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第八章 最終夜の舞踏会
第三十話 舞踏会の始まり
しおりを挟むグラディアトリア、パトラーシュ、コンラートによる、四年に一度の三国間宰相会議。
前夜の騒動によって、一時は続行が危ぶまれたものの、どうにか予定通り三日間で終了した。
例年、最終日の夜は、三国の宰相達と開催国となったグラディアトリアの皇帝による晩餐会で締め括られるのだが――今年は少々事情が違う。
太陽が西の山際に沈む頃、グラディアトリア城の大広間には大勢の人々が集まっていた。
中央に設けられた舞台の上では、皇帝家お抱えの楽団が優雅な音楽を奏でている。
その旋律に乗ってくるくると軽やかに踊るのは、煌びやかな衣装をまとった一組の見目麗しい男女。
といっても、二人ともまだ随分と幼い。
片や、月光そのもののような白銀色の髪と、世にも稀なる紫色の瞳をした男児。
片や、大地に降り注ぐ太陽の光みたいな真っ直ぐの金髪と、青い瞳をした女児。
レイスウェイク大公爵家の一人息子シオンと、オルセオロ公爵家の一人娘アリアーネだ。
一つ年下のシオンは少しばかり身長では負けるが、なんのその。
しっかりとアリアーネをエスコートして、それこそ大人顔負けの完璧なダンスを披露していた。
「シオンのやつ、随分と楽しそうに踊るじゃないか」
「ふふ、それはそうですよ。大好きなアリアーネちゃんが相手ですもの」
上座に並んで子供達のダンスを見守りつつ、そう内緒話をするみたいに囁き合うのはルドヴィークとソフィリア。
彼らもシオンやアリアーネと同じく、煌びやかな衣装を身に纏っていた。
ルドヴィークは金の糸で繊細な刺繍を施したジャケットを羽織り、白いレースのクラバットをその瞳の色に似た青いサファイアのブローチで留めている。
一方、ソフィリアも今宵ばかりは普段の地味な濃紺のワンピースから、ロートリアス公爵令嬢の名に恥じない華やかなドレスに着替えた。
透かし模様が美しいレースとふんわりと柔らかなシフォンで構成されたドレスは、淡い緑にわずかに濁りを加えることで大人っぽく落ち着いた印象になり、深い栗色の髪にもよく合っている。
ソフィリアの髪といえば、昨夜の騒動において切り落とされすっかり短くなってしまっていたが……
「ソフィの髪、スミレが結ったんだって? しかし、これはいったいどうなっているんだ? 複雑すぎて、構造がさっぱり分からん」
「私にもまったく分かりませんので、解く時もスミレにお願いしないと参りませんわ」
手先が器用なスミレがいくつものピンを駆使して、髪の長さなどにこだわる必要もないほど華やかに整えてくれた。
何よりソフィリアが嬉しかったのは、可愛らしい真っ白い小花と一緒にペリドットのブローチを髪飾りに使ってもらえたことだ。
ブローチの贈り主であるルドヴィークも、それを見るたびに至極満足そうな顔をした。
例年の晩餐会に代わり、今宵は舞踏会が開かれている。
大広間にはどこか居心地が悪そうな様子ながらモディーニの姿もあり、その隣に立っているのは相変わらず不承不承といった表情のユリウスだ。
いささか警戒するような彼の視線の先には、ソフィリアも見覚えのある者達の姿があった。
「モディーニさんを襲ったパトラーシュの騎士――ロンといいましたか。今回初めてグラディアトリア城を訪れたというのに、随分と不自由なく庭園の中で私達を追い詰めたと思いましたら……まさか、我が国の女性を利用して下見をしていただなんて、随分ですね」
「まったくだな、子爵令嬢も気の毒に。やつと庭園を歩いただけで、まさか犯罪の片棒を担がされることになるなどと、思ってもみなかっただろう」
三国間宰相会議の初日にソフィリアが見かけた、パトラーシュの騎士とグラディアトリアの令嬢達とのお茶会の席に、昨夜の騒動の元凶たる男もいた。
彼はその後、親しくなった令嬢の一人を誘い出し、彼女に案内してもらって庭園の下調べを済ませていたらしい。
その令嬢というのが、以前モディーニをお茶に誘った四人の中にいた、あの子爵令嬢である。
侯爵令嬢に付いて回るばかりの大人しい子爵令嬢の目に、宰相閣下に随行を許された隣国の騎士はさぞ眩しく映ったことだろう。
そんな彼女の恋心を利用されたのだと思うと、ソフィリアは同じ女としてひどく腹立たしい気持ちになった。
しかも、もともと子爵令嬢がモディーニに対して批判的な立場を取っていたため、最初は彼女も共犯ではないかと疑われたらしい。
しかし、それを聞きつけた侯爵令嬢と二人の伯爵令嬢が、事情聴取をしていたグラディアトリアの騎士に掴みかからんばかりに抗議し、身の潔白を訴えて子爵令嬢を庇ったそうだ。
そのおかげもあって子爵令嬢に対する嫌疑はすぐに晴れ、四人の令嬢も今宵の舞踏会に招待された。
グラディアトリアからは他にも、騎士団第一隊の騎士や未婚の貴族の子女が大勢参加している。
やがて、音楽の終了とともに、シオンとアリアーネのダンスが終わる。
胸に片手を当て、またドレスを摘んで、優雅にお辞儀をして見せた二人に対し、大広間中からは惜しみない拍手が贈られた。
通常ならば、王宮で開かれる舞踏会に未成年の者が招待されることはない。
社交界の一員として認められるには、成人である十六歳に達していなければならないと決まっているからだ。
とはいえ、私的なパーティにおいてはその限りではない。
今宵の舞踏会は主催こそ皇帝ルドヴィークだが、あくまで懇親を目的とした非公式のパーティという名目のため、シオンとアリアーネが呼ばれたのだ。
しかし、ただ賑やかしに呼ばれたわけではない。
彼らには重要な使命があり、そして今、見事それを完遂した。
大広間中からの賛美にはにかむ二人の薔薇色の頬を見ていると、ソフィリアも自然と笑顔になる。
隣では、ルドヴィークも両手を打ち鳴らしながら満足そうに頷いた。
「期待通りだな。随分と会場の雰囲気が和んだ」
舞踏会には、パトラーシュとコンラートの宰相だけではなく、両国の随行者も招待された。
パトラーシュの騎士の一人が起こした昨夜の騒動により、同胞の騎士達はもちろん、パトラーシュの文官や侍女達もたいそう肩身が狭い立場に追い込まれてしまった。
また、三国間宰相会議の会期中の出来事ということもあって、事件には無関係のコンラート一行にも衝撃が走った。
一夜明け、付き合いの長い両国の宰相同士の関係には全く影響はなかったものの、一方で彼らの随行者同士はどこかぎくしゃくとした様子。
長年友好関係を保ってきた三国の間にしこりを残すのは、開催国であるグラディアトリアとしても望むところではない。
そう考えたルドヴィークが即座に一計を案じ、急遽開催が決定したのが今宵の舞踏会だった。
改めてパトラーシュとコンラート両国の随行者が交流できる場を設け、なおかつグラディアトリアで楽しい思い出を作って帰国できるように、という配慮だ。
騎士はその制服自体が正装、文官や侍女達にはグラディアトリアが衣装を提供したため、彼らが大広間で浮くこともない。
とはいえ、いきなり皇帝主催の舞踏会に招待されてしまっては、戸惑いもあるだろう。
慣れない場所に、緊張のあまり壁に張り付く侍女もいたくらいだ。
シオンとアリアーネの役目は、最初にダンスを披露することで、そんな者達の心を解きほぐすことだった。
ダンスが終わった二人は、手を繋いだまま大広間の中を挨拶に回っている。
緊張で強張っていた者達の顔も、愛らしい子供達と言葉を交わすうちに徐々に笑顔になっていった。
それを待っていたとばかりに、中央に設けられた舞台の上で、再び楽団の演奏が始まる。
すると、コンラートの宰相ロレットー公爵が、パトラーシュの宰相シェリーゼリアを誘って大広間の中ほどへと進み出た。
さらには、グラディアトリアの騎士達がパトラーシュの侍女達を、グラディアトリアの令嬢達がパトラーシュやコンラートの騎士や文官達をこぞってダンスに誘った。
それぞれが、この舞踏会を開いたルドヴィークの意図を汲んでの行動である。
「ルド兄ー! 言われた通りにしたよ!」
「あれでよろしかったでしょうか、陛下」
「ああ、完璧だったな、シオン。アリアーネもありがとう、助かったよ」
ひとしきり愛想を振りまいて戻ってきたシオンとアリアーネを、ルドヴィークが両手を広げて迎える。
その腕の中に飛び込んだ二人は、左右から彼の頬にキスをした。
甥も姪も、この優しくて頼もしい叔父が大好きなのだ。
改めて、ルドヴィークが多くの者に愛されていることを実感し、ソフィリアはたまらなく嬉しい気持ちになった。
楽団の奏でる音楽に合わせ、グラディアトリア、パトラーシュ、コンラートの人間が手と手を取り合って踊る。
すると、一連の様子を見守っていた宰相クロヴィスとルリのリュネブルク公爵夫妻、アリアーネの両親であるオルセオロ公爵夫妻もダンスの輪に加わった。
それを見たシオンが、自分とアリアーネを両腕に抱えたルドヴィークを見上げて、慌てたように口を開く。
「ほら、ルド兄も! さっさとソフィと……」
ところがである。
その言葉を遮るように、ふいに別の声が割り込む。
「――陛下、ソフィリアさんと踊ってもよろしいでしょうか?」
いつになく緊張した面持ちをしてソフィリアの前に立ったのは、初対面の時以来ずっと彼女に求婚し続けていたコンラートの青年――オズワルドだった。
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