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3、騎士と異世界の話
しおりを挟む「いやぁ、伝説の勇者殿というのは、本当にすごいものですね。もう城の上級騎士が束になっても勇者殿から一本も取れなくなってしまった」
「その愚痴だか報告だか嫌がらせだかわからない話を私が聞く必要があるのかい」
夕方。
アキラ君が街へ出ている間にお客がやってきた。お城の聖騎士。勇者召喚が決定する前までは「人類の守護者」と言われてきた騎士殿。金の髪に青い瞳の煌びやかな外見。微笑めば深窓の御令嬢も窓から飛び出して求愛してくると言われる程の顔の良さ。
これで一桁の王位継承を持つ男。ヘクセは彼が乳母の腕に抱かれている頃から知っているが、どういう育ち方をしたらこんなに世のうさん臭さをかき集めて人の形にしたような男に育つのだろうと疑問で仕方ない。
「アキラ君が戻ってくる前に帰りなさい」
「弟君が貴方の元で何不自由なく暮らせていると、勇者殿に報告しなければならないので。帰ってくるまでいますよ」
にこにこと、茶も出さないのによくい続けられるものだ。
「ところで貴方の飲んでいるそのお茶は?随分と香りが良いですね」
「素敵だろう。色も良いんだ。私は頭痛が酷いと話したら、庭のラベンダーで作ってくれてね。あの子は草花に詳しい。良い薬師にだってなれるだろうに」
「異世界の知識というのは貴重なので、何か共有できるものがあればして頂けると助かります」
「そういうのは君たちの大切な勇者殿から得なさい」
アキラ君はそういう生き方を望んでいないと、ヘクセはぴしゃりと言い放った。
歴代の、勇者たち。彼らは神々の贈り物を得て「超人」となったが、ヘクセからすれば異世界人の価値はそんなつまらないものではない。
知識だ。
この世界では、多くの人間には「労働」に費やす時間が大半を占めているし、識字率も国によって差はあれ、平民で字が読めるものはそれほど多くない。
知識を得る為には時間と、金がかかる。それは当然のことで、だからこそ、裕福な者が知識人となれるのは、それだけの余裕が生活にあるからだ。
だがアキラ君たちの異世界ではその「差」が限りなく、少ない。
聞いた限り、まず移動手段。これはアキラ君からすればあって当り前で意味を見出していないが、ヘクセからすれば、一日で他国に行ける乗り物など神の奇跡に等しい物。たった一日で、本来会えるはずのない遠くに離れた場所へ行き、そこで出会う筈のなかった人の話を聞ける。または、その場所にしかない本を読むことが出来る。
驚くべきことに、その場所に行かずとも、誰でもある程度の知識を無償で手に入れられる板があるという。
この世界で言えば、たとえば火の魔法の仕組み。それらを知りたいのなら、魔法文字を読む教養が必要で、魔術教会へ行ける身分が必要だ。それらが必要ないのだと言う。
そしてアキラ君の世界では、この世界の一般的な人間が生涯で出会う人間以上の人間を見る事が出来るらしい。
商人や貴族が「優れている」理由の一つを上げると、それは「どれ程の人間と交流したか」経験であるとヘクセは考える。出会う人間の多さはそのまま知識になり、知識というものは宝石よりも自身を輝かせる。
小さな村で一生を終える村人。アキラ君は自分を「この世界だと俺は村人その1です」と言うが、ヘクセからすれば「ふざけてるのか?」と言いたい。
アキラ君の世界に魔法はなく、科学という「知識があれば誰にでも使用可能」な技術が発達しているという。それは脅威だ。
この世界は「勇者」や「魔女」「騎士」「魔法使い」と言った、生まれ持った特性、「王族」「貴族」「平民」という産まれの立ち位置で成り立っている。
「あの子は私の保護に入ったのだから、君たちにあれこれ利用できるものじゃあないよ」
「魔女殿がそのように、あの子どもを大切にしてくださっていると勇者殿には報告しますよ」
勇者殿。
勇者殿、ねぇ。
ヘクセは目を細めた。新聞や街の噂話で聞く、伝説の勇者殿。その人物像と、アキラ君の話にそう違いはない。勇気と正義感に溢れる好青年。神々に愛されるだろう魅力を全て持った人物。アキラ君も勇者殿に対して「とにかく完璧な人なんですよ」と必ず言う。
ヘクセは勇者殿に興味がなかった。
魔王を倒すのだろう。
魔族を討ち滅ぼすのだろう。
そうしてこの世界に残って、噂のお姫様か、公爵令嬢か、聖女か、まぁ、美しい女と暮らすのだろうと、約束された未来を受け取るだろう。神々の贈り物を、何の疑いもなく全て受け入れたように。
「え!?聖騎士さん!?いらっしゃっていたんですか……すいません、あぁっ、ヘクセさん!お客さんにお茶も出さないで何自分だけ飲んでるんですか!!」
「やぁ、弟君」
「おかえり。良いんだよ、この騎士は。お茶を飲まなくても私の顔を見れるだけで幸せ者だと思う」
「そういうのいいですから!もう!すいません聖騎士さん!今お茶を入れますから……!」
バタバタとアキラ君が帰ってきた。
紙袋を沢山かかえている。街の人間はアキラ君を勇者の弟だと知らないが、突然魔女の家に住み始めたアキラ君を「可哀想に……あの魔女にこき使われてるんだろう?」「何かあったら俺たちが相談に乗るからな……」と、可愛がられているらしい。
慌ててお茶の用意をするアキラ君を聖騎士がにこにこと眺めている。
「……君、まさかこのまま居座って、夕食まで食べていくつもりじゃないだろうね。ハッ、まさか……手土産の高級霜降り肉は……!?」
「あーー!!ちょっと、なんですかヘクセさん!これ!!このお肉!!!!!!??」
台所からアキラ君の悲鳴が聞こえる。無造作に置かれた包みを広げたら、明らかに普段ヘクセ宅に縁のない高いお肉が出て来たのだろう。
「そのまま焼いても美味しいと評判ですが、私も弟君の手料理が食べたくて」
いいお肉ですよ。王族御用達ですよ。と、付け足す聖騎士。
「……」
ヘクセは無言で指を振って、棚からティカップを引き出すと、聖騎士の前に置いた。
「アキラくーん!お茶まだかな!!」
「ありがとうございます」
今夜はお高いお肉でパーティーだね!と、ヘクセはやけくそ気味に叫んだ。
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