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024: 黒い想い《アリス》④
しおりを挟む「リオーン!今日もお出かけ行くよー!」
「なぉぉぉん」
リオンと出会って五日目。その日は街で祭りがある日だった。その日アリスは早く起きて猫型で抜いたクッキーを焼いた。クッキーを美味しそうに食べるリオンを思い浮かべ笑みが溢れる。もちろん黒猫リオン用に小さな猫型で抜いたクッキーも焼いた。
「さあ!今日こそは逃げちゃダメよ!りおん君に会うんだからね!」
「にゃぁぁ?!」
「今日は早起きしてクッキー焼いたんだよ!お祭りだからね、りおん君と一緒にみんなで食べるんだよ~」
「にゅ?」
ふんふん鼻を鳴らした黒猫が匂いを辿ってカバンに顔を突っ込むも、アリスが引っ張り出した。
「こらこら!まだダメだよ!みんなで食べるんだから!」
「ごにゃぁぁん」
「ダメよ!朝ごはんは食べたでしょ?あとで!」
その日リオンはカラバ商会までアリスを迎えに来てくれていた。リックからそう聞いて胸がキュンとなった。だが黒猫がまた消えた。そこで微かな不安が脳裏を掠めた。昨日も、一昨日も同じ。この青年に出会った日から黒猫が消えてリオンが現れる。
でもりおん君はここで待っていたっていうし?
だいたいそんなことありえないし?
黒猫が消えた路地でリオンを見た時、以前見えた黒いあれがまた目の前を掠めた。それは黒い耳と長いしっぽに見えた。あのかぎしっぽは知っている。愛しい黒猫のもの。その絵が今でも脳内にちらつく。
あれは‥一体何?
笑顔を貼り付けるもドキドキが止まらない。見えたものの意味がわからない。なぜ探している猫は見つからないのか。なぜリオンはアリスの目の前に突然現れるのか。モヤモヤが止まらない。
それでもリックに送り出されアリスはリオンと街に出かけた。猫探しという言い訳もない。二人で祭りの人混みを手を繋いで歩く。手を繋ぐと心がほっこりする。ずっと一緒にいたいと思う。楽しそうに祭りを見ているリオンをアリスは眩しげに見上げた。
「ねぇりおん君?」
「ん?なに?」
笑顔で振り返るリオンにアリスはただ微笑んだ。心の中でそっと問いかける。
君は黒猫なの?
アリスは昔から猫を個体認識できた。だから間違えない。あのしっぽは———
「なんでもないよ」
そんなはずない。頭がおかしな子だと思われる。でも‥‥‥
「猫でもいいから」
もしそうならずっと私の側にいてくれる?
アリスの囁きは祭りの喧騒に消えた。
「なんであんなこと言ったんだろう‥」
傷つけた。そういう顔だった。自分の言葉であんな悲しそうな顔をさせてしまった。アリスはベッドにうつ伏せに寝転がりポツリとつぶやいた。
アリスのために引ったくりを捕まえた勇ましいリオン。街のみんなから感謝されて笑うリオン。壊れた屋台を片付けて謝るリオン。それはアリスに見せていた姿と同じ。この青年は誰にでも優しい。偽りないリオンという青年の姿。それが無性に悔しい。
今朝焼いたクッキーのことを知っていた。黒猫には教えたがリオンには教えていない。びっくりさせようと思っていたから。そしてひったくりを追っかける時に見えた黒い耳とかぎしっぽ。暗い裏路地ではなく明るい陽の下でアリスにははっきりと見えた。見間違えようがない。もう誤魔化せない。
私の愛しい黒猫。みんなに優しい黒猫。
ねぇ、私だけには本当のことを言って?私だけは特別だって言って?そうしたら私もきっと言えるから。
「クッキー食べてくれたかなぁ」
バッグはわざと置いてきた。あのままさよならしたくなかった。優しいリオンなら届けに来てくれるかもしれない。でもあんなことを言った後だ。バッグは捨てられてるかも。ダメでもクッキーは食べてほしい。ものすごく嫌われてそれさえダメだったら?それでも優しいリオンなら‥‥そこで己の傲慢さにアリスは目を閉じる。
「ホントひどい子、どの口がそんなことを言うの?」
リオンは最後にごめんねと言った。それはアリスの願いに気がついて応えられないからそう言ったのかもしれない。
バイバイと言ったのはただの別れじゃなくもう会わないと言う意味。
「イヤ‥そんなのイヤだよ‥」
なぜあんなことを言ったのか、それはもうわかっている。ただリオンに、それでも自分のことを、自分だけを気遣って欲しかった。自分が嫌いと言ってもリオンには好きと、アリスだけのものだと言って欲しかった。でもそれは自分勝手なわがまま。怒りで塗りたくられたドス黒い想い、醜い嫉妬だ。
「りおん君ごめんね‥ひどいこと言ってごめんね‥‥」
アリスはそっと囁く。ぐっと堪えると喉の奥が苦くなった。泣いていいのは自分じゃない。
「大好きだよ‥りおん君」
西陽が部屋に差し込んできた。黒猫はまだ帰ってこない。帰ってくるのはいつも夜。でも戻らないことがこんなにも不安で怖い。
愛らしい声でアリスの腕の中に飛び込んでくる。大事な、大好きな黒猫。
私が嫌いと言ったから。だから帰ってこないの?そうだよね、ひどいことを言うイヤな子だって。嫌われた。
でももし帰ってきてくれたらきっと言える。
ごめんねって。大好きだよって。
「リオン‥帰ってきて‥お願い」
ベッドの中でうずくまりアリスは祈るようにそっと囁いた。そしてひたすら待つ。
バルコニーの窓は開けた。新しい餌も置いた。私は待っている。もし私のことを少しでも気にかけてくれるなら———
「なぉぉん?」
か細い鳴き声にアリスはびくりと震えた。手をざらりと舐められる。
「リオン‥嬉しい‥帰ってきてくれたの?」
伏せた顔で見上げればそばに黒猫がいた。嬉しくて、笑顔で思わず涙が込み上げた。猫を抱き上げればご機嫌に喉を鳴らす。いつもと変わりない黒猫だ。溢れた雫が黒猫に落ちる。堪えていた涙。一度流れ出せばほろほろと涙が頬を伝う。
「リオン‥りおん君‥‥ごめんね‥ごめん‥あんなひどいこと言ったのに」
言葉にすれば涙がさらに溢れ出した。酷いことを言ったのに帰ってきてくれた。優しい黒猫、アリスのわがままに応えてくれた。そのことがとても嬉しい。同時にとても悲しい。怖い。
「でも私のこと、もう嫌いだよね?許さない?だから人の姿にならないの?ずっと猫のまま?リオン‥りおん君、教えて」
「にゃぉぉん?」
アリスは黒猫に願う。ただ一言、約束が欲しい。
「ねぇお願い‥教えて?私のこと、好き?それとも嫌い?私のこと嫌いでもいい、嫌いでもいいから‥‥離れないで、どうかずっと私の側にいて」
嫌われても、想いが叶わなくても
りおん君、君と一緒にいたいよ
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