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しおりを挟む予想外のアーシャとの会話に頭が混乱しつつ、その夜に今度はリュイさんへと鳩を飛ばし、その翌日に竜舎へと向かった。
リュイさんと話をするならここしかない。
全部の授業が終わり、約束の時間になったので竜舎へと向かう。
通い慣れたこの道を通るのにこんなに足が重いのは初めてだ。
リュイさんは待っていてくれているだろうか。
アーシャの時と同じく、今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日も来る腹づもりではある。
竜舎に着くとリュイさんが待っていた。
「エル」
「すいません、待ちましたか?」
「ううん、全然待ってないよ」
こちらに気付き微笑む様子はいつも通り穏やかだ。
「こっちに来て」
竜舎の奥の方へと案内される。
覚えのありすぎる道を進んでいくと、ユーンのいる場所まで来てリュイさんの足がぴたりと止まった。
「ここの方が何となく安心でしょ?」
「……」
まさかリュイさんが俺に何かをするとは思えないが、告白をした時の俺の様子を見て考えてくれたのだろう。
確かにユーンが傍にいてくれると凄く安心する。
ユーンの方を見ると、いつもの可愛い瞳がこちらを見つめていた。
軽く撫でると俺の心の負担を減らすように擦り寄ってくる。
抱きつきたいけれど、今はそれどころじゃない。
「避けててごめんね。返事はいつでも良いなんて言ったくせに、いざされそうになるとやっぱり怖くて」
俺が口を開くよりも先にリュイさんが呟く。
リュイさんも怖いと思う事があるんだ。
当たり前の事なのにそう感じてしまう。
「リュイさん、その……」
「待って」
言い難いけれど返事をしよう。
そう思いこちらも口を開くがリュイさんに止められた。
リュイさんは切なさを滲ませた瞳で俺を見つめている。
「先に、改めて言わせて欲しいんだ。この前はつい焦ってあんなタイミングで言っちゃったけど、ちゃんと俺の気持ちを知って欲しい」
「……はい」
こんな目で見られては断れるはずがない。
「最初に会った時を覚えてる?」
もちろん覚えてる。
何も出来ない、成せない、引っ込み思案で臆病な自分が嫌で、そんな自分がダリアの婚約者の座に収まっているのが申し訳なくて、でもそこから逃げ出せずにどうしようもなくて逃げ込んだ先が竜舎で、その時にリュイさんと会ったんだ。
存在は知っていたけれど、話すのは初めて。
リュイさんは挙動不審で陰気な俺に嫌な顔ひとつせずうんうん頷きながら話を聞いてくれた。
ダリアの婚約者には不釣り合いだと周りから冷たい視線に晒されていた時に唯一優しくしてくれた人だ。
忘れられるはずがない。
「その時からずっと思ってたんだ、早く婚約解消しちゃえば良いのにって」
「え?」
あの時もその後も、俺の不甲斐なさに対する愚痴を聞いてもらってはいたがそんな事一言だって言われた覚えはない。
『俺には何も出来ないけど、話くらいならいつでも聞くからね』
そう優しく言われたのが凄く嬉しかったのを覚えている。
「俺ならいつでもエルの話を聞ける。慰めてあげられる。エルの弱い部分も全部受け止めて、俺が守ってあげられるのにって、エルが一人で泣いていた時からずっとそう思ってたんだ」
また『守りたい』
アーシャの時も思ったが、そう言われると何かが引っ掛かるような気がする。
「俺はね、みんなに優しいって良く言われるけど、休日にわざわざ生徒の一人と出掛けたり、大事な竜を預ける許可を出したり、自宅に招き入れたりはしないよ」
そのどれもが身に覚えがありすぎる。
リュイさんは優しいから俺に付き合ってくれてるんだろうなと思っていたけれど、これも俺の認識不足だったらしい。
「婚約解消の話が出て、二人で出掛けた時に俺にもチャンスがあるのかなって思った。エルが一人になったら、次は絶対に俺の番にしてみせるって。俺だけがエルを守れるんだって、そう思ってた」
「……」
「なのに婚約解消された後も王子はエルにべったりだし、次から次に色んな人を虜にしていくし、エルに惹かれる人が多くて焦っちゃった」
ダリアはともかく、次から次に虜にとは一体誰の事だろう。
アーシャ?
もっといるような口ぶりだけど心当たりがまるでない。
「エル、好きだよ」
「……っ」
「弱くても、脆くても、引っ込み思案でも臆病でも、俺はエルが好きだ。エルをずっと守っていきたい」
「……」
弱くても、脆くても、引っ込み思案でも臆病でも。
守っていきたい。
(ああ、そっか)
そう言われてアーシャもリュイさんもしっくり来ない理由がわかった。
二人とも、特にリュイさんはずっと俺を庇護の対象として見ているんだ。
対等じゃない。
守ってあげなきゃダメだと思っているんだ。
優しかったのも面倒見が良かったのも話を聞いてくれたのも全部そうだったんだ。
きっと俺が俺になる前から、前の『エル』の時からずっとずっと、リュイさんにとって俺は庇護の対象で可哀想な存在だったのだろう。
そしてリュイさんが見ているのは、俺が『俺』になる前の『エル』だ。
臆病で人の視線ばかり気にしておどおどしていて何の意見も言えずただ泣く事しか出来なかった、あの『エル』
好きだというのもきっと本心なんだろうけれど、その根底にあるものはそれだと感じた。
それが悪い事だとは思わない。
むしろ喜ぶ人も多いんじゃないだろうか。
リュイさんの想いを受け入れれば、きっと真綿のように優しい暖かさに包まれて穏やかで何の脅威にも晒される事なく甘やかされる日々が待っているに違いない。
以前の俺が受けた嫌味や妬み嫉み敵意に塗れた言葉などひとつも耳に入らないよう、リュイさんが守ってくれるのだろう。
(でも……)
でも違う。
俺が欲しいのはそんなんじゃない。
俺が望むのはそんな関係じゃない。
俺が、俺が望むのは……
「リュイさん、ごめんなさい」
「……っ」
俺はまだもう少し話を続けたそうなリュイさんを遮り、はっきりとそう告げた。
「俺、リュイさんの想いには応えられません」
リュイさんは俺には勿体ない程の人だ。
リュイさんが俺を好きだと言ってくれたのは嬉しい。
けれど、リュイさんなら他にも良い人が見つけられる。
彼の唯一は、多分きっと俺じゃない。
「……そっか」
俺の一言に、ぽつりと呟きを返される。
その瞳が揺れているのがわかったが、アーシャの時と同様にそれを慰めるのは俺の役目じゃない。
「やっぱり、エルはもうあの頃のエルじゃないんだね」
「……はい」
「そっか、うん、そうだよね」
リュイさんは俺の返事を噛み締めるように納得するようにひとつふたつ頷いた後で微笑んでくれた。
いつもと同じはずなのに、いつもよりもずっと寂しそうな微笑みに胸が締め付けられる。
「本当はちゃんとわかってた。初めて会った頃の、俺の好きな『エル』とはどこか違うなって」
「……」
「それでも好きな事に変わりはなかったんだけど、ダメだったかあ。ははっ、アーシャの告白に横入りまでしちゃったのに」
「気持ちは嬉しいです。でも、本当にごめんなさい」
「うんうん、良いよ、大丈夫」
申し訳なくて段々と俯き声が小さくなってしまう俺にリュイさんは気にしないでと言う。
こんな時でも優しいリュイさんは本当に良い人だ。
「だって諦めるつもりはないからね」
「…………はい?」
あれ、何かデジャヴ。
昨日も言われた気がするぞ?
え?幻聴?
「えっと、リュイさん?今……」
「聞こえなかった?諦めるつもりはないって言ったんだよ」
「何で!?」
思わず敬語をすっ飛ばして突っ込んでしまった。
そんな俺にリュイさんは楽しそうに笑う。
いやいやだからさっきまでのシリアスな雰囲気はどこにいったんだよ!
「ずっと好きだったんだよ?これから堂々と口説けるっていうのに、たった一回断られたくらいで諦めるはずがないでしょう?」
「や、それは」
「多分だけど、アーシャもそうなんじゃない?気持ちに正直になるからとか言われた?」
「うっ……!」
聞いてたのかと思うくらいに当たっている。
「ああ、やっぱりそうなんじゃないかと思った。アーシャと俺ってどこか似てるんだよね」
「えっと、あの……」
「まあそういう訳だから、これからも気にせずここに遊びに来てね。来なくなったらユーンも寂しがっちゃうよ」
「いや、あの、はい」
それはもちろん今後もユーンには会いにくるつもりだ。
会いにくるつもりだが、これはまたどういう状況なんだ!?
「これからもよろしくね、エル」
「……」
穏やかさに爽やかさが追加された笑みでもって言われ、ただただぽかんとする俺の肩にドンマイとでも言うようにユーンの翼がポンと置かれた。
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