俺はただ怪しい商人でいたかっただけ

みるこ

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第一章

ウェルカァム……

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 冬の澄んだ夜空には雲一つなく、いくつもの星がキラキラと瞬いている。数十年ぶりに降り積もった真っ白な雪に光が反射し、新月であるにも関わらず外はぼんやりと明るく、街の人々はいつもよりほんの少し長く、静かに夜を楽しんでいる。
 そんな夜、ある家に元気な男の子が誕生した。
「奥様! 元気な男の子ですよ!」
産婆によってとりあげられた赤子は、それはそれは元気な産声を上げ、その場にいる者はみなその様子に顔をほころばせた。……この場にいるものが全員黒づくめで、無事に出産を終えた母の横たわるベッドの下に怪しい魔方陣が描かれていなければ、極々一般的な中流階級の幸せな家庭に見えただろう。いや、実際には少々特殊な家庭というだけで愛情たっぷりな家庭なのだが……。

 とにもかくにも、そんな暖かな夜に生まれたのが俺、リュヌ・ヘイアンだ。
 どこにでも現れ、市場には出回らない品々を売り歩く幻の商店を代々営むヘイアン家。その三兄弟の末っ子として生まれた俺も例にもれず、怪しい商人を目指すことになる。それ則ち、中二病を地でいくことになると気づいたのは、十歳になる年の春だった。

「リー! リーどこ行ったの~?」
「どしたのフォル兄?」
 麗らかな春の昼下がり、俺は家の近所にある湖のほとりで寝転んでいた。さわさわと頬を撫でる風は心地良く、布団がわりにしているもふもふであたたかい毛皮が微睡に拍車をかける。呼吸に合わせて緩やかに上下する腹部に顔を埋めてから、大好きな兄の呼ぶ声に応えた。
「あ、またトールの上で寝てるし。ほらほら、母さんと父さんが帰ってきたよ。お前も早く来な」
「父さんと母さん帰ってきたの!? 早く行こ!」
「そんな急いだら転ぶぞ~! ってもういないし」
 後ろからやれやれという声が聞こえてきたが、俺は早く父さんと母さんに会いたくてなりふり構わず家へ走った。一週間ぶりの帰宅なのだ。きっと今回も俺達にお土産をたくさん持って帰って来てくれただろうし、何より行商先の色々な出来事を聞くのが俺は大好きだった。

「ただいま~リュヌ、フォルン! あれ、マウニは?」
「「おかえりなさい!」」
 お茶を飲みながらひらひらと手を振る母さんに俺達は勢いよく抱き着いた。こらこらと優しくなだめながら頭を撫でてくれるのに素直に甘えながら「あっち」とフォル兄は指で示した。一番上の兄であるマウ兄はきっと今日も図書室にこもっているのだろう。
「おっ、ただいま我が子たち~! ってマウニは図書室か?」
「「父さんおかえりなさい!!」」
「ありがとうあなた。ほら、こっちに座って?」
「そうだね。特にリュヌが話を聞きたくてそわそわしてるみたいだ」
 父さんは抱えていた麻袋を一旦床に置くと、母さんの隣に座った。陶器でできたティーポットが自ら動き父さんの前にお茶を用意するのを横目に、俺たちは向かいの椅子に腰かけた。もちろん俺たちの前にもお茶が用意される。
「おかえり父さん母さん」
「「ただいまマウニ」」
 ようやくマウ兄もリビングへ姿を現し、父さんと母さんに軽くハグをしてから席に着いた。落ち着き払っているように見えるが、慌てて出てきたのだろう、愛用のローブの裾がめくれあがっていた。こっそり指摘すると、お茶を飲みながらささっと直し、はにかんだ。

「さて、じゃあこれが今回のお土産だ」
「皆で仲良く分け合うのよ?」
 ある程度落ち着いたところで、父さんは先ほどの麻袋から様々な品を取り出した。お菓子に本、まだ見たこともない薬草やタリスマン等、とにかく色々なものが袋から飛び出してくる。俺たち三人はそれらに目を輝かせながら、これが良いあれが良いと品を選んだ。
「そういえば今回は海底洞窟で彼らに会ってきたよ」
「海底洞窟? もしかしてメーアの人?」
「そうそう。よく覚えていたなリュヌ! 今回も双方良い取引ができてね、ちょうど彼らの祭りがやっていたからそのまま参加していたら少し出発が遅くなってしまったんだ」
「へぇお祭りとかもあるんだ! どんなどんな?」
「リヴァイアサンの鱗を皆で砕いて作った染料をお互いに顔につけ合ってね――」

「そうだ、そろそろリュヌも十歳だしこれからどうするか聞いても良いんじゃないか?」
「ああ、もうそんな時期なのねぇ。子供の成長って早いわぁ」
 行商中の色々な話を聞いて一息ついたころ、父さんは突然そう切り出した。一体何の話なのだろう?
「リュヌだったらすぐ頷きそうだけど」
「たしかに! マウ兄とは正反対だもんなぁ」
「僕はインドア派だからね。まったり商売するさ」
「ねえなんの話? 俺のこれからって?」
 なんだか一人だけついていけていないことにむっとしながら皆に尋ねると、父さんは笑顔でこう言った。
「なあリュヌ、お前も父さんと母さんみたいな商人になりたいか?」
 その瞬間二人の格好が突然変わった。父さんも母さんもフード付きの黒いローブに身を包み、顔は目元以外怪しい布で覆われ、とんでもなく怪しい見た目になった。
「「いらっしゃァい」」
 男性とも女性ともとれない声でそう言う二人を見て、俺の脳裏にある記憶が突然ぽーんと浮かび上がった。

「いや、それウェルカァムって言うアイツじゃん!!」
 そう言い残しあまりの衝撃にぶっ倒れた俺にあたふたする家族を見ながら、俺はリュヌとして生きてきた十年より前の記憶を思い出しながら意識を失った。
 そうか、俺、前世ってやつがあったんだなぁ。
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