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022: 黒い想い《アリス》②
しおりを挟むこんな気持ちで猫探しなど無理だ。混乱していて猫が居るはずのないゴミ箱の中を探している自分が恥ずかしい。意を決して青年に声をかけた。
「んーリオンいないなぁ。ちょっと休憩しようか?りおん君お茶しない?」
「え?オチャ?」
最初は戸惑っていたがお礼と言う言い訳を付けたら応じてくれた。やった!とアリスは心中ぐっと拳を握る。
脳内で素敵なカフェをざーっと検索し近くのテラス席がある店に決める。アリスの顔パスが効くから待たされることもないだろう。ここぞとばかりにカラバ家の権力を使う。店は混んでいたが奥のVIP席に案内してもらえた。
店内でも自分達に視線が降り注ぐ。席についた青年は何やら自分の格好を気にしているようだ。注目の原因の半分はこの青年がカッコいいから。女性陣の視線がリオンに釘付けだ。だがもう半分の原因は自分。カラバ家令嬢はどこでも注目される。でもそんな視線を気にすることなく笑顔を見せてくれる青年の素直さにアリスは救われていた。でなければカフェになど入れない。
りおん君ごめんね、ありがとう。
もうちょっとだけ‥一緒にいて。
リオンの視線が出てきたケーキよりもクッキーに向いている。素直にクッキーが好きだと言う。そんなところも黒猫に似ている。アリスから思わず笑みがこぼれてしまった。さらりと外国から来たと聞けた。食べ方もわからないのだろう。手を出しにくそうだ。
「じゃあ私のも食べて?これ美味しいのよ」
何も考えずクッキーを摘んでリオンの口元に差し出してしまった。手で食べていいのだと教えたつもりだったが、よく考えればこれは黒猫にする時のノリだ。店内の客からもどよめきが起こる。リオンは目の前のクッキーに釘付けだ。一方アリスがぴきんと固まった。そしてアリスの脳内で大パニックが発動中だ。
や!やってもーた!!どうしよう?!
こんな恥ずかしい!引かれる?引かれちゃう?
普段こんなことしないのになんで今日に限って?
なんかりおん君相手だと調子が狂うというか‥
リオンの手がふいにアリスの手首を掴んで引き寄せる。そしてリオンがアリスの手からクッキーを直にガブリと食べた。絶対に引かれると思ったのに。アリスは目をまん丸に瞠る。同時にアリスの心臓ど真ん中にドスッと矢が刺さった。店内に控えめな黄色い声が響く。
リオンは夢中でクッキーをもぐもぐ咀嚼中で硬直するアリスの様子に気がつかない。そしてごくんとクッキーを飲み込んだリオンが首をコテンと傾けてへにゃと笑った。
「あー、クッキー美味しい!大好き!」
ドドドドッとアリスの心の臓に矢が連射された。もうアリスの心臓はハリネズミのように矢だらけ蜂の巣穴だらけである。目を瞠りかろうじて表情を凍らしている。アリスは根性で踏みとどまってhp1の瀕死。ちなみに根性なしの周囲の女性陣は即死だ。皆昇天してテーブルに臥している。
ヤバいヤバいヤバいヤバい!!!
アリスは石像のように凍結しながら必死に呼吸を整え考える。なんとなく予兆はあった。多分あれが警告だった。出会ったあの時礼を言って別れるべきだったと。
初めて見た時カッコいいと思った。手伝うと言ってくれて優しいと思った。笑顔が可愛いと思った。手を繋いだらぽかぽかとあったかくて嬉しくて手を離したくないと思った。
そして今、ゴトンとアリスから何かが落ちた。
人生で初めて、誰かを好きになった瞬間だった。
思考が停止しているのに口と体は勝手に動く。何かの本能に導かれるようにリオンの世話を焼く自分を幽体離脱して見ているようだ。
「ホントにクッキー好きなんだね。こっちも食べて?」
「え?いいの?」
もう一枚も嬉しそうにアリスの手から直に食べる無垢なリオンにアリスの心臓がキュンと鳴った。ケーキナイフが不慣れなリオンにケーキも食べさせる。もう脳内は羞恥で焼き切れそうだったが手が勝手に動く。謎のお世話モード発動だ。二人の一斉放射ラブきゅん攻撃に周囲は皆が悶え苦しむ阿鼻地獄だった。
「これおいしい!えっと?チョ?」
「気に入った?チョコレートケーキだよ。りおん君、甘いもの好きなんだね」
「うん!これ、ちょっと苦いけど甘くてすごくおいしいね!これも大好き!」
口にチョコクリームをつけてリオンがにゃんと笑う。一撃必殺兵器の無差別攻撃がオーバーキルで炸裂。アリスの背後にいた生きる屍が攻撃を受けてビクビクッと反応するも起きあがれない。この時点で生き残っている客はアリス以外いない。いや、アリスも身を守るために既に煩悩解脱石像状態だ。
「よかったぁ、また一緒に来てくれる?」
「うんいいよ!」
無邪気に笑顔で応じるリオンにアリスは顔で微笑みながら心で悶えまくる。
次の約束ができた!ありがとうりおん君!
尊い!笑顔が尊いよぉ!!
その後も黒猫を探して街中を二人で歩き回るも黒猫は見つからない。黒猫はもう屋敷に戻ってるかもしれない。元の飼い主のところに戻っているかもしれない。でもリオンとの猫探しを止められない。
その後昼食や別のカフェにも一緒に入り二人で楽しく食事やお茶をする。もう周りの視線も気にならない。久しぶりに楽しい一日だった。
猫は見つからないままあっという間に夕方になってしまった。もう終わりかとアリスがふぅと嘆息すれば猫は戻っているよとリオンがアリスを気遣い励ました。
りおんくん本当に優しいなぁ
リオンはしばらくこの国にいると聞き出せてほっと胸を撫で下ろす。
明日も会いたい。会ってくれる?
「うん、ボクここら辺うろうろしてるから」
「ホント?えっとね、もし‥黒猫が‥リオンが見つからなかったら明日も探すの手伝ってくれる?」
縋るように問い掛ければ、リオンはなぜか眉根を下げて少し堪えるような顔をする。
「え?いいよ?見つからなかったらね」
「今日会えた場所!明日も行くから!」
「うん、わかった!じゃあね!」
明日も会える約束ができた。カフェに行く約束。猫を探す約束。アリスの胸が温かくなった。笑顔で青年に手を振った。
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