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アニス編
グライド
しおりを挟む「グライド?どうしたの?」
「付き合え。」
低い声の命令形にどきりとする。いつもと雰囲気が違う。なんだか不機嫌そうだ。自分の手を引くグライドの背中をアニスは見上げた。
「さっきの。あれ誰?」
歩きながらグライドがぶっきらぼうに聞いてくる。一月邸を空けていれば執務室の変化に気がついていないのだろう。
「事務方の子よ。手を増やしてもらったの。」
「はぁ?!俺があんなに言っても増やしてくれなかったのに?!アニスの言うことは聞くのかよ、あいつは!」
グライドは殺気だって吐き捨てた。手を強く掴まれて痛い。どうしたというのだろう。意味がわからない。
らしくないグライドの様子を訝しく思う反面、アニスはアレックスとの会話を思い出していた。
事務方を増やさずグライド一人に業務をさせたのは、おそらく処理能力を高めるための負荷だったのだろう。現在は事務方を増やしやっと捌けているあの量を、瞬時に判断して一人で捌けるなど旦那様クラスではないか。全ての状況を理解し適切に瞬時に一人で捌くなど。
ここでアニスはあることに思い至った。
騎士、飛竜、領地管理、魔術‥‥。まさか‥‥。体が震え出した。
「ごめん。きつかった。」
グライドは手を離し震えるアニスに謝る。いつの間にかいつも休憩する裏庭に来ていた。辺りにひとけはない。
グライドはアニスにすまなそうな顔を向ける。
「一ヶ月も空けて悪かった。あれから大丈夫だったか。引き継ぎも満足にできなかった。」
さっきと打って変わって気落ちするグライドにアニスはきゅんとした。そんな顔をするのはずるい。許さないわけにはいかないじゃない。おかげでいくらか冷静になれた。
「それは大丈夫。なんとかやってる。それよりあんたよ。一ヶ月何やってたのよ。こんなボロボロで怪我とかしてないの?」
「いや、まあ色々と。怪我はない。‥‥これは丸腰で一週間前に森に放り出されて一人で戻ってこいと。バース様が‥‥」
「あのバース様が?!」
紳士然とした無害そうな初老の家令。どこにそんな毒が?!ちょくちょくグライドの様子を教えてくれるのだが、そのようなことは言っていなかったような。丸腰で森に放り込むとはなんという鬼畜っぷりだろう。今後見る目が変わりそうだ。
「明日からは邸内での座学らしいから、今後はこういったことはないと思う、多分。」
「そっか。頑張ってね。」
アニスは微笑んだ。大丈夫、笑えてる。震える手を背中に隠した。
アニスの予想通りだとグライドにはこれから怒涛の教育が待っているはず。
きっと、いや確実にグライドはバースの後任にされる。ラウエン家の家令にはよその家と違い色々な技術が要求される。特に魔術は必須だ。今後魔術を習得させられ執事教育が施される。
おそらくバースはまだ引退しない。ずっとアレックス付きだ。だから訓練が終わればグライドが他の邸、本邸か何処かに出されるのだろう。アニスはアレックス付き。グライドの異動が決まれば離れ離れだ。いずれ戻ってはくるだろうがいつかなんてわからない。
「そうだ!あんたがいない間色々あったんだから。午後の休憩空いてる?せめて私の愚痴は聞きなさいよ!」
珍しく黙りこくるグライドにアニスは無理やり笑いかけた。
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