日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十五話『薨去』 急

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 硫黄島上での死闘を制したわたるは、三度のひのかみかい発動でしんを使い果たして気を失っていた。

「う……ん……」

 目を覚ました彼は、見慣れない部屋のベッドの上でとよなかたいよう一尉とよし三尉の姿を見た。

は……?」
「硫黄島航空基地だ。カムヤマトイワレヒコの操縦席で気を失っていたところを、駐屯していた自衛官の手で運び出されたそうだ」
「そうですか……」

 窓からは月と星の光が差し込んでいる。
 夜まで眠り続けていたらしい。

かわ西にし三佐の部隊は……通信がつながらないということは、そういうことなんだな……」
「はい……」

 部屋は重い空気に沈んだ。
 わたるは何の犠牲も無くしやちかみに勝てた訳ではない。
 特に、重力崩壊を利用した敵の光線砲は、かわ西にし隊が何も出来ずに消し飛ばされる様を見ていなければわたるが最初の犠牲者となっていただろう。
 国防の為、また多くの命が喪われたのだ。

とよなか隊の皆さんは?」
「今回は全員無事だ。他の連中も此ところへ来ているよ。……そうだ、一寸ちよつと外へ出てくれないか。困ったことになっていてな」
「困ったこと? 何か問題が起きているんですか?」
「いや、そう身構える必要は無い。人名や国家存亡に関わるような話ではないから」

 わたるとよなかの言葉をげんに思いながらベッドの下に靴を見付けて履くと、彼らに連れられて建屋の外へと出て行った。



    ⦿⦿⦿



 夜の闇の中、二つの巨大な鉄の塊が重なり合っている。
 その周囲に自衛官達のひとだかりが出来ていた。

 とよなかに連れられてきたわたるはこの時、完全に機能を停止したカムヤマトイワレヒコを初めて見た。
 起動時にしんの発光が抑えられない機体が、今はその残光すらも失って星月の光で白く照らされていた。
 きつこの冷厳な白が「金色の機体」と呼ばれるカムヤマトイワレヒコの本来想定されていた色合いなのだろう。
 わたるは初めて戦友の寝顔を見た様な、これまでと違った親近感を覚えた。

「これ、決着が付いた時のままなんですね」

 わたるは戦いの記憶を何気なく思い出した。
 かく必死だったが、確かに最後はこのような体勢で止めを刺し、そして自身も気絶したのだった。

 そんなことを考えていると、期待の胸が開いて中から二人の自衛官が出て来た。
 とよなか隊のおんさとし二尉とけんもちある二尉である。

「やはり駄目です。我々では全く動かせません」
とよなか隊長のおつしやるとおり、完全にさきもりさんと適合してますねこりゃ……」

 どうやら二人はカムヤマトイワレヒコを動かそうと悪戦苦闘していたらしい。
 先程とよなかが言っていた「困ったこと」とはこのことか。

「ジュネーヴ条約というものがありましてね。戦死者の遺体は敵であっても丁重に扱わねばなりません。しかるべき対応のためにまずは機体から外へ出したいのだが、カムヤマトイワレヒコがビクとも動かんので困っていた、というところなんだ」
わたし達の乗って来たスイゼイで運ぶことも考えたんですけど、切断ユニットが遺体に突き刺さっちゃってますからね。持ち上げる際に刃が変に動いて遺体がグチャグチャになるかも知れない、と……」
「おそらく、長時間のひのかみかい発動でさきもりさん以外には整備機動すら出来ない程に個人適合してしまったのだろう」
「ああ、成程……」

 とよなかから事情を聞いたわたるはカムヤマトイワレヒコの切断ユニットの先へと目を遣った。
 タカミムスビに突き刺さったあの刃の先には、死闘を演じたあの男が今も居るということらしい。
 だが戦闘中に感じられた異様な気迫はもう消えている。

「やれますか? 出来れば、刃を引き抜いてくれるだけで良いんだが……」
「どうでしょう……? まだ目が覚めたばかりで、しんがそこまで回復しているかと言われると微妙ですね……」

 今回の戦い、わたるはかなり無理を続けてようやく勝利をもぎ取った。
 とよなかも推察したとおり、ひのかみかいを三度も発動させたわたるは、今でも此処まで歩くだけでヘトヘトになってしまう。
 今カムヤマトイワレヒコを動かそうとすると、整備機動だけでまた気絶しかねない。

「そうですか。では、明日にしましょうか……」
「いや、やりますよ。確かに、敵とはいえ彼をこのままにしておくのは忍びない……」

 わたるしやちかみに対して憎しみや敵対心を抱いていない。
 むしろ、か友情に近い思いが胸に芽生えていた。
 互いに、互いの守るべき国家の為に死力を尽くして戦ったからだろうか。
 最後の最後まで諦めずに戦い抜き、止めの瞬間まで苦しめられた難敵に対して、確かな敬意があった。

「ただ、皆さんの力もお借りしたいですね。今のぼくは自力で操縦席の所まで機体を登れませんから。誰かのどうしんたいであそこまで連れて行ってくれると有難いです」
わかった。準備しよう」

 とよなかわたるの頼みを了承し、この場を離れた。
 カムヤマトイワレヒコの機体からはおんけんもちが降りて来る。

 わたるそびえる機体を再び仰ぎ見た。
 満天のきらぼしきらめく姿は何処か涼しげで、清らかな何かが宿っている様に思えた。
 まるで空から何かが、多くの何かがこの場を見守っている様な……。

さん」
「はい?」
「今回の戦いで死んでいった人達って、何処へ行くんでしょうか……。家族のところへ帰るんでしょうか……。ぼく達のこれからを見守ってくれるんでしょうか……」

 わたるの問に、は首をかしげた。
 わたるも別に答えを求めた訳ではない。
 ただなんとなく、戦いに散ったかわ西にし隊やしやちかみ隊の面々が何をのこして逝ったのか、ふと気になっただけだ。
 いや、彼らだけでなく、もっと古くから、それぞれの思いを命懸けで通そうとした戦士達の遺志がどうなるのか……。

さきもりさんはかわ西にし三佐のことほとんど知らないでしょうけど、あの人は面白い人でしたよ。気さくで、良い人でした。一寸距離感が近くてうつとうしいところはありましたけど……」
「そうですか……」
「この戦いが始まってから、仲間の殉職がかなり増えました。遺族のことを思うとこたえます。でも彼らのかげで、わたし達は今も戦えている……」
「はい……」

 の言葉がわたるの胸に染みた。
 そしてわたるは強い実感と共に、二機のどうしんたいと夜空を見上げてつぶやいた。

「硫黄島、どうにか守り切れて良かった……」

 ちょうきゅうどうしんたい・スイゼイがわたる達のもとへと降り立った。
 今回の戦いは日本国の勝利に終わったが、今後も厳しい戦いが続くだろう。
 それに備え、わたるは一度この島で休んで夜を明かし、翌日に本土へ帰還する。



    ⦿⦿⦿



 しんせいだいにっぽんこうこくは皇宮宮殿、じんのうの寝室。
 うることとの戦い以来、じんのうはずっと目を覚ましていない。
 しんを失って無力な彼を守るべく、嫡子・かみえいは開戦以来この場所で寝台ベツドに眠る父を見守り続けていた。

 窓から差し込む月の光が、小さな父と大きな息子をそれぞれ照らしている。
 うれいに満ちたかみの美貌を、彼の近衛侍女の一人・しきしまうかがっている。

かみ殿下、少しお休みになられては……」

 主を気遣い声を掛けたしきしまに、かみは無言で視線を向ける。
 その表情に疲れは見えないが、彼はこれまでのぜいを尽くした生活から一変、我が身を省みずに父の看病に没頭していた。
 侍従や侍女を一切頼らず、死んだ様に眠り続ける父の身の回りの世話を全て自らの手で行っていた。
 今までの彼と比較すると、これは異常な状態である。

「あの、殿下……?」
「心配には及ばん。やるべきことはやっている。つい先程、新型どうしんたいの全仕様をりゆういんに預けたところだ。特別機一機と、はんよう量産機……これらが導入されれば、戦局はこうこくへ一気に傾くだろう」

 しきしまかたんだ。
 絶対強者と呼ばれる主は学問や技術にいても他の追随を許さない。
 軍事・経済・産業――現在のこうこくを支えるおおよそ全ての革新は、この男にってもたらされたと言っても過言ではない。

 だが一つ、しきしまは違和感を覚えた。
 父の世話の傍ら、新技術の全仕様を作り上げるかみの能力は確かに異常であるが、しきしまはそれでもこう思えてならない。

「殿下、貴方あなた様があの日より考案された新兵器が二機種にとどまるとは……。何かしんゆうでも?」
「うむ……」

 かみしきしまから目をらし、溜息を吐いた。
 彼女の考えるとおり、何か思う処があるのだろうか。
 彼は父の竜顔を見下ろしつつ答える。

しきしまよ、なれは誠に出来た近衛だ。六年前のあの日、なれを迎えたおれの考えは間違っていなかったのだ」
「では殿下……」
なれの察するとおりだ。おれは今、迷っている……」
「迷われている……?」

 かみが迷いを口にしたのは初めてだった。
 彼は今まで、自らの善意を極めて自分本位に押し通してきた。
 しきしまが覚えた違和感とは、そんな彼の態度に変化が見られたことに起因していたということか。
 かみはそんな自らの思いを吐露する。

おれこうこくの兵器を考案してきたのは、ひとえに『日本』の為だ。がんに於いては本邦を脅かす外敵を退け、がんに在っては友邦を苦しめる圧政を除き、あらゆる世界線にあまねく生きる全ての大和民族にふくいんを齎す為、無敵の力をこうこくに与えたかった」

 かみの表情に影が差した。
 手の指を絡ませる姿は、しきしまに主のかつて無い愁いを感じさせた。

こうこくの力は全ての世界線に於ける『日本』の光でなくてはならん。だが今、その為にこしらえた力が日本人同士の血で血を洗う争いに使われている。果たしてこれで良いのか?」
「しかし畏れながら殿下、その争う相手は陛下を……」
「確かにそうだ。父上をような目に遭わせた者共のことは許せん。だが一方で、何の理由も無く彼らが父上にろうぜきを働き、こうこくに刃向かうとも思えんのだ。彼らには彼らの事情が、めいひのもとにはめいひのもとの信義があるのではないか? そう思うと、このままで良いのかと迷いを禁じ得んではないか……」

 かみは両目を細めた。
 彼のためいはひとえこうこくの正義に対する疑いが無いこと、それでいてこうこく以外の日本人の善性もまた信じてまないという、そんな先入観、思い込み同士の矛盾から生ずるものである。

 そんな主の揺らぎは、臣下たるしきしまの胸中にもまた迷いを生じさせた。
 彼女は主が都合の良い夢からめてしまうことを懸念しているのだ。

 だがかみはそんなしきしまの思いをに言葉を止めた。
 というより、何かに驚いてそれどころでは無くなったと言った方が正しい。
 彼は目をみはり、しんりゅうりょくで一点を凝視していた。
 視線の先で起きていることに気が付いたしきしまもまた息を呑む。

「陛下……!」

 寝台ベツドの上で寝ていたじんのうが目を開けていた。
 じんのうはゆっくりと身体を起こすと、深く溜息を吐いた。

「父上! お目覚めか! 良かった、本当に良かった……!」

 かみは心底のあんと喜びを表した。
 目覚めたばかりでしんは戻っていないだろうが、国を支える彼が戻る目途が立ったことはこうこくにとって朗報である。
 じんのううなれたまま力無く呟く。

「悪夢を見ておった……。久しく見なんだ、革命の夢を……」

 じんのうの表情は暗い。
 一方でかみは先程の悩みがうその様にはしやいでいた。

「そうだしきしまよ、あの時のしだ! もう一度用意させよう! 父上、お好きでしたよね?」

 だがそんな彼らの耳に、寝室の扉をたたく音が届いた。

「殿下、りゆういんで御座います。畏れながら、お耳に入れなくてはならないことが」
「おおりゆういん! 良いところへ来た、入れ!」

 上機嫌でもう一人の近衛侍女・りゆういんしらゆきを招き入れるかみ
 だが一方でしきしまは一抹の不安を覚えた。
 りゆういんの言葉は「お耳に入れなくてはならない」であり、「お耳に入れたい」ではない。
 何か悪いしらせを持って来たのか。

かみ殿下、かしこかしこみ申し上げますわ。弟君が、しやちかみ殿下が名誉の戦死を遂げられました……」

 りゆういんは目を覚ましたじんのうに目もれず、深々と頭を下げてほうを届けた。
 じんのう覚醒の朗報もつか、あまりの報せに寝室の空気は一気に凍り付いた。
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