鹿者……っ」
「無理なんて、していません。寧ろ……僕は、」

 拙い動きで腰を揺らめかせながら、セイロンは今にも泣き出しそうな表情でディンブラを見下ろした。

「僕は、ずるい男、なんです」

 到底彼には似つかわしくない言葉を口に乗せ、辛そうに破顔する。……違う。自分が見たいのはこんな顔じゃない。もっと、花開くような、満開の。

「……あ、あぁ、ディンブラさん、ずっと……、ずっと、待ち望んでいました。僕の酔狂に巻き込んで、本当に、申し訳ありません」

 譫言のように訥々と呟かれる言葉は、要領を得ないながらもディンブラの頭にすんなりと入ってきた。不明瞭でふわふわとしていた記憶の欠片が、形を成していく。奥底に仕舞っていて、忘れていたものが。ばちん、と雷がはじけたかのような衝撃と共に。

 ──脳裏に蘇ったのは、一面の花畑だった。

『まほうつかいに、なるんですか? ぼく、おうえんしますね!』
『まほうがうまくつかえない? ……ぼくも、おどりをおぼえるのがにがてなんです。ふふ、いっしょですね』
『すごい! このほしのはなのかんむり、もらっていいんですか? ぶるーすたー、っていうんですね。 きれいで、いいにおいで、まほうみたいです!』
『まねきのじゅもん……? これをとなえれば、きみのところにいけるんですね。ぼく、ぜったいわすれません。いつかきみに、ぼくのおどりをみてほしいな』

 記憶の中で快活に笑う、少女のように可憐な少年との邂逅は、遠い昔の記憶として蓋がされていたものだ。今では賢者と呼ばれる自分が、まだ魔法のまの字も上手く使えなかった頃の記憶と共に、忘却するべくしまい込んでしまったモノ。

 開けてしまえばなんてことはない、ディンブラは彼と……セイロンと、幼少の頃に出会ったことがあるのだ。魔力が高まるとされるブルースターの花畑に赴いた時に。ほんの一週間程度の短い逢瀬。

 彼の笑顔を見て覚えた既視感は、紛れもなく、この時のものだ。

「思い、出した……。セイロン、お前は……」

 箍が外れてじわじわ溢れ出す記憶は、甘く優しく脳内を満たしていく。天賦の才に恵まれず、天才と称される魔法師一家の中でなかなか芽が出ない自分の荒んだ心を、天真爛漫な彼が癒してくれた。淡く小さな、恋が芽生えた。叶うはずがない想いを、嫌な記憶と一緒に閉じ込めた。そんな弱い自分とは対称的に、彼は、セイロンは、約束通り会いに来てくれたというのに。

「……ディンブラ、さん。本当は、僕、初めてここを訪れた時、『初めまして』ではなかったんです。すみませ、ん……っ」

 謝罪を述べながらも決して上からどこうとしないセイロンは、想い出に浸るディンブラをにちにちと昂らせていく。

「……っあ、ふ、……っく、それに、僕、もっとずるい、嘘を……」
「っ……、もういい、セイロン、お前が謝る必要はない。謝るのは……、寧ろ、俺の方だ」

 翡翠と紫紺がとろりと交差し、伸ばされた手が合わさり自然と指が絡み合う。耐え切れずに上体が前傾したセイロンをそっと受け止め、熱くきつく繋がる欲以上に、深く愛しく唇を触れ合わせた。

「ずっと……、お慕い、申しています。ディンブラさん」
「……ああ。俺もだ、セイロン」

 虫がいい話だと貶すことなく、セイロンは幸せそうに微笑んで。
 どくどくと注がれていくねっとりとした白い蜜を、薄い防御膜越しに味わった。
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