【R18】狂存トライアングル

皐月うしこ

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第五章 動き出す人々

第七十八話 理想的な週末

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「十年以上前の話だよ。ボクも思春期だったし、色んな遊びをしてたし、ボクからしてみれば、メリルもたくさんいる女の子の内のひとりっていう感覚だった。周囲が特別な認識を彼女に持っていても、本人も軽い感じで受け流していたし、ボクらの関係は本気じゃなく遊び友達って感じで、それ以上でも以下でもない。連絡も全然とってなかったから、昨日来ることも知らなかった。いや、知らされなかったっていうべきなのかな。まあ、それは心当たりがあるんだけど。特別とか、大事とか、そういう感覚はあの頃のボクは持ってなかったから。ボクにしてみれば、本当、その他大勢のひとりっていう認識だよ」

「たくさん付き合ってきた女の子の内のひとりってこと?」

「なんだろう、この罪悪感。昔の自分を今すぐ殺したい」


神様への懺悔が、どの程度の効果を持つものかは知らない。一人頭を抱えるロイが苦悶の表情を浮かべていても、過去は過去。ようは彼女として、アヤが今のロイを過去ごと受け入れられるかどうか。それだけの問題なのだろう。


「ロイ」

「イヤだ。無理。ボクはアヤと別れないから。過去の女遊びが原因でふられるとか、無理。ちょっとボクの記憶持ってるやつ全員殺してくるから待ってて」

「ちょっと、待って、待って、待って。ロイ、落ち着いて」


突然立ち上がって、どこかへ行こうとするロイの服を慌てて引き留める。ロイの頭の中で何の解決策が出たのかは知らない。
それでも引き留めなければいけない気がした。


「ロイ…っ…痛い」

「アヤ、どうしたの?」


どうしたも何も、今日は全身が痛んでいる。心配そうに舞い戻ってくれたから、引き留めることに成功はしたのだろう。
けれど、膝をついて覗き込んでくる顔は、百面相に変わるのだから、逆にこっちが心配になってくる。


「え、なんで、どうしてアヤが笑うの!?」


あたふたと慌て始めたロイが面白い。
可愛いと思ってしまうのはいけないだろうか。過去、もしかしたらロイに泣かされた女の人が何人もいたのかもしれない。だけど、いま。目の前にいるのは自分を特別に扱ってくれる大好きな人。
自分の仕草や動作のひとつひとつに反応を変えて、表情を変えて、壊れ物を扱うみたいに接してくるロイは、絶対他の人は知らないと思う。
今のロイを過去の恋人が見たら、どんな反応をするのだろう。メリルみたいな可愛い子ではなく、そうさせているのが自分だという優越感に似た感情が、どうにも抑えきれなくて、アヤは笑いだしていた。


「ロイは可愛いね。大好き」


大型の犬をなで回すように、金髪を両手でぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
そのままギュッと抱き寄せて「私の愛しい人」とアメリカ方式で告げてみた。


「………なに、それ」


小さな子どもみたいに大人しくなったロイの声が胸元から聞こえてくる。うまく聞き取れなくて耳を傾けたアヤは、瞬間、勢いよく抱きつかれて呻き声をあげた。


「アヤ、今はボクの顔を見ないで」

「……ぅ、……え?」

「なんでそんなに人たらしなの。ボクばっかりアヤに惚れていくみたいで、すっごく悔しいし、イヤなんだけど。ああ、好き。愛してる。世界中の人にアヤが好きだって叫んで回りたい。でも誰にも見せたくない。こんなに可愛いから、みんなアヤのことを好きになっちゃうよ。ただでさえ、スヲンとランディに惚れられてるのに。うぅ、そんなの心配でたまらない。誰かに目をつけられる前にアヤを監禁したい。こんな気持ち初めて過ぎて、どう扱っていいのかわからないんだけど。平常心を保つのに、毎日、毎日、どれだけ苦労してると思ってるの。あまりボクを惚れさせないで」

「ッ!?」


頬を染めた金髪碧眼の威力がヤバい。
宝石のように煌めいた瞳がじっと見上げてくるのを真っ向から受け止めると、心臓が変な音をたてて本当に熱くなってくる。
早口で何を言っていたのかわからなかったのに、その目が痛いほどの愛を告げてくる。


「ロイ……、その目で見ないで」

「なんで、ボクのことやっぱりキライ?」

「違…っ…照れる。恥ずかしいから、む…り、ンッ」


ロイはすぐに行動に移さないと生きていけない人種なのかもしれない。下に見えていた金髪が突然覆い被さってきて、深いキスをしてきたと認識する頃には、酸素不足に見舞われていた。
たぶん、ほんの数秒の出来事だっただろう。めちゃくちゃ激しい数秒だけども。


「とりあえずロイは落ち着け」

「アヤを返せ。過去の清算したいなら一人で帰れ」

「やだ。ボクはアヤの傍から離れたくない」

「わかったから。スヲンも煽るな。アヤもこっち来て座れ」


ポンポンと、ランディが自分の隣をたたいている。言われた通りそこに向かおうにも、ロイが張り付いてて難しい。


「私は今のロイが好きだし、ロイに大事にされてるのは伝わってるよ。だから、えっと、上手くいえないんだけど、ずっと私の傍にいてくれたら嬉しい」

「………アヤ」

「そんなに思いつめなくても大丈夫だよ。だってフローラルバード……あ。ロイの周りに女の人がいるっていう光景は見慣れてるっていうか。何人もの女性が泣いてきたんだろうなって、わかってるから」

「ねぇ、ボクのイメージ最悪すぎない?」


ショックを受けた様子で項垂れるロイを椅子に座らせて、アヤはランディの隣に腰かける。今度は左にロイで、右にランディ。向かいにスヲンという形になった。


「うどんが伸びたな」

「別にいいの。美味しいし、全部食べたい」


ランディが目の前にうどんの器を置いてくれたおかげで、食事が再開できる。もぐもぐと残りを食べ終えるまで、ロイはスヲンとランディにからかわれて酒を煽っていた。が、この三人は本当に酔わない。
ウイスキーボトルは少し見ないうちに、底が見えるまで減っていた。


「ああ、忘れないうちにアヤに渡しておくよ」

「なに?」


ロイが新しい酒のボトルを取りに席を立つとき、スヲンが思い出したように封筒を差し出してくる。それも抜け目なく、椅子をひとつスライドさせて、スヲンごと近付いていた。


「ボクの席がない!?」

「あるだろ、そこに」

「スヲン。ボクの席にスヲンが座ってるって意味だよ。わかってるくせに。ところで、なにをそんなに怒ってるの?」

「自分の胸に手を当てて考えてみろ」

「え、なんだろ。全然心当たりないや。つまりそれってヤキモチ」

「あっ。これってシャーリー号で開かれるファッションショーのチケットだ!!」


ロイの言葉に被せてしまったのは申し訳ない。それでもスヲンが渡してくれた封筒の中身にテンションがあがってしまったのだから仕方ない。
次の水曜日、シャーリー号で開催される『オーラル・メイソン新作発表会』の特別チケット。きっちり名前が印字されているところを見る限りでは、同じ紙面に泳ぐシークレットパスという言葉にも信憑性がある。


「水曜日の午後かぁ。有給まだもらえてないし、行けないかも」

「昨日のパーティー参加者は水曜日の午後は自動的に振替休暇にしてあるだろ?」

「え?」

「ちゃんと文章を最後まで読もうな」


スヲンが頭を撫でながらイタズラに笑ってくる。子ども扱いしないでほしいと思いながら、今回は自分に非があるのでなにも言えない。


「しっかりしてそうで抜けてるところがアヤの可愛いところだよ」

「……褒められてる気がしない」

「そう?」


不貞腐れた顔で見返してみてもスヲンはずっと頭を撫でるだけ。
本当に猫か何かと思われているのではないだろうか。まあ、撫でられるのは心地いいから別にかまわないが。


「じゃあ、平日なのに行ってもいいの?」

「アヤがイヤじゃければ」

「イヤなわけがない。すごく嬉しい。スヲン、ありがとう。これって、スヲンのお父さんがするショーなんでしょ?」

「ソニアもデザイナーとして出るよ」

「そっか……うん、わかった。次はキスされそうになっても、なんとか避けるね」


そこでスヲンが声を出して笑って、頭を撫でていた手を止める。後頭部に添えられたままの手のひらが優しくて、ドキドキする。


「よろしく頼むよ」


そういって至近距離で微笑むスヲンが持つ瞳の黒さに吸い込まれそうになる。


「うん」


答えた声は耳には届かなかった。代わりに、近付いていたスヲンの唇の中に溶けて消えていく。


「スヲン」

「なに?」

「もっとキスしても、いい?」


触れて重なるだけの優しいキス。無性に気持ちよくて、ねだるように尋ねてみれば、スヲンはとびきり嬉しそうな顔をして「いいよ」と言った。
承諾をもらえれば、あとは重なるだけ。
アヤはスヲンの首に腕を回して、体重をかけながら身を任せていく。


「本当、アヤって人たらしすぎる」

「まあ、そういうな」

「ランディってば、今日はやけに余裕じゃん。なんで?」

「なんでだろうな」

「まあ、わかるよ。ボクも幸せを感じてる、これまでの人生のどんなときよりもね」

「なら聞くな」

「やっぱり正解は直接聞きたくなるでしょ」

「アヤがいて、ロイがいて、スヲンがいて。オレは今が一番続けばいいと思ってる」


スヲンとアヤがキスを楽しむのを横目にランディとロイが笑い合う。
予定のない週末。半日を睡眠に費やしたために、土曜日はあと数時間で終わろうとしている。それでも、満ち足りた気分に酔いしれて、素敵な一日だったと思うことができるほど、ランディもロイも満足していた。
たぶん、スヲンも。
アヤとキスをしている顔を見ればわかる。ここ数日、家族総出で付きまとわれていたストレスから解放されて、愛しい彼女を腕の中で堪能できる幸せを現在進行形で満喫しているのだから、言葉にしなくても雰囲気で伝わってくる。


「本当に、愛しいな」


グラスに入った酒を全部飲んだランディの手の中で、溶けた氷が軽やかな音をあげる。そこに持ってきたばかりのボトルを開けて、中身を注ぎながらロイは零れ落ちたランディの呟きに苦笑した。


「……いたよ。ここにも天然の人たらしが」

「光栄だな」

「ボクも愛してる」

「知ってる」

「キスでもする?」

「それはアヤがいいな」

「知ってる」


互いに呟き合って、また笑う。何気ない空間。
スヲンとアヤを呼べば、二人そろって戻ってくるだろう。当然のようにアヤはランディとキスをして、ロイともキスをする。流れるまま、誘われる腕に飛び込み、求める舌に応え、満足するまで順番に巡るだろう。
それが普通。それが自分たちの望む関係。
今夜もきっと、日曜日もずっと、同じような時間を過ごすだろう。
そうでなければおかしいという風に、自分たちはいつも四人でひとつなのだと再認識するには、とても理想的な週末だった。
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