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第2章:巡る記憶の回想

第2話:仮面の下にある狂気

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屋敷は古く、数百年のときを感じさせる情緒が漂っている。朝は山の濃霧に隠され、夜は不気味なほど暗い林というより森に近い木々の群生に囲まれている。そのせいで周囲は闇に包まれ、一日の大半を仄暗い靄(モヤ)が覆う洋館となっていた。
案内がなければお化け屋敷と呼称し、近付きもしないだろう。いや。稀有な性質を持っていれば、物珍しさから足を踏み入れてしまう場所かもしれない。


「まさか、ね」


階段の踊り場にある大きな窓から彼らと出会った泉が目に入った。
夜も更け、うっそうと茂る林の向こう側に見え隠れする泉は、糸のように細い月を飲み込んでしまうほどの黒をにじませている。誰が好んで寂れた辺境の洋館に住むのか謎だったが、屋敷を取り囲む木々の合間に魔法の泉があれば、興味を惹かれた一族が住み着くのも合点がいった。


「どこにいるんだろう?」


三人のいそうな場所など見当もつかない。
執事が言うには「馬車や馬が出て言った形跡はないので屋敷内か、周辺にいるらしい」ということだが、果たしてそれもどこまで信じられるのか半信半疑だった。大体、あの三人が現在進行形で一緒にいるとは考えにくい。
各々に別の場所にいると考えるのが妥当だろう。だとすれば、全員を探して与えられた部屋に戻るには相応の時間がかかるに違いない。


「はぁ」


乃亜は人知れず溜息をつく。


「斎磨、萌樹、三織」


三人の名前はかろうじて覚えている。そろって異なる美しい外見をし、同じ赤い目を持っているが、性格は三者三葉。共通して言えることは、誰も人の言うことを素直に聞くような耳を持っていないと思えるところか。


「この屋敷、広すぎる」


暗い廊下を一人で闇雲に歩き続けるには骨が折れる。等間隔に明かりが灯っているとはいえ、一寸先は闇。出来ることなら部屋に引き返して、じっと大人しくしていたい。


「うぅ」


どんな状況でもノドは渇き、胃は空腹を訴える。どうしてこんなことになったのか。屋敷内以上に外は暗闇。女一人で飛び出すには未知の世界すぎる。壁にもたれて、憂いていても始まらない。探すしかないのだ。この屋敷以外での生き場所を与えられない身としては、ここから逃げ出したところで行く当てもない。
乃亜はとりあえず、誰かがいそうな場所を片っ端から覗いていくことを心に決めた。


「誰かいますかぁ?」


迷いネコでも探すように乃亜は屋敷内を探索していく。
洋館は三階建ての落ち着いた石造りの家だった。
古くから建っているだけあって、色んな部屋が屋敷内には存在する。落ち着いた調度品に、使い込まれた暖炉に、書斎。ダイニングはもちろん、ダンスホール、ワインセラー、応接室から倉庫に至るまで。扉の数は記憶できないほど多く、迷路のように入り組んだ廊下はもう何度曲がったかわからない。


「あれ。少し開いてる?」


ちょうど一階の東に位置した一番突き当りの角部屋に乃亜は目を止める。
他は異様なほど固く閉じられている扉ばかりの中で、少し斜めに下がった取っ手が不自然に思えた。足は吸い寄せられるようにそこへ向かい、乃亜はそっと覗くようにその部屋の扉に指先を触れた。


「誰かいますかぁ?」


何が潜んでいるかわからない緊張感に、乃亜の声も小さく変わる。
床から天井まで壁一面に施された本棚と座り心地の良さそうな座椅子と机。中央にある大きな窓は中庭の噴水を一望できるように設計されていて、必要とあればそのまま中庭に出ることも可能な仕様になっている。それなりの蔵書を誇っているようだが、問題は、彼らの誰かがここを利用したかどうかということ。
一時、興味を惹かれて訪れたとしても、今もまだいるとは限らない。


「やっぱり誰もいないのかな?」


足音を吸収する絨毯張りの床のおかげで、靴は乃亜の存在を響かせずに静寂を保ったまま、夜の孤独を抱きしめているようだった。


「そこを動かないでください」

「ッ萌樹…さ…ん」

「ああ、キミでしたか」


ニコリと柔らかな物腰でたたずむ萌樹の笑顔に悪寒が走る。人畜無害なフリをしているが、勘違いでなければ、たしかに首元に鋭利な刃物が触れた気がした。


「どうかしましたか?」


無意識に、首筋に手をあてていた自分に驚く。咄嗟の状況では本能が勝手に身を守ろうとするのだろう。それに気づいた瞬間、ドクドクと鼓動が不用意に早く変わり、乃亜は萌樹から一歩体を後ろに引いた。


「乃亜?」


名前を呼ばれて肩が跳ねる。全身に鳥肌が立つ感覚を恐怖と言わずして何と言えばいいのか、それ以上に距離をつめようと一歩前に足を踏み出した萌樹の気配に、乃亜は警戒心をみなぎらせて声を殺していた。


「乃亜、どうかしましたか?」


どうやら本を読んでいたらしい。
パタン、と場違いなほど軽い音がして、萌樹の手の中で本は役割を終えたようにその身を閉じた。


「萌樹、さ…ん?」

「はい」

「本、読んでいたんですか?」

「はい」


ニコリと笑う顔は崩れない。本を読んでいた人間が刃物を首筋にあててくるとは考えにくい。気のせいだったかと乃亜は肩の荷を下ろすように、ホッと深く息を吐いた。


「探しました」

「わざわざ探しに来たんですか?」

「え?」
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