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アニス編
残りわずか
しおりを挟む「本日は午後から予定通りお休みでよろしいですか?」
「ああ、そのつもりで頼む。」
異動から十ヶ月目。
メリッサは双子の赤ん坊を出産した。アレックスの喜びようはものすごく、忙しい中でも休みを入れては双子の子守りをしていた。
男の子はアレックス似の赤茶の髪に新緑の瞳、女の子はメリッサ似の銀髪に青い瞳。あれほど可愛ければ無理もない。
午後から主不在。事務室も休みとなった。久々の休暇をどうしようかと思っていたら、珍しくグライドが執務室に来た。異動以来、頑なに来ようとしなかったのに。
「うわっ 同じ部屋とは思えないな。ここがあの地獄の執務室か。いい腕してるな、アニス。」
「今更ね。二週目で片付けたわよ。珍しいわね。どうしたの?旦那様はお休みよ。」
「知ってる。午後休みだろ?俺も休みだから街まで付き合えよ。」
さらりとデートに誘われた?いやいや、暇な独り身同士つるんでこうというやつ?
「異動の時の借りがそのままだったろ?何か奢るぞ?」
「そういやそうだったわね。覚悟なさい!利息含めきっちり返してもらいますからね!」
するりとエスコートされて気がついたら廊下に出ていた。アニスの手から鍵を受け取り執務室に施錠までする。魔法のように外に連れ出された。
バース様の紳士教育、徹底してるなぁ、と感心した。
グライドは執事服なので二人でいるとお嬢様と執事といった風に見えそうだ。それも面白い。
アニスの思惑を悟ったグライドが澄ましてアニスをお嬢様扱いした。クスクス笑うとつられてかグライドも破顔した。いつものグライドの笑顔だ。
二人で遅めの昼食をとり、いつものように取り止めのないことを話しながら街の中を歩く。
たまにグライドは執事の笑顔を貼り付けることがあった。作り物の笑顔が気に入らなかった。だから思いっきりグライドの足を踏みつけてやるとグライドはゲラゲラ笑った。
これでいい。これからもずっとそうやって笑ってて欲しい。作り物なんて寂しすぎる。
予感があった。もう執事教育は完成してる。あと二ヶ月で節目の一年。おそらくもうあまり時間は残っていない。
「アニスは今の仕事楽しいか?」
「そうね。侍女の頃と違うけど、すごく充実してる。こんなにハマると思わなかった。推薦してくれてありがとね。」
「いや。俺は死にそうだったのに、お前は軽々やってるもんな。すごいよほんと。よかったな。」
アニスの前を歩いているのでグライドの表情は見えない。アニスは俯いた。後ろを歩いてよかった。多分、グライドの顔を見られなかっただろうから。
すごいのはあんただよ。公爵家の家令だなんて、大抜擢だ。旦那様の幼馴染だしきっといい縁談だってくるだろう。私なんか全然釣り合わない。昔みたいに馬鹿もやらないから膝枕もできなくなった。もうすぐ接点もなくなる。
グライドが振り返ったのでアニスも足を止めた。
予感があった。耳を塞ぎたい衝動をぐっと飲み込んだ。
「俺、二ヶ月後に配置換えになる。内示が出た。本邸だそうだ。」
「本邸?すごいじゃん!おめでとう!!」
「仕事はまだ決まってないんだがな。」
「当然執事でしょ?頑張ってね!」
アニスは溢れるように笑う。よかった、ちゃんと笑えた。震える手を背中に隠した。
「——ありがとな。離れ離れになるけど、お前も頑張れよ。」
グライドは眩しそうにアニスを見て微笑む。そして右手を差し出したので、アニスは握手で握り返した。
これでいい。きっと。
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