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しおりを挟むそれからアスターはここへとやってくる度にその身体を求めるようになった。
昼も夜も問わず、ほとんどは俺の部屋だったが、時として部屋以外の場所で求められる事もあった。
いつ人の目につくかもわからない場所で求められる事には酷く怯えた。
自分のみっともないあられもない姿など誰にも見られたくないし、何より自分なんかに手を出しているところを見られてアスターの評判が落ちてしまうのでは、という不安もあった。
周りから見れば夫婦、しかも未だ新婚ともいえる二人。
アスターはこの城の主となるべき人物だからどこで何をしていても不思議ではないし、教養のあるこの城の使用人達がそれを吹聴するとは考え難い。
望んでいた腕に抱かれるのも、熱い眼差しを受けるのも嬉しい。
俺に触れる手は酷く優しく、まるで壊れ物に触れているかのようだ。
だがそれが本当は自分に向けられている物ではないと思うと悲しい。
身体を重ねている最中に「好きだ」「愛してる」と囁かれるのが辛い。
心の底から愛おしそうに言われる度に胸がぎゅっと締め付けられる。
訳のわからないまま抱かれる日々に、俺の心は少しずつ抉られていった。
(身代わりなんて、虚しいだけだ)
シャノンと自分とでは双子であれど顔も違えば声も違う。
当然ながら男の俺に胸はないし、長い髪もない、柔らかさもない、アスターに接する態度も違う。
華やかでも美しくもないただの男を、ただ血縁というだけで抱き続ける事に何の意味があるのか。
(今日こそは……)
こんな虚しい事を続けるのは終わりにしようと頼むつもりだ。
アスターも男の自分では代わりにならないと身を持って気付いたはず。
それでも何度も続けられた行為は、きっと意地になっているからだ。
王子であるアスターに対して妻の身から拒否の言葉を告げるのは自殺行為に等しい。
王子には従えないと告げるようなものだ。
不敬だと捉えられてもおかしくない。
だが、これ以上はもう無理だ。
もう終わりにしたい。
身代わりなんて嫌だ。
この城を出てどこか知らない土地へ行けばもしかしたらこの想いもいつか消えてなくなるかもしれない。
もしかしたらこんな自分でも愛してくれる人が見つかるかもしれない。
可能性は限りなく低いけれど、このまま心を擦り減らすだけの行為を続けるよりはマシだ。
……まあ、無事に城を出られたらの話だが。
(最悪、その場で処刑されてもおかしくないし)
仕えるべき主人に逆らうというのはそういう事だと覚悟を決め、俺はアスターがやってくるのを待った。
そして夜。
いつものように部屋にやってきたアスターの手が伸ばされ身体を抱き込まれそうになった所で自分の手を伸ばして距離を取り、頭の中で何度も何度も何度も繰り返し練習していた言葉を告げた。
「もう、終わりにしませんか?」
「……何?」
その言葉を聞いたアスターは、途端にグッと眉間に皺を寄せた。
「終わりとは、どういう意味だ?」
「そのままの意味です。こういう事は、もうお止め下さい」
ばくばくと激しく脈を打つ鼓動。
はっきりとした言葉を言わなくても何を意味しているのかはわかるだろう。
アスターの視線が険しい物に変わっていく。
「お前は俺の妻だ。夫が妻の身体を求めるのは当然の事だろう?」
「それは、そうですが……」
確かにその通りだ。
夫が妻の身体を求めるのは当然の事。
当然だからこそ、本当の意味で夫婦ではないこの関係が辛くて堪らない。
男の俺では子を成す事も出来ないし、ましてや愛を語らう間柄でもない。
酷い言い方をすればただの性欲処理の相手としか扱われていないようにも感じてしまう。
「もう、辛いんです」
「……それは」
「もう耐えられません」
唇を噛み締め、アスターが何かを言う前に口を開く。
「もう、他の人を想っているあなたに抱かれるのは辛いんです」
「……え?」
そのセリフの後、堰を切ったように想いが溢れ出す。
「わかってます、あなたがシャノンを望んでいたという事は」
「!」
「あなたがずっとシャノンに想いを寄せていた事も知っています」
「な……!」
俺の言葉にアスターの目が見開かれる。
気付かれていると思っていなかったのだろうか。
あんなにわかりやすい態度だったのに。
「俺に、全く興味なんてないって、わかってるんです」
そうだ、アスターは俺に興味なんてない。
想い人の兄で、来て欲しくなかったのにのこのこと嫁ぎにやってきた厄介者。
最近では少しだけ意識は変わってきているようだが、それでも厄介な相手に変わりはないだろう。
「わかっているけど、止められないんです……っ」
酷い扱いをされてもアスターへの気持ちはなくなるどころかどんどんと膨れ上がり、溢れてしまいそうなくらいに大きくなっている。
身体だけでも良いと思った時もあった。
温もりに包まれているのが心地良くて、ずっとこのままでいたいとすら思った。
けれどそれだけでは虚しいと、すぐに気付いてしまった。
「お願いします、もう終わりにして下さい」
アスターの心が欲しい。
シャノンではなく俺を見つめて欲しい。
俺だけを見つめて欲しい。
そう願ってしまうのだ。
でもそれは叶わないとわかっている。
どう頑張ったって、どんなに努力をしたって俺はシャノンには到底敵わない。
シャノンを想い続けているその瞳に、俺自身が映ることは決してないのだ。
「出て行けと言うのならすぐに出て行きます、街にでも、リーベルにでも戻ります。罰を与えたいのならどんな罰でも受けます」
「……」
「でも、俺は自分からは離れられないんです……っ」
いくら終わりにしようと決意しても自分ではアスターから離れられない。
弱いと思う。
自分の事くらい自分で決めて行動しなければと思うのだが、どうしても無理なのだ。
こっそりと抜け出そうと、逃げ出そうと考えた事もあるが、まるで地面に縫い付けられているかのように足が動かなかった。
アスターが突き放してくれるのなら、いっそ命を奪われても良い。
むしろその方がこの先ずっと悩まなくても済むから楽かもしれない。
もしかしたらいつか他の人と、なんて絶対に無理だと本当はわかっている。
だってこんなにアスターしか見えていないのだ。
どんなに距離が離れても気持ちが醒めないのは明白。
アスターにこんな事を頼むのはおこがましいともわかっている。
わかっているが、アスターに頼るしかないのだ。
「だから、あなたが俺を突き放して下さい……あなたからじゃないと、どうにも出来ないんです……!」
悲鳴のような俺の訴えにアスターの目が戸惑いに揺れる。
アスターからの返事はない。
早く、たった一言だけで良い。
わかった、出ていけ。
もう二度と顔を見たくない。
お前の代わりなんて他にいくらでもいる。
どんな言葉でも構わない。
俺を突き放してくれるならどんな言葉でも良い。
早く、早く。
そうでないとこの決意が揺らいでしまう。
本当はまだ傍にいたいのだ。
許されるのならずっと、一生傍に。
けれど、嫌われたまま、身体だけを差し出したままの状態に堪えられる程俺は強くない。
壊れてしまう前に、傍を離れたい。
アスターは少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「それは、どういう意味だ?」
俺の言葉の意味を訊ねられる。
今更をそれを聞いてどうするというのだろう。
改めて聞く必要などあるのだろうか。
(意味がわからないほど鈍感ではないはずなのに)
だが、これを言えばアスターは確実に俺を突き放してくれるだろうか。
少し躊躇った後で、俺は自分の想いを告げた。
「……あなたの事が、好きなんです」
「!」
「お返事はわかってます」
俺の想いには応えられない。
そう返されるに違いない。
妻として娶りはしたが、政略的な物でこちらに感情は一切ないと、自分が本当に愛しているのはシャノンだと。
でもこれ以上シャノンを思っているアスターの傍にいるのは辛い。
身代わりに体を差し出すのも辛い。
一度でも温もりを知ってしまうと貪欲になってしまうのだと初めて知った。
これ以上一緒にいたら、俺は確実にアスターの心も何もかもを欲して彼の迷惑になるのも顧みずに暴走してしまうがしれない。
「お願いします、俺の最初で最後のわがままです……あなたの手で、終わらせて下さい」
涙を堪えながら、必死にそう訴えた。
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