俺はただ怪しい商人でいたかっただけ

みるこ

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第二章

「僕の長い入学試験」ってタイトルの作文書けそう

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「おいおい、くそだせえ奴いんじゃん」
「なんだよそのふるくせぇローブ!」
「貧乏人は大人しく隅っこにいろよなぁ」
 ギャハギャハと馬鹿みたいに笑う絶好調な男子三人組は、自分達がやばいやつに対する視線を向けられていることに気づいていないようだ。
「あ、あのぉ、多分俺に話しかけない方が良いと思うなぁ、なんて……」
「はぁ? もっと大きい声で話せよ!」
「やめてやれよたっくん。可哀想だって」

 だめだ。話も通じないとはこりゃお手上げだ。
 目の前で勝手に盛り上がっているガキんちょをぼーっと眺めながら俺は今日一日を振り返っていた。

「ハンカチティッシュ持った?」
「持った持った。それ三回目だよ母さん」
 ついにやってきた入学試験の日。父さんは仕事で「ちょっと魔大陸の方へ」なんて言ってあいにく会えなかったが、母さんは俺が心配で家に残っていた。……ずーっと朝からあれ持ったこれ持ったなんて確認作業が続いている。
「とりあえず制服は向こうで頼むから良いとして、ローブの魔法もかけなおしたし、眼鏡も用意したし、あっ、エリクサーと世界樹の葉はちゃんと持ったわよね?」
「そんな大層なもの持ってけないよ! ポーションもあるし酔い止めもあるしこれで大丈夫だって」
「そうかしら……なんかリュヌは特に心配なのよね」
 なんだか自分よりあたふたしている人を目の前にすると緊張もなんもなくなってしまった。というか、流石に少し疲れて来たな……。
「ほら、リュヌも困ってるしそろそろ出発の準備しなきゃ」
「そ、そうよね! あっ、マウニ、雫ちゃんと持った?」
「ちゃんと五つずつ持ったよ」
「あと、あなたのローブももっかい確認しなきゃ……」
「お、俺トールに会いに行ってくるね!」
「あっ、リュヌ!」
 俺はターゲットがマウ兄に向いた隙にその場から逃げ出した。ごめんマウ兄、尊い犠牲は忘れないから許してほしい。

 トールに会いに行くというのはとっさの思いつきだったが、これから寮暮らしになるなら今のうちにもふもふを味わっておこうと思いつきトールがよくいる泉に向かった。
 いつ見ても綺麗に澄んだ泉のほとりで、いつものようにトールは目を瞑って伏せていた。時折ぴくっと動く耳はもふもふで思わず撫でまわしたくなる。世間一般的に考えて幻獣にこんなこと思うのは多分罰当たりだろうけど。
「トール? 寝てんの?」
 俺はゆっくり近づくと、トールのわき腹部分に顔を突っ込んだ。あーお日様の香りのもふもふ最高だなぁ……これをしばらく味わえなくなっちゃうのか……。
『……おい』
「なーにぃー」
 わき腹に顔をうずめたまま返事をすると、頭上から大きなため息が聞こえて来た。それに合わせて緩やかに動くもふもふの下の筋肉も心地良い。
『たく、お前今日入学試験なんだろ? こんなことしてる場合なのか?』
「良いの良いの! あと少し出発まで時間あるし、てか母さんの心配性が大爆発で大変なんだよ」
『あぁ~……まあルーナだからなぁ』
 少し呼吸が苦しくなってきたためぷはっと顔をあげれば、大きな口を開けてあくびをするトールと目が合った。金色の瞳は今日も綺麗に輝いている。うん、こうやって改めてみるとほんと整ったもふもふだ。
『お前、なんかくだらないこと考えてんだろ』
「ふへ、ばれた? 今日も綺麗なもふもふだなと思って見てた」
『……お前、素直なのは良いことだが頼むから学校で変なやつ引っ付けてくるなよ』
 少し目を細めながらもふもふの尻尾で顔を撫でられる。よくわからんがなんだかんだ心配してくれているのだろう。
「ありがとトール。あーあ、しばらくこのもふもふもお預けかぁ」
『ふん、オレとしてはうるせぇのがいなくなってせーせーするがな』
「ひどいなぁ。……んじゃ、そろそろ行くわ」
『おー。あ、ちと待てリュヌ』
 このままじゃ出発できなくなりそうだと、俺は後ろ髪を引かれる思いで立ち上がった。途端珍しくトールに呼び止められる。
「どした……って近い近い」
 トールはのっそりと立ち上がるとずいっと鼻先を近づけて来た。金色の鋭い目にじぃっと見つめられるとなんだか体の奥がぞわぞわとする。
「っあいたぁっ!?」
『幻獣からの餞別だ。ありがたいと思えよクソガキ』
 綺麗な瞳をぼーっと眺めていると、突然がぶっと鼻先を噛まれた。もちろん手加減はしてくれているのだろうが思考の外からの痛みには多少敏感になるというものだろう。うん、まあ普通に痛いよね。
『こんくらいでびーびーうるせぇなあ。ほら、さっさと行っちまえ』
「こんくらいってお前ねぇ……。ま、そろそろ時間やばそうだし行くわ」
 くあっと一つ大きなあくびをして、トールはまた眠る体制に入った。ま、トールらしい見送りかたというかなんというか……。てか絶対噛まれた痕残ってるよなぁ。

「あらあらまあまあ」
「あ~リュヌ……やっぱりやられたか」
「なになに? 二人して何?」
 リビングに戻るとすっかり出発の準備を整えた母さんと、まだまだのんびりしているマウ兄になんとも言えない視線を向けられた。やっぱり鼻に痕残ってるのかなぁ……ちょっと恥ずかしいな。
「いやぁ、愛されてるねリュヌ」
「トールって昔から素直じゃないのよねぇ」
「え? どういうこと?」
 苦笑いのマウ兄とどこかにやにやしている母さんにどういうことか問うてみるもまあまあなんて言いながら流され、そのまま荷物を持たされ外に連れ出されてしまった。
「ほらほら、もう出発の時間だからちゃきちゃき動く!」
「なんか締まらないなぁ……って待ってこれで行くの?」
「え? どうしたのよ今更。小さい頃も乗ってたじゃない」
「いや、まあそうなんだけど……」
「大丈夫大丈夫! ヘイアン家たるもの目立つのはご法度。ちゃーんと目くらましの術がかかってるんだから」

 亀だ。でっかい亀。しかもなんかすごいのんびり屋さんな感じの可愛い顔をした亀。
 母さんがはしごをかけると、マウ兄は当然のように亀に乗り込んでいく。なんで俺はいままでこれをおかしいと思わなかったのだろう。
「ほら早くおいで~」
 絶対そんな軽くないであろう荷物を抜群のコントロールで放り投げ、はしごを使わずジャンプで二階建てくらいの亀に乗り込む母さんに手招きされ、渋々俺ははしごに足をかけた。いやこれはしごで登るのしんどいなおい。

「よし、じゃあアーちゃんよろしくねぇ」
 母さんがそう言うと、亀、アーちゃんはゆっくり頷き、瞬く間に空へ浮かんだ。
「さてと、王都まで大体三十分だから試験まで全然余裕で着きそうね」
「リュヌ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよマウ兄」
 疲労感に身を任せ大の字になる俺にマウ兄は冷たい水を差しだしてくれた。てかインドア派とか言ってるマウ兄も普通に亀に乗り込んでるあたり、ほんと我が家っておかしいよな……。
「あら、ちゃんと安定化してるはずなんだけど」
「いや、リュヌは多分はしごで疲れたんだと思うよ」
「そう? あぁ、たしかに前は抱っこしてたものね」
 そんな二人の会話を聞きつつ、俺は体感速度とは大幅に違うスピード感で流れていく景色を眺めていた。亀って前世の記憶ではのろいイメージがつきものだった気がするけど、こっちの亀は随分早いんだなぁ。
 案外快適な乗り心地の亀の上で、おれはもう全てを受け入れることにした。いちいち反応していたら学校以前に疲れ切ってしまう。もう目を瞑ってごろごろできるくらいにはこの状況に適応してきた。
「まだ王都まで時間あるし、少しお菓子でも食べる?」
「食べる~」
「じゃあもらおうかな」
 そんな感じで王都までの道中、俺たちはのんびりピクニック気分で時間を過ごした。
 眼下に広がる景色はあまりに早く流れていきすぎて全然自分がどこにいるのかわからなかったけど。

「ここら辺で良いかな」
 母さんがそう言うと、アーちゃんはゆっくり降下した。どうやら王都に着いたらしい。
「リュヌ、母さんにおろしてもらったら?」
「うん、そうするかな」
 ここでまた体力を消費するのはと思い素直に甘えることにした。まだ十歳だし甘えられるときは甘えるに限る。
 アーちゃんに皆で手を振ると、こちらに手(?)を振り返した途端姿を消した。どういう原理なんだろうか……。
「さて、学校はここからそう遠くないし少しゆっくり歩いていきましょうか」
「あ、僕はちょっと寄りたいところがあるからここまでかな」
「あらそう? じゃあまた後でねマウニ」
「うん。リュヌ、頑張ってね」
「ありがと~」
 マウ兄と別れ、俺は母さんと二人で王都の入口の門をくぐった。記憶にある限りでは初めての王都に若干ワクワクしながら辺りを見回す俺の様子は、お上りさんとからかわれても文句は言えないような浮かれ具合だっただろう。
「母さんも久々に来たわぁ~。……あっ、リュヌ見てごらん」
「なになに? おお、大きい時計塔!」
「あれがルーナ学院の名物よ。もうすぐ着くわねぇ」
 まだまだ中心部ではないのだろうが、多くの人が行き交う大通りを歩いてそう時間が経たないうちに、立派な時計塔が見えて来た。ゴシック調の尖塔と並び立つその様子は重厚感に溢れている。
「ほら、きっとこの子たちもリュヌと同じように入学試験を受けるんじゃない?」
 時計塔に向かう人の流れには、たしかに俺と同じくらいの子供たちが多く見受けられた。母親父親と仲良く手をつないでいる子もいて、微笑ましい風景に少しほっこりする。
「皆全然緊張してないでしょ?」
「うん。なんか俺試験ってつくからって気にしすぎてたかも」
「ふふ、まあそこもリュヌの可愛いところよねぇ」

「ちょっとちょっと、そんな呑気で良いのルーナ?」
「あらリリー! 何年振りかしら?」
「さぁね。うわ、リュヌあんたアホ犬臭いわよ」
「失礼だなぁ……ってリリーと母さんって知り合いなの?」
 突然失礼な言葉が聞こえて来たと思ったらそこにはリリーがいた。相も変わらず妖精らしい装いだ。
「ふふ、私とリリーはずっと昔から仲良しなのよぉ? ところでリリー、なんで私に一言もなくリュヌと名乗りを済ませてるのかしら?」
「ちょっとちょっとそんなすごまなくても良いじゃない! ……悪かったことは認めるからその魔力しまってくれる? その内周りの人間にも影響出るわよ」
「あら、私としたことが……」
 仲良しという割にバチバチ火花を散らしている二人に内心引いていると、母さんは突然俺の肩に手を置いて顔を覗き込んできた。
「ねえリュヌ。リリーだから何も言わなかったけど学院にいる有象無象、えーっと知らない人とか妖精とか、その他諸々とは安易に名乗りを交わさないようにしてね? 母さんとの約束」
「う、うんわかったよ母さん」
「ちょっと、息子にひかれてるわよ」
「リュヌはのんびり屋さんだからこれくらい言わないと」
「まああんたの気持ちもわかるけどね……」
 はあ、とため息を吐く二人とそのまま流れで学校へ向かう。一般的には珍しいとされる妖精とこんなに世間話をしながら学校へ向かう状況になんとなく可笑しさを感じながら歩いていると、いつの間にかあの大きな時計塔の足元に到着した。
「ほらリュヌ、あの流れに乗っていけば入学試験の受付があるからね。母さんも行きたいけどここからは入れないのよ」
「まだあんたビビられてんの?」
「それもあるけど今はほら、特にソーちゃんの影響がね……」
「ほんっと昔から嫌われてるのね」
「ああ見えて可愛いところもあるのよ? 照れ隠しに泉を干上がらせたり……」
「それを可愛いって言えるあんたってかあんたら一族って……まあ良いわ。リュヌは私が見とくから」
「ありがとリリー! じゃあねリュヌ。頑張ってね! 体調に気を付けて、ご飯もしっかり食べて……」
「わかったよ母さん! ありがとう」
 よくわからない二人の会話を聞き流しているとまた母さんの心配性が爆発しそうだったので少々無理やり話をぶった切った。こっちのことを思ってくれてるのは嬉しいからあんまり無碍にはできないんだけど流石にね。

「受付こちらでーす」
「ほらリュヌ、あっち行くわよ」
「なんか、リリーってなんだかんだ面倒見良いよね」
「う、うっさいわね! こっちはあんたの魔力が変な奴に取られないように監視してるだけなんだから!」
 受付係なのだろう、優しそうなお姉さんが拡声器片手に子供たちを誘導している。その誘導に従いながらリリーと軽口を叩き合っていると、突然肩に衝撃が走った。

「うわ、ごめんなさい!」
 どうやら誰かにぶつかってしまったらしい。とっさに頭を下げて謝ると、足元に三人分の影が見えた。
「おいおい、どこ見てんだよぉ」
「そのくそだっせえ眼鏡の意味あんのかぁ?」
「てかこいつ、さっきからぶつぶつ独り言うるさくね?」
 あまりよろしくない雰囲気の言葉の数々に頭を上げると、そこにはガキ大将とその取り巻きといった感じの三人組が立っていた。歳は近そうだし彼らも入学試験を受けるのだろうか。

「あー、これはめんどくさいタイプね」
「どういうこと?」
 めんどくさそうに顔を顰めたリリーにこっそり問いかけた。目の前でまだ勝手に色々言って盛り上がっている三人組は一旦置いておこう。
「今あんたが着てるローブと眼鏡、その効果については前話したでしょ?」
「あぁ、簡単に言うと目立たなくなるんだっけ」
「まあそんな感じね。一対一で話すならまだしもこんだけの人混みなら相当目立たない筈なのに……でも稀にいるのよね、魔法が一切使えない代わりに幻術とか魔法とかそういった諸々の効果を素通りしちゃうバカすぎるバカが……」
「あぁ、道理で……」

 周りの子供たちが目の前の三人組に向けるやばい奴を見るような目の意味がわかった。きっと彼らからしたらこの三人組こそ、誰もいない空間に向かっていきり散らしているように見えるのだろう。
「おいおい、だんまりかよ」
「てかなんだこの古臭ぇローブ! さてはお前貧乏なんだろ!」
「ほんとの事言ったら可哀想じゃん!」
 ギャハギャハと笑うガキんちょになんて返して良いかわからず、俺はひたすら暴言を聞き流していた。まあ前世の記憶を持つからか、全然痛くもかゆくもないしな。可愛いものじゃないか。
「ねえめんどくさいからもうやっちゃっていい?」
「なんかリリーがそう言うとすごーく嫌な予感がするんだけど」
「まあまあ妖精のいたずらってよく聞くでしょ? そんな感じよ」
 大妖精のいたずらって絶対ろくなもんじゃないだろと思いつつ、まあいっかとリリーにこの場を収めてもらうよう頼んだ。
「まったく、今度ここの長もとっちめなきゃね」
 不穏な言葉を口にしつつ、リリーはステッキを取り出すとひょいひょいと二回振った。
「ほら、さっさと行くわよリュヌ」
「え? う、うん」
「おい! 何勝手に……っていってぇ!」
「うわ、ごめんたっくん! わざとじゃないんだよぉ」
「てめぇこの野郎!」
「うわ、なんでこっちを殴るんだよ!」
 リリーに促されるまま歩き出して少しすると、何故かガキんちょ達はお互いを殴り始めた。ぽかぽかと効果音が尽きそうな可愛らしい喧嘩だが、当人たちは思うように体が動かない恐怖と仲間割れにより泣いてしまっている。
「ちょっとちょっと君たち! そうやって騒ぎを起こすならここから出ていってもらうからね!」
 うわーんと泣きながら喧嘩をする異様な光景に皆ドン引きしていると、係員が出てきて彼らは敷地から連れ出されてしまった。……うーんこうなるとちょっと可哀想だな。

「そろそろあんたの番よ」
「次の方~どうぞ~」
「は、はい!」
 比較的人が少ない方の受付に並んでいると、あっという間に自分の番が来た。周りは未だに先ほどの見世物としか言えないガキんちょの話で盛り上がっている。そんな中冷静に業務をこなす係のお姉さんに感心しつつ、受付を済ますと二種類の数字が書かれた木札を渡された。
「この数字が書かれた看板が立ってる会場に向かってね。こっちはあなたの試験番号ね」
「はい。ありがとうございます」
 どうやら試験会場は外らしい。俺は少々混沌としている受付周りをなんとか抜け出し、会場へと向かった。

「そういえばさ、なんで幻術は効かないのにリリーの魔法は効いたの?」
「あれ魔法じゃないわよ」
「え? じゃあ何さ」
「あれは妖精の粉をふりかけたの」
「ステッキ振ったのって魔法かけた動きじゃないんだ……てか妖精の粉ってなんだっけ」
 会場までは少々距離があったため、道中先ほどの騒動について聞いてみた。妖精の粉ってなんか聞いたことあるんだよな……うちで取り扱ってたっけ。
「あんたらもよく売ってるアイテムなんだから覚えときなさいよね。一時的に人を操るものよ」
「うわ恐ろしいな……」
「本来は意識もぼんやりするんだけど、今回はより面白くするために意識は正常なままになるようちょっと細工したやつを使ったの」
「いたずらで済む所業じゃない!」
「まあ良いじゃない。これで少しは懲りたでしょ」
 やっぱり妖精って価値観が少しずれてるんだよなあと思いつつ、リリーとは良い関係を築いていこうと心の中で決意を固めていると、等間隔に並ぶ看板が見えて来た。
 看板が立っている場所は結構広い敷地になっていて、ロープのようなもので区切られている。看板の近くには受付台のようなものがあり、係員が座っていた。

「お、ここかな」
 俺の持っている木札に書かれている数字と同じ数字が書かれている看板を見つけ、受付台にその札を提出した。
「自分の名前を探して丸を付けてくださいね」
「はい。……っとあったあった」
 ちゃんと会場は合っていたらしい。先ほどの受付に比べると若干不愛想な係員に差し出された名簿とにらめっこして自分の名前を探す。あったあった。ヘイアンという姓は記載されていないが、リュヌという文字を見つけることができた。受付で渡された看板とは違う数字がしっかり名前の横に書かれている。
「試験まではもう少し時間があるのでここで待っていてください」
「はい」
 会場の隅っこの方に布製のテントが張られており、ベンチがいくつか並んでいた。そこに腰を下ろし、退屈しのぎに辺りを見回す。
 会場付近には無いが、遠くの方には並木道や何棟もの建物が見え、この学院が相当広いことを示している。建物は時計塔と同じようにゴシック調に統一されており、ひと際大きな建物には自分より年上の子供たち、きっと在学生であろう人たちがどんどん吸い込まれていくのが見えた。あそこがメインの校舎なのだろうか。

「あーあ、随分ソールのとこのガキんちょが多いわねえ」
 まだ俺の会場には誰も来ないため、人目を気にせずベンチでくつろいでいるとリリーはそんなことを言った。
「ソールのとこ? リリーの知り合いの子供も学校にいるの?」
「まあ当たらずとも遠からずね。あんたそのローブほんと絶対脱がない方が良いわよ」
「めちゃくちゃ念押しするじゃん」
「それだけ厄介なのが多そうなのよ。こりゃルーナも来ないわけだわ」
「母さんと仲悪い人の子供が多いってこと?」
「まあ、それで良いわ。あんたの兄弟、よくうまいこと隠れてるわね」
「フォル兄のこと? あー、親同士が仲悪いと気まずいもんね」
「そうそう。でも結構良い成績らしいじゃない。あんたも頑張んなさいよ」
「俺の兄達は規格外だからなぁ。程々に頑張るよ」

 全然人が来ないためリリーと堂々としゃべっていたが、どんどんこちらに向かってくる子供たちを見て俺たちは小声になった。他の会場にも段々子供たちが増えて来たのが見える。
「そろそろかな」
「そうね。それじゃ私は空気に徹するから」
「えぇ、もうちょっと話そうよ」
「あんたは人間なんだからそっちとも交流しなさいよ! じゃ、私ちょっと顔見知りの妖精たちに挨拶してくるから」
「ちょっと待ってよ~……あーあ普通に置いてかれたし」
 薄情者めと心の中で毒づきながら、段々人が増えて来たテントを後にした。元々人見知り気味なため知らない人たちと近くにいるのはちょっと落ち着かない。でも友達は欲しいんだよなぁ。コミュニケーションって難しいな……。

「ねえ君」
「……ん? 俺?」
「そう。ねえ、なんでそんな邪魔なものつけてるの」
 突然話しかけられたと思ったらなんかよくわからないことを言われたぞ?
「邪魔なものって?」
「それ。その眼鏡とローブ。なんかもやもやする」
「えーっと……なんかごめん?」
「じゃあ取ってよ」

 おいおい、すんごい我儘ボーイが来たもんだな。
 背格好から察するに俺より少し年下か? 柔らかそうな金髪に青い瞳を持つ、成長したら王子様と騒がれそうな甘い顔立ちの男の子に真正面からじいっと見られるのはなんだか落ち着かない。
「ま、まあ少しなら?」
 この時、もっとしっかりリリーの忠告を重く受け止めていればあんなことにはならなかっただろう。
 でも、俺は友達が欲しかったのだ。ちょっと変な始まり方だけど、これが良いきっかけになると信じていた。
「はい、とったけど……」
「……さない」
「ん? 何?」
 俺がローブと眼鏡を取った途端、目の前の男の子はその青い瞳をこれでもかというくらい大きく見開き、何かつぶやいた。
「もしもーし?……うわなんだなんだ!?」
「もう、逃がさない」

 突然がばっと抱きしめられ、そんな恐ろしい言葉を囁かれた。自分より少し小さい子に抱きしめられているとは思えない力強さに、思わず息が詰まってしまう。
「おい! ちょっと離れてくれよ!」
「いや。リュヌは僕のだからダメ」
「はぁ!? ってなんで名前知って……」
から」
「え? 名簿の話? いやでもなんで俺ってわかるんだ……?」
 てか、何故かさっきからこの我儘クンが金色に光ってて目が痛いんだが! これってリリーと母さんに制限してもらったはずの魔力が見えちゃう現象か? 
 視界がチカチカして、さらには頭痛までしてきた。直感でとっさに一度外した眼鏡をかけると、光は収まったがまだ残像が残っている。

「てか君誰!?」
「……名乗りを交わしたいの?」
「違う違う! 普通に自己紹介して!」
「……しょうがない。僕はリヒト。今度はちゃんと名乗り交わすから」
 なんで人間相手に名乗り? と思いつつ普通に自己紹介を求めると、案外素直に名前を教えてくれた。てかいい加減離してほしい。眼鏡の効果で多少目立たないけど、この金髪クンの見た目で相殺されている気がする。
「オーケーリヒト。逃げないから一旦離れような?」
 どうどうと馬をなだめるように肩を優しく叩き、離れるよう促せば渋々解放してくれた。

「なあ、リヒト。俺が言うのもなんだけど友達になるときってもうちょっと、あーなんていうかマイルドにいこうな?」
 なんで初対面の俺にここまで情熱的なのかはわからんが、もしかしたら俺と同じく友達が欲しいのに空回りしちゃうタイプなのかもしれない。ここは少し釘を刺しておこう。
「友達はいらない。リュヌが欲しいだけ」
「うーんこれは困ったちゃんだな」
 真剣にそう返され、俺は思わずそう言ってしまった。別に良い言葉を言ったわけではないのに、なぜか嬉しそうな顔をしたリヒトは、満足気に頷いた。
「そう、僕はコマッタチャンだから」
「あぁ~……どうしよこれ……」

「そろそろ試験を開始します! 皆さんこちらへ集まってください!」
 暖簾に腕押しという言葉がぽやーっと脳裏に浮かび、どうしたもんかと頭を悩ませているところへ救いの声が聞こえて来た。そうだ。ここには入学試験を受けに来たんだ。これを口実にどうにかしよう。
「ほら、お前もここに来たってことは入学試験受けるんだろ? あっち行かないと」
「めんどくさい……」
「ああもう! 俺は受けたいの!」
 埒が明かないと、俺はリヒトの手をやや強引に引っ張り子供たちが集まる場所へ向かった。

「お前が入学試験受けないなら俺逃げるからね!」
 自分で言っていてなんだか自意識過剰だなあと思いつつリヒトをグングン引っ張る。案外抵抗が無いことにおや? と思い後ろを振り返ると、嬉しそうなリヒトがそこにはいた。

「リュヌ、やっぱり変わらない」
「? なんだって?」
「なんでもない。早く行こう」
「いやお前なぁ……まあいっか」

 なんだか不思議な言動が目立つなあと思いつつ、子供たちの輪に合流すると試験内容の説明が始まった。なんてことはない、事前に聞いていたようなクラス分けの検査のような内容にほっとしつつ、横でずっと手を握ったままのリヒトにこっそりため息を吐く。
 あーあ、試験よりよっぽど大変な目に遭ったなぁ……。
 あまりに濃い一日だからか、俺たちの真上に輝く太陽を見てまだそんな時間かと少し辟易した。

 入学初日からこんな疲れて、これからどうなってしまうんだか……。
 俺はその後、流れ作業のように行われる魔力量の検査や身体検査をこなし、これからの学校生活を憂うことしかできなかった。

 「なんか、面倒なことになってる気がするわね」
 知己の妖精たちにを済ませたリリーは目の前で頭をぺこぺこ下げる人間に擬態した妖精を意に介さず、1人そう呟いた。
 その予感が大正解だということを知るのはもう少し後になる。
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