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これから貴方と過ごす場所
捕縛・捕獲・甘噛み運搬
しおりを挟む魔物が痛みに耐えきれず唸る。
アイリの腕を繋げた時よりも痛みは少ないと思うけど、急速に傷を治す以上痛みは避けられず、魔物は痛みに身をよじらせている。ただ、少なくとも辺境伯の命令は消えているのか、自滅するような動きは見られない。
とりあえず、魔法をかけたので死ぬようなことは無いと思うけれど、この後どうなるかは私にもわからない。
「ぬ? どうして死なぬ? まさか回復させたのか? この巨体の魔物を?」
鼻先から尾の先まで5メートルを軽く超えるような魔物だから、辺境伯からしたら驚きなんだろう。私からすればこんなもんだけど、おそらく国王なら難なく回復させるくらいは出来るはず。まあ、あれは放置を選ぶような気がするけど。
「何故お前は一々私の邪魔をするのか!」
「放っておいたら面倒なことになるからに決まっているじゃないですか」
魔物の中には仲間意識が強い種類が居る。この魔物のように犬系の魔物は特にその傾向が強く、群れの長が倒されたとなれば、新しく長となった個体が前の長を倒した存在を討ちに行くことはよくあることだ。
辺境伯はその習性を利用してさらにスタンピードの被害を広めようとしていたってことよね。まあ、ここで私が止めてしまったから被害は殆ど広がらなかったけど。
「なっ!? お前知っていたのか?」
「まあ、そうですね」
この情報については傭兵をやっている時に聞いたこと。案外、傭兵をやっていたのもいい経験になったということなのかしら。
「グルル…」
辺境伯が驚きのあまり茫然としているなかで、回復の副作による痛みが治まったのか、魔物が小さく唸りながら立ち上がった。そして、じっと私の方を見つめて来る。
その視線からは敵意は見られない。はっきりと感情が読み取れる訳ではないけれど、少なくとも私に対しては害意を持っている感じではない。
私のことを観察しているのかそのまま微動だにしないが、先ほどよりは明確に生きているというのがわかる動きをしている。
これで襲い掛かってきたらさすがに対処しないといけないのだけど、後のことを考慮すると倒すのは駄目なのよね。まあ、そうなれば魔法で動きを封じたうえで魔力を直接ぶつけて威圧した後、森側にポイッて感じかしらね。たぶんそれが一番簡単だし。
しばらく私のことを観察していた魔物は何を思ったのか、静かにこちらに近付いて来た。
「レイア!?」
魔物が私に近付いたことでロイドが声を上げこちらに駆け寄ってこようとしたけれど、私はそれを制止する。
ここで下手に近付くと無駄に警戒される可能性があるから、魔物の方から近付いて来てもらった方が良いわよね。
「グル」
魔物はそう小さく唸って私へ頭をこすりつけて来た。そしてその後、目の前で伏せの状態に移行した。
これは私のことを上位者として認めてくれた感じなのかしら。
「何故だ! 何故そいつはお前を主として定めた!? 私の時はあれほど抵抗したというのにどうしあぼぁっ?!」
これ以上騒がれてもうるさいだけと判断したのか、ロイドが辺境伯の口にロープと布を当て、声を出せないようにする。
うんまあ、辺境伯はそのままでいいわね。ほっといてもうるさいだけだし、何か有用な情報を吐いてくれるような感じもないし。
改めて魔物を見る。
魔物もこちらを見て来るが、やはり敵意などは見られない。むしろ、身をゆだねてくるような気配が感じられる。
……これって触っても大丈夫なのかしら。
この子は魔物だし大きさも違うけど、私って今まで犬とか猫を触ったことが無いのよね。大体いつも近付くだけで警戒された上に逃げられてしまうから、触るどころか近くで見ることすらできなかったのよね。
恐る恐る目の前にいる魔物の体に触れてみる。
う…うーん。自然下で生きていた魔物だけあって毛並みはゴワゴワ。これ、綺麗にしたら手触りが良くなったりするのかしらね?
そう思って洗浄の魔法を魔物に向かってかけてみる。確認もせずに魔法をかけてしまったが魔物は抵抗するそぶりは見せない。
魔法での洗浄が終わると余程汚れていたのか、大分毛の色が変わった。ここまで変われば毛質も柔らかくなっているかもしれない。そう思って綺麗になった毛を触ってみるも期待外れな触感が手のひらに伝わってきた。
まだ硬いわね。さっきよりはマシになっているけれど、まだ硬いと言える範疇。結局、この大きさの魔物だけあって、それに見合った毛質ということなのでしょうね。
とりあえず魔法で綺麗にしたうえで触って撫でまわしても嫌がる素振りを見せて来ないから、この子は私の下に付いたってことなのかしらね。
うん。これなら問題はなさそう。
さて、魔物についての懸念は無くなったから、さっきからウゴウゴうるさい辺境伯をギルドに運ばないといけないわね。
ロープも用意してあるし、それを使って引き摺りながらでもギルドに持って行けばいいかしらね。
ん? ああ、そうか。この子を使って辺境伯を運べば面倒はないし、移動も短時間で済むかもしれないわ。まあ、この子を町まで連れて行ったらどんな反応をされるかわからないけど。
この子に辺境伯を運ぶように指示を出してみる。すると私の命令を理解したのか、地面に転がっている辺境伯の所まで行き、そのまま口にくわえた。
くわえられた辺境伯が恐怖からか暴れまわる。しかし、そんな辺境伯の動きをものともせず魔物は辺境伯をくわえたまま持ち上げる。
「食いちぎっちゃだめよ? これでも重要参考人だし、死なれたら困るから」
「フォフ」
私の命令に魔物は辺境伯をくわえながら返事をして来た。
「えぇ……いいのかこれ」
「いいんじゃない? 楽に運べるし、移動時間も短縮できるかもしれないわよ」
「そうだけど、さすがにその状態は……」
ロイドはそう言って魔物にくわえられている辺境伯の事を憐みの眼で見ていた。
「死んでいなければ問題ないでしょう? ちょっとこの子のよだれでべちょべちょに濡れそうな気もするけど、死ぬわけじゃないんだし大丈夫でしょ」
「そ、そうか」
そうして私たちは辺境伯をギルドへ移すために近くの町まで移動することになった。
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