婚約者の恋

うりぼう

文字の大きさ
86 / 88
11

6

しおりを挟む



アマリリスに言われて鳩の存在を思い出し飛ばしたのは昨日。
まずはアーシャに飛ばした。
内容は簡単に、返事をしたいから指定の場所に来て欲しいというもの。
時間は昼休み、場所は人目につかない塔の前にした。
塔の上には全くといって良いほど来ないが、その前も中々の閑散具合で人に聞かれたくない話をするにはちょうど良い。
寮の部屋でも良かったけど、どう考えてもお互い後から気まずくなるので他所の方が良い。

(来てくれるかな)

送った後で手紙での呼び出しで本当に良かったのだろうかと悩んだ。
あれだけ逃げ回られたのだから、もしかしたら手紙を出した所で避けられるかもしれない。
待ちぼうけになる覚悟は出来ている。
今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日だ。

どこか緊張する胸を押さえ、どう切り出すか頭の中を整理していると。

「!」

がさりと葉を踏む音にそちらを見る。
アーシャだ。
良かった、来てくれた。

アーシャは気まずそうに、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

「……久しぶり」
「……うん」

すぐ傍まで来たところでそう言うと、小さく頷かれた。
視線は合わない。
合わせないようにしているのだろう。
ちらりと見えた瞳はどこか寂しそうで怯えていて、捨てられた子犬のようだと思ってしまった。

最初の一言から暫く沈黙が続いたが、息を吸ってこちらから切り出す。

「アーシャ、この前の返事なんだけど」
「……」
「まずは、ありがとう。まさかとは思ったけど、す、好きだって言ってくれたのは嬉しかったよ」

嬉しかったのは本心だ。
最初は嫌われていたし、それからも友人と呼ぶには遠い距離感が続いて最近やっと胸を張って友人だと言えるようになったのだから。
そんな相手に好かれて嫌なはずがない。

「でも……」

ごめん、と続けようとしたがその前にアーシャに遮られる。

「待って」
「え?」
「もうちょっと、待って」
「……」
「ごめん、返事なんてわかってるんだ。最初からわかってた」

絞り出すような声が震えている。

「エルは僕のこと、友達としか思ってないって。当たり前だよね、僕、最初はリュイさんが好きだったんだもん。それでエルに突っかかって、負けて……友達になれた事すら奇跡みたいなのに」

奇跡なんかじゃない。
リュイさんの事で突っかかってきたのには驚いたし戸惑ったけど、そんなのもう気にしていない。
俺はアーシャと友達になりたくてなったんだから。

「でも、僕はやっぱりエルが好きだよ、大好きなんだ。リュイさんに抱いていた想いは何だったんだろうってくらい、本当に好き」
「……っ」

もう一度、あの日の告白を上塗りするように好きと繰り返される。
逸らされていた瞳は、今まっすぐにこちらを見つめている。

「好きだからこそ、あんな優柔不断な王子になんて任せてられない」

切なく揺れていた瞳に力が籠る。
優柔不断か。
確かに周りからすればそう見えるのかも。
婚約解消を言い出したその口で口説いてるんだもんな。

「僕ならずっとエルを大切に出来るよ。婚約破棄なんて口が避けても言わない。エルをずっと守りたいんだ」

守る。
守るか。

「アーシャは、俺が守られなきゃいけないような男に見える?」
「それは……」

意地悪な聞き方をした。
これじゃまるで責めてるみたいだ。
責めてる訳じゃなくて、純粋な質問だったのだがアーシャは口を噤んでしまった。

気まずい沈黙が流れる。

「……ごめん、アーシャ」
「……!」
「ごめん」

頭の中を整理して言いたい事をまとめたはずだったのに何の意味もなかった。
話そうとした事が頭から抜け落ちて、結局ごめんという単語が先に出てしまった。

「俺、俺も、アーシャの事は好きだよ。でもそれは……」
「……わかってる」

皆まで言う前にアーシャが答える。

「わかってるよ、友達としか思えないんでしょう?」

さっきも言っていたセリフを繰り返される。
たくさん考えてはみたけれど、やはりアーシャは友達としか思えないのだ。
付き合ってみたらと想像してみたが、想像の中で手を繋ぐ事すら出来なかった。

それに頷くと、アーシャの瞳がじわりと潤むのがわかった。
泣かせてしまったかと一瞬焦るが、涙が溢れる事はなかった。
アーシャが泣くのを見るのは初めてじゃないけれど必死に涙を堪えているのがわかって胸が締め付けられる。
でも慰めるのは俺の役目じゃない。

「……エル」

声が震えている。
アーシャは一瞬俯いて、小さく俺の名を呼ぶ。
もう以前のように気軽に会う事も出来なくなるのだろう。
竜舎で一緒に竜を愛でる事も、普通の友達のように話す事も、いつかは戻れるかもしれないけれど、もしかしたらもう目も合わないかもしれない。
せっかく仲良くなれたのに寂しいけれど、仕方がない。
受け入れるしかない。
想いを受け入れられないのなら別れがあるなんて、前世でも周りでは良くある事だった。

「諦めないから」
「へ?」

少ししんみりしていると、袖でぐいっと乱暴に目を拭ったアーシャがまっすぐにこちらを見て言った。
思わず間抜けな声が出てしまう。

「え?あきらめ……」
「諦めないって言ったの」
「え?え?」

どういう事!?

戸惑う俺に、アーシャはびしりと人差し指を伸ばした手を伸ばす。
ついさっきまで泣きそうな顔を、というよりも涙が滲んでいたはずの瞳が妙に力強くこちらを見つめている。

「僕は絶対諦めない!今はまだ友達でも良いよ。でもいつかあの王子よりもリュイさんよりも他の誰よりも夢中にさせてみせるんだから!」
「え、ええーーー?」

高らかに宣言するアーシャに間抜けな声が再び漏れる。

え?え?諦めないの?
俺の頭の中では告白をお断りイコール疎遠になるという図式が出来上がっていたので予想外の展開だ。

「ひとまず一旦は引くけど、これからは自分の気持ちに正直になるからよろしくね!まだ僕がリュイさんに恋してるって誤解されないようにガンガンいくつもりだから!」
「いや、あの、アーシャさん?????」
「エル」
「うん?」
「これからも今まで通りでいてね。僕が言えるセリフじゃないかもだけど、僕を避けたりしないでね」
「!」

にっこり笑ってそう言うアーシャに呆気に取られる。

「じゃあそういう事だから!返事聞かせてくれてありがとね。僕、先に戻るから。エル、ご飯食いっぱぐれないようにね!」
「う、うん」

ばいばーい!と元気いっぱい立ち去っていくアーシャ。
ついさっきまでのあのしんみりしたシリアスモードは一体どこに行ってしまったんだろうか。

(え?俺、ちゃんと断った、よな?)

想像していた展開とは180度異なる展開に、俺は暫く呆然と立ち尽くしてしまった。


しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

大嫌いなこの世界で

十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。 豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。 昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、 母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。 そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

処理中です...