傲慢溺愛王子様は僕を孕ませたいらしい

鳥羽ミワ

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11 元騎士の男

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 フラエが出勤した時には、既に何人かの研究員が仕事に取り組んでいた。ミスミも早く来ていたようで、自分が実験中のフラスコを確認している。

 フラエは自分のデスクについて、今日やるべきことを洗い出す。研究論文を一本書き終えたばかりのため、しばらく休んでも周りから咎められることはない。しかしここで休まない程度に、フラエも同僚たちも研究中毒だった。次の実験計画を練るためにノートを取り出す。ペンを持ち、課題を書き出していく。

「フラエ」

 同僚のミジーが肩を叩いた。振り返ると、彼女は所長室の方を指さす。

「エイラ先生から呼び出し。お客さんの案内だって」
「お客さん?」

 首を傾げるフラエに、噂に耳ざとい彼女は興奮気味に目を輝かせる。

「ちょっと顔見たんだけど、すごくかっこいい人だったよ。今度から王宮勤めの文官になる人なんだけど、元騎士で、貴族なんだって!」
「へ~」

 フラエも元騎士で(一応かなり格式高い)貴族なのだが、ミジーにとっては特にかっこよくないので興奮の対象ではないらしい。

「私たちだと礼儀作法に不安があるからかな。フラエに案内を頼みたいって、先生から伝言」

 面倒だな、と思うと「顔に面倒だなって書いてある」と彼女は笑った。とにかくよろしくね、と言って彼女は自分の席に戻る。

 フラエは実験計画書を書くのを諦めて、席を立った。エイラからの頼みとあれば、フラエに断る道理はない。所長室の扉をノックして入室すると、そこにはフラエの見知った顔があった。背が高く体格のいい筋肉質な男性で、彫りの深い顔立ちに涼やかな青の瞳。やわらかな栗色のくせ毛の彼は、フラエを見て「久しぶりだね」と言った。フラエは一目で、騎士団でたった数ヶ月だけ、同僚だった彼だと分かった。

「ヘイリー……卿」

 なんとか敬称をつけると、ディール=ヘイリーは少し寂しそうに微笑んだ。エイラは二人を一瞥し、「知り合いであれば、話は早いですね」と静かに書類をまとめ始めた。そして紙の束をヘイリーに渡し、フラエの方を向いた。

「リンカー君。ヘイリー卿は、来月から王宮で働き始める。研究所担当、平たく言えばこことあちらのパイプ役になるそうだ」

 思わず驚いて顔を上げると、ヘイリーは頷く。そしてフラエを見て、手を差し出す。

「よろしくお願いします」

 咄嗟に握手へ応じると、彼はしっかりとフラエの手を握り、そしてゆっくりと指を離す。

「彼を案内して差し上げなさい。今日の君の仕事だ」

 そう素っ気なく言うエイラはいつものことだ。フラエは曖昧に頷き、「それでは、こちらへどうぞ」と扉を開けた。

「ご案内いたします」

 敬語を使うフラエに、ヘイリーは気まずそうに頷いた。部屋から出ると、彼は青い瞳を細め、フラエに話しかける。

「元気、だった?」
「はい」

 彼は何から言い出せばいいのか分からない様子で、「元気だったらよかったんだ」と言い淀んだ。フラエも珍しく気まずくなって、何か言わなければいけない気持ちになってしまった。

「何か、僕に言いたいことはありますか」

 そして言葉を大暴投した。ぴしりと固まった彼に「怒ってはいませんよ」と続ける。それは却って彼を焦らせてしまったようで、ヘイリーはフラエの両手を取った。火属性らしい高い体温に包まれ、フラエの肩が揺れた。

「ずっと、リンカーに謝りたかったことがある」
「どれ……?」

 正直彼が自分に対してやらかしたことに、フラエは複数心当たりがあった。実力不足の自分を馬鹿にしてきたこと、煽ってきたこと、自分の進言を聞かなかったこと。

「全部」

 ヘイリーは、フラエの手を強く握りしめる。

「君をたくさん馬鹿にした。傷つけた。君の話を聞けばよかったと、ずっとずっと、後悔している」

 彼は真剣に、フラエを見つめていた。どうしようかな、とフラエは首を傾げて考える。
 フラエにとって、騎士団での日々は多少なりとも有意義だったし、楽しい思い出もある。これでも親しくしていた人々はいたし(目の前の彼は残念ながら違うのだが)、あの頃の訓練は今でも役に立っている。実はフラエの中では、騎士団時代について、全体的に見れば正の感情の方が大きい。負の出来事は割とどうでもよかった。

 なので、フラエは彼に大きく頷いた。

「別にいいよ」
「えっ」

 驚いた顔をしたヘイリーに、「大したことじゃないし」と続ける。

「で、でも、僕は君に……」

 なおも言い募ろうとする彼を遮って、「これからのことを考えた方がいい」と胸を張る。正直彼のことはかなりどうでもいいが、ヘイリーには騎士団時代、一緒にダンジョン攻略をした際の恩があった。だから強いて言えば、名前と顔を覚えている程度には、彼の印象は悪くないのだ。

「君と僕は、殴り合いの喧嘩をしなかったしさ」

 そう言えば、ヘイリーは小さく笑って「そうだね」と頷いた。
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