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しおりを挟むそんな決意を胸にあれから練習に励んでいる。
リースとアルは二人でわちゃわちゃと何やら魔法を繰り出してああでもないこうでもないと言い合っている。
その傍らで、俺はダリアに魔力の調節の仕方を改めて教わっていた。
といっても実践あるのみなんだけど。
「少しずつだぞ、ゆっくり、細い線を描くように壁に向かって放つんだ」
「はい」
今までの俺はシャワーのようにどばっと流していた。
けれど蛇口から出る水のように量を調節し、範囲を狭めていくとその分強い魔力が込められる。
その状態で攻撃を加えると、いつもの半分以下の魔力で同じような威力が得られるのだ。
指示通りに少しずつ、ゆっくり、細い線を壁に向かって描く。
ペン先から伸びたそれはまるでレーザービームのようだ。
「おおー!出来た!」
「その調子だ」
「ありがとうございます」
「っ、これくらいならお安い御用だ」
出来たのが嬉しくて満面の笑みでダリアを見上げると何やら息を呑まれた。
何だろうと思っていると、ごまかすようにぽんぽんと頭を撫でられた。
何なんだ本当に。
「あー……でもやっぱり集中しないとすぐ崩れちゃいますね」
一瞬気が緩んだ隙に線がふにゃふにゃになり根元が大きく膨らんでしまったので魔法を一旦止める。
「何度も繰り返すうちに出来るようになる」
「練習あるのみですね」
「そういう事だ」
「じゃあ、またお願いします!」
「ああ」
付きっ切りで指導してくれるダリア。
申し訳ないと一度は断ったのだが、自分が教えたいのだと強く請われて受け入れてしまった。
まあダリアは強いし、去年の優勝者だし、学ぶところもたくさんあるだろうからそれは良い。
良いのだが。
「ひとつだけだと言ってるだろう!」
「わかってます!」
「みっつも出てるぞ」
「だからわかってますって!」
今ひとつにしようとしてる所だから!
心の中で叫ぶが中々ひとつにならない。
なったとしても二重にぼやけていたりぶるぶると震えていたりして全く安定しない。
「良いか、このくらいの大きさのものをひとつだぞ」
「はい」
「出来たら次はもっと小さく!早くしないか、勝負の時は迷ってる暇などないんだぞ!」
他にもやれあれをしろこれをしろ、もっと早く、今度はゆっくり、大きさや形など様々な指示が飛ばされる。
たっぷり時間をかけて息つく暇なく飛んでくるそれは俺の呼吸を乱すのには十分すぎる程だった。
やっと与えられた休憩時間の前には息も絶え絶え。
暫くして呼吸が整った後で、思わずぽつりと呟いてしまった。
「王子って意外とスパルタですよね」
「っ、すまない、厳しすぎたか?」
途端に不安そうに下がる眉。
おろおろとこちらを窺う様はさっきまでとは真逆だ。
厳しい口調が遥か彼方へと飛ばされてしまっている。
ただ怒鳴るような口調になっているだけで拳のひとつも飛んでこないのだからこれくらいで厳しいなんて言っていられないが……
「厳しくて良いんですよ」
「だが……」
「優しいだけより余程身になります」
そう、優しく教わるよりも良い。
褒められて伸びるタイプではあるが、甘やかされてばかりだと能力の限界は低い。
それにダリアの厳しさはきちんとこちらの限界を知った上での厳しさだ。
絶対に出来ない事をやらせるのではない、出来る事を求められているだけ。
こんな事で音をあげる訳にはいかない。
もっともっと高いところまで能力を伸ばしたい。
前の『エル』だったらきっとそんな事考えずに代表を辞退していたに違いない。
……いや、そもそも代表に選ばれまいと手を抜いていただろうな。
俺の返事にダリアが満足そうに頷く。
「さすが、俺のエルだ」
「王子のものじゃありませんけど」
「つれないな」
「つられてたまるかっつー話です」
「いつでも食いついて良いんだぞ?」
「遠慮しま……って、ちょっと!」
ふわりと微笑んだダリアがそう言いながら本当に釣りをするように俺の胸元を魔法の力でぐいぐいと引き寄せる。
ペン先に糸でもくっついてるみたいだ。
くん、と少しだけ持ち上げられた胸元からその魔法を外そうともがくが外れない。
「どうした?」
「っ、あああちくしょう強い!」
「褒めるな」
「褒めてませんけど」
「褒めてるように聞こえたぞ?」
「いや、ほんと、絶対つられねえ」
「ははっ、往生際の悪い」
引き寄せるダリアとそれを阻止しようと踏ん張る俺。
魔法を打ち消そうとするも全く消せない。
ダリアが余裕そうに微笑んだままだというのがまた気に食わない。
こっちは必死だというのに。
二人の攻防は呆れた表情のアルとリースによって……ではなく。
「……あの」
別の所から聞こえた声によって、その幕を閉じた。
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