【完結】亡くなった妻の微笑み

彩華(あやはな)

文字の大きさ
6 / 6

6.

しおりを挟む
「旦那様、お休みになってください」

 執事が執務中に声をかけてきた。
 
「大丈夫だ」 
「あまり、眠っておられませんよね」

 確かに、睡眠は浅い。
 寝ても、すぐに起きてしまう。
 だが、眠くはない。

 寝ても覚めても、カメリアのことばかり考えている。

 もう、カメリアの声も聞くことさえないのに、彼女を追っている自分がいた。

「旦那様。不躾なことだと思いますが、霊媒師を呼びましょう。そして、ゆっくり奥様には眠りについてもらいましょう」

 何を言っている。

「このままでは、旦那様のお身体に触ります」

 執事は鏡を持ってきた。
 
 変わらない自分の顔が映るだけ。

「酷い隈です」

 そうか?
 自分ではわからない。
 変わらなく思える。

「大丈夫だ。・・・霊媒師もいらない・・・」


 彼女に会えなくなるなんて、嫌だ。





 カメリアが死んで92日。

 彼女は、椿の花の下にいた。
 最近は庭で見ることが多かった。

 庭は雪化粧している。
 足跡一つない白銀の世界はこの世でないかのように美しかった。
 月の光が真っ白な雪の粒をキラキラと輝かせていた。

 白い世界に広がる椿の濃い緑の葉と紅い花びら。黄色い花芯が赤色を際立たせている。

 カメリアの花。
 彼女の花だ。
 
 細い指が、そっと花に触れる様子があまりにも美しかった。

 カメリアに触れたい。
 あの肌に。
 あの指に。
 あの頬に。
 あの髪に。

 叶わない願い。
 遅すぎた想いー。





 明日で、彼女が現れ出して、100日になる。
 
 カメリアと約束した、100日。

 100日と言う日数は大事なものだった。

 カメリアから東方の昔話に、恋を叶える為に100日通いつめた百日通いももかよいの話があると聞いた。
 だから、カメリアのもとに通った。
 話では99日まで会いに行き、そこで息絶えたと・・・。
 
 僕は100日通い詰め、その恋を叶えた。

 だが、それは潰えてしまった。


 僕は探す。
 彼女の姿を。

 椿の花のように儚く散ろうとする彼女を。


 探し回った。

 彼女は、橋の上にいた。

 水の流れをじっと眺めている。

 彼女は何を考えている?

「カメリア」

 彼女は振り向く。

 その眼差しは、優しかった。

 『お幸せに』

 彼女の口が動いた。
 言葉として発せられていなかったが、そう僕には聞こえた。

 そして・・・、彼女は消えた。




 今日で、99日。

 彼女は最後の恋のために、僕の元にきていたのか・・・。

 虚しさが込み上げてくる。

 嫌だ。 
 嫌だ。
 
 もう会えないなんて・・・。

 いやだ。

 
 その場で泣いた。

 東の空がしらみはじめた。
 

 君のいないこの世界に、なんの価値があるのだろうか?

 
 僕は彼女が消えた橋の上から、川を覗いた。


 カメリアが死んだ場所。

 ここでカメリアは眠っていた。
 もしかするとカメリアがいるのではと思った。

 川面に映るのは、自分の姿しかない。
 でも・・・。

 カメリアは確かにそこにいた。
 
 美しい顔で。
 微笑んでいた。

 確かにここにいたのだ。

 僕は手を伸ばした。

 カメリア。

 僕を置いていかないでくれ。

 身を乗り出し過ぎて、僕はー・・・。










 僕の耳元で、カメリアの声が聴こえた気がした。優しい手が僕の頬に触れた気がした。
甘い吐息を感じた気がした・・・。



 ーこれでずっと、一緒にいられるわねー



 カメリアは笑っていた。嬉しそうにー。


 そうだ。ずっと、一緒にいられる・・・。
 
 カメリア、君と共にずっと・・・。









 *******


  次の日の朝刊に記事が大々的に載った。

 『ローランド•ウィスラルド伯爵自殺か?

 亡き妻の姿を追ったのか?妻の死で精神を病んでいた?それとも妻の愛憎の執念か?』


 そして、もう一つの記事がその片隅に小さく載っていた。

『亡きカメリア•ウィスラルド伯爵夫人の妹メリッサ•アルゼルト子爵令嬢、自宅のバルコニーから転落し死亡。「お義姉様が追いかけてくる!」と叫び身を投げた!?ローランド・ウィスラルド伯爵と不倫の末、亡き姉の呪いか?』

と。


 ー真実は、誰も知らないー。

 
           ーおわりー

   
 ◇◇◇◇◇

~補足まで~

作中の『百通い』ですが、小野小町の逸話である百夜通いをもとにしております。
 詳しく知りたい方は、ぜひお調べください。




 




 
しおりを挟む
感想 19

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(19件)

せち
2023.06.14 せち

何度読んでも泣ける😭👏✨✨

解除
ゆゆささ
2022.11.16 ゆゆささ

切なくて美しくホラーをありがとうございました。
とってもよかったです。

解除
あましょく
2022.11.03 あましょく

結局、本当に妻が亡霊として出てきていたのか。カス夫を取り戻す為だったのか。
そも自殺だったのか。

失って気づくってのは、その程度の関心しかなかったんだな(ハナホジ)としか思わんからなぁ。
カス夫の後悔もざまぁwwwwだった。
カス夫視点だから真意は分からない(そこが良い)けど、カス二人の自業自得で終わって良かった。
妻きっかけのゲス不倫だから妻が自殺めいた死に方したら、そらおかしくなるわな(ハナホジ)
妻を嘲笑ったカス共が妻に追い詰められて狂死、まさに自業自得で良き良き。

解除

あなたにおすすめの小説

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

【完結】幸せの終わり

彩華(あやはな)
恋愛
愛人宅で妻の死を聞いた僕。 急いで帰った僕は死んだ妻の前で後悔した。だが、妻は生きていた。 別人のように笑う妻に魅入られていく。 僕はいつしか・・・。 際どい場面こみのホラー的内容になっていますのでご注意ください。 *『亡くなった妻〜』の姉妹版に近いかもしれません。

再構築って簡単に出来るもんですか

turarin
恋愛
子爵令嬢のキャリーは恋をした。伯爵次男のアーチャーに。 自分はモブだとずっと思っていた。モブって何?って思いながら。 茶色い髪の茶色い瞳、中肉中背。胸は少し大きかったけど、キラキラする令嬢令息の仲間には入れなかった。だから勉強は頑張った。両親の期待に応えて、わずかな領地でもしっかり治めて、それなりの婿を迎えて暮らそうと思っていた。 ところが、会ってしまった。アーチャーに。あっという間に好きになった。 そして奇跡的にアーチャーも。 結婚するまで9年かかった。でも幸せだった。子供にも恵まれた。 だけど、ある日知ってしまった。 アーチャーに恋人がいることを。 離婚はできなかった。子供のためにも、名誉の為にも。それどころではなかったから。 時が経ち、今、目の前の白髪交じりの彼は私に愛を囁く。それは確かに真実かもしれない。 でも私は忘れられない、許せない、あの痛みを、苦しみを。 このまま一緒にいられますか?

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

どうぞ、お好きに

蜜柑マル
恋愛
私は今日、この家を出る。記憶を失ったフリをして。 ※ 再掲です。ご都合主義です。許せる方だけお読みください。

王族との婚約破棄

基本二度寝
恋愛
【王族×婚約破棄】のショートをまとめました。 2021.01.16 顔も知らぬ婚約者に破棄を宣言した 2021.03.17 王太子を奪い王妃にまで上り詰めた女のその後 2021.03.19 婚約破棄した王太子のその後 2021.03.22 貴方は「君のためだった」などどおっしゃいますが 元ページは非公開済です。

別れ話をしましょうか。

ふまさ
恋愛
 大好きな婚約者であるアールとのデート。けれど、デージーは楽しめない。そんな心の余裕などない。今日、アールから別れを告げられることを、知っていたから。  お芝居を見て、昼食もすませた。でも、アールはまだ別れ話を口にしない。  ──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。  でも。その優しさが、いまは辛い。  だからいっそ、わたしから告げてしまおう。 「お別れしましょう、アール様」  デージーの声は、少しだけ、震えていた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

【10話完結】 忘れ薬 〜忘れた筈のあの人は全身全霊をかけて私を取り戻しにきた〜

紬あおい
恋愛
愛する人のことを忘れられる薬。 絶望の中、それを口にしたセナ。 セナが目が覚めた時、愛する皇太子テオベルトのことだけを忘れていた。 記憶は失っても、心はあなたを忘れない、離したくない。 そして、あなたも私を求めていた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。