傲慢溺愛王子様は僕を孕ませたいらしい

鳥羽ミワ

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 蕾の月の平日は、今日が最後。月末の業務に忙殺されながら、フラエと同僚たちは今日も研究に励んでいた。特にミスミは実験が佳境らしく、毎晩遅くまで残っているらしい。それに加えて明日は休日であり、休みにまで仕事を持ち込みたくない者たちは必死で業務をこなしていた。

「肉を培養しようと思っても、全然増えねぇの」

 彼は荒んだ目で、全属性を含有したエーテルで満たされたフラスコを睨む。フラエの方はといえば、治験の段階に進みたいにも関わらず、女性の実験協力者が見つからずに手詰まりになっていた。

 自分でもう一度ヌメリツタの種子を妊娠しても構わないのだが、それでは研究結果を一般化できない。

「お前の方はどうよ」
「治験が進まなくて……」

 暇ではないが、暇である。机に突っ伏すフラエへ「実験方法変えたら?」と素っ気なくミスミが言う。

「ヌメリツタを使いたいなら、動物で試せよ。豚辺りはどうだ」
「僕は明日もおいしく豚肉を食べたいんだ……」

 そっか……とミスミがカスミコーヒーを啜る。フラエは研究計画書とにらめっこした。まぁ実験協力者で言えばさぁ、とミスミが言う。

「人体でやりたいなら、普通に不妊治療の治験って言えば、協力者はそれなりに集まると思うぜ」
「それは一段階飛ばしすぎじゃないか?」
「お前の人工子宮の方がよっぽどトばしてるよ」

 いつもより頭を使わない会話をしている。フラエは残り二日になった蕾の月のことを思い、「花の月になるな……」とぼんやり呟いた。

「グノシス殿下の誕生日?」

 そこでなんで彼の名前が出てくるのか分からなくて、一瞬言葉に詰まった。そのフラエを笑うでもなく、彼は頬杖をつく。いや、とフラエは首を横に振った。

「研究の進捗が、去年の秋からあまりないから……」
「そんなの、等速で進むわけがないんだから。のんびりでもいいんだって」

 彼の年齢はフラエとそう大して変わらないはずなのに(何ならフラエが一つ上だ)、どこか達観している。フラエはせっかちなので研究が進まなくて不安だった。
 研究計画書をもう一度引っ張り直す。今頃、冬に立てた計画通りに行っていれば、治験をしているはずだった。

「動物実験は……」

 うんうん唸り出すフラエに、「何をそんなに悩むことはあるんだよ」とミスミは言った。

「良心が苦しいのは、まぁ、分からんでもないが」
「美味しく肉が食べられない……」
「俺、お前のことちょっと分かんないわ」

 動物実験は肉を美味しく食べられなくなるからダメで、自分の肉体を大改造するのはいい。彼の肉体へ子宮を作る施術をした本人であるミスミは、げんなりした顔で首を横に振った。
 内臓をいじり、本来ない器官を創造し、身体に穴を開けた。ミスミは間違いなくフラエの共犯ではあるのだが、それに対する良心の呵責はあった。

「フラスコ内で実験した。結果が出た。それなら次は動物だろ。なんでそこで一足飛びに自分なんだよ」
「自分の身体はタダ……」

 思わず肩を叩いて「こら」と叱る。

「そもそも、どうしてお前ってこの研究課題にしたんだ?」

 何気ない世間話のつもりで口に出すと、フラエは「お世話になった人のために……」とぽつりと呟く。へぇ、とミスミは相槌を打った。長い黒髪を一旦ほどき、一つに結び直しながら彼は言う。

「お世話になった従姉妹が、なかなか子どもを授からなくて。せっかく研究するなら、人の役に立ちたいから」

 ふ~ん、とミスミは気のない返事をした。フラエも取り立てて気にした様子はなく、わざとらしくため息をついた。

「役に立つかどうか考えることないのに、って思ったんだろ」

 いやいや、とミスミは首を横に振った。にやりと笑う。

「役に立つか分からないことでも、いつ役に立つか分からないから調べるんだよ」

 一緒じゃないか、とじっとりとした目つきになるフラエに、「なあ」とミスミは儲け話を持ち掛ける商人のようにいやらしい顔になった。

「俺の研究に一枚噛まない? フラエとじゃないと、ちょっとできない実験があって」
「僕とじゃないと?」

 興味を惹かれるフラエが話を促そうとすると、研究室の扉が開いた。ディール=ヘイリーはいつものように彼を呼びだし、「お呼びかぁ」とつまらなさそうにミスミは言った。フラエは椅子を引き、立ち上がる。

「ごめん、後で」
「次会ったときな」

 ひらひらと手を振る彼を置いて、ディールのもとへ向かう。彼は見る人が見れば蕩けてしまうような表情で、フラエを見つめていた。
 研究所では、もうフラエとディールが付き合っているのではないか、というまことしやかな噂が流れてすらいる。それくらい、彼の態度はあからさまだった。

「何の用かな」

 寄っていくフラエに、彼はまぶしそうにこちらを見る。最近、彼を見ると、フラエも少しそわそわするようになった。
「研究所へ来たついでに、会いにきた」

 思わず言葉に詰まるフラエへ、ディールはくすぐったそうに笑う。さすがのフラエも、彼が自分にただならぬ思いを抱いているのだろうことは、分かっていた。気まずくて、その、と視線を逸らす。

「あんまり、僕ばかり呼び出すのは……」
「ごめんね。恥ずかしかった?」
「うん」

 恥ずかしいという感情と、フラエの知らない感情があった。悲しいに近い部分にあり、怒りとは違う部分にあるそれを、まだ把握できていない。

 口ごもるフラエの腰にそっと、ディールが手を添える。フラエの片方の骨盤を、片手ですっかり覆えるくらいの大きさだ。

「イヤ?」

 しばらく逡巡する。自分の感情を深く探っていると、「ごめんね」と彼は手を離した。

「かわいくて、からかっちゃった」

 フラエは黙って首を横に振る。ディールは友達だ。いい人だ。彼の隣は、横柄で傲慢で好き勝手ばかりするグノシスの隣より、ずっと平穏だ。深い仲になっても、彼はフラエを受け入れてくれるだろう。
 自分の気持ちが分からず、途方に暮れた。ただなんとなく、こう思った。

「あまり、触らないで」
「ごめんね」

 彼は両手を肩の高さまで上げて、すまなさそうに眉を曇らせる。ううん、いいよ。フラエは首を横に振ったが、彼の顔を見ることができなかった。彼は親切で、真っ当で、優しい。なのに気持ちがむしゃくしゃする。
 フラエはディールを見上げる。彼の視線に応えれば得られるものがあるのは、分かっていた。
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