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20 断章:恋という熱病
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ディールは王宮内で、時折騎士を見かけることもあった。時に前職を思い出したが、そこに未練は特にない。
全ての未練を片付けるために、わざわざここまでやってきたのだから。
リンカー騎士団を辞すとき、団長であるリンカー公爵はディールを引き止めなかった。ただ一言だけ理由を尋ねられたので、その時は素直に答えたのだ。
「王都にいる、フラエ=リンカーへ会いに行きます」
彼は気難しいが、遠回しな言い方を好まない実直な人柄だと評判だった。そして真実を述べる人間に、彼は慈悲深いとも。
フラエの面影のある大柄な公爵は、窓の外を見た。夏のリンカー公爵家領には美しい緑が広がり、植物たちは短い命を謳歌する。
「……構わない」
彼はそう告げると、ディールの退団を許可した。その場で書類を認め、印を捺す。いいのですか、と問い詰めたい衝動を抑えるディールを、公爵は鋭い緑の瞳で見つめた。
「何故、フラエに会いたい?」
じっとりと、背中に嫌な汗を掻く。後ろめたさをかき消すように音を鳴らして踵を合わせ、直立不動になった。
「四年前の謝罪をしたいのです」
嘘ではない。リンカー公爵はじっとディールを見つめ、「そうか」と小さく呟いた。
「そうか」
視線を手元に落とし、目を瞑る。
「行きなさい」
退出を指示され、ディールはリンカー騎士団所属の騎士として、最後の礼を取った。そして寮を引き払って、川が凍る前に船で王都に渡り、文官採用試験を受け、今に至る。
自分は思いの外一途なのだと、フラエに出会ってからディールは思い知った。彼とダンジョン攻略という危うい橋を渡ってから、ずっと彼を忘れられない。街へ出て女性と戯れることはあっても、必ず黒髪に緑の瞳を探してしまう。最終的にはフラエでないことに耐えられず、女遊びはやめてしまった。
何度も思い出した。訓練場で誰よりも走り込む姿を。魔術訓練で誰よりも創意工夫する姿を。艶やかな黒髪を結い上げる仕草を。緑の美しい瞳を。
最初から積み重なっていた何気ない一つずつが、あのダンジョン攻略の日、やっと恋という形を取った。その日まで、自分は彼に認められたくて、彼を認められなくて、随分と馬鹿なことをした。
唇に手を当てる。彼の唇のやわらかな感触を、眠れない夜に何度も思い出した。彼を軽んじたこと、強引に口づけを迫ったことを謝りたい。それから、この気持ちを伝えたい。叶うことなら通じ合いたい。
彼の中でフラエは膨らみ、美しく飾られた。そして再会したフラエは幻想なんかよりも、ずっと綺麗だった。
「別にいいよ」
ディールの謝罪に彼はそう言って、あっさり許してくれた。それは甘い蜜のように心を蕩かし、ディールはすっかり彼の魅力に夢中になった。そして、とある噂話を聞いたのだ。
フラエが両性具有となり、子を成せる身体になったこと。
その研究発表の場でグノシス王子に迫られ、ショックの余りその場で気絶したこと。
フラエの研究レポートは公開されており、彼の身体についての真偽は容易に分かった。さらに衝撃的なことに、その臓器でヌメリツタの種子を出産したらしい。
ディールの頭の中で、あの日のフラエが膨らんでいく。
浅ましく膨らんだ股間を見たフラエ。口移しでポーションを飲ませて濡れた赤い唇。ツルで攫われ悶えていた細い肢体。催淫効果のある液体に浸され、扇情的に赤く染まった姿。しどけなく長い髪がほどけて、濡れて散らばり、身体のラインに沿って。
その身体を拓いてディールの子種を打ち込めば、彼は自分の子どもを身籠るという。
「ヘイリー卿」
はい、と振り返ると、女性の同僚が立っていた。ディールは、誰の呼びかけにも笑顔で応じる。その笑顔に同僚は赤面し、しどろもどろに伝言する。
研究所で備品の不足が発生したこと、その調整をディールに頼みたいこと。二つ返事で承り、彼女の持つ書類をそっと奪った。
「これも私がやっておきます。王立研究所へ、ですね?」
はい、と女性は頷く。ディールは足取りも軽やかに研究所へ向かった。愛しの人はそこに待っている。
今更になって彼の魅力に気づいて動き出した、あの愚かな王子に取られてなるものか。こちらは四年間ずっと、彼ばかり思っていたのに。
ディールの歪んだ情欲と執着が、緑の瞳を捉える。窓際の少し早い春の光を浴びたフラエは、花のようにそこにいた。ディールの名前を甘い声で呼び、彼はこちらへ寄ってくる。
獣は花に誘われる。花は獣を喰らう。フラエは花で、僕は獣だ。
ディールはうっそりと笑い、熱を帯びた声で「フラエ」と甘く呼んだ。
全ての未練を片付けるために、わざわざここまでやってきたのだから。
リンカー騎士団を辞すとき、団長であるリンカー公爵はディールを引き止めなかった。ただ一言だけ理由を尋ねられたので、その時は素直に答えたのだ。
「王都にいる、フラエ=リンカーへ会いに行きます」
彼は気難しいが、遠回しな言い方を好まない実直な人柄だと評判だった。そして真実を述べる人間に、彼は慈悲深いとも。
フラエの面影のある大柄な公爵は、窓の外を見た。夏のリンカー公爵家領には美しい緑が広がり、植物たちは短い命を謳歌する。
「……構わない」
彼はそう告げると、ディールの退団を許可した。その場で書類を認め、印を捺す。いいのですか、と問い詰めたい衝動を抑えるディールを、公爵は鋭い緑の瞳で見つめた。
「何故、フラエに会いたい?」
じっとりと、背中に嫌な汗を掻く。後ろめたさをかき消すように音を鳴らして踵を合わせ、直立不動になった。
「四年前の謝罪をしたいのです」
嘘ではない。リンカー公爵はじっとディールを見つめ、「そうか」と小さく呟いた。
「そうか」
視線を手元に落とし、目を瞑る。
「行きなさい」
退出を指示され、ディールはリンカー騎士団所属の騎士として、最後の礼を取った。そして寮を引き払って、川が凍る前に船で王都に渡り、文官採用試験を受け、今に至る。
自分は思いの外一途なのだと、フラエに出会ってからディールは思い知った。彼とダンジョン攻略という危うい橋を渡ってから、ずっと彼を忘れられない。街へ出て女性と戯れることはあっても、必ず黒髪に緑の瞳を探してしまう。最終的にはフラエでないことに耐えられず、女遊びはやめてしまった。
何度も思い出した。訓練場で誰よりも走り込む姿を。魔術訓練で誰よりも創意工夫する姿を。艶やかな黒髪を結い上げる仕草を。緑の美しい瞳を。
最初から積み重なっていた何気ない一つずつが、あのダンジョン攻略の日、やっと恋という形を取った。その日まで、自分は彼に認められたくて、彼を認められなくて、随分と馬鹿なことをした。
唇に手を当てる。彼の唇のやわらかな感触を、眠れない夜に何度も思い出した。彼を軽んじたこと、強引に口づけを迫ったことを謝りたい。それから、この気持ちを伝えたい。叶うことなら通じ合いたい。
彼の中でフラエは膨らみ、美しく飾られた。そして再会したフラエは幻想なんかよりも、ずっと綺麗だった。
「別にいいよ」
ディールの謝罪に彼はそう言って、あっさり許してくれた。それは甘い蜜のように心を蕩かし、ディールはすっかり彼の魅力に夢中になった。そして、とある噂話を聞いたのだ。
フラエが両性具有となり、子を成せる身体になったこと。
その研究発表の場でグノシス王子に迫られ、ショックの余りその場で気絶したこと。
フラエの研究レポートは公開されており、彼の身体についての真偽は容易に分かった。さらに衝撃的なことに、その臓器でヌメリツタの種子を出産したらしい。
ディールの頭の中で、あの日のフラエが膨らんでいく。
浅ましく膨らんだ股間を見たフラエ。口移しでポーションを飲ませて濡れた赤い唇。ツルで攫われ悶えていた細い肢体。催淫効果のある液体に浸され、扇情的に赤く染まった姿。しどけなく長い髪がほどけて、濡れて散らばり、身体のラインに沿って。
その身体を拓いてディールの子種を打ち込めば、彼は自分の子どもを身籠るという。
「ヘイリー卿」
はい、と振り返ると、女性の同僚が立っていた。ディールは、誰の呼びかけにも笑顔で応じる。その笑顔に同僚は赤面し、しどろもどろに伝言する。
研究所で備品の不足が発生したこと、その調整をディールに頼みたいこと。二つ返事で承り、彼女の持つ書類をそっと奪った。
「これも私がやっておきます。王立研究所へ、ですね?」
はい、と女性は頷く。ディールは足取りも軽やかに研究所へ向かった。愛しの人はそこに待っている。
今更になって彼の魅力に気づいて動き出した、あの愚かな王子に取られてなるものか。こちらは四年間ずっと、彼ばかり思っていたのに。
ディールの歪んだ情欲と執着が、緑の瞳を捉える。窓際の少し早い春の光を浴びたフラエは、花のようにそこにいた。ディールの名前を甘い声で呼び、彼はこちらへ寄ってくる。
獣は花に誘われる。花は獣を喰らう。フラエは花で、僕は獣だ。
ディールはうっそりと笑い、熱を帯びた声で「フラエ」と甘く呼んだ。
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