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8 幕間:王太子の説教 下
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分かっています、と噛みつくグノシスに、ダリアスは「そういうところがお子様なんだ」とピシャリと叱りつけた。ため息をついて、呆れた声で言う。
「いい加減しっかりして、僕たちを安心させてくれ」
グノシスはここで今更、何を言えばいいのか分からなかった。不貞腐れて、立ち去ろうと立ち上がりかける。でもフラエなら、ここで引き下がらないだろうとも、思った。兄の話を聞き、フラエのことを考える。このままでは、ダメなのだろう。
机に手をつき、兄を睨んだ。屈辱と羞恥で唇が歪む。
「……俺の、どういうところがお子様なんですか」
「何?」
ダリアスはグノシスに訝しげな視線を向ける。悔しさに赤くなりながら、「俺は、至らないので」と続ける。
「教えて、ください」
勢いよく頭を下げると、ごちんと大きな音を立てて机に額が当たった。目に涙が滲むほど痛かった。重苦しい沈黙が訪れ、グノシスのやや粗い呼吸の音がやけに耳につく。
グノシスがいたたまれなさに耐えていると、「痛かっただろう」と、兄がそっと肩に手を置いた。分かった、と彼が小さく笑った気配がして、顔を上げる。そこには、いつもの優しい兄の顔があった。
「お前も大人になったんだね」
「兄上……」
「もう十年早くその言葉が欲しかった……」
「兄上」
しみじみと言う長兄は、グノシスの肩を叩く。
「お前が変わろうとするのであれば、私は応じよう」
随分遅かったねと言いながら、彼は少し安心した顔をしていた。
「フラエ=リンカー、なかなか気骨がありそうな人じゃないか」
「それでは、」
思わず笑みを浮かべると、ダリアスは「勘違いするなよ」とあくまで一線を引く。
「僕から何か援護が貰える、とは思わないことだ。お前に何よりも足りないのは言葉、その次に行動だ」
それから、と、心底憐れみを込めて、兄はグノシスの肩を叩く。
「正直に言ってお前には浮気をしないこと以外、夫としていいところがあるとは思えない」
グノシスの反論より先に、ダリアスが矢継ぎ早に口を開いた。
「成人から何年も経つのに未だに自分の立場を理解せずにふらふらしている。心に決めた人がいるのはいいが傷つけたまま放置、再会して即求婚」
唐突に始まった流暢な罵倒に、グノシスは面食らって目を見開く。
「あまりに都合がよすぎるし相手に甘えすぎだ。すべて受け入れてくれるはずと甘え切った性根、学舎に捨ててくるべきだったな。中途半端に実務能力も魔術の実力もあって権力の使い方が分かっている分、余計手がつけられない。お前は優秀だからと野放しにしてしまった私たちにも責任はあるが、いい加減改めろ」
罵倒の羅列は全部身に覚えがあったので、グノシスはぐうの音も出なかった。ますます赤くなって歯軋りをする彼に、ダリアスは淡々と言い放った。
「彼の気持ちを思いやりなさい。大切な人を尊重できなくては、お前は誰の夫にもなれないだろう」
歯軋りをしながら、兄に向かって頭を下げる。
「…………肝に銘じます」
やはり弟に甘い兄であるダリアスは、グノシスの丸い頭頂部を見て「信じているよ」とため息混じりに言う。
「それにしてもフラエ=リンカー、お前にここまで言わせるなんて、なかなか大した御仁じゃないか」
お前がそんなに骨抜きなんて、と少しだけ嬉しそうに、兄は言った。彼は年の離れた弟に、からかうように言った。
「どんな人なんだ?」
思わず頬が熱くなる。兄はその様子に微笑んで、頬杖をついた。促すように頷く彼に、耳まで熱くなってくる。
「強い人です。初対面で喧嘩になって、俺に殴りかかってきて……」
照れ臭くて、視線を下に落とした。フラエの姿を思い浮かべるだけで胸が切なくなって、身体が熱くなる。
「初めて、人に歯向かわれて……俺の前で折れない人は、はじめてでした。何を言っても言い返されて、それがかわいくて……」
まるで信仰告白のようだった。心から信頼しているこの兄以外、誰にも言えないことだ。
「彼は俺の気に食わないことがあれば何でも言ってくれたし、お互いに気に食わないところは、殴り合いながらぶつかって、和解しました。俺がこんなに深入りした人も、深入りしてほしい人も、フラエだけです」
ダリアスはたっぷり沈黙した後、天井を見上げた。ゆっくり息を吸って、吐く。そしてグノシスの肩を力強く叩き、強い口調で言い切った。
「そんな人は二度と現れない。絶対に振り向かせなさい」
「いい加減しっかりして、僕たちを安心させてくれ」
グノシスはここで今更、何を言えばいいのか分からなかった。不貞腐れて、立ち去ろうと立ち上がりかける。でもフラエなら、ここで引き下がらないだろうとも、思った。兄の話を聞き、フラエのことを考える。このままでは、ダメなのだろう。
机に手をつき、兄を睨んだ。屈辱と羞恥で唇が歪む。
「……俺の、どういうところがお子様なんですか」
「何?」
ダリアスはグノシスに訝しげな視線を向ける。悔しさに赤くなりながら、「俺は、至らないので」と続ける。
「教えて、ください」
勢いよく頭を下げると、ごちんと大きな音を立てて机に額が当たった。目に涙が滲むほど痛かった。重苦しい沈黙が訪れ、グノシスのやや粗い呼吸の音がやけに耳につく。
グノシスがいたたまれなさに耐えていると、「痛かっただろう」と、兄がそっと肩に手を置いた。分かった、と彼が小さく笑った気配がして、顔を上げる。そこには、いつもの優しい兄の顔があった。
「お前も大人になったんだね」
「兄上……」
「もう十年早くその言葉が欲しかった……」
「兄上」
しみじみと言う長兄は、グノシスの肩を叩く。
「お前が変わろうとするのであれば、私は応じよう」
随分遅かったねと言いながら、彼は少し安心した顔をしていた。
「フラエ=リンカー、なかなか気骨がありそうな人じゃないか」
「それでは、」
思わず笑みを浮かべると、ダリアスは「勘違いするなよ」とあくまで一線を引く。
「僕から何か援護が貰える、とは思わないことだ。お前に何よりも足りないのは言葉、その次に行動だ」
それから、と、心底憐れみを込めて、兄はグノシスの肩を叩く。
「正直に言ってお前には浮気をしないこと以外、夫としていいところがあるとは思えない」
グノシスの反論より先に、ダリアスが矢継ぎ早に口を開いた。
「成人から何年も経つのに未だに自分の立場を理解せずにふらふらしている。心に決めた人がいるのはいいが傷つけたまま放置、再会して即求婚」
唐突に始まった流暢な罵倒に、グノシスは面食らって目を見開く。
「あまりに都合がよすぎるし相手に甘えすぎだ。すべて受け入れてくれるはずと甘え切った性根、学舎に捨ててくるべきだったな。中途半端に実務能力も魔術の実力もあって権力の使い方が分かっている分、余計手がつけられない。お前は優秀だからと野放しにしてしまった私たちにも責任はあるが、いい加減改めろ」
罵倒の羅列は全部身に覚えがあったので、グノシスはぐうの音も出なかった。ますます赤くなって歯軋りをする彼に、ダリアスは淡々と言い放った。
「彼の気持ちを思いやりなさい。大切な人を尊重できなくては、お前は誰の夫にもなれないだろう」
歯軋りをしながら、兄に向かって頭を下げる。
「…………肝に銘じます」
やはり弟に甘い兄であるダリアスは、グノシスの丸い頭頂部を見て「信じているよ」とため息混じりに言う。
「それにしてもフラエ=リンカー、お前にここまで言わせるなんて、なかなか大した御仁じゃないか」
お前がそんなに骨抜きなんて、と少しだけ嬉しそうに、兄は言った。彼は年の離れた弟に、からかうように言った。
「どんな人なんだ?」
思わず頬が熱くなる。兄はその様子に微笑んで、頬杖をついた。促すように頷く彼に、耳まで熱くなってくる。
「強い人です。初対面で喧嘩になって、俺に殴りかかってきて……」
照れ臭くて、視線を下に落とした。フラエの姿を思い浮かべるだけで胸が切なくなって、身体が熱くなる。
「初めて、人に歯向かわれて……俺の前で折れない人は、はじめてでした。何を言っても言い返されて、それがかわいくて……」
まるで信仰告白のようだった。心から信頼しているこの兄以外、誰にも言えないことだ。
「彼は俺の気に食わないことがあれば何でも言ってくれたし、お互いに気に食わないところは、殴り合いながらぶつかって、和解しました。俺がこんなに深入りした人も、深入りしてほしい人も、フラエだけです」
ダリアスはたっぷり沈黙した後、天井を見上げた。ゆっくり息を吸って、吐く。そしてグノシスの肩を力強く叩き、強い口調で言い切った。
「そんな人は二度と現れない。絶対に振り向かせなさい」
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