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③踊り子は賢者の夢を見る
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長いようで短い『治療』が終わり、それぞれの身体を清めた後。
賢者と踊り子は共にベッドへと潜り込んでいた。魔法とは便利なもので、様々な体液で汚れたシーツもあっという間にパリッと清潔な物へと変わる。
洗濯いらずですね、と苦笑した後、
「騙すような真似をして、申し訳ありません」
身を寄せ合い、凛とした声で謝罪するセイロンは、少しずつ胸に秘めていたものを語り始めた。
「……僕の一族は名の知れた踊り子なのですが、僕はどうも踊りが下手で。ずっと顔が強ばって、なかなか笑えずにいたんです。そんな折、両親が気晴らしになればと連れて行ってくれたのが、ブルースターの花畑でした。そこで僕はディンブラさんと出会ったんです。最初は女の子かと勘違いしてしまいました」
当時のディンブラを思い浮かべたのか、ふふ、と小さく笑みを零すセイロンに「こっちの台詞だ」と言い返しておく。確かに性別を間違えられることも少なくはなかったが、セイロンからそう言われると複雑な気持ちになってしまう。
「落ち込む僕に、ディンブラさんは花冠を作ってくれたでしょう? 僕にはあれが本当に魔法のようで、とても感動したんです。……ここで再会した時、本物の魔法に触れた時以上に嬉しかったのを覚えています。僕は、ディンブラさんに救っていただいたも同然なんです」
「お前はそうやって俺のことを覚えて……、招きの呪文まで使って会いに来たというのに、俺という奴は本当に小心者だな……」
「……ディンブラさん。『小心者』なのは……、招きの呪文を使う前に、『魔法』に頼ってしまった僕の方です」
「……? どういうことだ?」
どこか言いにくそうにそう切り出したセイロンは、暫く逡巡した後、意を決して口を開いた。
「僕とディンブラさんにかかった古代の魔法……。そもそも、その魔法を解読してほしいと頼んだのは……、僕、なんです」
「…………は?」
思わず目が点になってしまう。古代の魔法、つまりは理不尽で不可抗力でだからといって嫌ではなかった、あの、破廉恥な。
「せっ、正確に言うと間接的になんですけど。それに、言い訳がましいのですが、このような効果が出るとは知らなかったんです。……ウバさん……僕の友人が、祖国に伝わる古い魔法があると好意で話してくれて……。あ、あまり褒められたものではないのですが、その……、こ、恋を成就できる魔法だと、そのようにウバさんも聞かされていたみたいなんです。僕も半信半疑でしたが、縋る思いで……。今にして思えば人の気持ちを左右するなんて言語道断ですね。本当に、自分のことしか考えない、身勝手な行動をしてしまい申し訳ない限りです……」
セイロンの懺悔は、まるで盛大な愛の告白のように響いてくる。確かに人心を塗り変えるような魔法は黒に近いグレーだが、そうまでして自分のことを、と思わずにいられない。賢者としての立場の自分と、ディンブラとしての一人の男の間でぐらぐらと感情が揺れ動く。
全てを話し終えたセイロンは、腕の中でもぞりと身じろぎ、上目でそっと見上げてきた。
「ディンブラさん。僕は自分のために周りを巻き込み、お慕いする貴方に甚だしい迷惑をかけた粗忽物です。どんな罰でも、甘んじて受けます」
真剣な色を宿した瞳でじっと見つめられ、ディンブラの中で渦巻く感情がゆっくりと凪いでいく。
セイロンのように、まずは自分に正直に。真摯に、賢者らしく、悠然に。
「……セイロン」
「はい」
緊張した面持ちで息を詰める彼をぐっと抱きこんで。さらりとした髪に隠れた耳の傍でそっと吐息を吹き込んだ。
「まだはっきりと俺から伝えてなかったな。……お前が好きだ、セイロン。罰としてこのまま抱き枕になってもらおう」
「へ、あっ!?」
裏返った声をあげてディンブラの顔を窺おうとするセイロンを、させるものかとばかりに胸に抱きこむ。
「う、うそ……」
嫌われてもおかしくないことをしたという自覚があったため、唐突すぎる告白は想定外だった。頬も耳も全てが熱く火照っていく。それはディンブラも同様で。熱を持っていく顔を見られないよう、きつく想い人を抱きしめた。
──深い夜闇に浮かぶ星々が、まるで祝福するかのように、静寂な空に青い軌跡を描いた。
賢者と踊り子は共にベッドへと潜り込んでいた。魔法とは便利なもので、様々な体液で汚れたシーツもあっという間にパリッと清潔な物へと変わる。
洗濯いらずですね、と苦笑した後、
「騙すような真似をして、申し訳ありません」
身を寄せ合い、凛とした声で謝罪するセイロンは、少しずつ胸に秘めていたものを語り始めた。
「……僕の一族は名の知れた踊り子なのですが、僕はどうも踊りが下手で。ずっと顔が強ばって、なかなか笑えずにいたんです。そんな折、両親が気晴らしになればと連れて行ってくれたのが、ブルースターの花畑でした。そこで僕はディンブラさんと出会ったんです。最初は女の子かと勘違いしてしまいました」
当時のディンブラを思い浮かべたのか、ふふ、と小さく笑みを零すセイロンに「こっちの台詞だ」と言い返しておく。確かに性別を間違えられることも少なくはなかったが、セイロンからそう言われると複雑な気持ちになってしまう。
「落ち込む僕に、ディンブラさんは花冠を作ってくれたでしょう? 僕にはあれが本当に魔法のようで、とても感動したんです。……ここで再会した時、本物の魔法に触れた時以上に嬉しかったのを覚えています。僕は、ディンブラさんに救っていただいたも同然なんです」
「お前はそうやって俺のことを覚えて……、招きの呪文まで使って会いに来たというのに、俺という奴は本当に小心者だな……」
「……ディンブラさん。『小心者』なのは……、招きの呪文を使う前に、『魔法』に頼ってしまった僕の方です」
「……? どういうことだ?」
どこか言いにくそうにそう切り出したセイロンは、暫く逡巡した後、意を決して口を開いた。
「僕とディンブラさんにかかった古代の魔法……。そもそも、その魔法を解読してほしいと頼んだのは……、僕、なんです」
「…………は?」
思わず目が点になってしまう。古代の魔法、つまりは理不尽で不可抗力でだからといって嫌ではなかった、あの、破廉恥な。
「せっ、正確に言うと間接的になんですけど。それに、言い訳がましいのですが、このような効果が出るとは知らなかったんです。……ウバさん……僕の友人が、祖国に伝わる古い魔法があると好意で話してくれて……。あ、あまり褒められたものではないのですが、その……、こ、恋を成就できる魔法だと、そのようにウバさんも聞かされていたみたいなんです。僕も半信半疑でしたが、縋る思いで……。今にして思えば人の気持ちを左右するなんて言語道断ですね。本当に、自分のことしか考えない、身勝手な行動をしてしまい申し訳ない限りです……」
セイロンの懺悔は、まるで盛大な愛の告白のように響いてくる。確かに人心を塗り変えるような魔法は黒に近いグレーだが、そうまでして自分のことを、と思わずにいられない。賢者としての立場の自分と、ディンブラとしての一人の男の間でぐらぐらと感情が揺れ動く。
全てを話し終えたセイロンは、腕の中でもぞりと身じろぎ、上目でそっと見上げてきた。
「ディンブラさん。僕は自分のために周りを巻き込み、お慕いする貴方に甚だしい迷惑をかけた粗忽物です。どんな罰でも、甘んじて受けます」
真剣な色を宿した瞳でじっと見つめられ、ディンブラの中で渦巻く感情がゆっくりと凪いでいく。
セイロンのように、まずは自分に正直に。真摯に、賢者らしく、悠然に。
「……セイロン」
「はい」
緊張した面持ちで息を詰める彼をぐっと抱きこんで。さらりとした髪に隠れた耳の傍でそっと吐息を吹き込んだ。
「まだはっきりと俺から伝えてなかったな。……お前が好きだ、セイロン。罰としてこのまま抱き枕になってもらおう」
「へ、あっ!?」
裏返った声をあげてディンブラの顔を窺おうとするセイロンを、させるものかとばかりに胸に抱きこむ。
「う、うそ……」
嫌われてもおかしくないことをしたという自覚があったため、唐突すぎる告白は想定外だった。頬も耳も全てが熱く火照っていく。それはディンブラも同様で。熱を持っていく顔を見られないよう、きつく想い人を抱きしめた。
──深い夜闇に浮かぶ星々が、まるで祝福するかのように、静寂な空に青い軌跡を描いた。
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