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アニス編
穏やかな時間
しおりを挟むそして異動から半年が経った。
メリッサが懐妊し邸の皆は浮き足立っていた。アニスも大いに喜んだ。アレックスもメリッサを気遣いべったり離れないので残業や外出もだいぶ減った。
一方でアニスは日々忙しく仕事をした。色々無駄なことを考えなくて済む。
アレックスがアニスの組んだ仕事の流れに慣れると恐ろしく順調に進んだ。「やりたいことがあれば仕事を終えてから」がアレックスとアニスの暗黙の了解となった。
「これがハンターギルドからのレポートです。魔獣の出没はほぼなくなったようですね。」
「だな。番屋の騎士も少し邸に戻すか。」
メリッサが邸に来た頃活発だった魔獣は、今は嘘みたいに成りを潜めている。原因不明だが魔素が関係しているとのことだった。アレックスのパトロール頻度も減って助かっていた。
あの魔素大量発生がなかったら、旦那様と奥様は結婚していなかったかもしれない。たまたまだったと思うととても怖かった。
グライドは執事教育に入っていた。
黒いベストにスラックス、長めのコートを着てクラバットと手袋を身につける。蜂蜜色の前髪を撫でつけて姿勢良く立つ様子は様になっていた。
身なりをきちんとした結果、隠れイケメンとして女性陣にすこぶる人気が出てしまった。
まずはとメリッサにお茶の給仕を始めているが、本人は死にそうだと言っていた。バースとアレックス両方から殺気を飛ばされて生きた心地がしないらしい。
アニスもグライドに頼まれて何度か給仕されたが、澄ました様子が何だか別人のようでピンと来ない。
思い切りダメ出ししてやると、やっといつもの笑顔が出た。
「あー、やっぱお前すげぇな。」
大笑いしたグライドは、はぁと息をついた。
初めて邸で会った時のあの笑顔を見てやっと安心できた。執事教育でグライドが別人になってしまいそうで怖かった。
異動から八ヶ月目のある日。アレックスと共に応接室から戻る際に、アニスは裏庭でバースとグライドの組み手練習に出くわした。
バースが肉弾戦をしている様子にアニスは驚いた。しかも強い。あっという間にグライドを地面にねじ伏せた。アレックスが足を止めてアニスに話しかける。
「すごいだろ、あの組み手。俺も勝率は半々かな。」
「バース様は魔術師と伺っていたのですが?」
「なんでも奥の手を持っておくのがバース流なんだ。あの組み手も今後グライドに必要だろうってね。」
奥様やお子様を守らないといけない。そのための訓練。やはりそうなのか。
と思っている端でグライドが蹴り飛ばされていた。
バース様、鬼ですわー
「うわぁ、よりによってあれ見られてたんかぁ。」
グライドは髪をかきむしってガッカリしている。あんなにコテンパンだったのにグライドにアザひとつなかった。それもすごい。
「バース様強すぎだったから。大丈夫!あんたが弱いわけじゃないから!」
「強いというか人外だから。あれバース様の隠し玉らしいから他言無用で頼むな。この邸に護衛騎士がいないわけだよな。それと!名誉のために言うが、組み手でなきゃ、俺もうちょっと強いからな!!」
「はいはいわかってるって。そんなに気にしないの!」
今日の休憩も穏やかにすぎた。これでいい。
あとどのくらい時間は残っているのだろうか。
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