婚約者の恋

うりぼう

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「ベアトリス?」

やってきたのはベアトリスだった。

手には籐で出来た籠を抱えており、その中に差し入れらしき軽食が入っている。
そしてその背後には見慣れた赤い身体が見えた。

「ユーン?」

キューイ!

声を掛けると嬉しそうに飛んできてぐりぐりと頭を擦り付けてくる。
ちょっとしか別れていないのに全力で甘えてくるこの感じが可愛すぎる。

おまけにその時にダリアの魔法が消され服が解放された。
よくやったユーン。
偉いぞユーン。

「ユーンがここまで案内してくれましたの。ふふ、可愛らしい」

俺に甘えるユーンを見てベアトリスが微笑む。

「案内って、ユーンが?」

ユーンが俺と一緒にいるのはもう既に周知されている。
俺に何か用事があったから案内してもらったのだろうかと首を傾げる。
が、ベアトリスが俺に用事があるというのも変な話だな。
となるとダリアに用事だろうか。
ベアトリスはダリアが好きだからなあ。

「ええ、あの、皆さんで大会の練習をしていると聞いたので、これを差し上げたくて」

近付いてきたベアトリスの顔が赤く染まっている。
そして蓋をするようにかけていた布を取り籠を差し出された。
中身は美味しそうなサンドイッチやクッキーなどのお菓子が詰め込まれている。

「うわあ、美味そう。もしかして差し入れ?」
「え、ええ」
「王子、差し入れみたいですよ。良かったですね」
「え!?いえ、あの……」
「ん?」
「…………何でもありませんわ」

ダリアを呼び寄せる俺にベアトリスが何やらがっくりと項垂れている。

良いなあ練習中の差し入れ。
しかも女子から。
夢のシチュエーションだよな。
二人で食べながら恋が芽生えちゃったりしてさ、それで大会で優勝したら付き合ってくれとか言うんだろ?
勝つの待ってます、とか顔真っ赤にして言っちゃうんだろ?
おじさんには一切なかったシチュエーションだよ羨ましいし微笑ましいったらない。

「……エル、お前ってやつは」
「?何ですか?」

何その溜め息。
何その呆れた視線。
良く見たらアルもリースも同じように呆れた表情をしている。
え、何なんだよみんなして。
俺変な事言った?

「……これはみんなでいただくとしよう。それで構わないか?」
「!ええ」

がっくりと項垂れていたベアトリスがダリアのセリフにぱっと顔をあげる。
籠を受け取り、近くの芝生に薄手のラグマットを敷きそこへと促された。
良いのかそれで。
せっかくダリアの為に作ってきたというのにみんなに分けるなんて……
まあかなりの量があるから全員分あるんだろうけど。

「では私はこれで」
「え?ベアトリスも食べて行けばいいじゃん」
「え?」
「せっかく持ってきたんだから一緒に食べようよ」

せめて少しだけでもダリアとの時間を作ってやろうとベアトリスを誘う。

「よ、よろしいの?」
「もちろん」

おいでおいでと手招きをするが少し躊躇うベアトリス。
しかしユーンがその袖を啄み引っ張った事で素直にダリアの隣に腰を下ろした。
ナイスアシストだユーン。
おずおずと座るベアトリスはやはり微笑ましい。
青春だねえ。

「エルはこっちだ」
「うおっ」

ベアトリスが座った後で俺も座ろうとしていると、ダリアに手を引かれ強引に隣に座らされた。
隣かよ。
いや良いんだけど。

五人で円を描くようにラグの上に座る。
ユーンは相変わらず俺の頭の上だ。

「どうぞ、召し上がって」

ベアトリスに促され早速サンドイッチを食べる。
レタスにきゅうり、ベーコン、チーズとスタンダードな具材。
パンも少し焼いてあり、魔法で維持しているのだろう、焼き立ての香りが鼻孔をくすぐる。
同じく作ってきたというクリームスープも疲れた身体に染みわたる美味さだ。

「うまいなあ」
「ほ、本当に!?」
「うん、すっごいうまい」
「良かった」

ほっとしたように息を吐き出すベアトリス。
この反応を見るとやはりこれはベアトリスの手作りか。

キュイキュイ

「ん?ユーンも食べたいのか?」

キューイ!

「ベアトリス、ユーンにあげても良い?」
「も、もちろんですわ!どうぞ!」
「だって、良かったなユーン」

キュー!

サンドイッチをひとつ取りユーンの口元に運ぶ。
待てよ、お前さっきご飯食べてきたばっかりじゃなかったか?
……まあ良いか。
大きくなるためにはたくさん食べないといけないしな。

「美味いか?」

キュー!

満足そうな鳴き声を上げるユーン。

「ははっ、そうだよな美味いよな。ベアトリスは良い奥さんになるだろうなあ」
「お、おく……!?」

ぽんっと一気に茹蛸のようになるベアトリス。
両頬に手を当て恥ずかしがる姿は男心をくすぐるには十分。

というよりも今のセリフは少しおじさん臭かったか?
でも本当にそう思ったんだから仕方がない。

(王子のお嫁さんになったら、とか想像してるんだろうなあ)

青臭い姿を見ているとおじさんニヤニヤしちゃう。
いかんいかん、これじゃあただの変態親父だ。
それにしてもこのサンドイッチ美味いな。
他にもポテトサラダが挟んであったりオムレツが挟んであったりするのもあり、どれも美味い。

「……はあ」
「……もしかしてエルって天然?」
「……不憫だな」

上からダリア、アル、リースの順にぼそりと呟かれたのだが、サンドイッチに舌鼓を打っている俺は気付かなかった。

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