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序章 紅烏登場
深川七場所
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深川の岡場所は俗に「七場所」と呼ばれ、その名の通り七か所存在した。
これらは幕府公認の遊郭街である吉原とは違い、遊郭は廓ではなく料理茶屋という名目で営業されていた。
いや、名目だけではなく中には土橋の「平清」などのように、後世に名を残すような豪華な高級料理茶屋もあったのだ。
これらの料理茶屋に女たちを供給するのがいわゆる置屋である。
これも名目上は芸者置屋となっているところが多く「深川芸者」と呼ばれていたが、実質は春をひさぐ稼業であったため二枚看板とされていた。
深川の岡場所の顧客はもともとは近隣の材木商などであったが、栄えるにつれ幕府の役人や各藩の留守居役、豪商や著名文化人など富裕層が多く訪れるようになった。
こうなると当然だが大きな金が動く。金の匂いにつられて蠅のような輩も群がってくる。
黒河豚一家も群がってきた蠅のような新興やくざの一匹に過ぎなかったのだが、徹底的で残忍な闘争力により他のやくざの一家をここ一年ほどでほぼ完全に駆逐した。
そして置屋への女の補給いわゆる女衒の仕事、そして女たちの監視、料理茶屋の用心棒や七場所全域の治安維持、はては役所への諸手続きの代行まで、一切の縄張りを掌握したのだ。
こうして得た豊富な資金力により、役人の買収も可能になりその政治力を背景にますます強大な勢力を得ている。
悪が栄えるときには、必ず多くの泣く者たちが存在する。
黒河豚一家のもっとも阿漕なのは、女を集める女衒の手口の非道さであった。
たとえば吉原などに女を調達する女衒なら、金を貸し付けその担保として娘を預かる形を取る。
実質は身売りであり、貧農の娘などが親に売られる悲惨な物語は時代劇などでもよく見られるところだ。
しかしそれでも金は実際に支払われるのだ。
黒河豚一家の場合は江戸市中に何か所も持っていた賭場が狩場になっていた。
そこに集まる客の中から、目を着けた者を数日かけて鴨にする。
まず最初の何日かは勝たせてやる。博打の勝ちの味を忘れられなくするのだ。
次に少し負けこませるが、ここで金を貸し付けてやる。
勝ちの味を知っている鴨はこの金を借りることを躊躇しない。
しかし賭場の借金の利息は一日一割が相場である。
次に大負けするころには多額の借金を背負わされられていることになる。
こうして哀れな鴨は借金のかたに、女房や娘を差し出すことになるのである。
もともとイカサマ博打で鴨に勝ち目はないし、鴨以外の客は実は黒河豚一家の身内である。
結局のところ黒河豚一家は一銭も支払うことなく女を調達しているのだ。
これほど悪どく、しかし儲かる女衒はあるまい。
そしてこのように悪どい女狩りがお咎めもなく横行しているのは、黒河豚一家が町奉行・岡田新右衛門を抱き込んでいたからなのだ。
「一昨日の紅烏の襲撃で岡田はかなり怖じ気づいていたんだがね、あれは相当好色な狒々親父らしい。あの夜水揚げできなかったのが心残りで、黒河豚の駒三に泣きついたんだ」
源三郎が日中、黒河豚一家で聞き込んだ情報を話していた。
「駒三は女の調達や用心棒などの汚れ仕事だけに飽き足らず、ついに自分でも料理茶屋を開いたのだが、その店で今度こそ派手に水揚げしようってことになったらしい」
「それはいつのことだね?」
幸助が尋ねる。
「今からちょうど三日後だ。『河豚善』て店でな、あの『平清』にも見劣りしねえ豪華な料理茶屋らしいぜ」
「何が『河豚善』だ。毒フグの癖にな」
「まったくだぜ。こないだの事もあるから、奴らも万全の警護体制だろう。黒頭巾組や黒河豚一家の面々だけじゃねえ。襲うのはかなりやっかいだぜ。別の機会を狙うか?源内先生はどう思う?」
源三郎が平賀源内にそう問いかけるが、源内は何やら折り紙を折るのに夢中で返事をしない。
「先生。源内先生、聞こえてるか?日を改めて奴の屋敷を夜分襲うってのも手じゃねえか?なあ」
源内はゆっくりと顔を上げると大袈裟にぶんぶんと首を横に何度も振った。
「ダメだよ~源ちゃん。そんな盗人みたいにこそこそやったんじゃ。こないだの夜襲もね、地味過ぎたんだよ。だめだめ」
そういうと三角形に折り上げた紅い紙をすっと投げた。
すべるように空中を飛ぶ、それは現代でいうところの紙飛行機であった。
「私たちは神の使い、快傑紅烏だよ。もっと派手に目立つように。その雄姿で民衆に希望を与え、悪党には恐怖を与えなきゃ」
これらは幕府公認の遊郭街である吉原とは違い、遊郭は廓ではなく料理茶屋という名目で営業されていた。
いや、名目だけではなく中には土橋の「平清」などのように、後世に名を残すような豪華な高級料理茶屋もあったのだ。
これらの料理茶屋に女たちを供給するのがいわゆる置屋である。
これも名目上は芸者置屋となっているところが多く「深川芸者」と呼ばれていたが、実質は春をひさぐ稼業であったため二枚看板とされていた。
深川の岡場所の顧客はもともとは近隣の材木商などであったが、栄えるにつれ幕府の役人や各藩の留守居役、豪商や著名文化人など富裕層が多く訪れるようになった。
こうなると当然だが大きな金が動く。金の匂いにつられて蠅のような輩も群がってくる。
黒河豚一家も群がってきた蠅のような新興やくざの一匹に過ぎなかったのだが、徹底的で残忍な闘争力により他のやくざの一家をここ一年ほどでほぼ完全に駆逐した。
そして置屋への女の補給いわゆる女衒の仕事、そして女たちの監視、料理茶屋の用心棒や七場所全域の治安維持、はては役所への諸手続きの代行まで、一切の縄張りを掌握したのだ。
こうして得た豊富な資金力により、役人の買収も可能になりその政治力を背景にますます強大な勢力を得ている。
悪が栄えるときには、必ず多くの泣く者たちが存在する。
黒河豚一家のもっとも阿漕なのは、女を集める女衒の手口の非道さであった。
たとえば吉原などに女を調達する女衒なら、金を貸し付けその担保として娘を預かる形を取る。
実質は身売りであり、貧農の娘などが親に売られる悲惨な物語は時代劇などでもよく見られるところだ。
しかしそれでも金は実際に支払われるのだ。
黒河豚一家の場合は江戸市中に何か所も持っていた賭場が狩場になっていた。
そこに集まる客の中から、目を着けた者を数日かけて鴨にする。
まず最初の何日かは勝たせてやる。博打の勝ちの味を忘れられなくするのだ。
次に少し負けこませるが、ここで金を貸し付けてやる。
勝ちの味を知っている鴨はこの金を借りることを躊躇しない。
しかし賭場の借金の利息は一日一割が相場である。
次に大負けするころには多額の借金を背負わされられていることになる。
こうして哀れな鴨は借金のかたに、女房や娘を差し出すことになるのである。
もともとイカサマ博打で鴨に勝ち目はないし、鴨以外の客は実は黒河豚一家の身内である。
結局のところ黒河豚一家は一銭も支払うことなく女を調達しているのだ。
これほど悪どく、しかし儲かる女衒はあるまい。
そしてこのように悪どい女狩りがお咎めもなく横行しているのは、黒河豚一家が町奉行・岡田新右衛門を抱き込んでいたからなのだ。
「一昨日の紅烏の襲撃で岡田はかなり怖じ気づいていたんだがね、あれは相当好色な狒々親父らしい。あの夜水揚げできなかったのが心残りで、黒河豚の駒三に泣きついたんだ」
源三郎が日中、黒河豚一家で聞き込んだ情報を話していた。
「駒三は女の調達や用心棒などの汚れ仕事だけに飽き足らず、ついに自分でも料理茶屋を開いたのだが、その店で今度こそ派手に水揚げしようってことになったらしい」
「それはいつのことだね?」
幸助が尋ねる。
「今からちょうど三日後だ。『河豚善』て店でな、あの『平清』にも見劣りしねえ豪華な料理茶屋らしいぜ」
「何が『河豚善』だ。毒フグの癖にな」
「まったくだぜ。こないだの事もあるから、奴らも万全の警護体制だろう。黒頭巾組や黒河豚一家の面々だけじゃねえ。襲うのはかなりやっかいだぜ。別の機会を狙うか?源内先生はどう思う?」
源三郎が平賀源内にそう問いかけるが、源内は何やら折り紙を折るのに夢中で返事をしない。
「先生。源内先生、聞こえてるか?日を改めて奴の屋敷を夜分襲うってのも手じゃねえか?なあ」
源内はゆっくりと顔を上げると大袈裟にぶんぶんと首を横に何度も振った。
「ダメだよ~源ちゃん。そんな盗人みたいにこそこそやったんじゃ。こないだの夜襲もね、地味過ぎたんだよ。だめだめ」
そういうと三角形に折り上げた紅い紙をすっと投げた。
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