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第6章 統べる者
出立
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次の日の朝、僕は陛下と一緒に馬車に乗って王宮を出発し、北部に向かった。
僕たちが乗っている馬車は王家の紋章のない馬車で、前を走る馬車よりも一回り小さい。
僕たちの前を走る馬車には王家の紋章も入っていて、外装も内装も豪華な造りになっている。
陛下が乗る馬車と認識されている紋章入りの馬車には、闇の精霊王様と陛下の侍従さんと侍女のマリーが乗っている。
北部に向かう道中で襲われる可能性もあるので、偽装することになったのだ。
闇の魔法は、人の記憶や認識に影響を与えることができるらしい。
侍従さんとマリーが陛下と僕に見えて、陛下と僕が侍女と侍従に見えるように精霊王様が魔法をかけてくださった。
僕たちの身代わりになってもらう侍従さんとマリーには申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、
精霊王様が同じ馬車に乗っていらっしゃるから大丈夫らしい。
精霊王様は敵からの魔法による攻撃を無力化させることができるそうだ。
また、もし毒物を与えられたとしても無毒化することもできるらしい。
だから心配することはないし、侍従さんとマリーに何かあっても守ったり、回復させたりすることができると仰っていた。
そしてマリーも土の魔法が使えるらしく、「何かあったら土の壁を作って身を守ります」と言っていた。
それだけではなく、剣の使い手でもあるらしく、「至近距離に迫った敵はこの手で倒します」と言っていた。
簡単な魔法しか使えず、剣の稽古も初めの頃に少しやっただけの僕より、マリーの方が自分の身を守る能力が高いと思う。
自分の身を守る術を持たない自分が情けないけど、精霊王様とマリーの力に頼ることにした。
僕は偽装するくらいなら、王家の紋章入りの馬車など使わなければいいのではと思ったけど、北部で起きた災害に陛下が何もしなかったと思われたらいけないので、王家の馬車を使って行く必要があるらしい。
隠れていくわけには行かず、かと言って陛下や僕が乗っている馬車とわかれば命を狙われる危険性もある。
僕にはよくわからないことばかりだけど、陛下や皆さんがよく考えて決められたことだとわかるので、僕は皆さんの決断を信じて従っている。
*****
「ディルク様は、大丈夫でしょうか?」
馬車の中で隣に並んで座っている陛下に訊ねると、やさしく肩を抱き寄せられた。
「大丈夫だ。ディルクほどの魔法の使い手はいないし、ディルクと一緒に行動しているのはラインハルト公爵家の精鋭部隊だ。」
僕の心を落ち着かせるように、やさしく肩をたたいてくださる。
陛下の腕の中におさまっていると安心できるけど、不安な気持ちが完全には払拭できない。
ディルク様は、僕たちが出発するよりも前、早朝のうちに北部に向かって馬で出発された。
先に北部に入って状況を把握したり、被害の食い止めや復旧のための作業を行ったりするらしい。
ディルク様と一緒に出発したのは、ラインハルト公爵家に仕える魔術師さんと騎士さんだ。
ディルク様たちが秘密裏に動けるように、信頼できる人たちだけでの出立となったらしい。
『私は嫌われ者だから、敵がいっぱいいる』
出会った頃に、ディルク様が言っていた言葉が思い出される。
受験競争、チーム内のレギュラー争い、恋のライバル・・・
元の世界にもいろいろな競争はあったけど、それで命を狙われることはなかった。
しかし、ここでは身を守るために様々な危険性を考慮し、偽装工作まで行わなければならない。
平和で安全な日本ではないんだ。
僕も命を狙われているかもしれない。
僕自身に向けられる攻撃も怖いけど、親しくなった人たちの命を奪われるのも嫌だ。
みんなが無事でいられるために、僕にできることは何だろう。
僕は膝の上で拳を握りしめながら考えた。
*****
「陛下、聖女様。ヴァルター公爵領に入りました。外の景色を眺められても大丈夫ですよ。」
昼食の後、一、二時間くらい移動した頃、外からオスカル様が声をかけてくださった。
オスカル様は近衛騎士団を率いて、僕たちと行動をともにしてくださっている。
王宮を出てからオスカル様に声をかけてもらうまで、馬車の窓はもちろん厚手のカーテンも閉じられたままだった。
早く北部に着かなければならないので、休憩も昼食の時に一回止まっただけで、後はずっと馬車を走らせっぱなしだった。
昼食の時に立ち寄った商家は、オスカル様のお家、ヴァルター公爵家と懇意にされている商人さんのお屋敷で、ヴァルター公爵家の皆さんが王都と公爵領を行き来する際にも休憩のために立ち寄られているらしい。
王宮を出立してからというもの、商家の玄関前に横付けされた馬車から降りて家の中に入る時と、家の中から出て馬車に乗る時にしか外の景色は見ていなかった。
初めて王宮の外に出たのに、この国の風景を全くといっていいほど見ていなかった。
陛下がカーテンを半分開けてくださり、窓の外に目を向けると、大きな湖が目に飛び込んできた。
太陽の光を浴びて、湖面がキラキラと輝いている。
しばらく走ると、牧場で牛たちがのんびりと草を食べている様子も見えた。
緑色の作物が元気そうに育っている畑もあった。
町に入ると、再びカーテンを閉めないといけなかったけど、それ以外の場所では豊かな自然をたくさん見ることができた。
この世界に来て最初の頃に聞いた話では、この国は穢れのせいで天災や不作が続いているということだったけど、ヴァルター公爵領は豊かな土地のように見えた。
泉を浄化した成果が出ているのだろうか。
僕たちが乗っている馬車は王家の紋章のない馬車で、前を走る馬車よりも一回り小さい。
僕たちの前を走る馬車には王家の紋章も入っていて、外装も内装も豪華な造りになっている。
陛下が乗る馬車と認識されている紋章入りの馬車には、闇の精霊王様と陛下の侍従さんと侍女のマリーが乗っている。
北部に向かう道中で襲われる可能性もあるので、偽装することになったのだ。
闇の魔法は、人の記憶や認識に影響を与えることができるらしい。
侍従さんとマリーが陛下と僕に見えて、陛下と僕が侍女と侍従に見えるように精霊王様が魔法をかけてくださった。
僕たちの身代わりになってもらう侍従さんとマリーには申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、
精霊王様が同じ馬車に乗っていらっしゃるから大丈夫らしい。
精霊王様は敵からの魔法による攻撃を無力化させることができるそうだ。
また、もし毒物を与えられたとしても無毒化することもできるらしい。
だから心配することはないし、侍従さんとマリーに何かあっても守ったり、回復させたりすることができると仰っていた。
そしてマリーも土の魔法が使えるらしく、「何かあったら土の壁を作って身を守ります」と言っていた。
それだけではなく、剣の使い手でもあるらしく、「至近距離に迫った敵はこの手で倒します」と言っていた。
簡単な魔法しか使えず、剣の稽古も初めの頃に少しやっただけの僕より、マリーの方が自分の身を守る能力が高いと思う。
自分の身を守る術を持たない自分が情けないけど、精霊王様とマリーの力に頼ることにした。
僕は偽装するくらいなら、王家の紋章入りの馬車など使わなければいいのではと思ったけど、北部で起きた災害に陛下が何もしなかったと思われたらいけないので、王家の馬車を使って行く必要があるらしい。
隠れていくわけには行かず、かと言って陛下や僕が乗っている馬車とわかれば命を狙われる危険性もある。
僕にはよくわからないことばかりだけど、陛下や皆さんがよく考えて決められたことだとわかるので、僕は皆さんの決断を信じて従っている。
*****
「ディルク様は、大丈夫でしょうか?」
馬車の中で隣に並んで座っている陛下に訊ねると、やさしく肩を抱き寄せられた。
「大丈夫だ。ディルクほどの魔法の使い手はいないし、ディルクと一緒に行動しているのはラインハルト公爵家の精鋭部隊だ。」
僕の心を落ち着かせるように、やさしく肩をたたいてくださる。
陛下の腕の中におさまっていると安心できるけど、不安な気持ちが完全には払拭できない。
ディルク様は、僕たちが出発するよりも前、早朝のうちに北部に向かって馬で出発された。
先に北部に入って状況を把握したり、被害の食い止めや復旧のための作業を行ったりするらしい。
ディルク様と一緒に出発したのは、ラインハルト公爵家に仕える魔術師さんと騎士さんだ。
ディルク様たちが秘密裏に動けるように、信頼できる人たちだけでの出立となったらしい。
『私は嫌われ者だから、敵がいっぱいいる』
出会った頃に、ディルク様が言っていた言葉が思い出される。
受験競争、チーム内のレギュラー争い、恋のライバル・・・
元の世界にもいろいろな競争はあったけど、それで命を狙われることはなかった。
しかし、ここでは身を守るために様々な危険性を考慮し、偽装工作まで行わなければならない。
平和で安全な日本ではないんだ。
僕も命を狙われているかもしれない。
僕自身に向けられる攻撃も怖いけど、親しくなった人たちの命を奪われるのも嫌だ。
みんなが無事でいられるために、僕にできることは何だろう。
僕は膝の上で拳を握りしめながら考えた。
*****
「陛下、聖女様。ヴァルター公爵領に入りました。外の景色を眺められても大丈夫ですよ。」
昼食の後、一、二時間くらい移動した頃、外からオスカル様が声をかけてくださった。
オスカル様は近衛騎士団を率いて、僕たちと行動をともにしてくださっている。
王宮を出てからオスカル様に声をかけてもらうまで、馬車の窓はもちろん厚手のカーテンも閉じられたままだった。
早く北部に着かなければならないので、休憩も昼食の時に一回止まっただけで、後はずっと馬車を走らせっぱなしだった。
昼食の時に立ち寄った商家は、オスカル様のお家、ヴァルター公爵家と懇意にされている商人さんのお屋敷で、ヴァルター公爵家の皆さんが王都と公爵領を行き来する際にも休憩のために立ち寄られているらしい。
王宮を出立してからというもの、商家の玄関前に横付けされた馬車から降りて家の中に入る時と、家の中から出て馬車に乗る時にしか外の景色は見ていなかった。
初めて王宮の外に出たのに、この国の風景を全くといっていいほど見ていなかった。
陛下がカーテンを半分開けてくださり、窓の外に目を向けると、大きな湖が目に飛び込んできた。
太陽の光を浴びて、湖面がキラキラと輝いている。
しばらく走ると、牧場で牛たちがのんびりと草を食べている様子も見えた。
緑色の作物が元気そうに育っている畑もあった。
町に入ると、再びカーテンを閉めないといけなかったけど、それ以外の場所では豊かな自然をたくさん見ることができた。
この世界に来て最初の頃に聞いた話では、この国は穢れのせいで天災や不作が続いているということだったけど、ヴァルター公爵領は豊かな土地のように見えた。
泉を浄化した成果が出ているのだろうか。
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